ひぐらしの記
前田静良 作
リニューアルしました。
2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影
夜明けの小嵐
単なる日付ではなく、もう10月20日(日曜日)かと、書きたくなる夜明けが訪れている。肌身に酷く寒さをおぼえて置き出し、大慌てで厚地の布の長袖シャツを一枚重ねている。ところが、夜明けの寒さは季節狂いとは言えなく、いや季節相応にまっとうな寒さであろう。いくらか季節狂いと言えるのは、晩秋の夜明けにあっては滅多に見ない、小雨まじりの小嵐が吹き荒れていることである。翻ってこれこそ季節狂いと思えたのは、きのうの真夏並みの暑さだった。きのうの季節狂いの暑さのせいで、夜明けの寒気は季節どおりにもかかわらず、寒がり屋の私から季節狂いの「濡れ衣」をこうむっているのである。季節どおりの夜明けにすれば、とんだとばっちりを受けていると、目を剥いて歯がゆいかもしれない。
実際のところこんなことはどうでもいいけれど、起きて痛感しているのは月・日のめぐりと、季節の移りの速さ(感)である。日常生活におけるその確かな証しは、これまで繰り返し書いているけれど、服用中の薬を一か月ごとにもらいに行く通院日の訪れの早さである。
さてきのうはこれこそわが気狂いのごとく突然、いつもとは異なる文章を長々と書いた。私自身はいつも似たような文章に飽き足らず、ゆえに意図してネタを決めて書いたものである。だから、文章の出来不出来にかかわらず書き終えれば、愛(いと)しいものだった。しかしやはり、独り善がりの自己満足にすぎないものだったのかもしれない。だけど一方では、久しぶりにネタを拾って書いたことでは自己満足とはいえ、恥じることはない。なぜならきょうはネタなく呻吟し、もっとみっともない文章を書く羽目になっている。ゆえにここで恥じは書き止めである。
楽屋話を記すと不断の私は、継続を断たないために常に、無理矢理パソコンを起ち上げている。挙句には体(てい)たらくの文章の羅列や繰り返しになる。だからきのうは、それを断つための試しの『番傘』でもあった。正直にこのことを吐露し、一方では詫びるところである。
夜明けの小嵐は、季節どおりの本格的寒気の訪れのシグナルであろうか。寒気の訪れと歳月の速めぐり(感)、いよいよダブルの自然界現象(事象)をともなって、わが身に堪える季節の到来である。わが手のろのせいで、「時」は夜明けから朝へ変わっている。
番傘
私には文才がない。文才があればこれしきの文章に、三つ重ねの同義語すなわち呻吟、苦衷、苦悶を強いられることはない。人生の終末にあってまでつきまとう、わが能無しにはつくづく腹が立ち、かつまた残念無念である。
私は二度寝にありつけないままに、長い時間寝床に寝そべっていた。それには絶えず輾転反側(てんてんはんそく)が付き纏(まと)い、そのたびに寝つけない苦しさが弥増(いやま)した。仕方なく二度寝は諦めて、ならばと覚悟を決めて、仰向けになり寝そべりを正した。すると、数々の「思い出」が浮かんだ。試しに思い出に変えて、「想起」を用いた。おのずから、よみがえる心象風景は異なった。
思い出には懐かしさや愛(いと)おしさがつのり、いやこれらを超えてずばり、楽しかったことやうれしかったことなどがよみがえった。一方逆に、想起には悲しかったことやつらかったことなどが、これまたかぎりなく浮かんできた。心象には摩訶不思議なところがあり、一つの言葉の違いで、よみがえる風景は様変わる。私は寝そべりながら、一つの懐かしい思い出に耽っていた。
子どもの頃のわが家には、今様の雨除けの布傘やビニール傘、さらには日除けのパラソルなどはなかった。わが家に常置していた傘は、手に重たい番傘一辺倒だった。番傘は茶色の太身(ふとみ)で、開ければバリバリと音がして、かすかに油のにおいを残していた。手に持つ長柄(ながえ)は、武骨な竹づくりだった。今思えば、油傘(あぶらがさ)と言ったほうが妥当なのかもかもしれない。なぜ? 番傘と言うのであろうか。机上に置く電子辞書を開いた。説明書きはこうである。「竹骨に紙を張り油をひいた、粗末な雨傘」。わが問いには答えのない、ぶっきらぼうの説明書きである。だからこの文章を閉じれば私は、インターネットの人様の知恵にすがり、「番」の由来を学ぶつもりつもりでいる。
番傘は厚手の紙に塗りたくった油が、雨をはじくのであろうか。村中の富貴な家にあっては、上等で洒落た「蛇の目傘」があったかもしれないけれど、わが家にはそれはなかった。雨の日に自転車の片手ハンドルで、町の高校へ登校するときもまた、重たい番傘一辺倒だった。番傘につきまとう思い出は、このことこそイの一番である。すなわちそれは学童の頃にあって、突然の雨の降り出しに遭って、番傘につきまとう母の優しさである。番傘を持たずに登校した後で雨が降り出すと、廊下の隅にちらちらする母の姿が現れた。教室の中から後ろ向きに眺めると、母は声なく手にした番傘を音なく揺らした。それは(番傘を持ってきたよ)の合図で、置き場所はいつものところとわかっていた。ぼくが阿吽(あうん)の呼吸で母の姿を目に留めると、母は用を足して姿を消していた。
わが家と学校の間は歩いて、片道二十分を超えるほどの道のりである。雨の降り出しに驚いて母は、速足で番傘を持って来たのである。突然降り出した雨の日に、廊下の隅に現れた母の姿は、今なお心中にしょっちゅうよみがえる佳い思い出である。言葉を想起に変えれば、これまたわが心中にしょっちゅうよみがえるのは、唯一の弟をわが「へま」で亡くしたおりの悲しい全光景である。こんな「思い出」と「想起」を抱き込んで、10月19日(土曜日)の朝が訪れている。大空は夜明けの雨模様を断って、満天日本晴れに変わっている。
文才なく苦しんで書いた文章は、ようやく幼稚な作文を為して、終えたのである。題のつけようはなく、まだ浮かんでこない。こののち「番」の由来をネットの記事にすがるから、「番傘」でいいのかもしれない。
選挙戦のさ中にあって、一つだけ思う
寝起きに文章を書く習性にある私は、常にネタ不足に悩まされている。ところがこの二日(おととい、きのう)にあってはネタに恵まれて、『河口湖』および『続河口湖』の表題で、かなり長い文章を書いた。文章の出来はともかくネタに恵まれて、ネタ不足に呻吟することは免れた。そのためか気分が小躍りして、長文にありついた。しかしながら書いた文章を読み直すと、せっかくの格好のネタなのに、もっと上手(うま)い書きようがあるのかなと、ちょっぴり悔いた。ところが悔やんでもどうにもならない、わが脳力(能力)の限界の証しである。しかし一方、確かにネタに恵まれて書く文章は、書きながら自分自身、心地良い気分に浸れるところはある。いつもこの気分に遭遇するためにはやはり、ネタの大切が身に沁みた。そしてネタを得るには、ネタ探しの行動の必要性、大切さ、重要性をあらためて悟った。これこそ著名な作家になぞらえれば、たっぷりと時間をかけて、かつ用意周到の取材活動である。もちろん、六十(歳)の手習い、かつ浅学非才のわが身には叶わぬ願望にすぎない。
きょう(10月18日・金曜日)もまたネタ無しである。それゆえにこの先を書けば、いつものように呻吟を免れない。挙句、駄文を綴り、しかたなく結文へ逃げることとなる。
現下の日本社会の世相にあっては、衆議院解散にともなう総選挙(選挙戦)の最中にある。過日(10月15日)に立候補者の公示始まり日があり、現在は来る投開票日(10月27日、日曜日)に向けて、選挙戦は渦中にある。期日前投票は始まり、すでに投票を終えた人もいる。ネタないゆえにきょうの私は、この選挙(戦)において怪訝(けげん)に思っていることを書き添える。
今回の総選挙において、各党がほぼ一様に掲げる公約の一つは「政治改革」である。そしてこれは、総じて最大の目玉公約を成している。しかしながらこれは、わが下種の勘繰りをすれば、政治を司(つかさど)る人たちの公約にしては、腹の立つみすぼらしいものと言える。なぜならこんなことは各党そろって、不断に身を正して置けば済むことである。だから、こんなことが公約の最上位を成すことには腹が立つし、かぎりなく馬鹿げている。大事な選挙にあってはやはり、日本の国の舵取りに見合う公約を各党並べて、最上位に掲げるべきであろう。こう考えれば、自分たちの不断の「へま」を国民に泣きついて正す選挙戦は、選挙権を有する国民にとっては、甚(はなは)だ不毛の選挙戦と言える。総選挙は極めて大切ゆえに、私は進んで清き一票を投ずるべきだけれど、候補者の「驕りや飯の種」の助成に、投票所へ行かねばならないことでは、気分は殺がれるばかりである。
長々と書いたけれど、『河口湖』続いて『続河口湖』を書いた気分とは、まったく異質の遣る瀬無い気分で、結文を迎えている。「政治改革」くらいは国民に頼らず、様々なお金にありつける自分たちで、正してほしいと願うところである。日本の国を司ろうとする立候補者は、いっときの嘘っぱちの涙雨を流して、大事な一票に託する国民に媚びて、挙句に欺(あざむ)いてはならない。
夜明けいや朝の大空は曇り、こちらこそ今にも、涙雨を落としそうである。
続「河口湖」
10月17日(木曜日)。時刻はすでに5時を過ぎているのに、夜明けはかなり遅くなっている。そのせいでまだ夜の佇まいにあり、天気の良し悪しを知ることはできない。こののち夜間は日を追って長くなり、それとは逆に昼間は短くなってゆく。もとよりこのことには抗(あらが)えず、躊躇(ためら)うことはない。しかし、夜長は冬へ向かう前段階であり、この先は日々寒気が強まるばかりである。それが寒がり屋の私には堪えて、日々つらさをいや増してくる。挙句、おのずからこの先には、寒気を耐え忍ぶ日暮らしが訪れる。もとより、抗うことのできない時のめぐり、季節の移りゆえに、じっと耐えるよりしかたがない。しかしながら、こんな状態をすでに84年過ごし、かつまた毎年経験もしている。だから、いまさら泣きべそをかくことはできない。それなら、はやり歌の文句を捩(もじ)り、『時の流れに身をまかせて……』、この心境にすがることとする。
序章にしては長く書いてしまったと思える、わが身の不始末である。さて、きょう書こうと思ってパソコンを起ち上げたのはこのこと、すなわちきのう書いた『河口湖』に纏(まつ)わる続編である。しかしながらありきたりに、河口湖および周辺の美的光景、なかんずくそのあたりから眺める富士山および周辺の素晴らしさ、すなわち全体風景を愛(め)でても能がない。なぜならこの地に佇めば、そんなことはみんな一様に感ずることだからである。だから私にかぎれば、この日の私は心中に特別、こんなことを浮かべていた。そしてそれは、きのうの『河口湖』において、書き足りていないことだった。ゆえにきょうは書かなければならないと思い、私はキーボードを叩いている。しかし、書きそびれていたことは多くはない。
書き添えなければならないイの一番は、押すな押すなの観光客のなかにあって、日本人はごく少なく、見渡すこの人(たち)、あの人(たち)は、外国人ばかりだったことである。それらは、黒人、白人、そして風貌は日本人とほぼ同じくしても、耳に聞こえてくる言葉が違う異国の人たちだった。哀れなるかな私は、見た目や耳に入る言葉で、それらの人の国の違いを知ることはできなかった。総じて私は、外国人の多さに驚愕し、唖然とするばかりだった。一方で私は、外国人が日本観光を楽しんでいる様子にかぎりないうれしさをおぼえていたのである。
きょうはあえて、このことだけを付け足したかったのである。オマケに付け足すと、初見参地・「河口湖」およびその周辺の美的風景、かつまたそのあたりから眺める富士山および周辺の雄姿は、まさしく内外の観光客の目に十分に応える絶景だった。私はうれしい気分で、「河口湖そして富士山」観光を終えて、帰途に就いた。
なぜ人間は、戦争をするのであろうか。時が経ち、薄曇りの夜明けが訪れている。文章はわが手に負えない。
河口湖
10月16日(水曜日)。朝、6時きっかりに目覚めて起き出している。すぐさまパソコンを起ち上げて、脳髄はいまだ就寝状態のままにキーを叩き始めている。生来、私は不器用で、とりわけわが指先はのろまである。ゆえにこの先どんな文章が生まれて、さらにはどれぐらい先に結文になるのかと、精神不安に苛(さいな)まれている。
視界に朝日の輝きはない。けれど、雨なくまた木の葉が揺れる風もなく、のどかな曇り空の状態にある。このことでは昼間へ向かうにつれて、胸の透く秋晴れの空が望めそうである。きょうの天気予報は聞きそびれている。早くもない、遅くもない定時(6時)の目覚めは真面(まとも)だが、文章を書くにはこころ急いて、心中はドタバタと苛(いら)ついている。
きょうは、いつもとは異なり格好のネタがある。めったにないこんなときはみずから決めている制限時間に切迫されることなく、十分に書き尽くしたい思い山々である。過日「スポーツの日」(10月14日・月曜日)にあっては予告どおり、娘家族(夫婦と高2の孫娘)そして共にわが夫婦連れだって(5人)、娘の連れ合いの運転にすがり車で行楽へ出かけた。行き先は、富士五湖の一つ「河口湖」だった。5人にとっては、初めての見参地(けんざんち)だった。5人そろっての行楽もまた、初めてだった。さらにわが夫婦に限れば、人生最後になるかもしれないと思えた遠出の行楽だった。スマホで確かめると、河口湖の在りどころの行政名は、山梨県富士河口湖町と記されていた。さらに確かめると近場には、富士登山において王道を成す「吉田口ルート」を擁していた。
河口湖をメインにして河口湖町は、文字どおり富士山を眺める近隣からの行楽客、さらには遠くの国内はもとより、外国からわんさと訪れる観光客で、飛びっきり(特等)の賑わう観光地を成していた。スポーツの日に違わずこの日には、好天気すなわちすこぶるつきの行楽日和が訪れていた。その下で私たちの遊覧は、三つまでもしでかした。一つはケーブルカー、一つは遊覧船、さらに一つは水面を猛スピードで走るゼット船だった。混雑する私たちの周囲の人々は、国知らずの外国人が多くを成していた。私自身はまるで、海外旅行の気分、桃源郷の楽園を愉しむかのようだった。ほかのみんな(4人)も同様の気分で無事、河口湖への行楽を終えたのである。
やはり指先ののろまのせいで、時間ばかりが過ぎて行楽の一部しか記せなかった。至極、残念無念である。望んでいたとおり、天高く朝日が輝き始めている。
報告
身体を傷する事故や事件には遭遇することなく、無事に帰宅できました。しかし、帰途中にあってひどい渋滞に巻き込まれて、十時近くにわが家に着きました。このため就寝が遅くなり、かつまた行楽につきまとう疲れのせいで、とっくに朝が来ていても、いまだに寝床に寝そべっています。起きてパソコンには向かわず、スマホでこの文章を書きました。申し訳ありません。きようは衆議院解散にともなう、総選挙に向けての立候補者の公示日です。
「スポーツの日」(10月14日・月曜日)
現在はまだ夜明け前(4:48)。娘の家族の迎えで一緒に、車で「河口湖」への行楽へ向かうため、文章は書けません。事故に遭遇すればこの文章で途絶え、無事に帰宅できればこの先へ続きます。わが人生における、最後の行楽をほのめかす誘いゆえに、断り切れません。何らかのトラブルに遭いそうで、気分はウキウキせず、いや慄いて後ずさりしています。娘夫婦は共に、難病に脅かされています。そのため、不断のわが日暮らしに、ウキウキ気分はまったくありません。いっときの気分晴らしを願ってはいますけれど、そうにはなりそうにもなく、不安に取りつかれた名前負けの、「行楽」にならないことを願っています。
「秋の朝」、つれづれ
あすの「スポーツの日」(祝休日)を控えた中日(10月13日・日曜日)、夜明けの頃はとうに過ぎて、朝と言える「時」に起き出している。だけどいつもとは違って、熟睡と安眠がともなった気分の好い朝寝坊である。ところが自然界は、これにさらなる好気分を上乗せしてくれている。目覚めると私は、部屋の明るさに驚いて大慌てで起きた。そして、元からカーテンの造作のない前面の窓ガラスは要なしに、ほかの窓ガラスに掛かるカーテンのすべてを開いた。すると見渡すかぎりに、全天候型の胸の透く日本晴れの「秋の朝」が訪れていた。むかし、「体育の日」(10月10日)と言っていたこのあたりは、初秋、中秋、晩秋という、秋の三区分の中にあってもやはり、好季節の真っ只中にある。ようやく自然界(気象)は、きのうの三連休の初日(10月12日・土曜日)あたりから、本来の秋の恵みをもたらしている。あしたもまた日本列島には隈なく、「スポーツの日」にふさわしい好天気が訪れそうである。ここにきて自然界は、本来の秋の恵みを人間界にもたらすだろう。これに関して願うところは欲深く、地震を筆頭とする天変地異が起きないことである。
現下の人間界いや日本社会は、衆議院の解散にともなう、立候補者の公示日(10月15日)を前にして、総選挙(選挙運動)の走りにある。そして、その投開票日(10月27日(日曜日)までのこの間は、まさしく人間のこころ善悪、剥き出しの選挙戦になり変わる。できればこれに呼応し自然界は、これまたわが欲深く、雨傘要らずの街頭演説を恵んでほしいと願うところである。
朝が昼へ向かうにしたがってきょうもまたわが心は急いて、挙句文章はまったく実のない殴り書きと走り書きに陥っている。ゆえにこの先を苦しんで書いても文章にはならず、加えてせっかくの好気分は塞ぐばかりである。ゆえにここで、結文とするところである。
きのうのクライマックスシリーズ第一戦は、わがファンとする阪神タイガースは、横浜ベイスターズに敗れた。きょうの第二戦に敗ければ、たちまち万事休すである。幸いにもきのうの負けによる憂鬱気分は、「秋の朝」が恵んだ好気分でかなり和らいでいる。できればこれまた欲深く、きょうはテレビの前で妻と相和して、タイガース応援グッズの一つ、メガホンをときには口にあて、ときには力いっぱい打ち鳴らしたいものである。秋天高く日本晴れの甲子園球場には、球場の収容定員(47、400人)満杯までに、観衆が訪れるだろう。涙にはうれし涙と悔し涙がある。テレビの前の二人の瞼には、どちらかの涙が溜まりそうである。
こんな文章! こころ急(せ)いてまで無理して書く価値はない。自分自身がしでかした罪(駄文)なのに、ちょっぴり恨んでいる。身勝手に罪をほかになすりつければ、好気分をもたらした「秋の朝」のしわざなのかもしれない。
ようやく訪れた秋晴れの下で、思う
不確かだった「夜明け」と「朝」の違いは、きのう開いた電子辞書の説明書きで、ようやく確かなものとなった。10月12日(土曜日)、来週の「スポーツの日」(10月14日・月曜日、祝休日)へ繋ぐ、三連休初日の夜明けを迎えている。「朝」とは、こののち正午あたりまでを言う。朝が過ぎれば「昼」となり、昼が暮れれば「夜」となる。明ければ次の日(翌日)の夜明けが訪れる。24時間を経て、一日は回って行く。それにちなむ人間の営みは、文字どおり「日暮らし」である。なんだか今の私は、学童時代の「綴り方教室」へ戻り、学び始めの文章を書いている。
もちろん、いつものように起き出して来るや否や、ネタなく綴り始める文章にすぎない。だけど、せっかくだから「綴り方教室」へ遡り、今心中に浮かんでいることの書き添えをつらつらと試みる。もとより、何が飛び出さすか不明の文章ゆえに、不都合すなわち、ふるさと言葉に置き換えれば「気色悪い」文章になれば、平にお許しをこうところである。
当時、私たち内田小学校一年生そして二年生までの持ち上がりのご担任は、見目麗しくうら若い渕上孝代先生だった。先生はのちに、ご同僚の平先生へ嫁がれたので、現在は「平先生」とお呼びしている。ご長男のお嫁さんの平洋子様は、ときおり掲示板へふるさと情報をご投稿されて、同クラスだったふうちゃん(ペンネーム・ふうたろう)や私にたいし、平先生のご近況を伝えてくださっている。恩師(お義母さん)と教え教え子たちとを、絶えず結んでくださる洋子様のお心遣い、さらにはお義母さんへの飛び切りの優しさに出合うと、私は常にこの上ない感謝と感激にうちひしがれている。
恩師・平先生は、今は亡きわがふるさとの長兄と同級生であり、はたまたお義母様もまた、生誕地の集落と学級を共にした仲の好い友達であられたと言う。恩師・平先生の現在のご年齢は95歳と推察するところだけれど、洋子様はいまなおお元気とお伝えくださっている。ゆえに私たちは、安堵していっそう長生きされることを願っている。
現在、格好の「実りの秋」の季節である。秋らしくなく長く愚図ついていた秋は、気象予報士の予報に違わずようやく、胸の透く秋晴れが定着しそうである。ふるさとにあってはたぶん、山には山栗や山柿あるいは山葡萄が生り、里の野には栗、柿、梨、蜜柑などの果物が盛り迎えている。さらには新米の収穫に絡む農作業は、喜びに溢れながら多忙を極めている頃であろう。しかしながらそれらゆえに、わが心中によみがえる現在のふるさとは、一年じゅうでもっとも絵になる美的風景である。
三連休にあって、それに見合う秋晴れになりそうである。この間のわが関心事は、きょうを第一戦として始まる、プロ野球クライマックスシリーズ、阪神タイガース対横浜ベイスターズのテレビ観戦である。文尾にあたり、洋子様へひとこと。起き出して来てネタなく、成り行き的な文章を綴ってしまい、たぶん朝ぱっらから「気色悪い」思いをさせていたとすれば、再び平にお許しをこうところである。
手のろの文章は、夜明けから朝までかかってしまった。重ねて、わが恥である。しかし、恥を蹴散らして、秋天高い日本晴れが朝日に輝いている。おのずからわが気分は、すこぶる良好である。
謝意、感謝と謝り
10月11日(金曜日)。昼間に比べて夜間は「冬至」(12月21日)へ向けて、視覚的にも体感的にも日々少しずつ長くなり、そのぶん夜明けは遅くなっている。このところの私は、目覚めて起き出してくる時間にばらつきを被り、とりわけ遅い時間の起き出しには、慌てふためいて心が急いている。もちろんそれは、文章を書く心境をやたらとせっつかれるからである。挙句にはネタを浮かべたり、探したりする余裕を奪われて、いつも同じような寝起き時の天気に絡む文章を書く羽目になり、自分自身飽き飽きし、書き止めを決意した。自分自身の不甲斐なさや遣る瀬無さだけではなく、掲示板を汚し人様へ迷惑をかけるなさけなさが身に沁みているからである。
きのうはこんな状態のわが心境をあからさまに吐露し、さらには恥を忍ばず文章に記した。まさしく、恥の「掻き捨て」である。同音異義を用いれば、まさしく「書き捨て」こそ妥当であろう。ところが、「捨てる神あれば拾う神あり」。私は二人の神様、すなわち一人は女神の大沢さま、そして一人は男神の高橋弘樹様に拾われたのである。しかし、救われたかどうかはまだわからない。確かにきのうの私は、決意にすぐに止めを刺そうという心境にあった。ところが、お二人の神様からメッセージ付きのエールを賜り、決意は先延ばし、こちらは恥を忍んでまだ続けようかなと現在、心境が揺らいでいる。しかしながら書けばやはり、様変わりしない文章になることはみずから請け合いである。
自然界現象(気象)、すなわちきょうの夜明けは、きのうとはまたっく異常(異質)と思うほどに様変わっている。実際のところきのうの夜明けには、台風並みの雨嵐が荒れ狂っていた。つれて寒気もひどく、大慌てで私は、準冬防寒重装備で身を包んだ。今にもぶり返しそうな風邪は、確かな効き目をおぼえている風邪薬を間を置かず二度服用し、寸でのところで防いだ。きのうと様変わるきょうの夜明けは、荒れ狂った雨風は消え去り、そよ風が視界の木々の枝葉をのどかに揺らしている。見渡す大空はこれぞ秋の日本晴れ! 朝日にキラキラと照らされて、大海原のごとく青く光っている。きのう酷い寒さを感じた肌身は、これまた大慌てで元の着衣に戻しても、寒気はほどよい心地良さにある。
パソコンを起ち上げるや否や私は、電子辞書を開いて不断、不確かさをおぼえている言葉を確かめた。なんとそれは、「朝と夜明け」の時の区分である。
朝:(古代には、昼間を中心にしたときの表現法と夜間を中心にしたときの表現法があり、「あさ」は昼間を基準にした「あさ」「ひる」「ゆう」の最初の部分)夜明けからしばらくの間、また、正午までの間。
夜明け:夜が明ける時。東の空が白んで、うす明るくなってくる頃。あけがた、あかつき。
わが寝起きは、あるときは「夜明け」になり、あるときは「朝」へ間延びする。けれどわが命の鼓動は、まだ一日のこのサイクルの中で動いている。84歳、だから幸運な生命を嘆かず、私は恥など「知らぬが仏」で、しばらく「書かない決意」の先延ばしをわが肝に命じている。言葉違いの「銘」ではなく、脳髄からの肝への「命令」である。
実のない文章を長々と書いてしまい、平に御免蒙りたいものである。わが命の鼓動は、夜明けから朝早いところで、「もう、起きろ!」と、病みのない正規鼓動を繰り返してくれている。とてもありがたく、だからそれに背かず、もうしばらくは「もう書きたくない決意」の離散を願っている。
普段と違ってこんな良好な気分は、二人の神様に励まされ、同時にようやく訪れた好季節が恵んでいるのであろう。きょうの私は、人と季節の相なすコラボに恵まれて、いつものマイナス思考を遠のけている。しかしやはり、こんな気分の制限時間切れに慄いている。時間があると、こんどは駄文を書きすぎる。早い起き、朝寝坊、どちらも文章は様にならない。