ひぐらしの記
前田静良 作
リニューアルしました。
2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影
「嗚呼、無情」の文章
12月10日(火曜日)。このところの起き出し時刻は、みずからが決めているほぼ5時前後で安定している。この前後だと起き立ての気分に焦燥感はなく、さらには朦朧頭や眠気眼も免れる。きのうも書いたけれど、100円ショップで買えば済むことだけれど、わがパソコン部屋には人工の寒暖計の備置はない。もちろん、わがケチのせいではない。いや、わが身体に無償で備置する生来の「体内寒暖計」が、ほぼ十分に購入の寒暖計の役割を果たしているからである。その証しはこうである。きのうの文章の書き出しにあって、私はこう書いている。すなわち、「きのうまでのこの時間帯と比べればかなり寒気をおぼえている」。ところが、のちに気象予報士は、「気象衛星・ひまわり」や気象庁の正確なデータを基に、「きょうは、この冬一番の冷え込み(最低気温)です」と、報じた。私は、「さもありなん」とほくそ笑んだ。
きのうのこの時間帯の冷え込みは現在は緩んでおり、寒気に震えることなくのんびりと文章を書き始めている。しかし一方、心中ではネタ探しに大童(おおわらわ)である。すると、なさけなくも、こんなネタが浮かび始めている。「ひぐらしの記」の終焉へ向かってはこれまで、脅かされる心境の変化のままに、こんなフレーズ(句)を連ねてきた。先ずはもはや黄昏(たそがれ)、続いては風前の灯火(ともしび)、そして直近では「もう潮時、潮時」と、叫んできた。すると現在は、エンスト(命の故障)と言えるかもしれない。実際にはわが脳髄は、確かな「生きる屍(しかばね)」状態にある。
子どもの頃に見ていた親戚の大工さんは、鑿(のみ)や鉋(かんな)、また槌(つち)が無ければ、「鶏小屋」や「馬小屋」だって作れず、お手上げにあった。大工さんの状態をわが文章書きに映すとそれは、語彙の忘却はにっちもさっちもいかない状態にある。この状態を寸止めするために私は、大慌てで語彙にまつわる生涯学習の再始動を試みている。ところがもはや、「すでに遅し」の状態にある。すなわち私の場合は、語彙の忘却に遭遇すれば文章は書けない。ところが幸いにもパソコンは、わが脳髄の機能不全を補っている。しかし、パソコンを離れてかつてのように手書きを試してみると、語彙の忘却に唖然とするばかりである。漢字にいたっては漢検一級を取りながらも、実際には小学クラス(程度)の漢字さえ書けない状態に陥っている。こんなときは、つくづく哀れである。
手書き漢字のみならず、文章を書きながら語彙の忘れに遭遇すると、立ち往生を強いられて無駄な時間を費やすことが茶飯事(さはんじ)になっている。今も、用いようと思う言葉が浮かんでこない状態にある。ところがこのころは、いっときの度忘れでは済まなくなっている。書きながら自分自身、こんな文章はなさけなく、尻切れトンボをも恥じずに、ここで書き止めである。ああ無常とは言えず、「嗚呼、無情」の文章、と表題を付けよう。わがなさけない心情を笑うかのように夜明けの空は、かぎりなく無垢(むく)の蒼い日本晴れである。「ひぐらしの記」の絶えは寸前にある。
仲冬の日本晴れの朝
12月9日(月曜日)。壁時計の針は5時手前を回っている。パソコン部屋には、寒暖計の備値はない。ゆえに寒暖は、もっぱらわが体温に頼っている。だから、現在の度数を知ることはできない。しかし、寒暖の程度は知ることができる。すると現在は、きのうまでのこの時間帯と比べればかなり寒気をおぼえている。一方、この時季を鑑みればこれまでは、例年と比べて暖かい年の瀬ではないだろうか。とりわけこのところの昼間は、暖かい日が続いている。寒がり屋の私にとっては、これだけで人様からのプレゼントなどまったく要らずで、十分にうれしい天からの授かりものである。
きのうは『休めばいいのに、書いてしまった』という、書き殴りの文章にたいして、思いがけなく大沢さまからうれしいコメントをいただいた。おかげで、たちまちわが拙い文章に綾と箔がついた。これこそ、人様から賜る特等のうれしさであり、その証しには不断の草臥れ儲けは吹っ飛んで、効果覿面に疲れが取れたのである。感謝感激とはこんなときに用いてこそ、素敵な日本語の証しである。
コメントの応援を得て図に乗った私は、昼下がりから文章どおりの買い物行動を実践した。大沢さまのコメントに加えて、仲冬の空も満天にこの時季特有の蒼濃い日本晴れを彩なして、わが買い物行動を後押した。私はいつもどおりに最寄りの「半増坊下バス停」にあるベンチに腰を下ろして、ひとり巡り来る「大船行きバス」をしばし待っていた。このとき一陣の風が吹いて、見上げる日本晴れを背にして視界に、「落ち葉しぐれ」が吹き舞った。まさしく、番外編の美的風景だった。番外編に思えていたのは、桜の季節の「桜吹雪」を心中に浮かべて、その風景と比べていたせいだった。確かに、桜吹雪も変わらぬ美的風景ではある。
しかしながら「落ち葉しぐれ」の風景は、はるかに「桜吹雪」を凌いでいた。あえてこの訳を書けばこうである。一つには仰ぐ背景が冬空特有に、蒼くそして深い日本晴れだったからである。そして一つには、落ち葉しぐれには桜吹雪につきまとう切なさを感じず、ひたすら美的風景に魅せられていたからである。出足好調に私は、気分良く巡ってきたバスに乗車した。わが買い物の街・大船(鎌倉市)は、きのうは日曜日と歳末風景の重なりのせいなのか、いつもにもまして買い物めぐりの人出が溢れていた。
人出の多さに遭遇して私は、心中にはこんな思いを浮かべていた。すなわちそれは、ネットによる買い物旺盛の時代にあってもやはり人は、現物を目で見て手に取り、好みや値段を比べながらの買い物行動は必然なのであろう。確かに、現下の物価高にあっては、値段を見ての嘆息は免れない。けれど、そのぶん工夫を強いられる、買い物行動の楽しみもあるのであろう。
私の場合は、ずばり買い物行動に価値を認めている。その一つは、人様にまみれることによる認知症防止行動と言えるものである。これに付随することでは、ほかにも多々ある。いや、一つに集約すれば動きのない茶の間暮らしにあっては、買い物行動はそれに代わる惚(ぼ)けや、ふやけた脳髄を緊張させる価値がある。具体的には歩く行動、好みの品物を選び、それらにかかわる値段の比較、さらにはレジに立つお顔馴染みの女性との一言会話の楽しみがある。レジに立つ多くの中年および高年の人たちは、持ち時間単位の今様の非正規働きの人ばかりであろう。ときには故障もする無機質のレジ機に向かって、無言でレジを打つだけであったり、あるときは「カスハラ」(消費者は王様と勘違いする者の虐め)に出遭うこともあろう。だから一声会話、すなわち「こんにちは。いつも大変ですね」「ありがとうございます。お元気で……」。相身互い身、一瞬の疲れ癒しにはなる。
きょうも長い文章を書いてしまった。一面、書き殴りの文章の妙味である。夜明けが進んで、胸の透く真っ青の日本晴れの朝が訪れている。
休めばいいのに、書いてしまった
12月8日(日曜日)。壁時計の針は、起き出し時刻を定時と決めている、5時前あたりを回っている。さて、私はこんな思いをたずさえて、パソコンへ向かっている。きょうは日曜日。かつ、夜長の季節にあってはいまだ、真っ暗闇の夜の佇まいにある。休めばいいのにバカな私は、ネタの浮かばない文章を書き始めている。自己発奮、みずからを鼓舞する、あるいは自分自身に鞭打ちするという、言葉がある。これらの言葉は、現在のわが心理状態を表している。すなわち、日曜日や夜長のたたずまいにかこつけて休めば、それっきりで再始動が危ぶまれる。それを避けるためには何かを書こうと、文字どおり自分自身に発破をかけているところである。ネタ不足は究極に陥り、何でもいいからネタらしいものが浮かぶのを待っている。ゆえに、この先続けても様にならない文章である。
現在、私は84歳。すでに何度も繰り返し書いているけれど、この年齢がわが日暮らしにこびりついて、絶えずわが行動や心象を脅かしている。実際のところでは心象は翳り、行動は制限される憂き目を見ている。おのずからわが日常活動には物見遊山などありえず、もっぱらゴミ出しや買い物行動だけで留まっている。いくらか自分がいなければと思うもの、いくらか役立っているのかな? と思える行動は、妻の生存支えにすぎない。
ここまで書いてようやく、ネタらしいものが浮かんで来た。私は、喜び勇んでそれにパクついている。わが買い物の街・大船(鎌倉市)にあっての私は、めぐるコース(ほぼ順路)としては通常、これらの店を擁している。わが家の門口を出ると、最寄りの「半増坊下バス停」へ歩いて向かう(約3分)。巡ってくる「大船行き」(江ノ電バス・本社藤沢市)に20分ほど乗車し、終点一つ手前の「行政センターバス停」で下車する。この先は、大きな買い物用のリュックを背負って、とぼとぼと歩いて買い物コースへ入る。最初は「大船市場」である。ここは野菜と果物の安売りを謳う、専門量販店である。店内には買い物客がほぼ一日じゅう、10名ほど横並びで立つレジ係(中年、高年入り交じりの女性たち)の呼びかけを待ってズラリ並んでいる。ここで目当ての買い物を終えると、次には2分ほど歩いて、「鈴木水産」の店内に入る。ここは大船市場とは真逆に、文字どおり海産物の安売り専門店である。ここもまた店内は、「押すな、押すな」の盛況、混雑ぶりである。私は、何らかの物を必ず買う。この先、10分ほど歩いて向かうのは、いつも買い物のメインをなす「西友ストア大船店」である。ここへ行く前にときには、行きつけの店へ立ち寄る習わしがある。一つはドラッグストアであり、そして一つは、100円ショップである。大船の街には全国チエーンのコンビニが4店舗あるけれど、こちらは要無しである。かつての松竹撮影所の跡地には、鎌倉女子大と「イトーヨーカドー大船店」が並んでいる。ところがこの店は街中から遠くて、わが買い物コースから外れている。ゆえに私の場合は、スーパーでは西友ストア一辺倒である。西友ストの野菜売り場と生魚のフロアは、大船市場と鈴木水産の煽りを食って、買い物客少なく売り場は閑古鳥が鳴く状態にある。
もうこの辺で書き止めないと、無駄な文章のだらだら書きになる。デジタル時刻は6:23と刻まれている。夜明けの太陽の光はまだ見えない、殴り書きの顛末である。
自然界、人間界共に、年の瀬の朝が来た
12月7日(土曜日)。季節は日々冬の色合いを強めて、人の世は年の瀬の慌ただしさを深めている。それでも、突然の天変地異の鳴動さえなければ、自然界および人間界共に、正常の時のめぐりである。自然界のもたらす夜長は、陸上競技場(トラック)に例えれば周回コースを回り、いよいよ最終回のバックストレートからホームストレートへと向かっている。この先にはゴール「冬至」(12月21日・土曜日)が近づいてくる。わが家のみずぼらしい柚子の木はそれなりの実を着けて、冬至にちなむ「ユズ湯」の出番を待ってすでに明るんでいる。
この時季は寒気さえ凌げば、山際に住む私には、季節特有の愉しみがある。一つは、緑、黄、紅、と彩りを変えてきた山の風景である。一つは、枯れゆく木の葉にはすまないけれど、北風ときには南風に舞う「落ち葉しぐれ」の風景である。この風景はこのあとすぐに、私に道路の掃除で厄介さを強いることにはなる。しかしがら枯れ落ちた木の葉に、ちょっぴり人の情けを傾(かたむ)ければ、そんなことは言えず哀感ひしひしとつのるところがある。
一方で近場の草木には春へ向かって、すでに芽吹き始めているものがある。この時季、わが家および周辺の宅の植栽にあってひときわ目立つものには、盛りの出番が訪れている山茶花と椿の花がある。わが家にかぎればそれらの下には、石蕗(ツワブキ)の黄色の花が、文字どおり小石をそばに侍(はべ)らせて、すでに長く凛と咲いている。
自然界の井然(せいぜん)としたたたずまいに比べれば人間界は、混乱および騒乱の抱き合わせ、常に騒然状態にある。日本社会は現下、衆・参院共に、国会論戦の最中にある。韓国政治は大揺れ、中国は経済不安定による人心の乱れ、北朝鮮とロシアは、一段と密着して戦時色を強めている。やがて、再びの大統領に椅子に座るトランプ大統領は、「アメリカ一国主義」をいっそう強めて、排外傾向におおわらわである。世界中の戦火は細るどころかまるで、「モグラたたき」さながらに、叩いてもポコポコ現われて消えることはない。
いつもの寝起きのネタ不足に陥り、なんだかわが柄でもないことを書いてしまった。自分自身味気なく、深く詫びて文章は閉じることとなる。自然界のもたらす夜明けは、和んで穏やかな朝ぼらけである。出まかせの文章は早く終えたので、この先は道路の掃除へ向かうこととする。微風(そよかぜ)さえなく、落ち葉は微動さえせず、わが宅地の側壁の下に溜まっているからである。
恩師「渕上先生」お元気で、気分がいい
12月6日(金曜日)。夜長の季節にあって、それよりなにより人生行路のゴールテープ直前にあって、熟睡や安眠を貪(むさぼ)れなければ、この世で何んの愉しみがあろうか。こんな思いをたずさえて起き出している。この頃の常套表現を用いれば、壁時計の針は4時30分あたりを回っている。もちろん、夜明けの太陽の光は、未だ彼方に埋もれている。このところのわが文章は、途中で意識してブレーキをかけなければ、落ち着き先不明の蜿蜒長蛇になりかねない。つくづく、バカ丸出しの私である。なぜなら私は、掲示板上のカウント数だけは増えても、見た目だらだらと長くて、だれも読まない文章を呻吟しながら書いている。だれも読まない文章だったら、書かないほうがわが身のためである。だれも読まないなら、なぜ長い文章になるのかと、そのわけを書いても無意味かもしれない。しかしながらやはり、書かずにはおれないところもある。だから、書こうとも思う。
ずばりそれは、書き出しにあっても、ネタが浮かんでいないせいである。すなわち、私は書き殴りをしながら、何らかのネタが浮かんでくるのを待っている。きょうもまた、ここまで書いても、まだネタは浮かんでこない。このところの私には、84歳という年齢が朝・昼・晩にあって間断なく、心中にこびりついている。挙句、わが気力や行為・行動は、後ろ向きに引っ張られている。おのずから、生きるためのモチベーション(意欲、気力)の喪失に見舞われる。すると、こんな「泥沼」には足や気分を突っ込んではいけないと、大慌てになる。
ようやく、ネタらしいものが浮かんできた。きのうの私は、まったく久しぶりに掲示板上ではお馴染みの平洋子様(わがふるさとにご在住)へ電話をかけた。用件は、洋子様のご義母であり、わが恩師(小学校1年生と2年生時のご担任)、当時の「渕上先生」のご様子伺いだった。先日、電話をかけたときは、洋子様とご主人様共に不在で、きのう掛け直したのである。かねてから洋子様は、恩師(現在は平孝代様)は現在、最寄りの施設でお暮しと言われている。この延長線上において、洋子様のお声による、久しぶりの恩師のご機嫌(様子)伺いの電話であった。
わが問いに対する洋子様のお声は、まずは恩師(98歳)の元気なご様子を伝えられた。このことを聞けば、あとは気に病むことのない「スラスラ電話」で、私は洋子様が伝えられるふるさと情報の生噛(なまかじ)りを堪能した。ただ、「渕上先生」と電話で会話ができないことには、やはり残念至極だった。ゆえにわが思いは、洋子様へお伝えし、渕上先生への伝言を依頼した。伝言の要旨はこうだった。
「渕上先生。洋子様からお元気だとお聞きして、とてもうれしいです。ぼくも長兄(先生と同級生)が亡くなり、もうふるさとへ帰る気はありません。だから、先生にもお会いできません。先生の『綴り方教室』のおかげで、いまだに文章を書いています。綴り方教室が、とても役立っています。このまえは、文昭君(掲示板上のペンネームはふうたろうさん)が写した写真を眺めていました。阿蘇の温泉宿において、宏子さん(わが片思いの初恋の同級生)と肩を寄せ合い、浴衣姿で写られていたものです。先生はご長男様そして洋子様、近くに嫁がれているご長女様たちの愛情に恵まれて、お幸せですね。先生。ますますお元気でいてください」。
せっかく書いたから、掲示板上で誰かに読んでもらいたいけど、欲はかくまい。ネタのある文章を書き終えただけで、十分幸福である。夜明けは朝になりかけて、埋もれていた太陽光線は、明るくのどかに光り出している。
魅せられて…
12月5日(木曜日)。夜長の季節にあって、目明きのままに悶々とする睡眠を終えて、起き出している。熟睡に落ちていたのは、どれくらいの時間だっただろうか。そのことを浮かべればぞっとするほどに、短い時間だったことだけは請け合いである。このところの冒頭の常套表現を懲りずに用いれば現在、壁時計の針は4時30分あたりを回っている。定時と決めている(5時)よりいくらか早く、そのため執筆に際し焦燥感は免れている。これまた飽きずに何度も書いているけれど、執筆における制限時間の箍(たが)を外して以降の文章は、無駄に矢鱈と長くなっている。もとより、自己抑制すべき案件である。一方、このことでは、のんびりと書ける幸運に恵まれている。同時にそれが高じて、書き殴りの文章を綴っている。これまた自分自身のことゆえ、自ら正すべきものである。
この季節、山際に居を構えているせいで日々、季節特有の幸不幸の日暮らしにさずかっている。幸運は居ながらにして、紅葉の風景を眺めていることである。そして不運は、道路の掃除へ向かうたびに落ち葉の量の多さに手を焼いて、頭上の木の葉の残り具合を気に懸けなければならないことである。しかしながら共に、この先大晦日あたりまでで時間切れとなり、山や周辺はしだいに冬枯れの景色を見せ始めてくる。おのずから道路の掃除は、わが日課から遠ざかる。一面、うれしい悲鳴だけれど、半面、冬の寒さがつのり始めて、文字どおり悲鳴をこうむることとなる。起き立てにあってネタのない私は、常に長い序文を書きながら、心中にネタの浮き出しを待っている。すると、おのずから長い文章になる。平に、詫びるところである。
さて、きょうの起き立てにあっては、心中でこんなことを浮かべていた。そして、そのことを書こうと思っていた。無礼をも省みず以下に記すと、これらのことである。今は亡き、お父様、お母様、弟様。そして、常に元気いっぱいの大沢さまや妹様たち。すなわち、総じて大沢さまご家族のご多能ぶりである。ご家族の多能ぶりは、書画、文章、写真、陶芸、なおそのほかに溢れている。それらを「玄人(くろうと)はだし」と言うには失礼きわまりなく、ずばりいずれにもプロフェショナルの領域にある。卑近なところで私は、ブログ『ひぐらしの記』を開くたびに私は、季節に応じて入れ替わる掲示板上の絵画や写真に驚嘆し、そのつど「魅せられて……」いるのである。先日までに掲げられていた写真は、晩秋の林を彩るのどかな木漏れ日の写真だった。写し出された光景のあまりの美しさに私は、そのときそのことを書こうと思っていた。しかし私は、そのチャンス(機会)を逃してしまったのである。この写真に魅せられていたのは、木漏れ日のおりなす「晴れと影」のコントラスト(対照)の見事さだった。この写真に代わり現在は、冬の季節に合わせて、文字どおり寒々しい冬日の絶景である。この写真がその光景を写し出しているのは、地べたを薄く覆う雪とそれを囲む周囲の風景、これまたコントラストの素晴らしさである。写された人は多能きわまりない、プロの写真家を目指されていた弟様なのか、それとも大沢さまご自身なのか。知る由ないけれど、唖然とするほどに現在、私は日々癒されている。わが過ちなど厭わず起き立ての私は、大沢さまご家族の多能ぶりの一端を書きたかったのである。
ネタにありつけて現在の時刻は、まだ5:50と刻まれている。ゆえに、夜長にあっては夜明け模様を知ることはできない。無礼のついでにいや省みず私は、大沢さまにたいし、掲示板上における先回と今回の写真を『ひぐらしの記』にも、並べて掲げていただきたいと、願うところである。これすなわち、現代文藝社のホームページで、「ひぐらしの記」を読んでくださっている人たちへの、わがお礼返しにしたいためである。胸に閊(つか)えていたことを書き終えて、朦朧頭と眠気眼は、一掃されている。夜明けて、朝日が輝いていれば万々歳である。
生涯学習『死ぬまで努力』
12月4日(水曜日)。決めている定時(5時)の起き出しより、少し前倒しに起き出している。そのうえ就寝中はほとんど寝つけず、まさしく朦朧頭と眠気眼のダブルをこうむっている。こんなことでは心中にネタなど、浮かぶはずもない。もとより、ネタ切れは常態化している。主に身辺のことにかぎり16年も書き続ければ、もはやどんなに鯱(しゃち)だって探しても、新規のネタなどあり得ない。挙句には、すでに書いたとわが記憶に残る事柄を繰り返し書く羽目になっている。私は究極のドツボ状態にある。
一方では「ひぐらしの記」の製本(単行本)「100号」という、夢のまた夢を掲げている。しかしながら、まさしく空夢にすぎない。きょうは辛うじて書き繋いでいるけれど、あすはわからない。現在、93号となれば残りは7号とはいえ、わが命を鑑みればはるか彼方への道のりである。命の保証のない夢は、まるで「捕らぬ狸の皮算用」みたいなものであり、見ないほうが大ましである。
さて、年寄りの冷や水さながらに生涯学習の再試行を始めて、きのうは三日目そしてきょうは四日目にあたる。すると、生来の三日坊主の性癖(悪癖)をこうむり、きょうあたりで途切れるかなと、現在の私はみずからの意志のことながら戦々恐々のさ中にある。再びの生涯学習に友として連れ出しているのは、かつての国語辞典類の中から一冊を選んでいる。それを加えて、不断の枕元にはこんなものを置いている。すなわち、従来の電子辞書、スマホ、そしてこれらに加えて『難解語便覧』(三省堂)である。確かに、日本語における究極の難解語である。だから、手を伸ばしてそれを紐解くと、たちまち眠くなる。もとより、学習の手助けとは端(はな)から嘘っぱちであり、実際には寝入りを導くための市販の睡眠薬同然にある。ところが、それが高じるとこんどは、深い眠りを妨げられて、夢現(ゆめうつつ)の状態をさ迷うこととなっている。挙句には、まったく寝た気のしない睡眠を強いられている。それすなわち、現在の寝起きの状態である。
このことはとうの昔いちど、書いた記憶がよみがえる。わが高校時代にあって、嫌いな学科の物理の先生は、さっぱりわからない授業の合間に「受けを狙ってなのか」、生徒の疲れ癒しなのか、こんな体験話を差し込まれたのである。
「きのう、古道具屋へ机を買いに行きました。あれこれ探している中で、机に肥後守(ひごのかみ)(当時、人気の小刀)で、『死ぬまで努力』と刻まれた机を見つけました。それを値切って、買って来ました」。
結局、3年間の物理の授業で学び覚えたのは、このことだけだった。しかし、『死ぬまで努力』は明確に、わが生涯学習のきっかけをしてくれたのである。物理の先生は、「諸富先生」だったかな?……。こちらは、嫌いな学科だったゆえに、記憶は薄ら薄らである。
なんだかきょうは、ネタがあったせいか、一時間ちょっとの書き殴りで済んでいる。現在は夜明けの見えない、6時きっかりである。
寝起きの「悪あがき」
12月3日(火曜日)。起き出して来て、パソコンを起ち上げた時刻は5時ちょうど、みずから定時と決めている、まさしく定刻にある。一方で私は、こんな思いをたずさえて起き出している。起き出して来て、「ひぐらしの記」を書かずに済めば、どんなに寝起きの気分は楽であろうか。「ひぐらしの記」を書き始めて以降のわが寝起きには、安寧気分はなく常に、厭(いや)気分に脅かされている。もちろんそれは、ネタ探しや文章自体に呻吟をこうむっているせいである。いや、実際には広く、わが生来の凡才のせいである。生来(生まれつき)・先天であれば、もはや後天におけるちょっぴりの鍛錬や学習など、芥子粒(けしつぶ)ほどにもならない。換言すれば、わが凡才は「つくづく哀れ」である。
わが生涯学習とは然(さ)にあらず、定年後の期限付きである。顧みれば、わが人生行路における四分の一(20年)ほどにすぎない。だから、わが生涯学習は、端(はな)から嘘っぱちである。確かに私は、短い期間とはいえ「語呂の良い生涯学習」という言葉を用いて、「語彙(ごい)の復習と新たな学び」をそれに掲げてきた。そして、わが凡才を助ける仲間には、分厚い国語辞典にすがった。
ところが私には生来、三日坊主と意志薄弱という、ダブルの性癖(悪癖)がこびりついている。これまた後天にあっては、どんなに藻掻き悶えても、正し直せるものではない。これらの悪癖が相まって、定年後を限りに掲げていたわが生涯学習は、あえなく途中で、頓挫の憂き目をみたのである。こののちは新たな学習など望めず、なけなしの語彙の忘却に見舞われてゆくばかりになった。これまた凡才、もとよりいちど躓(つまず)いた事柄の修復は叶わない。それなのに心中には、焦燥と後悔ばかりが弥増(いやま)してくる。これまた一言に置き換えれば、「身の程知らず」の現象である。もちろん私は、この現象に日々懲りている。すると、だれもが知る「後悔は先に立たず」、あるいは「後の祭り」や「年寄りの冷や水」などの成句まみれになる。これまた言葉を置き換えれば、いまさらどうにもならない「悪あがき」にすぎない。しかし私は、実のならないことは承知の助で、二日前からかつての国語辞典を頼りにして、生涯学習の再試行を開始している。きょうはその三日目になる。三日坊主の再現が危ぶまれるところである。
確かに、今回の再試行にあっては、かつてのような意気は上がってない。なぜならそれは、新たな語彙を学んでも、それを使ったり、用いたりすることのない、命の短さゆえんである。何を書いたかわからない支離滅裂の文章を書いてしまった。ゆえに、平に詫びるところである。
薄く、曇り空の夜明けが訪れている。「ひぐらしの記」を書くかぎり、わが寝起きの気分に安寧はない。書き終えれば、ちょっぴりホッとするだけである。
年の瀬に思う
12月2日(月曜日)。壁時計の針は、起き出し時刻の定時(5時)から、30分ほど過ぎたところを回っている。両耳には補聴器を嵌め、メガネをかけ、さらに文章には関係ないことまでを書けば、洗った入れ歯を入れて起き出している。雨の音、風の音、嵐の音なく、開けっ広げの前面の窓ガラスを通して見る外気は、いまだ真っ暗闇である。この文章を書き終える頃には夜明け、あるいは指先が駄々をこねれば朝となる。そのときようやく、きょうの空模様を知り、書き加えることとなる。
きょうは、12月に入り二日目である。確かに、年の瀬・12月は、前月までの十一か月と比べれば、わが心境と心象はまるで気狂い沙汰に変わっている。この変化の因を為すのはやはり、暮れ行く年にともなう、切なさ、遣る瀬無さ、ずばり寂しさ、さずかりという心模様の焦りであろう。自然界が営む、年のめぐり、季節めぐりに異変はないけれど、わが心理は異変まみれである。これこそ人間の証しかな? と思えば、もとより人間は、悲しく、つらい動物である。
「ひぐらしの記」は、大沢さまからこんなお言葉をさずかり、一念発起して書き始めたものである。「前田さん。何でもいいから、書いてください」。優しいお言葉にすがり書き始めると、ある日「ひぐらしの記」と命題が付されていた。六十(歳)の手習いの実践の場を賜った私は、小躍りして友人知人へブログの呼びかけをした。それらの中に一人、大学学友の池田(埼玉県坂戸市)がいた。何回か書いたのちの文章に私は、「中締めです」と、書いていた。ところが、中締めに終わらず、「ひぐらしの記」は、なお続いていた。すると池田は、電話でこう言った。「中締めと言ったのに、終わらないね。それって、変じゃないの? 言葉を大事にする前田らしくないよ」。書き始めの頃だったから、私自身は素直に中締めのつもりだった。しかし、幸か不幸か「ひぐらしの記」は、中締めの言葉に背いて途方もなく続いてきたのである。池田は昨年の暮れに、突然あの世へ旅立った。池田の訃報は葬儀を終えたのち、もう一人の学友・佐々木(埼玉県所沢市在住)から伝えられてきた。年の瀬にあって池田は、一周忌にある。寂しく、冥福を祈るところである。
佐々木には先日、こう伝えた。「まだ、文章は書いているから、ブログを案内するね」と言って、事細かに「現代文藝社」へ導いた。佐々木は、「前田。まだ書いているのか。読むよ」と、言った。すると一度だけ、「読んだよ」と、メールがきた。ところが後が続かず、私は佐々木の近況をメールで尋ねた。佐々木は入退院を繰り返し、「おれは命を保つことに、精いっぱいだ」と、メールがきた。佐々木は、あるとき突然、まったく耳が聞こえなくなり、電話による会話は断たれている。「そうだったのか、御免。おれが、メールをしても構わないようになったら、OKのメールをしてください」。しかし、OKのメールはいまだ来ず、そろそろわが一方通行のメールの書きどきにある。
閑話休題、大沢さまが恵んでくださっている「ひぐらしの記」は、わが人生にあまた、いやかぎりない幸運をもたらしている。ゆえに私は、大沢さまをエンジェル(天使)とも女神様とも称え崇めている。一方で、私にとって「ひぐらしの記」は、悪魔と思える「時」がある。それは、ネタの浮かばない寝起きどきである。しかもその心境を私は、ほぼ毎日の寝起きにあってこうむっている。またもやきょうも、その証しにある。きょうの起き立てにあってもネタなく、まさしく気狂いの心境を携えていた。恥を晒して書けば、こんなことである。わが前田(チチ)そして前田(ハハ)がもうけたたくさん(8人)の子どもの命は、残るは自分だけになっている。両親が優しい人だっただけに余計、寂しさつのるものがある。そして、わが命が尽きれば、両親にすまないと思う気持ちが横溢している。
きょうの文章の前編は気狂いではないけれど、後編の文章は確かな精神破綻(気狂い)の証しと言えそうである。あえて言えば付け足しの後編は、究極のネタ不足の表れである。年の瀬の朝の空模様は、わが心境を映して、いくらか翳(かげ)りのある日本晴れである。
こころ急く、師走入り
12月1日(日曜日)。いよいよ、ことしの最終月を迎えている。壁時計の針は、私の切ない心情などにはお構いなく、みずからのペースで正確に時を刻んでいる。起き立ての私は、時のめぐりの速さに脅かされて、「ああ無常、ああ無情」という、二つの切ない心境の抱き合わせをこうむっている。人工の時計のみならず自然界は、当月に入った「冬至」(12月21日・土曜日)へ向かって、季節相応にこれまた正確に夜長の時を刻んでいる。
「ひぐらしの記」を書く私にとっては、ぼうーとして起き出すことは許されない。文章の明確なネタにはならずとも、私はそれに近いものを浮かべて、起き出してこなければならない。このことは、生来凡愚の私にとっては「雲を掴むほどに困難」であり、とても厄介なことである。挙句、起き出すたびに遣る瀬無く、わが心中には(もう潮時、潮時……)と、半ばお助けを乞う、呪文(じゅもん)が渦巻いている。これすなわち、毎日めぐってくる起き立て「時」のわが心境である。ところがきょうは、ことしの最終月への月替わりにあって、この心境はいっそう弥増(いやま)している。叫び喚(わめ)いてもどうなることでもないことに、悶え足掻くのはわが小器ゆえである。
きょうの起き立てのわが心中には、こんなことを浮かべていた。もとより文章のネタにはならず、まるで孑孑(ぼうふら)のようにふらふらと蠢(うごめ)いて、浮かんでいた。現在のわが身は、日本社会に貢献する労働は皆無である。いや、実際にはお邪魔虫となり、私は様々な日本社会の支えを享受しながら生き長らえている。一方、私の家庭内労働は、二人すなわち老老家庭の現状に特化している。それらは主に二つである。一つは街中・大船(鎌倉市)への、往復定期路線バスを利用しての買い物行動である。そして一つは、妻の生活にたいする支援である。こちらにあっては、妻の主婦業への支援がある。しかし、こちらはあまり役立たず、足手まといのところがある。そして一つには、私がいなければにっちもさっちもいかず、妻の生存自体が危ぶまれるものがある。それはわが買い物行動をはるかに超えて、ずばり妻が生き延びるための支援である。たまの「髪カット」や「昼カラオケ」、はたまた「たまには、外食でもする? 何か食べたいのがあれば、行くよ……」。
こんなことなど、子どものお使いほどの番外編である。これらを撥ね退けてまさしく主要を為すのは、妻の生存を支えるための病医院へのわが引率行動である。かつての私たちには、この行動はまったくの用無しだった。ところが現在は、病院通いは妻自身にも重荷としてふりかかり、わが生活にも影響をもたらしている。しかしながらこのことは相身互い身であり、たまたまわが家の生活における現在進行形の現象にすぎない。いわゆる、いつ咄嗟に逆転し私にふりかかるかもしれない、心許ないものである。なぜなら世の中にあっては、夫婦にあっては一方の配偶者(夫)の命が早切れにある。このことをわが胸に仕舞い込んで私は、妻との外出のおりには文字どおり、率先行動役を務めているのである。
生存の三要素、すなわち「衣食住」にあって現在は、それらを上回り夫婦共に医療費になけなしの金をはたいている。もちろん、買い出し時における、「食のコスト」の値上がりには手を焼いている。懲りず何度も書いているけれど、生きること(生存活動)は、確かに人生の一大大事業である。余生縮まる中にあって、その中に楽しみを見つけることもまた、限られた命の為す大事業である。この危ぶまれる事業を助けるのは、天変地異さえなければやはり、自然界の恵みである。
師走入りの夜明けの空は、新たな地球に住むかのような気分にもなっている、かぎりなく胸の透く日本晴れである。妻は元気に階下で目覚めているであろうか。わが家のきょうの日暮らしの始まり時である。