掲示板

大沢久美子撮影

望月窯だより

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 今週初めの十七日から十九日の二泊三日で古河の実家に行ってきた。到着するとすぐにウグイスの鳴く声に迎えられた。ウグイスは一日中鳴き続けてくれる。それに加えて、キジの甲高い声がする。先回来たときは遠かった声が、今は隣接する竹やぶの中から聞こえていた。その姿はなかなか見ることができないが、声がするとデジカメ片手に忍び足手声の方に近づいていくが、未だ出会うことができないでいる。それでも、キジの力強い鳴き声には身が引き締まる思いがする。
 玄関の所に植えてあるボタンの花が満開だった。いつもは散った後に訪れることになっていたが、今回はグッドタイミングだった。画像では濃いピンク一色に見えるが、白の地色に紅色が混じった鮮やかな大輪である。
 父が生前に知人から送っていただいたもので、玄関先に植えて大切にしていた。だんだん背丈が伸びてしまって、花の時期が終わったら剪定しようと思いながら、なかなかできないでいる。

私の庭

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昨日私の庭のシャクナゲが満開になりました。柔らかなピンク色が心を癒やしてくれます。

焦り

4月20日(木曜日)、曇天だがとうに夜が明けている。焦る心は弥増している。きのうはぐっすり寝た。きょうは寝すぎた。どちらにしても、文章はお陀仏である。二度寝にありつけないよりはるかに増しだが、わが心身には避けようのない焼きが回っている。おのずからこの先の文章は、沙汰止みになる。きのうの私は、途絶えていたルーチン(日常生活)を取り戻すため、二つの行動を試みた。一つは、朝の道路の掃除である。一つは、昼間にあっては庭中の草取りである。いずれも、このところ萎えていた心を宥(なだ)めすかした自己発奮だった。しかしながら、その目的は未達のままである。それゆえ、この先のわが生き様が思いやられるところである。一方、自然界の恵みは、今を盛りに謳歌を極めている。庭中に這いつくばっていると、わが萎えた心身を真っ先にウグイスが鼓舞してくれた。わが世の時を謳うツツジや草花なども、ウグイスに引けを取らずに癒してくれた。やはり私は、自然界の恵みに篤と励まされ、箆棒(べらぼう)に癒されている。きょうは書くまでもないことを書いて筆を折る、いや指先を止める。曇天は、のどかに明るくなっている。風薫る「五月(さつき)の空」が近づいている。私は、心身の修復を急がねばならない。

ルーチン

4月19日(水曜日)。5:41。ぐっすり眠れた。気分は良し。さあ、これから書こう。いや、書かない。青空に朝日が輝いている。久しぶりに、かつてのルーチン(朝の道路の掃除)へ向かおう。途切れていた、生活のリズムを取り戻すためである。まったく、自己都合の身勝手である。お顔見知りの散歩ご常連に人たちとの、朝の出会いがうれしく、すこぶる楽しみである。前田さんは「どうされたかな? 死んだかな? 」と、思われていたはずである。

欲得まみれの「この先のわが生活信条」

4月18日(火曜日)、4:24。実際にははるか前に目覚めて、起きている。やはり願う、熟睡と安眠は叶えられず、挙句この先、寝不足状態が続きそうである。人生の晩年と精神の動揺にあっては、仕方ないと思うところである。次兄の終焉の病床で看取りを続けて、通夜・葬儀に明け暮れていたため、この間は長く文章を休んだ。これに加えて機を同一にして、パソコンのメール機能の不全を被っていた。パソコンのメール機能は、パソコン上のやり取りで、昨日回復した。これには後払いで、臨時の8800円の金がかかった。それでも、金に換えられないほどに、心は安堵した。パソコン機能が復活すると、たちまち思いがけないわが無礼と失態が現れた。文章が沙汰止みになっていることを案じて、「ひぐらしの記」ではお馴染みの渡部さんは、わが体調伺いのメールをくださっていたのである。ところが、余儀ないこととはいえ私は、心温まる渡部さんのメールに対し返信無し、すなわち梨の礫(つぶて)を続けていたのである。メール機能の回復はきのうだけれど、渡部さんの送信メールに気づいたのは「今」である。それゆえに私は、大慌てで返信メールを書いて、次にこの文章を書いている。私は、恥をかくために生きているのかもしれない。さて、私にはもはや百年(一世紀)および五十年(半世紀)の大計は望めない。だからせめて、三か年計画くらいを心中に模索している。短いけれど、欲張りいっぱいの期間である。すなわち、この間に希望することは、認知症は免れて、かつ闘病の苦しみのない安らかな永眠である。そして、日々の生活信条の一つには、果て無く、望郷や懐郷に浸ることである。さらに一つは、親きょうだいのレイクエム(鎮魂歌)と思慕すがり、すなわち面影にかぎりなく耽ることである。結局、この二つを軸にして私は、人生の様々な思い出に助けられて、生存の余りを生きる覚悟である。残念ながら「ひぐらしの記」の単行本100冊の目標は、余命では叶わずおのずから未達である。頃は晩春、わが命は晩節である。きょうの文章は、欲張りまみれの「晩節の誓い、いや希望」である。夜明けの空は、風の揺らぐ薄曇りである。5:35、夜明けは未熟である。

「われ一人に思う」

4月17日(月曜日)、夜明け前にある。諸々の心痛でこのところは、普段にも増して睡眠不足に陥っていた。けれど、昨夜はいくぶん眠れた。一晩だけでは、まだわからない。この先、睡眠不足は改善傾向をたどるかもしれない。いやそれともぶり返し、もっと深みにはまるかもしれない。どちらにしてもわが心理状態ゆえに、人様にすがることはできない。挙句、自分自身で心理状態をコントロールしなければならない。いずれにしても、悩ましいことである。恥を晒してという表現と、恥じ入ることなくという表現は、相対する表現である。きのうの私は後者の表現で、心中に浮かんだままのことを不特定多数のブログ「ひぐらしの記」に記した。それでも、恥を晒したかな! という思いはある。だけど、記した後の祭りである。いや、恥じ入ることはないと、ひたすら自己慰安に努めている。私は、親の優しさと多くのきょうだいの情愛に育まれて、こんにちまで生きてきた。それゆえきのうの私は、心中に今は亡き親・きょうだいを浮かべて記した。それは無粋な、親・きょうだいの数の一覧表を成した。しかしながらそれには、わが思いが凝縮していたのである。かつての私は、親・きょうだいの情愛や絆を断たないために、ひたすら文章を書き続けていた。そして、『ひと想う』という手作りの単行本を五巻ほど編んだ。それらを生存中の姉や兄に贈った。この試みは功を奏して、多額の金とわが苦労は、十分に報われたのである。ところがとうとう、生存者は自分一人となってしまった。もはや書いても、読んでくれるきょうだいはいない。わが役割は、終わったのである。つらく、心寂しいわが役割の終焉である。挙句に私は、この先を生きる気力を殺がれている。朝日が射して、のどかな夜明けが訪れている。わが余生が思いやられる夜明けでもある。

生き続けることが供養と思いました。

 知人、友人、肉親とのこの世の別れは、身を切られる思いに襲われる。そして、もうこの苦しみ、哀しみから立ち直れないのではないか、と生きた心地がしない日がずっと続いていく。それでも生きねばならないのは、彼岸に旅立った人への供養は、生きている人の定めだからである。いつ何時にも思い出し、懐かしむ。これが何よりの生きている証なのである。だから、無理せず、自然体でそれらの人たちの記憶を機会あるごとに思い出し、自分への慰めとする。時がたてば、生々しい哀しみは消え、穏やかな慰めに浸ることができる。思う存分に哀しみ、嘆き、涙が枯れるまで流し続ける。やがて身も心も軽くなる日が来ると信じて。

身勝手記述、許してください

異母長兄:1男3女:孫、曽孫多数。異母長姉:3男0女:孫、曽孫有り。異母二兄:1男0女:孫、曽孫あり。異母二姉:1男0女:孫、曽孫有り。異母三兄(戦死・独身)。異母三姉(幼児事故死)。実母長姉:2男1女:孫、曽孫多数。実母長兄:1男2女:孫、曽孫多数。実母二姉(病死・独身)。実母二兄:2男1女:孫、曽孫多数。実母三兄:2男0女:孫、曽孫多数。実母四兄:1男1女:孫、曽孫多数。実母五男・私:1女:孫1女。実母六男・弟(幼児事故死)。父1人、母2人。子ども14人。生存中は、私だけである。

しょんぼり

4月16日(日曜日)、3:59。次兄他界に合わせて、パソコンのメール機能が不全になりました。メール機能は、難聴とそれゆえの電話交換の厄介さを補完するものでした。それが壊れて、ダブルの不運に見舞われて現在、わが気分は憂鬱状態です。真っ先には、文章を書き続ける気分が殺がれています。実際のところは何もかもが嫌になり、最も肝心なところでは、メール機能の修復作業のやり取りさえする気になりません。だから、正直なところ現在のわが心境は、この先をどう生きるか? この一点だけに集中し、余命の生き方を模索中です。次兄他界に際し早速、お見舞いと激励を賜った、大沢さまと高橋様には篤く御礼を申し上げます。

前田さん、次兄様の御冥福をお祈り申し上げます

前田さん、次兄様が他界されて、たいへんでしたね。

ぼくの方は、1999年(平成11年)9月14日、母方祖母が亡くなる前日の夜から、おばあちゃん子だったぼくひとりで、病院の祖母の病室に泊まり込んで(病院の看護師さんから直接、ぼくに要請がありました)、祖母に付き添いました。
母はすでに身体障害者でしたので、自宅にて弟に介護を頼みました。
翌9月15日18:00過ぎに母以外の身内が揃う中、祖母は息を引き取りました。

前田さんのように4日間もつらい思いはしませんでしたが、お看取りというのは、とんでもなく悲しくつらいですね。

大沢先生と同じく、前田さんの御体の御自愛と御力落としのないように心から願っております。

次兄様の御冥福を心よりお祈り申し上げます。