望月窯 宗弘記念館

望月窯
MOTSUKIGAMA
宗弘記念館
SOUKOU KINENKAN

坂本宗弘が志しなかばで早逝(2005.2)したことは、家族としてはとても残念でなりません。 そこで何とか足跡の一部でも皆様に紹介することができれば、本人及び私達家族の慰めに もなると思い、この記念館を建てることにしました。やっと完成して、正式に開館する運 びになりました。

開館の御案内 (現在休館しています)
■開館日(当分の間原則として) 土・日曜日
■開館時間 午前11時~午後4時まで
■入館料 無料
■場所 茨城県古河市上片田1013-18
TEL・FAX 0280-76-5827
JR宇都宮線野木駅下車東口タクシーで10分
(小山合同タクシー 0280-55-1122)

 

望月窯 近況
やっと少しずつ手入れが出来るようになりました。
まだ開館までには至りませんが、近況報告をしていこうと思います。

2015 初夏

初夏

望月窯周辺

 週末に訪れる望月窯は、まずウグイスの鳴き声に迎えられます。それはそれは大歓迎というように鳴き続けてくれるのです。まるで待ちこがれていたようななきかたで、思わず笑ってしまいます。その声は一日中聞こえています。それから、キジの雄が隣接する麦畑にやってきて、けたたましい鳴き声と「ほろ打ち」の歓迎です。私のカメラはちっぽけで、望遠ができないので、その姿をはっきりとは写すことが出来ませんが、近くまでやってくると、慌ててカメラほとりに行くしまつです。一眼レフのカメラが欲しいと思うのですが、これまた夢中になってしまう恐れがあり、これ以上忙しくなったらどれもこれも中途半端になってしまうのであきらめています。それでもちっぽけなカメラで撮ったキジの写真をお見せします。



望月窯の畑もだいぶ野菜達が育っています。
にわか農婦のひとり仕事です。笑って下さい。



散歩

 私は今、毎週末を実家の望月窯で過ごしています。母の納骨がまだできていないためもあるのですが、父母、弟が暮らしていた家でもあり、三人に会いに行くような感覚です。
 やっと時間的にも精神的にも余裕が出て、実家の周辺を散歩するのも楽しくなりました。田んぼが次々に田植えがされていきます。蛙も鳴き出しました。


朴の木の物語

 主宰の宗生が若い頃に、夫婦で狭山湖にドライブをして、林の中を散策していて朴の木の下に辿り着いた。ちょうど新緑の頃で、大きな朴の葉を通して差し込む薄緑色の柔らかな光に包まれて、得も言われぬ幸福感を味わった。
 その日以来、その感動が忘れられず、何度かそこへ訪れてみたが、どうしてかその場所に二度と辿り着くことが出来なかった。
 周囲を雑木林に囲まれた茨城のこの地に移住したとき、敷地内に是非「朴の木」を植えたいと願っていたが、かなえられぬまま歳月が流れた。  その後インターネットで長野県平谷村オーナー農園情報というホームページに田舎料理教室『ほおば餅作り体験』という記事が掲載されていて、連絡先が平谷村役場となっていた。電話をかけ事情を話すと、「心当たりがあるので聞いてみます」と折り返し電話を下さるとのことだった。
 しばらくして「飯伊森林組合で扱っていますから、電話をするように話しておきました」と返事が来た。
 すぐに森林組合から電話があり苗木を注文することが出来た。
 今時、珍しく親身になって下さった平谷村役場の女性職員と飯伊森林組合の男性に、何度も何度も感謝の言葉を述べた。
 今、その朴の木は見上げるばかりに成長して、初夏には薄緑色の木陰を作ってくれている。


正月
つけ睫毛の福笑い

  大晦日の夜、私と妹はテレビの前に陣取り、お互いの化粧道具を持ち出して、例の「つけ睫毛」、「アイライナー」、「つけ睫毛用の接着剤」をテーブルの上に並べた。用意は調った。私は滅多にしたことのない 化粧ををして、長い睫毛の美女に変身するべくおもむろにパッケージを開けた。
「携帯電話ある? ちゃんと撮ってよね。掲示板に載せるんだから」
 私はまだ終わっていない化粧の途中で、頭の中はすっかり美女気分。つけ睫毛のパッケージを開けてびっくり、つけ睫毛にはすでに接着剤が塗ってあり、せっかく買った「つけ睫毛用接着剤」は不要になった。いやな予感。
 つけ睫毛を取り出して目元に貼り付けようとしたけれど、まず眼鏡のない目はぼやけてしまい、おまけに、片目をつむらねば自分の睫毛の生え際に貼り付けることが出来ません。
 どうにもうまい具合に貼り付けることは出来ず、どうにか近くに貼り付けてアイライナーで目の縁にラインを引こうとするのだけれど、速乾性なのですぐに乾いてしまい、ぼやぼやしていると筆先が固まって線が引けない。
 そのうちに笑いがこみ上げてきて、お互いにへんちくりんな目頭を見て、大笑い。 おかしさは爆発的で涙が出るほど笑ってしまい、手先が震えて、何も出来なくなってしまった。 「みんな、どうやって貼り付けているのかしらね」
 などとぼやきぼやき貼り付けようと集中すると、口の方が曲がって、お互いにその様子を見ては、また爆笑。
 その夜はあきらめて、「つけ睫毛どうする?」と私が妹に言うと、妹が、「畑のフクさんとヒサちゃんにつけたらいいんじゃない?」
 と答えが返ってきた。
 そして、翌日、寒い寒い畑で、二人でフクさんとヒサちゃんにつけ睫毛をつけたのでした。

2014年

その名はツンちゃん

 私の実家の畑のかかしは三人になりました。昨日一番下の妹も同行して、夫と三人で古河の実家に行きました。病院に母を見舞って、私はいつものように畑仕事です。落花生、さつまいも、さといもの収穫を終えて、過日に紹介した手作りの人形を持参しました。妹が「鼻がツンと尖っているからツンちゃんにしよう」と名前も決まり、さっそくフクさん、ヒサちゃんの仲間入りです。実家の畑もすっかりそれらしくなって、空豆、ツタンカーメンのエンドウ豆の苗を植えました。先日植えた、絹さや、大根の種が芽を出して、イチゴの苗も植えました。三人のかかしさん、どうかしっかり見張りをして下さいね。

フクさんのお友達のヒサちゃん

 古河の実家の畑に置いているかかしのフクさん独りぽっちにしておくのは忍びなくて、お友達を作ろうと思い立った。どうせ作るならちゃんとしたものを作ろうとインターネットで人形の作り方を取得した。型紙も作り方も出ているのだけれど、それを理解するのがなかなか難しい。試行錯誤でやっているさなか、パソコンの保守をお願いしている方から「WindowsXPは不具合がおきているようなので、やはり今のうちにWindows7に交換した方が良いようです」とのメールが入った。さっそくお願いすることにして予定を立てた。一日で完了するとのことなので気楽に構えていたら、いざ交換してみると次々に問題が起こり、とうとうホームページのリニューアルで躓いてしまった。
 その間に、母の見舞いや発行日のせまる流星群だよりの編集、流星群の原稿入力、など慌てふためいてしまった。少し時間ができたので人形作りにと思っていたのが油断大敵だった。しかし、やりかけた人形作りも未練があり、早く仕上げてみたいという欲望には勝てなかった。合間合間に針を持ち、どうにか仕上げて、母の見舞いに持って行った。「何か特別なものなのですか」と看護師や介護の女性たちに聞かれ、「私が作った人形です」と答えると、「病院にたまに母の大切にしていたぬいぐるみですと言われて持ってくる方がいらっしゃいますよ」とのことだった。
 その後、この人形に母の名前の一字をとって、「ヒサ」ちゃんと名付けて、かかしのフクさんの隣に座らせておいた。かかしにするのはもったいないと言われて、ちょっと躊躇したのだけれど、「当初の目的どおりにしたらいい」という夫の言葉で決心がついた。かかしの隣に座らせたヒサちゃんの写真をちょうど母の見舞いに来た下の妹に写メールで撮ってもらった。よく撮れているので掲示板に投稿することにした。
 昨夜、どうにかホームページも完了して、パソコンも順調に動いている。さあ、これからまた編集作業に忙しくなる。私の原稿もまだなのだ。これもまた生きているということなのだと自分に言い聞かせ励ましている。

私の畑のお友達、フクさん

 今、スイセンが花盛りです。その中にある畑を耕してやっとじゃがいも、大根、ねぎ、小松菜、キュウリ、ナス、かぼちゃ、スイカ、パプリカ、トウモロコシ、等を植えました。とにかくドクダミがはびこっていて、耕しながら根を取り除き、やっと畑らしき格好になりました。
 昨年、生い茂っていた梅、椋、ケヤキ、朴、桃、柿、李、紅葉、金木犀、ひいらぎ、椿、榊、むくげ、ユキヤナギ、ロウバイ、やまぶき、ネムノキなどの枝をおろしたので、太い枝も結構あり、枯れ木を横たえて置いてあります。せっかく蒔いた種や苗など野鳥の餌になってしまうので、畑の番太郎さんを置きました。フクさんです。私が留守の時、畑を見守って貰うためです。皆さんにご紹介します。
 今年は、いつも見事に咲く源平桃は、花がちらほらでした。記念館を建てるために掲示板のぼけの花は無くなってしまったと思っていたのに、ある年ひょっこり芽を出して、今年は花が一輪咲きました。  やっと元の姿に蘇った実家の風景を少し紹介します。

2009年

絵画展示風景




2008年

今年も夏野菜を作りました。

2.3雪の日






正月
館内展示風景



2007年

賀正

蓮華草が咲きました。遊びに来ませんか。

むくげの花が満開です。



残暑の候

記念館のオープニングの時にいただいた 鉢植えのブーゲンビリアの花が咲きました。


記念館の前の畑でスイカがたくさんできました。 柿の実もたくさんなりました。

夏の思い出

昨年記念館を訪れて、カブトムシの幼虫を持ち帰った武内和子さんよりカブト虫日記が届きました。