明けましておめでとうございます
坂本弘司撮影 家に実のなる木があるのは楽しみなものですね。古閑さんちのお庭のミカンの木は、掲示板に時々登場しますね。見事に熟しているようです。それにしても、色鮮やかな花々が殺風景な冬景色を彩っています。今年もたくさんの花を投稿していただき、楽しませてくださった古閑さんにお礼を申し上げます。来年もどうぞよろしくお願いします。 クリスマス(12月25日・水曜日)。世の中の人たちの多くは、きのうのイブ(前夜または前日)と共に、祝福あるいは「食欲旺盛」気分に浮かれて、楽しくこの日を迎えているようである。実際にはきのうの昼間、「ケンターキー・フライド・チキン」の店舗を前にして、まるで長蛇のごとくくねくねと曲がる列を目にして、わが夫婦はしばしこんな思いに浸っていた。わが夫婦はこの列には加わることなく、この店から数メートル離れた、「牛丼」を看板メニューとする「すき家」へ入った。いつもは値段の安いことにことよせて、そのうえさらに最も安価な「ミニ牛丼」メニューを選んで、勝手知った注文ボタンを押す習わしにある。二人してキョロキョロと、壁に貼られていたまるで世界地図みたいにだだっ広く、数えきれなくあるメニュー一覧表(絵柄)を眺めながら、最上位に位置する最も高価なメニューを長く見詰めていた。実際のところは止せばいいのに、注文メニューに思案投げ首状態にあったのである。挙句、この日にかぎり阿吽(あうん)の呼吸は、こう言い放った。 12月26日(木曜日)。日本社会は一つの年末行事「クリスマス」を過ぎて、次には年の瀬・究極の「大晦日」(12月31日)へ向かっている。そして明ければ迎春、新たな年「令和7年」(2025年)の始まりにある。なんだか希望の持てるような世のめぐりである。ところが、人生の後がないわが身にあっては然(さ)にあらず、時のめぐりに合わせてモチベーション(意気)は沈むばかりである。起き立ての私は常々、ふと浮かぶ随想にすがりながら、かつまたなけなしの脳髄にみずから鞭打ち、文章を書いている。こんなことではもとより、気の利いた文章など、書けるはずもない。実際には生来のマイナス思考がたっぷりと顕れて、泣き言まじりの文章を書き続けている。ゆえにわが気分は、おのずから滅入るところにある。わが人生はすでに84年が過ぎて、年が変われば半年余(7月)には85歳となる。一寸先は闇とはいえ、なんで85年も生き延びるのであろうか?…と、嘆息をおぼえる日は稀ではない。精神は病んで文章書きには手古摺り、日々気を揉むばかりである。しかしながら反面、身体は他人様(ひとさま)並みを超えて、いたって健康だと、自覚(自負)するところにある。こう思うのは日々、伝えられてくる友人・知人、はたまた親類縁者の体調不良を鑑みてのことである。灯台下暗し、三つ年下の妻の身体の衰えを見るかぎり、とりわけこの思いはつのり、耐え忍ぶばかりである。いややはり、自分のこととて別枠「健康の範疇」には置けない。このところの私は、年寄りの冷や水そして後の祭りさながらに、途絶えていた「語彙」の生涯学習の再始動を試みている。ところが、散々な憂き目に遭遇している。すなわちそれは、脳髄の劣化と退化現象に遭って、そのつど嘆き慌てふためいている。挙句、わが自負する健康体は、なんだ「張子の虎」だなと自嘲し、溜息を吐くところにある。人間の生存、いやわが生き様は、基は「衣食住」に支えられている。ところが、終末人生にあってはこれらに、医療費が箆棒(べらぼう)に加わっている。もとより、妻と私の身体(生存コスト)は一心同体にある。互いの身体に付随する診療費と薬剤は、家計を脅かすばかりである。妻の場合は細身の身体(約38キロ)に、6種の薬剤を流し込む有様である。おそらく体内では互いに通せんぼをしあいあい、おのずからどれかの効果は減殺(げんさい)をこうむっているであろう。健康体と嘯(うそぶ)く私でも、二つの薬剤の服用を強いられ、目には緑内障の進化を防ぐ点眼液を落としている。これらのほか、続行こそ免れてはいるけれど、耳には高価(45万円ほど)な補聴器を嵌めている。歯は年明け早々(7日)より、これまでほったらかしにしておいた、前歯の欠損の所に差し歯処置が始まる。さらには、なんだかメガネも替えどきにある。きょうの寝起きの文章には、生き続けることの「損得」を書いてしまった。わが迷える心象(心証)を癒してくれているのは、夜明けの大空に青く広がる日本晴れのさわやかさである。欲張って、あと一年ぐらいは生きてみたい気もする、年の瀬のつぶやきである。 蜜柑は、残しておいて”大正解”ですね♪♪ 前投稿が冒頭で切れてしまいましたので、再投稿します。 前田さん、イブの日は、奥様とすき家で『牛すき焼き鍋』をお召し上がりになられて、なによりですね(^^)(^^) 前田さん、御返事の御投稿どうもありがとうございます*(^o^)/* 今年一年、萎えた心に常に身に余るエールを賜り、御礼と感謝を申し上げます。つつがなく年の瀬を過ごし、新年をお迎えください。 前田さん、イブの日は、奥様とすき家で「牛すき焼き クリスマス(12月25日・水曜日)。世の中の人たちの多くは、きのうのイブ(前夜または前日)と共に、祝福あるいは「食欲旺盛」気分に浮かれて、楽しくこの日を迎えているようである。実際にはきのうの昼間、「ケンターキー・フライド・チキン」の店舗を前にして、まるで長蛇のごとくくねくねと曲がる列を目にして、わが夫婦はしばしこんな思いに浸っていた。わが夫婦はこの列には加わることなく、この店から数メートル離れた、「牛丼」を看板メニューとする「すき家」へ入った。いつもは値段の安いことにことよせて、そのうえさらに最も安価な「ミニ牛丼」メニューを選んで、勝手知った注文ボタンを押す習わしにある。二人してキョロキョロと、壁に貼られていたまるで世界地図みたいにだだっ広く、数えきれなくあるメニュー一覧表(絵柄)を眺めながら、最上位に位置する最も高価なメニューを長く見詰めていた。実際のところは止せばいいのに、注文メニューに思案投げ首状態にあったのである。挙句、この日にかぎり阿吽(あうん)の呼吸は、こう言い放った。「パパ。『すき焼き鍋』を食べてみましょうか?…」「そうだね。食べてみよう!」こののちは、一人で忙しく動き回る係の見目麗しい若いパート女性を手招いて、妻はあれこれとメニューの詮索をした。私は支払者特有に心中で、(美味しさはともかく、費用対効果)を浮かべていた。二人して、「すき焼き鍋」に決めた。けれど、注文ボタン押し方が分からず、係の女性に押してしもらう始末だった。次々に入ってくる客は、注文ボタンの操作に手慣れて、だれもがスムースに注文にありついていた。私は手間暇をかけたことで、丁寧な言葉で係の女性に詫び、同時に注文動作を依頼した。注文が済むと安堵して、店内模様や客の姿を眺めていた。時を置かず湯気が立ちのぼる二つの「すき焼き鍋」が運ばれてきた。相対で見る双方の皺だらけの顔に、艶々の笑顔が溢れた。食べ終わると二人は、美味しさに満足した。実際のところ私は、病身の妻が満足さえすれば美味しさはどうでもよかった。けれど、費用対効果は、効果のほうが勝り、十分に元が取れたのである。私は妻より先に立って、千円札二枚を自動の支払い機に入れて、1750円を支払った。釣りの250円は、コロコロと硬貨入れに落ちた。実際にはここでも、係の女性の手を煩わしたのである。やおら病身を擡(もた)げる妻の手を取り、二人とも満腹の面持ちで外に出た。寒風が吹き晒す「ケンタッキー・フライド・チキン」の前には、いっそう長く人が並んでいた。きのうのわが行動は、妻の引率行動だった。先ずは当住宅地内最寄りのS医院への通院、次には「パパ。わたし、大船で買い物したいのがあるのよ…」と言う妻に逆らえず、二人は最寄りの「北鎌倉バス停」から、巡ってきた「大船行きバス」へ乗り込んだのである。寝起きの私は、こんなことを書くつもりは毛頭なく、久しぶりにネタを従えていた。ところが、書き出すとこんな文章になり、慌てふためいてここで結ぶものである。のどかに、日本晴れの夜明けが訪れている。雪の降る「ホワイト・クリスマス」など望んでいないからこれでいい。フライドの七面鳥は食べなかったけれど、美味しい「牛すき焼き鍋」にありついて、まずまずのクリスマスを迎えている。

古閑さんちのお庭
クリスマスと「すき焼き鍋」
「パパ。『すき焼き鍋』を食べてみましょうか?……」
「そうだね。食べてみよう!」
こののちは、一人で忙しく動き回る係の見目麗しい若いパート女性を手招いて、妻はあれこれとメニューの詮索をした。私は支払者特有に心中で、(美味しさはともかく、費用対効果)を浮かべていた。二人して、「すき焼き鍋」に決めた。けれど、注文ボタン押し方が分からず、係の女性に押してしもらう始末だった。
次々に入ってくる客は、注文ボタンの操作に手慣れて、だれもがスムースに注文にありついていた。私は手間暇をかけたことで、丁寧な言葉で係の女性に詫び、同時に注文動作を依頼した。注文が済むと安堵して、店内模様や客の姿を眺めていた。
時を置かず湯気が立ちのぼる二つの「すき焼き鍋」が運ばれてきた。相対で見る双方の皺だらけの顔に、艶々の笑顔が溢れた。食べ終わると二人は、美味しさに満足した。実際のところ私は、病身の妻が満足さえすれば美味しさはどうでもよかった。けれど、費用対効果は、効果のほうが勝り、十分に元が取れたのである。
私は妻より先に立って、千円札二枚を自動の支払い機に入れて、1750円を支払った。釣りの250円は、コロコロと硬貨入れに落ちた。実際にはここでも、係の女性の手を煩わしたのである。やおら病身を擡(もた)げる妻の手を取り、二人とも満腹の面持ちで外に出た。寒風が吹き晒す「ケンタッキー・フライド・チキン」の前には、いっそう長く人が並んでいた。
きのうのわが行動は、妻の引率行動だった。先ずは当住宅地内最寄りのS医院への通院、次には「パパ。わたし、大船で買い物したいのがあるの………」と言う妻に逆らえず、二人は最寄りの「北鎌倉バス停」から、巡ってきた「大船行きバス」へ乗り込んだのである。寝起きの私は、こんなことを書くつもりは毛頭なく、久しぶりにネタを従えていた。ところが、書き出すとこんな文章になり、慌てふためいてここで結ぶものである。
のどかに、日本晴れの夜明けが訪れている。雪の降る「ホワイト・クリスマス」など望んでいないからこれでいい。フライドの七面鳥は食べなかったけれど、美味しい「牛すき焼き鍋」にありついて、まずまずのクリスマスを迎えている。年の瀬のつぶやき
♪古閑さんへ『庭の花』の感想です♪
彩が本当に素晴しいです◯◯
それから赤系&ピンク系の花々とホワイト系の花々は、㊗︎新年の訪れ㊗︎を予感するものとなり、鮮やかでこちらも素晴しいです◎◎☆前田さん、メリークリスマス☆
ぼくも、すき家の『牛すき焼き鍋』は、大好きで、夕食ではなく、夜食でけっこう食べています!!
うどんが入っていますが、コシが強く美味で、肉よりも先に食べてますよー♪
ケンタッキーは、家の近くにありませんので、クリスマスシーズンの様子は見た事がありませんが、長蛇の列には、ケンタのチキンの美味さから考えますと、納得ですo(^-^)o
昨日は夜勤で(きょうもです・笑)、出勤したら店の女のコが「クリスマスらしいコトした?」と訊いてきました。
「ぜんぜんやってない!!」と答えましたが、女のコもやっていないような事を言っていました。
お客さんからは、「休日ではないので、クリスマスの実感が湧かない!!」との声もありました。
やはりクリスマスは、夜遅くまで勤務する人や夜勤の人は、やらないのではないかと思います。
実は、ぼくたち仲間は毎年、☆早めクリスマス会☆を開催していて、リアルタイムではやっていません。
クリスマスも多様化しているのかもしれませんね。☆前田さんへメッセージです☆
しかし、本文が冒頭で切れてしまいましたので、再投稿します。
出勤前なので、出勤途中で投稿しようと思っていますので、時間がかかるかもしれませんm(_ _)m高橋弘樹様へ、感謝!
☆前田さん、メリークリスマス☆
クリスマスと「すき焼き鍋」





