掲示板

大沢久美子撮影

♪HIROKIのタレント日記♪

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《本日3/25発売!! 松屋59店舗限定メニュー『鉄皿牛肉バターライス』食べてみた!!》
本日3/25(火)午前10:00販売開始の松屋59店舗限定メニュー『鉄皿牛肉バターライス』をご飯大盛(税込780円)で食べてみました。
ぼくは、バターの炒めた時の匂いが苦手な人なのですが、1枚目のポスター画像がとっても美味しそうに見えたので、失敗覚悟!! でオーダーしてみました。
ところが、バターの匂いはナシ?!! 味もバターライスを食べている感なく、フツウのライスのよう。
牛肉の味は、隠し味があるような塩味で柔らかく、トッピングの青ネギ&コーンとよく合っていて、☆大美味☆でした☆☆☆☆
ただ、鉄皿ですから最初のうちは熱いので、ご注意を!!

桜、山の賑わい、好季節到来

3月25日(火曜日)。寒気はまったく感じなく、もはや怯えることはない。だからだろうかのんびりと、こんなことを心中に浮かべて起き出している。山の木々は芽吹いて、それぞれの花を咲かし始めている。きのうは東京都の桜の開花宣言があり、テレビ映像を賑わしていた。桜木の下で佇み目を凝らせば、わが家近くの桜も一輪ぐらいは咲いているだろう。山からはまだ枯れ葉は落ちず、道路の掃除は免れている。庭中のツバキの花は、大団円の色艶を増して咲き続けている。この花びらに含む美味しい露蜜を吸いに、山からメジロが飛んで来る。すぐに、メジロをやっかみ追っ払うように、ヒヨドリが後を追う。瞬時、ヒヨドリには憎さ百倍つのるけれど、それでも春を愛(め)でたくなる絵になる光景である。山にはウグイスを筆頭に、名を知らない山鳥たちが、まるで間欠泉のごとく一定の間隔を置いて、鳴き合っている。突然の天変地異さえなければ、山際に住む私にとっては願ってもない、一年じゅうでもっとも好季節の到来にある。朝日は見えないけれど、のどかに夜明けが訪れている(5:48)。まだ、執筆時間はたっぷりとある。しかし、ここで書き止めにしないでこの先を書けば、いつものマイナス思考の文章を綴ることになる。挙句、せっかくの好気分は殺がれることになる。それを恐れて私は、恥を晒して指止めを決断した。生来の優柔不断の質(たち)の、わが突然の決断を褒めてくれているかのように、ウグイスはエール(応援歌)の鳴き声を高めている。あれれ! 朝日もまた私に味方して、光り始めている。わが自然界賛歌は、謳歌を極めている。

厄介な「人生終末病」

3月24日(月曜日)。のどかに春日和の夜明けが訪れています。彼岸がもたらした格好の季節の屈折点なのでしょう。自然界の真髄にふれている思いがいっぱいです。素直にわが不断の自然界賛歌を謳い称えましょう。こんな自然界の恩寵にさずかりながら私は、人生終末病に罹り、(もう書けない、書きたくない)症状に陥っています。こんな気分で起きれば、パソコンを起ち上げる気にはなれず、起きて長く悶々としていました。「ひぐらしの記」は、ここで打ち止めになるか。いや、まだ続けるには何かを書かなければと、葛藤に苛まれていました。まさしく、人生終末病という気狂いの症状です。葛藤の挙句、継続を断たないためにはと、このことが脳裏に浮かびました。それは、途中書いたことのある大相撲の結末です。きのう千秋楽を迎えた大相撲春場所(大阪場所)は、途中の予想どおり大関・大の里対平幕・高安との決戦になりました。そして、二人の優勝決定戦までもつれて、大の里が優勝を果たしました。大の里の優勝は3度目、大関なっては初めての優勝です。大器は横綱へ向かって、順調に正規軌道を踏んでいます。このことにわが関心事を一つ加えて、崩落し続ける心に鞭を入れます。今週(28日、金曜日)からいよいよ、プロ野球の今シーズンの公式戦が開幕します。わがファンとする阪神タイガースへの応援は、すでに臨戦態勢がととのっています。きょうは十数分、こんな文章を書いて、指止めいにします。人生終末病の病巣は身体には無く、名医さえ手のつけようのない心中の深奥です。だから自分自身の処方箋、すなわち自己発奮、克己心を奮い立たせるより、ほかに治癒の手立てはありません。自分自身との闘いですから、頑張るつもりです。文章全体を大沢さまに削除依頼するかどうかで、迷っています。大空はいっそう明るんでいます。ウグイスが朗らかに鳴いています。私は泣きたい気持ちを抑えています。

劇変、彼岸明け

3月23日(日曜日)。のどかに春彼岸の夜明けが訪れている。わが人生において、神様をあて(頼り)にしたことなど、たったの一度さえない。何度か硬貨を賽銭箱に投げ入れたけれど、ご利益にさずかった験(ためし)はこれまた一度もない。一方、これまでのわが人生において、自然界において無償でもっとも頼りにできたのは、中日(ちゅうにち)を挟んで「春秋の彼岸(七日)」にある。「寒さ暑さも彼岸まで」、季節変わりを見事に叶えるからである。ことしもまた予期どおり、春彼岸の恩恵に授かり、彼岸前までの天候不順を正して、季節は本来の春へ劇変した。神様要らずの彼岸のもたらす、まさしく自然界の恩寵である。春彼岸を境にして、ようやく待望していた陽春の訪れにある。まさに、頃は好し。ところがこれに反し、終末人生を生きる私は、それにともなう困惑や心痛に陥り、平常心を失くしている。この確かな顕れは、心が歪(ゆが)んで文章が書けない状態にある。このせいで、きのうは文章が書けず、休んだ。きょうもこんなことを書くようでは、きのうの二の舞にある。やはり書かずに、休んだほうが良かったのかもしれない。だけど、書かずにおれなかったのは、彼岸を崇める心情のほとばしりによるものだった。このことだけを書いて、この先は書けずじまいである。終末人生の難事を克服できるかどうか、やはり自己発奮に縋るより便法はない。彼岸明け、朝日がキラキラ光っている。

休みます

目覚めて、寝床の中です。夜明け模様はわかりません。身体良好、精神不調。

春恒例の「ふるさと便」

3月21日(金曜日)。春眠暁を覚えず。風雨まったくなく、のどかに晴れた夜明けが訪れている。人間界に対する、春彼岸の粋なおもてなしと言えそうである。それなのに私は、書く気分なく起き出している。しかし、格好の気分転換を兼ねて、このことだけは書いて置こうと思い、パソコンを起ち上げている。それは、わが固有の春到来の徴(しるし)でもある。きのう、毎年恒例の「ふるさと便」が宅配されて来た。送り主は、ふるさとのフクミ義姉亡き後を引き継いで、隣町(菊池市)に住む次女(姪っ子)である。段ボール箱を開けると、姪っ子が漬けた「高菜漬け」がワンサと押し込まれていた。さらにはたぶん、最寄りの「道の駅」で買ったのであろうか、手作りの味噌類や菓子が詰まっていた。ふるさと便の特徴は味を占める前に、今は亡き長兄や義姉をはじめとして諸々の御霊を偲び、かぎりなく郷愁が沸き立つことである。わが生存中にあっては、姪っ子からのふるさと便は絶えることはないであろう。このことからこののちのふるさと便は、この先ごく短い期限付きである。ゆえに愛(いと)おしさが増して、このことを書き忘れては「罰が当たる」ものである。きょうは書くまでもない自己都合の文章を書いて、恥を晒している。だけど、一向に構わない。朝日はいっそう輝きを増している。私は望郷をつのらせている。寝起きの気分は安らいでいる。

いよいよですね

 古閑さんちのお庭もそろそろですね。今年もまた、掲示板には古閑さんちのお庭の花々で賑わうことでしょうね。楽しみです。

春の足音

 大沢さん、望月窯ではゆっくりと心と身体を休められたんではないでしょうか。梅の花等この写真を見ているともう春ですね。

♪大沢先生へ『望月窯だより』の感想です♪

大沢先生、雨と雪の中での望月窯行き、たいへんお疲れさまでございました。
昨日朝は、夜勤の帰りでしたが、雨から雪に変わり、歩いているとビチャビチャで、車が通り過ぎる時に雪が跳ね上がって、降りかかり、とんでもない状況でした↓↓

自然が豊富な望月窯は、大沢先生と妹様との共同作業で、多数の画像からも楽しませていただきましたが、今後も楽しみですね♪♪

望月窯だよりつづき

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 水仙はまだ蕾が多く、白梅と紅梅が花盛りだった。ちょうど良い時期になかなかめぐり逢えなかったが、今回はじっくりと花を見ることができ、頭の中には梅の実が思い浮かんでいた。今年はジャムが作れるかな。
 カタクリの花が株が三つに増えており、それぞれに蕾がついていた。開花を見ることはできないかもしれない。
 ふきのとうは花が咲いていた。まだ蕾もあり、蕗味噌を作るんだと妹はせっせと摘み取っていた。