ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

番外編、『美しき天然』、歌詞に魅せられて

 貧乏造りのわが家には、茶の間と呼べる洒落た部屋はない。私は腹立ちまぎれに、そして嘘っぱちに、「ここ」を茶の間と呼んでいる。ここは六畳の畳み敷で、窓際にはテレビを一台置いている。そのほか隅には、大きな茶箪笥を一基据えている。だからもうここは、物置みたいに手狭である。それなのに中ほどには、妻と私が相対で座るソファを対向に置いている。その間には、食事用のちゃちなテーブルを置いている。ここが茶の間らしいのは、テレビと寛ぐソファがあるからである。
 テレビチャンネルの主導権は妻の手にある。それがときどきわが手に戻るのは、プロ野球をはじめとするスポーツのテレビ観戦のおりだけである。それでもテレビ自体は、私も妻の視聴に合わせてよく観る。しかしながらその観方は、どうでもいいほどに気のない観方である。
 妻は料理番組と歌番組(歌謡曲主体)をよく観る。私の場合、料理番組はその多さに辟易し、煩わしくてあまり観ない。しかし歌番組は、歌好きの妻に同調してよく観る。
 先日のテレビには、初めて聴き入る歌が流れた。不断の私には天変地異の恐ろしさは別にして、「自然(界)賛歌」旺盛のところがある。このこともあって流れて来たこの曲(歌詞)には虚を突かれ、度肝を抜かれた思いだった。いつもであれば歌詞をコピーして、簡便にこの文章に張り付ける。ところがコピー禁止なのか、それができない。仕方なく私はスマホを手にして、困難を極めて下に書き移したのである。実際のところはそうまでしても私は、自然界賛歌を謳うこの歌(歌詞)にほれぼれしたのである。挙句、「ひぐらしの記」への転載を決めたのである。
 この歌の由来は、スマホにはこう記されている。「美しき天然」は、佐世保女学校の教材として作られた曲です。中間省略。「美しき天然」は、武島羽衣の作詞、田中穂積の作曲、日高哲栄の編曲による楽曲で、チンドンのメロディーでおなじみです。明治35年(1902年)に発表され、最初のワルツと言われています。私立佐世保女学校の音楽教師でもあった田中は、烏帽子岳や弓張岳からの九十九島や佐世保湾など、佐世保の山河の美しい風景に感動し、これを芸術化し世に広めたいと考えていた。そこで、折よく入手した武島羽衣の詩に作曲し、本曲は誕生した。
 私の追記:この歌『美しい天然』はこんにちまで、島倉千代子にかぎらずいろんな歌手が歌い、また合唱曲としていろんな人たちに歌われて、こんにちまで歌い継がれている。大沢さまにはご面倒をおかけするけれど、「ひぐらしの記」に残して置きたい歌である。なぜなら、日本の四季の情景をまさしく「美しき天然」と伝えて、詩情豊かに歌われているからである。そして私が、歌唱のなかでもとりわけ、歌詞の見事さに驚いているためである。
 『美しき天然』「作詞:武島羽衣 作曲:田中穂積 編曲:宮川泰 歌:島倉千代子 発売日:1997、05、21」
 わが数の少ない、持ち歌の一つに加わりそうである。
1)空にさえずる鳥の声  峯より落つる滝の音
  大波小波鞳鞳と    響き絶えせぬ海の音
  聞けや人々面白き   此の天然の音楽を
  調べ自在に弾き給う  神の御手の尊しや
2)春は桜のあや衣    秋は紅葉の唐錦
  夏は涼しき月の絹   冬は真白き雪の布
  見よや人々美しき   この天然の織物を
  手際見事に織りたもう 神のたくみの尊しや
3)うす墨ひける四方の山 くれない匂う横がすみ
  海辺はるかにうち続く 青松白砂の美しさ
  見よや人々たぐいなき この天然のうつしえを
  筆も及ばずかきたもう 神の力の尊しや
4)朝に起る雲の殿    夕べにかかる虹の橋
  晴れたる空を見渡せば 青天井に似たるかな
  仰げば人々珍しき   此の天然の建築を
  かく広大にたてたもう 神の御業の尊しや

人の振り見て我が振り直せ

 10月29日(火曜日)。いまだ夜明け前の外気にあって、私は真っ暗闇のなかに起き出して、パソコンへ向かっている。寝床から抜け出して来るやいなや傍らの窓辺に佇み、掛かる二重のカーテンを開き、なお窓ガラスと網戸を開いた。空中へ右腕を伸ばそうと思った瞬間、直下の道路上には懐中電灯の明かりが揺れて、足早に人様が前方より近づいてきた。雨模様を確かめるはずの私は、揺れる明かりに驚いて、伸ばした右腕をすぐに引っ込めた。明かりの揺れは、懐中電灯を持つ人様のしぐさだった。人様の姿は薄っすらと見えだけで、性別や年齢の程など、分かるはずもなかった。歩く人様の姿を薄っすらと照らしたのは懐中電灯ではなく、山の法面に立つ一基の外灯の淡い明かりだった。急ぎ足の人様は雨傘をさしているのだろうか? と思い、私は揺れる明かりの周辺をじっと凝視した。だけど、雨傘は見えなかった。就寝時の雨は、止んでいたのである。そのことを見届けると私は、すべての行為を元へ戻した。そして椅子に座り、机上のノートパソコンを起ち上げたのである。
 雨が上がったばかりで未だ暗闇の中にあっては、散歩をするほかには用無しのはずである。このことを心中に浮かべて、姿の見えない人様の努力とかつ執拗な生き様にたいし、私は度肝を抜かれていた。たぶん、歩いていた人は高齢者の枠を超えて、なおいっそう年寄りであろう。なぜなら、普段の朝夕の散歩のご常連には若者はいなく、また中年も少なく、多くは高年齢者である。ところが高齢者であっても、いまだ夜中そして雨上がりを待って歩く人はたぶん、この先なお生き長らえることに必死の人なのであろう。確かに、私とて生きながらえることには欲張りである。しかし、怠け者の私は、それに見合う努力はしないままにいたずらに生きている。とりわけ、散歩は長生きの秘訣とは知りながらも、億劫で大嫌いである。だから、根っからのわが怠惰(心)を省みて私は、やっかみ半分をたずさえて見知らぬ人様にたいして、心中では声無しの喝采のエール(応援歌)を叫んでいた。このときのデジタル時刻は、4:44と刻まれていた。
 もとよりきょうは、こんなことを書くつもりはなく、久しぶりに用意周到のネタをたずさえて、パソコンを起ち上げたのである。ところがいまだ夜明け前にあっては、執筆時間はたっぷりとある。それなのにもう字数の多い長い文章になっている。これにネタの文章を書き加えれば、この先はエンドレスになりそうである。それを恐れて私は、尻切れトンボの恥を晒して、ここで書き止めにする。
 夜明けはまだ薄く、きょうの天気模様は知ることはできない。しかし、先ほどの人様の様子と併せて、確かな雨の無しの夜明けになりそうである。きのうも書いたけれど、この秋は雨の日が多く、胸の透く秋晴れには縁遠いままに季節は移りゆく。10月はきょうを入れて、あと三日残しにすぎない。11月へ替われば、すぐに「立冬」(11月7日)が訪れる。冬入りは、この秋の悪天候を引きずるのであろうか。私は、「文化の日」(11月3日・日曜日)の前後には晴れの日が多いという、気象(気象庁)データにすがっている。
 きょうもまた、昼間へ向かうにつれて、雨がぶり返してきそうな雲行きである。夜明けは時は過ぎて、晴れてほしいと願う、せつない晩秋の朝にある。

「雨」と「涙雨」

 10月28日(月曜日)。小雨そぼ降る夜明けが訪れている。自然界の雨にはわが能力(脳力)では表現できない、かぎりなく様々な降り方がある。わが下種の勘繰りをすれば、最も良いと思えるのは人間の心を癒し、和んでいっときロマン心に浸れる降り方である。逆に悪い降り方は、最もなどと順位は付けず並べて、人間界に災害をもたらす雨である。人間の眼が垂らしたり、あるいは瞼に溜める雨は、おおむね涙雨にかぎられる。しかし涙雨は、悲しさ一辺倒ではなく、涙の文字に囚われず、嬉しさあふれる涙雨もある。だけど涙雨の多くは、文字どおり悲しいときに溢れ出る。
 今回の衆議院選挙はきのう(10月27日・日曜日)の午後8時をもって投票行為は閉められた。明けて現在は、すべての当落(者)が決まっている。ゆえに、立候補者とその関係者は、涙雨(嬉しさと悲しさに分けて)に濡れている。いや、彼らにかぎらず日本国民の多くもまた、どちらかの涙雨を濡らしている。しかしながら日本国民が浮かべる涙雨は、もとより彼らが濡らすものとはかなり異質である。すなわちそれは、この先の日本の国の舵取りにかかわる、どっちつかずの涙雨である。
 このところの私は、書き殴りの悪癖のせいで、長い文章を書き続けている。おのずからわが心身は、草臥(くたび)れ儲けさえにもならない疲労困憊(ひろうこんぱい)まみれにある。ゆえにきょうは選挙結果に纏(まつ)わる、わが当てずっぽうのグダグダ文章などは書かず、ここで結ぶものである。
 10月も最終の週に入り、来週からは早や年末へ向かって迫る11月を迎える。初秋、中秋、晩秋と過ぎて顧みれば、私にはなんだかこの秋は、胸の透く秋晴れの日が少なかったように思えている。このことではちょっぴり垂れる涙雨がある。こののちの気象庁の秋の天候の総括を待つところである。
 選挙戦においては結局、私は子どもの頃に楽しくなじんだ「選挙カー」のめぐる光景には遭わずじまいだった。それでもきのうは、妻と連れ立って仲良く投票を済ました。きょうわが瞼を濡らす涙雨は、選挙結果は抜きにして、きのうの重たい妻の足取りを再び浮かべるせいであろう。いや、妻にかぎらず老いさらばえる身体のせいで、わが足取りもかなり重たくなっていた。おのずから二人の気分は重たくなって、こんな会話が漏れた。
「きょう予定していた昼カラオケは、日延ばしにしよう。それで、いいい? ……ごめんね」
「いいわよ。わたしも、きょうは行きたくないわよ」
 夜明けの雨は風を交えて、嵐になりかけている。人間界にもまたきょうは一日じゅう、好悪(こうお)の涙雨が強まりそうである。
 わが意に背いて指先は、グダグダの長い文章のキー叩きをしてしまった。かたじけなく、詫びるところである。わが両目の瞼にはわけのわからない、入り交じりの悲しい涙雨が溜まりかけている。

選挙結果と、「昼カラオケ」への引率同行のつもり

 10月27日(日曜日)。きのうに続いて、未だ夜の佇まいのなかに起き出している。きのうの選挙戦最終日には、ときたま小雨が降り、ほぼ一日じゅう日光にはありつけずに過ぎた。夜明け未だに遠く、きょうの天気模様を知ることはできない。だから祈るところは晴れ、晴れが叶わなければ雨降りだけはご勘弁である。なぜならきょうは、過日の公示日(10月15日)から、きのうまでの選挙戦を終えて、いよいよ投開票当日である。病弱でノロ足の妻を連れ立って投票所へ向かう、老齢の二人の足取りに雨や雨傘は邪魔ものである。私には投票は昼前に済まして、せっかくの二人しての外出のついでに、大船(鎌倉市)の街へ向かう心づもりがある。
 大船は、わが家(二人)の不断のなんやかんやの用足しの街である。わが家の買い物行動を一手に担うわが行き先は、もっぱら大船にかぎられている。妻の用足しもまた、ほぼ大船の街一辺倒である。わが家の最寄りのバス停は「半増坊下」だが、投票所(町内会館)最寄りのバス停は、その一つ先にある「北鎌倉台」である。どちらにしても、大船までの乗車時間は20分程度である。
 さて、わが心づもりにしている用件は後回しになったけれど、このことである。すなわち、私は妻を誘(いざな)って「昼カラオケ」へ行く意思を固めている。「昼カラオケ」は音痴の私にはまったく要のないところだけど、歌好きの妻には滂沱の涎が垂れるところである。しかし、妻独りでは行けず、引率同行する介添え役は、私が担っている。妻にはカラオケ仲間はいっぱいいる。けれど、それらの人たちの多くは元気だから、近くの「今泉さわやかセンター」(鎌倉市)で、日を決めて歌っている。かつての妻はここへ出向いて、最も喝采を浴びる歌い手だった。ところが衰える身体を持て余し始めて以来、やむなくここは遠のいている。ここにも私の引率同行が必要になり始めると、おのずから妻の足は寸止めを食らっている。すると、しだいにわが気持ちは変わり始めて、どうせ行くなら「昼カラオケ」志向へと傾いている。妻はそのほうが喜ぶし、同時に私もまた、妻の喜ぶ姿を見たいからである。このことは一度、書いた記憶があるから二番煎じになる。
 カラオケ仲間のご高齢の女性(90歳を超える)と妻の出会いのおり、私たちには初見参の出会いの場所「ある昼カラオケ店」へ、そこを探し探し、私は妻を引率同行した。このときの私は、一曲さえ歌わずノンアルコール一瓶で、2時間ほど潰(つぶ)した。一方妻は、出会いの人はいるものの、三人ほどの未知の高齢の男性陣に交じり、喝采を浴びて数曲を歌った。妻の歌と共に、妻の喜びようもまた絶頂だった。妻の姿を見るわが気分は高調していた。このときの私はそれに味を占めて、妻へ掛ける情けはやはり、「昼カラオケ」が一番だと決めたのである。ゆえにきょうは、選挙行動のついでとはいえ、妻を「昼カラオケ」への連れて行こうと、心づもりにしている。しかし、わが心づもりの多くは実らないこと多々である。
 現在のところ雨模様は遠のいて、大空にはお天道様が光を放し始めている。しかし、今夜の投票(選挙)結果は、大雨まじりの大荒れになりそうである。

選挙戦の結末と、気になる物価高

 10月26日(土曜日)。二度寝にありつけず目覚めて、仕方なく外気、真っ暗闇の中に起き出している。わが日常生活において安眠を貪り、最も心の安逸に恵まれていいはずの就寝は、今や修羅場と化している。ときには悪夢に魘され、常時頻尿を被り、これらのせいで二度寝にありつけない。ときたま寝坊助に恵まれるけれど、これとて起き立ての精神状態は正常ではない。なぜなら、文章の執筆時間にこころ急かされるからである。就寝がこれらに脅かされ、安眠が遠のくことは腹立たしく、またかぎりなく大損である。少しだけ益があるとすればそれは、二度寝にありつけず仕方なく起き出し、パソコンを起ち上げて、たっぷりとある時間で、キーを叩けることである。しかしながらそれとて、脳髄は空っぽのまま、さらには眠気眼(ねむけまなこ)との抱き合わせを被る始末である。
 眠いなら二度寝にありついていいはずだけれど、なぜかそれは叶わない。おそらく眠気に加えて、精神が錯乱状態になっているせいであろう。就寝さえままならなくなるようではもはや生存は、まぼろしか風前の灯火(ともしび)になりかけている。
 さて、あす(27日、日曜日)は、このたびの総選挙(衆議院)の投開票日である。私は病弱で足がノロマの妻を引率同行し、町内会館の投票所へ向かうことになる。一時は棄権も脳裏を過(よぎ)ったけれど、やはり大切な選挙(権)である。ゆえに二人とも、この権利を放棄することはできない。またこのたびの選挙は、総理そして内閣が新たに替わり、さらには二、三の政党の代表も新たになり、きわめて大事な選挙である。言うなれば日本の政治の新たな船出であり、やはり進んで投票所へ向かわなければならない。娘は現住する神奈川県横須賀市内のある投票所で、期日前投票に加えてあしたも、投開票(選挙)の世話係を務めると言う。だから、親が棄権でもすれば、娘の面汚しにもなる。
 選挙戦において各党が並べて、公約の一つに掲げているものには、「物価高の抑制」というものがある。確かにこの公約は、現下の日本社会における物価高を鑑みれば当を得て、どの党も喫緊に解決すべき課題であり、かつまた投票を呼び込むには即効性あるのテーマでもある。
 わが家の日常生活における買い物は、わが専一行動である。ゆえに私は、買い物のたびに様変わる物価高に遭遇し、酷く怯えている。目にする品々においては、まさしく日替わり弁当さながらに、そのたびに値段が高く変わっているものもある。一例を記すと、買い物行動のたびに必ずわが足の向く、「西友ストア大船店」(鎌倉市)の野菜フロアのトマトの値段の様変わりようである。中玉のトマトにすぎないのに現在は、一個299円となっている。最初はいくらだったか知らずじまいだが、目につき始めは一個99円、次には199円、そして今や299円である。ところがトマトの見た目は、逆にしだいにみすぼらしくさえなっている。
 あれれ、書き殴りの文章はまたもや長くなり始めている。きょうはまだたっぷりと時間がある。恥を晒し、尻切れトンボをも構わず、ここで結文にしないと、この先エンドレスになりそうである。
 西友ストアのトマトは買わず、素通りを続けている。だけど、トマトは夫婦共に好物ゆえに私は、ときには野菜と果物の安売り店「大船市場」で買っている。しかし、ここでもトマトの値段は高く様変わっている。そしてその姿は、中玉へはとどかず小玉、いや小ぶりにさえなりかけている。
 あすの開票結果はどうなるであろうか。やはり、今回にかぎらず選挙(権)は、私いや、日本国民にとってはすこぶる大事である。夜明けは曇り空、今にも雨が降りそうである。予報を見ていないあすの天気が、気になるところである。

きょうの文章は無題でも、書き捨てでも、惜しくない

 夜明けの遅さは、日々加速度を増している。壁時計の針は、6時あたりをめぐっているのに、未だ夜の佇まいにある。私は、次のようなことを心中に浮かべながら起き出している。文章は格好のネタやテーマがあり、そのうえ語彙(力)が豊富であれば、六十(歳)の手習いにすぎない私でも、下手は下手なりにどうにか書けるものである。このことがわが文章書きの発端である。しかしながら、容易(ようい)に思えるこの二つを叶えることは、もとより容易(たやす)いことではない。あえて二つのことを比べれば私には、語彙の学習や習得より、ネタやテーマ探しのほうがはるかに容易く思えていた。ところがどっこい現在の私は、文章を書こうとすれば逆に、ネタやテーマ不足に苦衷を舐めている。
 語彙の学習においては定年を前にしていた頃の一時期、私は定年後の六十(歳)の手習いを鑑みて、国語辞典を愛読書にしたり、漢検一級の合格を果たした。今では当時学習した語彙の多くは、日々、忘却の彼方に晒されている。しかしまだいくらかの余燼(よじん)があり、狙いどおりの助け舟にさずかっている。するとやはり、私の場合、文章書きの決め手は、その都度のネタやテーマの有無に掛かっている。この克服には、進んでネタやテーマ探しの行動が肝要になる。端的に言えば、行動力すなわちあちこちへの取材行動である。いや、ネタやテーマ探しには行動に頼らずとも、椅子に座しての文物の調べや学習も極めて有効である。ところが残念無念、私の場合はどちらも怠り、日々起き立てに心中に浮かぶ事柄のいたずら書きに終始している。そしてここまで、その証しとも言える「当たるも八卦当たらぬも八卦」の、わが野暮天の幼稚な文章論を書いてしまった。ゆえに恥じて、自分自身に併せて、ご常連の人たちにたいし、平に詫びるものである。
 さて、衆議院の解散にともなう総選挙の選挙戦は、今週末(10月27日・日曜日)の投開票日に向けて、余すところはきょう(10月25日・金曜日)とあす(26日・土曜日)だけである。だから今さらになるけれど、この選挙戦におけるわが二つの思いを下記してみる。これまた、わが「当てずっぽう」のところ大ありで、外れであればこれまた、双方(私と人様)に伏して詫びるところである。
 先ずはこのことだけれど、すでに一度書いた記憶があり、重ねて詫びなければならない。各党総じて「政治改革」を選挙公約の筆頭に掲げて、NHKテレビが報ずる政見放送、あるいは街中や村はずれにいたるまで関係者は、すべからく声高に喋りまくっている。政治改革とは、端的には自分たちがしでかした罪を改めるということであり、これが総選挙の公約の第一義を為すことには、みずからの恥晒しであろう。一方、有権者にすれば「政治改革」を日々聞くことには、馬鹿げていてかぎりなくつらいことである。もとより、一票を得るために有権者に阿(おもね)り、訴えることこそ恥の上塗りであり、彼らの面汚しの最たるものである。政治改革を為せるのは政治家自身に限られるものであり、もとより有権者は改革の外にある。「政治改革を公約にするのはみっともないから、いや、不断の政治活動で各党そろって改めましょうよ」と言って、実践躬行すれば済むことである。
 もう一つ各党並べて公約に掲げているものには、「物価上昇を超える賃金の上昇」というものがある。確かにこちらのほうは、公約に異質はなく、私も異存ない。しかしながらこれとて、わが下種の勘繰りをすれば、しっくりこないところがあり、有権者が冷めて反発を買うところはある。端的に言えば現下の日本社会には、私もそうだけれど、賃金にありつけない層(人たち)が数多いる。現下の日本社会は、世に言う高齢化社会の現況にあり、一方ではパートタイム労働者(時間制限・非正規労働者)の多さもある。これらの人たちは必ずしも、賃金の上昇を享受できない。確かに、各党並べて「最低賃金を1500円あるいは1500円以上にします」という、公約を掲げてはいる。しかし、「物価上昇に見合う、あるいはそれ以上の賃金の上昇を目指します」の公約にはやはり、享受できる層が限られていて、大きな違和感をおぼえるところはある。たとえまやかしであってもずばり、「わが党は物価上昇を抑えます」のほうがすっきりする。なぜなら、公約のほとんどは、選挙戦においてのみ有権者に響きの良い、果たせないまやかしにすぎないからである。
 書き殴りの文章はまたもや長くなってしまった。尻切れトンボを恥じず、大慌てで結文とするものである。きょうの文章はきのうとは異なり、無題としても、捨ててもまったく惜しくはない。曇り空の朝は、昼間へ向かうにつれて、雨を降らしそうである。雨傘さして、雨合羽を着ての街頭演説には、あまねく悲壮感がただよいそうである。

欲張りだから、無題では惜しい気もするけれど……

 10月24日(木曜日)。いまだ夜明け前にあって、外気は夜のたたずまいにある。夜明けの天気模様を知るのは、この先ちょっと後になる(5:35)。遣る瀬無さ、切なさ、情けなさの三つ巴の気分を、まるで自己慰安かつまた慰撫するかのような、二つの成語を心中に浮かべて起き出している。それは、「人間万事塞翁が馬」と「禍福は糾える縄の如し」である。これらに簡易な日常言葉を加えれば、「人生行路は茨道」、「人生行路は、夜明けて、日暮れて、悲喜交々である」。後段はこれまで聞き覚えがない、それもそのはず、わが出まかせの成句である。
 机上のカレンダーを眺めた。すると、きょうには「国連デー」の添え書きがある。だけど、(国連は何もしないなあ……、できないなあ……、世界は戦争ばかりだな……)と、嘆息が出た。
 現下の日本社会は、今週末(10月27日・日曜日)の投開票日に向かって、総選挙戦(衆議院)の最中にある。いや、もう最中は過ぎて選挙戦は、わずかに三日残しである。当落予想もおおかた出尽くし、立候補者は悲喜交々の時を迎えつつあるある。政界の選挙と比べることは野暮天だけれど、しかし悲喜交々の渦に晒されることにおいては相似たところがある。いや実際には選挙の当落より、悲しい運命(さだめ)めもある。
 現下のプロ野球界にあっては、戦々恐々とする戦力外追放(球団からの解雇・クビ)の嵐が吹き荒れ、ようやく収まったばかりである。楽しむファンを擁するプロ野球界とて、営利の企業経営の範疇にある。ゆえに、定員(人員)管理すなわち選手の入れ替えは必須である。働かない選手は要なしとなり、場合によっては何年もの人探し(スカウト)ののち、働きそうな選手を採用(入団)する。プロ野球界にあってきょうは、一年に一度すなわちことし(2024年)の「ドラフト会議(新人選択会議)」の当日である。ドラフト会議もまた、選挙の当落同様に悲喜交々の丸出しである。ところがこちらは、場合によっては公開のクジ引きで入団の可否が決まる。だから、選挙の当落を超える、確かな悲喜交々の上乗せである。
 身勝手に悲喜交々の差を鑑みれば、戦力外追放者は悲しさ一辺倒である。一方、喜べることではドラフト会議における入団OKの指名者が一番、次には選挙の当選者であろうか。なぜなら、選挙の落選者には長くて4年、短ければ半年のも満たない捲土重来の機会がある。ゆえに、悲しさに惨めさが付き纏うことは寸時(制限時間付き)で免れる。
 翻って世の中には、悲しさだけの人がいっぱいである。選挙は当落をもてあそぶ、雲の上の人たち(もとより幸福者)の晴れ舞台なのかもしれない。なんだか、寝ぼけの難しい文章をまたもや、意味なく長々と書いてしまった。疲れてもう懲り懲りだけれど、あすは短い文章できょうのリベンジ(復讐)を心掛けたいものである。しかし、私には文章は難しく、もうやめたい気分も旺盛である。
 久しぶりに晩秋の朝は、胸の透く秋晴れと日本晴れのコラボ(協奏)にある。朝御飯が迫り書き殴りのままで、読み返し(推敲)無しで文章を閉じる。ミスに気が留めている。

文章自体はまだ書きます

 10月23日(水曜日)。きょうの天気は雨の予報です。予報に違わず今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした曇天の夜明けです。あれれ! と、思われる人がおられるかもしれない思いこの先、訂正文を書こうと決めています。なぜならきのうの文章は、書き終えてみずから再読を試みると、すぐに詫びなければという心境に陥りました。それは長い文章が掲示板を汚し、そのうえ読んでくださる人があれば、気分を損ねたであろうという思いが溢れたからです。この思いがつのり、詫び心とそのときの心境を露わにした文章を再記すればこうです。そして一つは、「心よりお詫びいたします」。重ねて一つはこれです。「書き殴りの長い文章は懲り懲り、もう書きません」。もとより、「もう書きません」の主語(主因)は、書き殴りの懲り懲りの長い文章であり、文章のすべてに掛かるものではありません。わずかにたった一行の文章にすぎないのに言葉に替えればで舌足らず、文章ではずばり下手でわが意が伝わらず、誤解を生んでいるのではと危惧しています。だから、恥を晒してでも、この文章を書いています。
 私は大沢さまに感謝の気持ちも表わさず、かつまたご常連の人たちにたいし御礼の言葉も記さず、ただ「ぶっきらぼう」に「もう書きません」と書いて、文章を止めることなどするはずもありません。ただただ自分自身、書き殴りの長文に懲りて、併せてご好意の人たちにご迷惑をかけたことにたいし、「もう書きません」の心境をさらけ出したのです。あえてこのことを記してきょうは、尻切れトンボながらきのうに比べれば短い文章で閉じます。本当に「もう書きません」と記すときには、これまでの皆様のご恩に感謝し、ひれ伏して御礼の謝意をかぎりなく記します。
 高橋弘樹様のエールにはいつも、迷えるわが心の支えになっています。心して、篤く御礼を申し上げます。曇天はいくらか明るんできています。わが心はとうに日本晴れです。もちろん、皆様のおかげです。

お二人様の善意

 10月22日(火曜日)。雨なく風もなくのどかに晴れた夜明けが訪れている。きのうはわが意に背いて、書き殴りでエンドレスになりそうな長い文章を書いた。そのせいで自分自身は疲れ、さらにはご常連の人たちの読み飽きと疲れを慮り、心中で詫びている。そのためきょうは、心して短い文章を心掛けている。いつもとは違って幸いにもきょうは、書かなければならないネタが二つもある。それはずばり、お二人様から思いがけなくさずかった驚嘆すべき「善意」である。
 きのうは久しぶりに妻を連れ合って外出行動をした。先ずは、当住宅地内にある不断掛かりつけのS医院へ通院である。二人一緒に診察室に入り、妻を先に順番に診察を受けた。普段の診察と併せて、共にそれぞれが現在服用中の一か月ごとの薬剤の処方箋をもらった。その場の飛び入りの処置には、インフルエンザの予防注射を所望し、快く打っていただいた。新型コロナウイルス感染予防のためのワクチン注射の諾否の相談もあったけれど、こちらはその実行の可否を次回以降に先延ばしにした。診察以外では先生が横浜ベイスターズファンであることを知っていたため、私からそれにかかわる話題を持ち出した。時あたかもクライマックスシリーズにおけるベイスターズの活躍ぶりに合わせて、会話は愉快に沸騰した。
 医院を後にすると、最寄りの「北鎌倉台バス停」で、巡って来た「大船行きバス」に乗車した。大船(鎌倉市)は、私たちの不断の買い物の街である。ところが、わが家の買い物はもう長く、私の専一行動となっている。決まって大船へ妻を連れ合うのは主に、妻の「髪カット」のおりの引率同行くらいである。しかし、この日の妻は、わが買い物への手助け同行を進言した。もとより私は,病弱の妻へ買い物袋を持たせるつもりはないし、それは妻も承知の助でもある。だけどやはり、妻をともなう買い物は、品物選びに大助かりのところがある。なぜなら、妻の好み、妻が手にした物を籠に入れさえすればいいという気楽さがある。いつものわれひとりの買い物で帰宅のおりには、ときたま妻の不満に出遭うこともある。だけどきょうは、それがないからである。
 買い物回りの最初の店は、わがいつもの巡回コースどおりに野菜と果物の安売り店「大船市場」だった。妻が手にとった数々の品物を私は、無造作に籠に入れていった。しばし並んで勝手知ったレジへ向かった。レジには横並びあるいは並びきれずに飛び飛びに、いつも10人ほどの人たち、中年あるいは高年の女性たちが立ち並んでいる。彼女たちは時間制のパート働きのようであり、店の経営者はその倍数の人たちを雇っているようである。男性はレジには立たず、裏方作業にのみ徹している。男性のほうは、おおむね高年を超えてなお高齢者ばかりである。私は買い物を愉しむためにレジ係の女性と無言でお金を払うことを避けている。店は混雑きわまりないので長い立話は慎み、挨拶と御礼の言葉かけにすぎない。そしてこれまで、5人ほどの人と顔見知りになっている。
 「次の人、どうぞ」の掛け声に釣られて、私と妻はレジへ向かった。幸いにも普段馴染みの人の声だった。いつものように愛想よく籠から手にとり、レジ打ち始められた。ナスを手にとり、一瞬「これ、もっと良いものを探してきますね」と言われて、遠いナスの売り場へ小走りされた。しばらくして、ナスを持ってレジに戻られた。
「こちらがいいですから、これに替えますね」
 もちろん、同じ値段のナスである。どこかに傷みかけがあったのかもしれない。私たちは二人して、素早い行動とその優しさに感銘し、何度も感謝とお礼を述べた。バカな私は、こんなことまで言った。
「私は、不断からあなたのファンになっていて、良かったです」
 相対した人は、笑顔で応じてくださった。並んでいる買い物客は、「次の人、どうぞ」と、呼ばれると急いでその人のところへ向かった。
 籠を台に置いて、無言でお金を支払っていた。きのうはここの店で買い物がいっぱいになり、いやここだけで私は、ほかの店の買い物を持つには耐えなくなっていた。なぜなら私は、背中には大きな買い物用のリュック、両手には普段の二つの持参の買い物袋、さらにレジで買った一つのレジ袋を加えて、三つの買い物袋を手提げした。ヨロヨロの足取りで、次の「鈴木水産」そして「総菜屋」へ立ち寄った。ここでの買い物は自分では持てず、重さ加減を手にとり、妻が持ってくれた。
「きょうはタクシーで帰ろう。重くて、バスは無理だよ」
「そうね。パパも腰が痛いんでしょ……」
 二人は50メートルほど歩いて、待機中のタクシーへ、二人の体とリュック、四つに増えていた買い物袋をソファにようやっと沈めた。
 タクシーがわが家の門口へ停まると、ここでまた予期しないことが起きたのである。それは、運転士の善意だった。運転士はすぐさま運転席から離れて、後部座席の一方のドアを開いて、私たちの降車を手伝ってくださったのである。私たちは何度も腰を折り、お礼の言葉を繰り返した。メーターは2300円を示しており、私は車内で「札と硬貨」で、ちょうどの金額を支払った。少し金額を上乗せすべきだったかな? と、私はあとで後悔した。
 きのうは思いがけなくお二人様の善意に遭遇し、私たちには夢を見ているような心地良い一日だった。
 書き殴りを続けていたら、最長の文章になってしまった。こんな文章は見ただけで、読んでくださる人はいないだろう。ところが、私にはきのうのような書き疲れはない。掲示板を汚すため、投稿ボタンを押すかどうかを迷っている。短く書くつもりに背いて、詫びる心は横溢である。ところがわが心は晴れて、大空もまた秋晴れに向かいつつある。

選挙戦さ中の心境

 10月21日(月曜日)。夜長の夜明けは未だ(5:26)、季節に違わぬ寒気が訪れている。きのうから一枚重ねた着衣の恩恵は無く、寝起きの私はブルブル震えている。もとより、季節どおりの寒気には抗えない。文章を書き終えたら、更なる防寒体制を整えるつもりである。洗面にあっては、気をひきしめて蛇口をひねった。ところが、思いがけなく温(ぬる)い水が出た。二、三日前の真夏並みの暖かさの名残であろう。怯(ひる)んでいた顔が緩んで、懐かしさをおぼえた。あしたからはこんな僥倖はありえないと、新たな覚悟をした。
 日本社会にあっては、今週末(10月27日・日曜日)には総選挙(衆議院)の投開票日がある。過ぎた10月15日には立候補者の公示日があり、この日から激しい選挙戦に入っている。そして、選挙戦の残り日はきょうを入れて6日である。ところがこれまでの私は、選挙(戦)はほぼ無縁状態で過ぎている。NHKテレビのある時間帯には、政権放送が流れている。しかしわが夫婦は、それに目を向けたり、聞き耳を立てることはなく、リモコンをオフにするか、チャンネルを変える。
 現在、わが家は新聞の購読は止めている。都会の僻地のせいと、それにともない住民が過疎化傾向を深めるせいで、票田にならないためなのか、未だに選挙カーがめぐって来ない。最寄りの「半増坊バス停」近くに置かれた立候補者の掲示板を私は、未だに見ないままである。公示日以降の私は、いつもの買い物の街・大船(鎌倉市)へ、買い物回りで二度ほど出かけている。ところがこのとき、街頭演説には出遭っていない。選挙公報や入場券はまだ届いていない。こんななか、一度だけ固定電話に誰かから、投票依頼の電話があったと言う。こんな表現をしたのには、そのとき受話器を手にしたのは妻だったからである。妻は私に受話器を手渡すことなく、ブツブツ言ながら受話器を元の電源(台)に置いた。選挙戦最中と知るのは、もっぱらテレビニュースとスマホ記事の閲覧すがりである。
 国政選挙におけるわが地方区は、鎌倉4区である。先日、私はスマホを手にして、4区の候補者調べをして、このとき立候補者は確認済である。現在、夫婦共に、投票所へ向かうつもりにはある。しかしながら一時は、その気さえ失せていた。国政選挙にあっても特に今回は、きわめて大切な選挙ゆえに、投票の棄権だけは避けるべきとは十分心得ている。生存84年にあって選挙権を得て以来、そののち妻と結婚して以降もまた、共に国政選挙において、たった一度さえの棄権の記憶はない。ところがこんどは、棄権しそうになっていた。私にかぎれば異常とも思える心境の様変わりだった。どうしてだろうか?……。思いつくのは余命を鑑みての、(もうどうでもいいや)、という投げやり的な諦めなのか。あるいは、醜聞まみれの政治(家)への信頼の欠如のせいなのか。挙句、今なおわが清き一票は、棄権あるいは候補者定めに揺れている。
 わが意中を察して妻は、「パパ。投票ぐらいには行きましょうよ」と、言う。それに応えて私は、こんなことを言った。
「そうだね。二人ともたまには歩かないと、もう歩けなくなるね。おれは買い物のおりには、買いめぐりで5000歩ほどは歩くけど、おまえは歩くことはほとんどないね。歩かないと、もう歩けなくなるよ。よし行こう!」
 投票行動を実践すれば、確かに夫婦の足慣らしになりそうである。わが家と町内会館(投票所)までの道のりは片道、病んだ妻の体では一時間近くかかりそうである。往復歩くことになるから妻だけでなく、引率同行の緩い足になるとはいえ私にも結構、足の鍛錬にはなる。今回は有権者という名が廃る、ヨレヨレの投票行動になりそうである。いや、投票日に雨でも降れば、棄権に落ち着きそうでもある。
 朝御飯の支度に急(せ)いて妻は、何度も危ない足取りで、私を呼びに階段を上ってきた。幸いきょうは、朝日輝く日本晴れにある。きょうもまた、実のない文章をだらだらと長く書いてしまって、かたじけなく思う、朝の訪れでもある。