掲示板

坂本弘司撮影

欲ボケの文章

9月27日(金曜日)。小雨そぼ降る夜明けが訪れている。なさけなくて書くまでもないことを浮かべて、パソコンを起ち上げている。すなわち、風邪薬服用のせいで深く寝入り、寝坊助を被(こうむ)り文章書く時間が殺がれている。悪夢に魘されて二度寝にありつけず、悶々として仕方なく早く起き出すよりは、いくらか増しではある。しかし、起き立てに文章を書く習性にある私にとって、そのことではこちらがはるかに痛手である。挙句、私は切迫時間に急かされて、殴り書きと走り書きの抱き合わせを被ることとなる。もとより、こんな急(せ)いた心象では文章は書けない。結局、わが能力の限界を知り、私は臍(ほぞ)を噛むばかりである。私は、長年ヨチヨチ歩きで文章を書いてきた。今は、袋小路に入りさ迷っている。こんなとき常に浮かぶのは、「もう潮時」という、諦念の繰り返しである。先走りするけれどきょうは、この先の文章は諦めて、キー叩きはここで止めることとする。続ければ文章とはなり得ず、おのずから私は、いっそう悶々とするばかりである。こんな文章を掲示板へ移行して、継続の足しにすることには、恥じ入るところがある。しかしながら、恥晒しに慄(おのの)いていては、もとよりわが文章の継続はあり得ない。長く下手な文章を書き続けてきた私の場合、案外、恥晒しは継続を叶えた「飯(めし)の種」だったのかもしれない。小雨はこの先、大雨になるのであろうか。一時の大雨は構わないけれど、秋の長雨だけは御免蒙りたいものである。こんな文章には表題のつけようはない。けれど、せっかく書いた文章だから没するに愛惜きわまり、私は何らかの表題を付けて残す浅ましさにある。欲ボケは認知症に次いで、年寄りにいや私に、顕れる症状なのかもしれない。私は心中で(くわばら、くわばら…)と叫んで、逃げる態勢で欲ボケに抗(あらが)っている。飛んだ文章を書いてしまった。こんな文章、あすは書きたくない。

寝起きの一筆、無念

9月26日(木曜日)。山の早起き鳥は鳴かなくても、一晩じゅう悪夢に魘されて眠れず、やむなく夜明け前に起き出している。雨戸やカーテンの造作のない窓ガラスを通して見る外気は未だ暗く、夜明けの天気模様を窺うことはできない。暗い中にあって一つだけわかることは、空き家を崩して空き地となっている植栽に立つ、高木の枝葉の揺れはまったく無く無風状態にある。また窓ガラスには、雨粒や雨筋はいっさい見えない。強風が吹きまくっていたきのう夜明けとは現在、様変わりの状態にある。このことではたぶん、夜明けにあってはのどかな朝ぼらけが訪れるかもしれない。一方、わが身体のことでは寸分変わらず、きのうの風邪の状態を引き継いでいる。挙句、すでに何度も机上に置く箱に手を伸ばし、テイッシュを取り出して垂れそうな鼻汁を未然に防いでいる。テイッシュを取り出して両手で鼻を擤(か)むたびに、指先はキー叩きを止める。おのずから文章は、遅々として進まない。さらには指先と言い合したかのように脳髄もまた、気鬱を言い訳にして働きを止めている。ゆえに、この先の文章は書けない。いや、ここまで書くのに長い時間が経っている。その証しにこの間に、夜明けが訪れている。雨・風はなく、ところどころに彩雲を抱く、のどかな日本晴れの夜明けである。わが気鬱晴らしは、しばし大空すがりである。

弱り目に祟り目

彼岸明けの夜明けにある(9月25日・水曜日)。曇り空にあって、強く風が吹いている。外にしばし佇めば、かなり寒いであろう。昼間の秋風は心地良いけれど、朝夕の風は冷えていて、寒さに身が縮むことになる。きのうの昼間は、もっと強風に晒されていた。わが清掃区域から遠く離れて見えないところから、まるで「枯れ葉川」を成して、わが宅地の側面にぶち当たり止まっていた。私は強風のさ中、箒、塵取り、そして70リットル入りの透明袋を持参しそれらを浚い、両手で力いっぱい押し込んだ。こののちは、やっとこさビニールテープで結んだ。きょうは週一、木屑、落ち葉、薪、木々の伐採物などを、ごみ置き場に持ち込んでいい日である。だから、文章を閉じた後に、庭中に置いている袋をそこへ運べば、きのうからの一連の流れはようやく終結となる。反面、幸いかな! 今朝の道路の清掃は免れている。しかしながら今の風の吹きようを鑑みれば、昼間にあってはきのうの二の舞を強いられるかもしれない。彼岸の入り日(9月19日)、中日(秋分の日、9月22日)、そしてきょうの彼岸の明け日へと続いた一週間にあっては、すっかり気候を変えている。すなわちそれは、思いがけなく早い寒気が訪れにある。私は机上に置く電子辞書を開いて、これらを見出し語にしてあえて確かめた。こんなことばを電子辞書にすがる私は、たわけも者である。見出し語にしたのは、「夏風邪、秋風邪、冬風邪、続いて夏風、秋風、冬風」である。ところが、電子辞書にすがるまでもなく案の定、見出し語に応じて記述があったものは、「夏風邪と秋風」の二語にすぎなかった。分かりすぎていたことなのに、あえて電子辞書で確かめたわが行為だった。これこそ、たわけ者のゆえんである。二語を用いて、短く文章を綴ればこうである。「私は秋風が吹く頃までにとうとう夏風邪を引きずり、それに加えてきのうから、本格的な風邪を重ねてしまったのである」。本格的に替わる、秋風邪あるいは冬風邪の言葉があれば、もちろんそれらのいずれかを用いた。ところがそれらはなく、だから場当たり的に「本格的」という言葉を用いたのである。実際のところ「本格的風邪」などとは、曖昧模糊としてその場しのぎにすぎない。ただ私の場合、体験的に言えることは、わが夏風邪症状は鼻炎症状をあからさまにして、実際には頭重と鼻汁がひどく、始終不快感を被るものだった。しかしきのうからはこれらに加わって、咳とクシャミの連発、さらには鼻汁の垂れ流しに見舞われている。これらこそまさしく、自分的には本格的な風邪症状と言えるものである。もちろん、気鬱症状はなおいや増している。これにみあう成句を用いれば、飛んだ「弱り目に祟り目」である。長々と書いたけれど彼岸の明け日おける、風邪の現在地である。寝起きの書き殴りの文章はこりごりで、この先は書き止めである。夜明けの風は、きのうの昼間を超して強風になっている。私には、きのうの二の舞が案じられるところである。

古閑さんちのお庭

 古閑さん、大事にならず、お怪我がなくて良かったですね。サルスベリは生命力が強い木のようで、花が終わると伸びた枝を全て切って丸坊主にすると翌年は枝葉が茂って花が咲くようです。それにしてもお手入れが良いので根が元気だったのですね。枯れずに花を咲かせてくれて良かったです。花の名前を教えて下さりありがとうございます。「ルリマツリ」とは、姿形にふさわしい素敵な名前ですね。
 高橋さん、見事なザクロの木ですね。私も朝霞の教員住宅に住んでいた小学校の頃に敷地内にザクロの木があったのですが、花だけで果実にはなりませんでした。だから宝石箱を開けた時のようなザクロの果実は、大人になってから知りました。

ありがとうございます。

 高橋さん、いつも花の感想ありがとうございます。嬉しいです。ザクロは実家にもありました。一寸懐かしいですね。

ありがとうございます。

 大沢さんいつも花の感想ありがとうございます。いつも読んでいると嬉しくなります。
 参考まで花の名前を書いておきます。上段左から、「サルスベリの花」、「黄色の花4つはマリーゴールド その下右側青い花はルリマツリ」、「ノーゼンカズラの一種」
「フロックス」、下は「オレンジ色はハイビスカス、青い花はイセノハナビ」です。
 今年1月朝新聞を取りに庭に降りて郵便受けまで行こうとしたところ、一寸よろけて2メートル以上あるサルスベリの木につかまったところ木は根元からポッキリ折れてしまいました。妻は、この辺には無い一寸珍しい色のサルスベリの花だったのに、と一寸ガッカリしていました。私は、申し訳ない気持ちでしたが、根元からまた芽が出て花が咲くようになる。3年後か5年後かは分からないが、と思っていたところ、春になって芽がでたと思ったらグングン伸びて4、50センチになり9月になって写真のように花まで咲きました。

♪HIROKIのタレント日記♪

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《ザクロの木撮ったーー!!》
画像は、さいたま市浦和区にある四国銀行の社宅の敷地内にあるザクロの木です。
コロナが流行り始める数年前に見かけて、その存在に気がつきました。
綺麗に剪定されて、まる裸にされてしまった時もありましたが、2年間で葉と実が復活しました!!
ちょうど◯イイ感じの実◯になってきましたので、撮影して投稿することにしました。
しかし、社宅の敷地内に生えているザクロですから、実を持ち帰ったら、窃盗罪になってしまいますね(苦笑)。
小学校3年生か4年生の頃、下校時に友達と校庭の水たまりにザクロが浮かんでいるのを発見!! すかさず拾って水飲み場の水道水で洗ってから、友達といっしょに「美味い!! 美味い!!」と言いつつ食べながら帰って来た思い出があります。
令和の時代の今なら、屋外のそこらに置いてある食べ物や飲み物を飲食する事は、たいへん危険な行為ですね!!(注意)(注意)

という事で今回は◯ザクロの木◯を紹介させていただきました♪♪

♪古閑さんへ『庭の花』の感想です♪

大沢先生と同じく、花にボリューム感がありますと、本当に素晴しく見えますね♪♪♪♪♪
夏の間のお手入れもたいへんだった事と思います。
これからも綺麗な花々の御投稿をどうぞよろしくお願い申し上げます☆☆☆☆☆☆☆

前田さんへメッセージです

20℃を下回ると寒く感じますね。
昼間の時間帯は、25℃〜30℃位の気温となり、場合によっては、冷房が必要になります。
真夏の格好をした人(Tシャツ&短パン&サンダル)を見かけるのも10月上旬位までというのがぼくの毎年のパターンとなっています。

一足飛びの寒気の訪れ

「秋分の日」(9月22日)が日曜日と重なり、その「振替休日」(9月23日・月曜日)へと繋いだ、三連休明け(9月24日・火曜日)の夜明けが訪れている。窓ガラスを通して見ている外気は、風強く秋天高い日本晴れである。わが身体は、かなりの寒気をおぼえている。明日(9月25日・水曜日)は、入り日(9月19日)から一週間を経ての彼岸の明け日である。カレンダーをなぞったようなことをあえて書いたことには、こんな理由がある。すなわちそれは、彼岸の中日(秋分の日)を挟んで、気候があまりにも劇的に変化したゆえである。秋分の日に書いた文章の表題にはずばり、「秋分の日、礼賛」と付した。もとよりそれは、古来言われて来た「暑さ寒さも彼岸まで」そのままに、このあたりの暑くもない、寒くもない凌ぎ易い気候をあらためて、礼賛したくなっていたからである。続いてきのうは、彼岸が過ぎればこの先は日を追って、わが身体の嫌う冬へ向かうことを書いた。ところが、これらの表現には言葉遊びのごとく、安易な気持ちがあった。しかし、この気持ちは、きのう一変に覆(くつがえ)ったのである。そして現在は、書いた文章自体、反故にすべき思いに陥っている。それにはこんな理由がる。端的にひとことで言えば、予期を超えた極度の気候の変化ゆえである。まどろっこしい言い方を止めれば、すなわち一足飛びに寒気が訪れたのである。風の冷たさはきのうから、すべての網戸を用無しにした。着衣には肌着を重ねた。エアコン(冷房)は駆動を免れた。就寝時あっては、寒くて冬布団を掛けた。いちいち上げたらきりなくきのうは、自分自身そしてわが家は、思いがけない寒気に遭って、冬支度におおわらわを強いられたのである。きょうはきのうの延長線上にあって寒気は緩まず、するとこの先が思いやられて、こんな文章書く羽目になっている。