掲示板

明けましておめでとうございます

坂本弘司撮影

♪大沢先生へメッセージです♪

小松菜は、生で食べても問題ないそうなので、一葉だけ召し上がってみては、いかがでしょうか?

どうしようかな

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 先日、スーパーで購入した小松菜の葉の部分を切って茎の部分を水栽培からプランターに植え替えて、十四日ほどたった。購入したときの半分ほどの背丈に育っている。味見をしたいのだけれど、迷っている。ほかにも植えているが、葉っぱはしっかり出ているけれどなかなか伸びてこない。どうしようかな。まだまだ迷いそうである。

早とちりかな? 「春が来た」

2月10日(月曜日)。文章を書くには程よい時刻の起き出しにある(5:18)。だから、執筆時間に切迫することなく、のんびりとキーを叩き始めている。さらには、寝起きに怯えていた寒気は緩んでいる。いまだ朝日の見えない夜明け前だけれど、確かな足取りで夜明けは早くなり始めている。長く続いていた雪国地方の大雪も、ようやくきのうあたりから細り始めている。確かに、春は近くに来ている。先導役を担ってわが庭中には、フキノトウが萌え出している。一本の梅の木には蕾が膨らみ、まもなく綻びそうにある。ふるさとの原っぱや土手には、スギナやツクシンボ、ノビルなどが芽生え始めていよう。自然界はこうして冬衣(ふゆごろも)を捨て去り、だんだんと春の装いに彩られ深めてゆく。私同様ネタに飢えるメディアは、早々と桜の開花予報に現(うつつ)を抜かし始めている。何がなんでも、早とちりではないだろうか? と、私は要らぬ気を揉むところである。人間社会は、自然界と人間界の営みの中でめぐっている。自然界の大雪の後には春爛漫を願いたいけれど、地震をはじめ天変地異の鳴動は、一寸先は闇の中にある。一方、人間界は一寸先どころか、時々刻々に現れる災難に怯えている。人間界には自然界のように、春の訪れを明確に楽しむ兆しは何もない。目下の人間社会は、あらゆる学び舎における、入試の真っ只中にある。結果は合否に分かれて、笑う春もあれば泣く春もある。石破総理は、アメリカ・トランプ大統領との会談を無事に終えて、ホッと胸を撫でおろされている。しかし、この先が万事、好都合にめぐるとは言えない。なぜなら人間界には、自然界とは異なり「かけひき」という人為の曲者(くせもの)が存在する。すなわち、「ばかしあい」なら、善良な石破総理は、狡猾(こうかつ)なトランプ大統領に敗けそうである。こんなことを書いているうちに、夜明けが訪れている。もはや、彼方の雪国の空を気を懸けることはしなくて済みそうである。それでも、ちょっぴり気に懸かるのは、雪崩と雪解け水のしわざである。

前田様、ありがとうございます。

最近は、酒を呑まず、ノンアルコール飲料を嗜む人が増えていると聞きます。
ノンアルコール飲料のみを提供する店も、ちらほら出てきているそうです。
私はどちらも呑みます。
その他、食、映画、ちょっとした旅など、好きなこと、面白いと思うことを書くことに挑戦してみたいです。

嗜む、嗜好

2月9日(日曜日)。自ら決めている、起き出し時刻の定時(5時)ははるかに過ぎて、大慌てで起き出している(6:29)。だから、心が急いている。しかしながらきょうの場合は、自業自得と言って私自身に、恨みつらみを言うつもりを無い。いやそれどころか、自分自身を褒めてやりたい気分が横溢している。まったく久しぶりに二度寝にありついて、さらには熟睡に恵まれたからである。熟睡がこんなにも心地良いとは、これまたまったく久しぶりの実感である。老齢のわが身は、ただ眠ることさえにも困難を極めている。こんなことではいち早く、永遠の眠りも悪くないなあーと思う、このところの眠りの浅さだった。熟睡に恵まれたのはたぶん、きのう、卓球クラブの練習へ出向いご褒美であろう。きょうはこのことだけを書いて、結び文にしても構わないほどに現在の私は、熟睡がもたらした快感に酔っている。しかしながらそれだけでは、やはり味気ないところもある。きのうは「酒」をテーマーにして、淡々と書かれた「味のある」文章に遭遇した。ゆえに私には、羨ましさとありがたさのダブルの気分が噴出した。いつものわが嘆き文を省みて、ブログにはこんな文章を書きたいと思ったからである。掲示板上における書き手(投稿)は、たまご様だった。同時に私は、酒にまつわる、嗜(たしな)むという、ことばの臨場感を賜った。私の場合、「嗜む」とその熟語を為す「嗜好」(しこう)共に、もとより死語として無縁を続けている。私はチョコレートを筆頭にして駄菓子あれこれ、無類の甘党である。甘党には、嗜むや嗜好ということばは様にならない。ただ、ダボハゼのごとく「甘い餌」として食いつくだけにすぎない。嗜好を鑑みれば、わが人生においてはたったの一度さえ喫煙の体験はない。さらに飲用にあっては水道水さえあれば、酒(ビールなどのアルコール類)などまったく無くても構わない。いや、医療用のアルコール類だけは除くべきであろう。なぜなら、今なおわが家の土間の下駄箱の上には、新型コロナ騒動以降、市販の消毒剤が鎮座している。ビールはわがファンとする阪神タイガースが、宿敵読売ジャイアンツに勝ったおりだけは飲むように、買い置きしていたことがある。ところが、それも一時の戯れにすぎず、舌が嫌って現在は、パタリと沙汰止みになっている。しかし、正月くらいはビールを飲みたいなあーと要らぬ欲望が湧いて、昨年の年の瀬の正月食品の買い漁りのおり、ノンアルコールならぬ、正真正銘の酒(ビール)を3個買った。ところが、未だに一個だけ残っていた。ゆえに、この文章を書いているのに合わせて急いで階下へ下り持って来た。そして、手に持つアルミ缶のラベルを丹念に眺めている。ラベルの表示はこうである。アルミ缶の全体サイズは超小型、手にしている片手・手の平の半分を覆う程度である。英字表示だけれどカタカナで書けば、スーパードライ、アサヒとある。漢字では生、酒とある。アルミ缶を回しながら容量を調べてみると、これかな? アルミ缶の最下部にごく小さく、純アルコール量:54g(135㎖当り)とある。すると、手にしているアルミ缶は、135㎖入りの生ビールであろうか? 酒を嗜好しない私は、こんな表示にさえしどろもどろである。きょうの文章は、アホの私の究極の書き殴りである。ただ一つの真意は、たまご様の絶妙の文章に憧れているところである。大慌てで書いたけれど書き殴りに救われて、未だ7;26である。もっと、丁寧に書くべきだったかなと、寝起きの好気分は曇りがちになっている。ただ、夜明けの大空は、わが気分にお構いなく、かぎりなく青い日本晴れである。大雪情報が細り、日本列島には一足飛びに春が来たのかもしれない。

高橋さん、メッセージありがとうございます。

近いうちに、「やまや」や「ドンキホーテ」に行ってみましょうね。
魔王は、森伊蔵、村尾と並び、それぞれの頭文字をとって3大Mといわれる芋焼酎らしいです。
芋焼酎って、クセが強めで、好き嫌いがわかれるらしいのですが、魔王は比較的呑みやすいそうです。
しかし、流通量も少なく、お値段が少し高めということでした。
魔王もまた、熟成焼酎らしいので、いつか1度は試してみたい銘柄です。

♪たまごさんへメッセージです♪

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たまごさん、御返事の御投稿をどうもありがとうございます*(^o^)/*
たまごさんの好きな色が赤やワインレッドである事はじゅうぶんに承知しておりますよーV(^-^)V
近いうちに、”やまや”や”ドン・キホーテ”へいっしょに行って、赤以外の閻魔があるかどうか見に行きましょうねーー♪♪

余談になりますが、画像は、弟から送られてきた弟が好きな”魔王”です。
芋焼酎のようですが、従兄弟への贈り物として、手渡したりしていましたよー。

高橋さん、ご感想ありがとうございます。

私の呑む閻魔はラベルが赤いですが、同じ閻魔という銘柄にもいくつかの種類があるらしく。
赤以外の閻魔を販売している店を、近所に見つけることができなかったので、見たことはないのです。
もちろん、一番は呑み心地ですが、私の好む閻魔のラベルの色が、これも私の好む色である赤、というのも惹きつけられる理由のひとつかもしれません。

♪たまごさんへ『麦焼酎、閻魔』の感想です♪

『麦焼酎、閻魔』は、ラベルとボトルキャップが赤なので、写真写りが良く、写真映えがしますね。
お味もよろしいとの事で、なによりです♪♪

麦焼酎、閻魔

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麦焼酎をよく呑みます。
お酒は、それほど詳しくないのですが、樽貯蔵酒という焼酎が人気らしく、私もよく楽しんでいます。
長期熟成させることで出る、まろやかな味わいとオーク樽から滲み出す成分による、バニラの香りや甘い味がするというのが、特徴です。
近所で購入できる貯蔵酒は、琥珀麦の舞、隠し蔵、田苑、閻魔、といったあたりなのですが、長いこと、琥珀麦の舞のスモーキーな味わいや、他の貯蔵酒の熟成されたまろやかさを楽しんでいました。
ところが、老松酒造の閻魔を初めて呑んだ時、一口目で、ほのかに感じる甘さに衝撃を受け、大好きになってしまいました。
他の貯蔵酒もバニラの甘い味や香りがするとのことですが、私は舌バカなのか、あまり感じられず、閻魔で初めて実感した次第です。
長い冬の夜の徒然に味わっています。