ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

幾星霜

 書けば愚痴こぼしまみれとなる。それを恐れて、このところの私は、文章が書けない。しかし、きょうだけは書かずにおれない心境をたずさえて、起き出して来た。それは一年めぐりにやって来る、格別な日だからである。令和三年(2021年)七月十五日(木曜日)、現在デジタル時刻は、4:18と刻んでいる。やがては、夜が明ける。前面の窓ガラスは、台風予報でもないかぎり、常に開けっぴろげである。眺める遠峰のはるかかなたには、故郷(ふるさと)がある。夜が明ければ郷愁に浸りたくて、真っ先に遠峰を眺めている。いや、遠峰の先に浮かぶ、故郷に思いを馳せている。そして、今では御霊に変じた父母や多くのきょうだいたちを、かぎりなく偲んでいる。幸いなるかな! きょうは、たっぷりと偲ぶにはきわめて好都合である。なぜなら、ふるさとは七月盆のさ中にある。だからと言って本当は、御霊とは呼びたくない。七月盆に合わせて、亡き父母ときょうだいたちは、一年ぶりに懐かしいわが家に帰っている。確かに、私がふるさと帰りを敢行しても、対面は叶わない。しかしそのぶん、心中では面影とは言えない、在りし日の姿がありありと浮かんでいる。余儀なく、リモコンはやりの世の中だけれど、こんなに楽しいリモコンはない。唯一、気になるところは、数ある盆提灯はだれが天井から吊るしたであろうか。迎え日(十三日)と送り日(十六日)の墓参の役割は、だれがになってくれているであろうか。
 さて、幾星霜過ぎてきょうのわが齢(よわい)は、八十一年を迎えている。うれしからずや! かなしからずや! 人生行路の確かな証しである。いや、かなしいのはこの事実を対面で、父母に告げることができないことである。そのため、文面で告げるためにきょうの私は、パソコンを起ち上げたのである。もちろん、父母は読むことはできず、わが一方的な仮想のシグナル(告げ)にすぎない。瞼の中に、心の中には、在りし日の父母の姿が彷彿を超えて、実在の姿で浮かんでいる。父は七十五歳で、母は八十一歳で他界した。母の他界は、八十一年前のきょうである。ふるさとのお盆のさ中にあって、なお奇しくも母の祥月命日とわが誕生日は重なり合っている。かなしくもうれしいめぐり合わせである。そのうえにことしにかぎれば、共に八十一年を合わしている。「母ちゃん、かなしいけれど、うれしいね!」。
 夜が明けた。いまだに明けきれない梅雨空の下、私は遠峰を覆う曇り空のはるかかなた、わがふるさとへ心を馳せている。心の中では、みんな生きている。想い出、ではない。

梅雨明け間近の夜明け

 きのうは一日じゅう雨降らずで、きょう(七月十一日・日曜日)もほのかに朝日が照る夜明けが訪れている。現在のデジタル時刻は4:46であり、夜の帳が開き始めている。幸いなるかな! 今朝は、乾ききった道路の清掃が望めそうである。加えてきょうは日曜日であり、散歩めぐりの人も増えそうである。そうであれば私は、このところ雨に遮られていた道路の掃除に向かう決意を固めている。おおのずからきょうの文章は、尻切れトンボのままに尻切れである。身勝手をかたじけなく思う、夜明けである。
 掃き終えて、再び閉じていたパソコンを起ち上げている。無心に一生懸命に掃いた。わが出足が早く、さらにはこの懸命さが功を奏したのであろうか。散歩めぐりの人たちとの出会いは、ほとんどなかった。鏡面みたいに綺麗に掃いた。この先、散歩めぐり人たちの朝の日常は、気持ちよく始まるであろう。よしよし、それで良し。ただ私にはもはや何事もできなくなりそう、いや命までもが終焉間近を実感した朝だった。
 「わたしのいのち、これにつづくセミのいのちを思えば、悲しむなかれ!」と、老鶯が切ない応援歌を高音で鳴き続けていた。私は切ない気持ちをたずさえて、禿げ頭にわずかに残る後ろ髪を引かれて、木立を仰ぎながら引き上げてきた。デジタル時刻は現在、6:12である。夜明けの空は曇り始めて、明けきれない。

「冗語・剰語(じょうご)」

 「寄る年波には勝てず」、さらには「世の中のざわめき」や「身辺のざわめき」等々に抗しきれず、このところの私はモチベーションの低下に見舞われている。挙句、わが精神の薄弱の証しを曝け出し、頼りない克己心に怯えている。
 卑近なところでは、文章を書く気力を失くしている。こんなときには「三十六計逃げるに如かず」と、言えそうである。いや、逃げようのない袋小路に入っている。「物言えば唇寒し秋の風」。いや無理やり書けば、碌でもないことを書きそうである。とどのつまりにはさまざまなバッシングを受けて、冷汗三斗(れいかんさんと)まみれになりそうである。
 私は寝床に寝そべりながら、時間枕元に置く電子辞書を意図して長い時間開いていた。そして、止めどもなくかつ脈絡なく浮かんでくることばの復習を試みていた。わが掲げる「語彙の生涯学習」は、もはやにっちもさっちもいかずに、こんななさけない状態に変わり果てている。すなわち、机上の新たな学びではなく、目覚めて二度寝にありつけないための、今さら復習するまでもない日常語での、腹立ちまみれの時間つぶしにすぎなかった。まさしく現在の私は、「袋のネズミ」の状態にある。だからと言って私には、「窮鼠、猫を嚙む」勇気はない。ただ大口を開けて、啞然とするばかりであった。梅雨空、いや梅雨明け間際の寝起きの独りごちである。
 続いていた雨空を遠のけて、わずかに陽射しのこぼれる夜明けを迎えている。オリ・パラ、コロナなどと、ざわつく世の中を照らす、希望の朝日となればとこれに託し、いや今朝の朝日にはもっと欲張って、わが憂さを晴らす希望の光を願っている。
 懸案のアジサイの剪定、いやととのえようのない手当たりしだいの伐り落しを終えて、わが気分はいくらか和らいでいる。七月十日(土曜日)、傍から見れば、「前田さん、気狂いでもしたのかな?」と、心配をこうむりそうである。それでも、まったく実の無い一文の締めにようやくたどり着いている。しかし幸いなるかな! わずかでも時間がつぶれたことは確かである。
 このところの常套句、「悪びれず」「かたじけない」に加えて、これらの上に「なさけない」のオマケつきである。再び、電子辞書を開いた。「冗語・剰語(じょうご)」、意味には「むだなことば、余計なことば」と、記されている。必ずしも、余計なことばとは言えないつらさがわが身に沁みている。

七夕飾り

 七夕(七月七日・水曜日)の夜が更けて、日を替えている(七月八日・木曜日)。一時近くに目覚めて、さまざまな妄念にとりつかれ、二時間余悶えて二度寝にありつけない。仕方なく起き出して来た。現在、パソコン上のデジタル時刻は、3:25と刻まれている。私はありきたりの老人病(加齢病)に加えて、いろんな憂鬱病にとりつかれている。もっとも楽しめるはずの睡眠がままならないようでは、もはやわが人生の喜悦は皆無である。
 さて、天上に流れている「天の川」を挟んで、年の一度の彦星様と織姫様の出会いの切なさは、私にはわからない。しかしながら、地上の七夕飾りの切なさは十分にわかる。新型コロナウイルス禍のせいであろうか。六十歳以上の老人が集う最寄りの「今泉さわやかセンター」(鎌倉市)の入り口土間には、二年続けて七夕飾りは立たずじまいだった。そのため今の私は、過去の記憶を新たにしている。それはしばしたたずんで切なく、そしていくらか微笑ましく読み漁った、七夕飾り(色とりどりの短冊)に記された願いごとのいくつかである。「長生きできますように」「嫁に嫌われないように」「認知症にならないように」「介護を受けないで済むように」「餅が喉につかえないように」「初恋の人にめぐり合えますように」「孫に嫌われないように」「孫に小遣いを取られてしまわないように」「美味しいものが食べられなくならないように」「絵葉書が上手くかけますように」「大病を患わないように」などなど、総じてこんな切ない願掛けである。私も似たような文句を書いて吊るしたはずだが、願いごと自体は記憶にない。
 きのうのテレビニュースは、いたるところの幼稚園児の七夕飾りの光景を映していた。切なさなど微塵もなく、ただ微笑ましいだけの和んだ七夕飾り光景だった。どうであれ七夕飾りは、一年に一度訪れる老若男女を分かたず、切なくかつ楽しい祭りごとなのであろう。新型コロナウイルス禍にあってセンターにもし七夕飾りが立てば、たぶん切なさ倍増の短冊が吊るされていたであろう。庶民の生活丸写しの七夕飾りは、余興の願掛けとしてははかりしれないものがある。今のわが気持ちを表す短冊には、「二度寝ができますように」、と書きそうである。ほぼ五十分の時間を潰しただけで、夜明けまではまだたっぷりと、悶える時を残している。

七夕

 午前の予約時間(九時半)の診療では定期検診とあって、想定どおりの作業が行われた。マスクを外し眼鏡までも外した私は、やおら診療椅子に腰を下ろした。傍らのコップの水で、三度ばかり型通りの嗽をして、身を緊(し)めた。作業内容が説明されて、診療椅子が倒された。先ずは、入れ歯が外された。「入れ歯は午後の診察まで、お預かりいたします」と、告げられた。作業をはじめられた。歯および周辺、より実際には歯槽膿漏の有無と歯垢落としに終始した。優しく、しかし女性とも思えないほどに強引に作業を続けられたのは、おそらく見目麗しいだろうと思う、若い衛生士さんだった。目元がさわやかだから、私は時々瞼を開いて、そう合点していたのである。
 通知表であれば芳しくない、劣等の歯の状態だったようである。「いくつかの虫歯がありますよ」と、悪びれることなく宣告された。
「このあとの処置は、先生がお決めになります」
「わかりました。ありがとうございました」
 丁寧にお礼を言った。午前中の診療を終えた。
 この日のメーンエベントは、午後二時に予約済みの診療である。一日に時間を置いて、二度の診療は初体験である。もちろん、事前にこう説明されてはいた。
「入れ歯の不具合をこの間、直して見ますから……」
「わかりました。ありがとうございます」
 と、丁寧に応じた。
 私は、ここで新しく作った入れ歯の出来の不具合を訴えていた。すると、すべてを反故にして再び作る前に、現在の入れ歯の修復加工をされるという。私は、説明に納得していた。
 午後二時、十分前あたりに私は、再度待合室のソファに腰を下ろした。午前中とは異なり、医院全体がひっそり閑とした人の気配のない静かさである。待合室にいるのは私だけである。恐怖さえおぼえるほどの静寂さである。
 ようやく合点した。昼の食事や休憩を挟んで、午後の診療開始は、二時きっかりなのであろう。こう思い私は、二時を待った。二時きっかりに人の気配がただよい始めた。午前の衛生士さんに、「前田さん」と呼ばれて診療室に入った。私は、午前中の動作を繰り返した。すぐに、中年の院長先生(男性)が近づいて、縷々説明された。修復を終えた入れ歯が嵌められた。ぴったしカンカンの出来栄えである。この日のメーンエベントは、想定外の出来栄えで終わった。私は何度もお礼の言葉を添えて、医院を晴ればれの気持ちをたずさえて後にした。しかし、これで打ち止めとはならず、新たに見つかった虫歯の治療に、この先数度の通院を余儀なくしそうである。
 梅雨空同様に、晴れのち曇り、やがては雨の降りそうな気分だった。きょう(七月七日・水曜日・七夕は)、走り書きかつ書き殴り。私は主婦業の時間に追われている。

気狂いはしてません

 七月五日(月曜日)。嗚呼、嘆こう、嘆こう! しかも、一日に二度の予約がある。午前の部は九時半、そして午後の部は、二時きっかりである。初めての経験であり、なんだかキツネにつまされた思いつのるばかりである。おそらく、こんな繰り返しでわが人生は、やがてではなくまもなく、終着駅にたどり着く。こんなロマンごとは、言えない。行き着くところは、墓場である。愉快な旅気分を望んでもそれは叶わず、苦しんで、苦しんで! ジタバタしながらの到着である。
 きょうは起き立てのいたずら書きで遊んで、これにて閉じて、主婦業と通院準備に入る。わが人生は、「あしからず」と「かたじけない」の詫びの連なりである。梅雨空から、やらずの雨、そぼ降る夜明けである。気狂いはしてません。

「人の命は、一瞬の闇の中にある」

 人生は、一寸先は闇の中にある。古来、普(あまね)く諭(さと)されている人生訓である。確かにそうだ。しかし、あまりにも大雑把すぎて、臨場感をともなう悲しみはない。だから私は、起き立てに浮かんだわが刹那のフレーズ(成句)に置き換えている。
 命は、一瞬の闇の中にある。すなわち、人の命にかぎらず、広く生きとし生きるものの命である。ところが、これまた大雑把すぎて、悲しみがともなわない。そのため人の命にかぎり、直近相次いだ現実の悲しみを浮かべればこれらである。千葉県八街市にあっては人為の事故によって、学童の命が一瞬にして絶たれた。静岡県熱海市にあっては、豪雨がもたらした土石流により、これまた人の命が一瞬にして絶たれた。人災および天災などと分けようのない、無慈悲の突然の災難である。どちらも、ありきたりの表現では言い尽くせない、かぎりのない悲しみである。もちろん、身につまされる悲しみと言って、他人行儀の表現をすることには、いっそう憚(はばか)れる思いがある。まさしくずばり、「人の命は、一瞬の闇の中にある」。悲嘆に暮れる、現実の悲しみが相次いで起きたのである。悲しみに、甲乙のつけようはない。共通するのは、現実の悲しみである。
 こんなおりテレビニュースは、口角に飛沫(しぶき)を立てる都議選の応援光景を映し出していた。私はいやな光景に目を逸らした。なぜなら、人の悲しみなどそっちのけにして、党利党略と自己保身(当選)、すなわち我欲丸出し連呼の光景だったからである。
 きょう(七月四日・日曜日)は、都議選の投開票日である。私に選挙権はない。しかしながら私は、都民いや人に良識の欠片(かけら)あるやなしやと、選挙結果に固唾(かたず)をのまされている。人の悲しみの渦中にあって映るは、ただただ浅ましい舌戦(ぜっせん)光景であった。絶たれた命は確かな善だけれど、息づく命は、はたして善なのであろうか。まだせっかく生存するわが命であれば、この先僅かであっても、善をたずさえて生きてみたいものである。恨めしい小降りの雨の、梅雨空の夜明けである。

宴(うたげ)のあと

 七月二日(金曜日)、起き出して来て、窓ガラスに掛かるカーテンを開けた。しばし、窓越しに山の法面に咲く、わが手植えのアジサイを眺めている。嵩高くかつ横に列なり咲いているアジサイは、梅雨の雨に黒ずんで濡れている。晴れの夜明けであれば彩りを違(たが)えて、しっとりかつ妖艶な姿を映し出し、私は心ゆくまで見惚(みとれ)ている。しかし、夜のたたずまいを引きずり、なおかつ雨の夜明けにあって、彩りはまったく見えない。小豆まぶしの牡丹餅のごとく小豆色ではなく、黒ゴマまぶしのような眺めようである。薄暗い雨の夜明け間近にあっては、七変化と持て囃される姿を見ることはできない。
 翻(ひるがえ)って私は、雨に濡れている昼間のアジサイの姿を心中に浮かべている。「ぺんてる絵の具」を用いればその描写に人は、何色(なんしょく)ほどを使うであろうか。もちろん、人それぞれであろう。あらかじめ絵姿を既製された塗り絵もそうだが、まったく絵心の無い私の場合は、たぶん一色での塗りたくりで済むだろう。絵描きすなわち達人は、十二色にとどまらず二十四色すべて、いやそれにも満足せずに自分流の塗り合わせの色を生み出し、見事に描き上げるであろう。平均的には七変化にちなんで多くの人は、七色で描くであろう。咲き誇るアジサイで言えば私は、描き手や写真の撮り手にもなれずに、たたずんでもっぱら眺めて愛(め)でるだけの木偶(でく)の坊である。
 今年のアジサイは例年を凌いで、ひときわ鮮やかにかつ見事に咲いている。幸いにも昼間の私は、しょっちゅう期間限定のアジサイの咲きっぷりに老心を奪われて、やつれゆく老身を癒している。しかしなからそのとき、全天候型のあふれる歓喜はない。なぜなら気分が、期間を過ぎたのちの剪定作業の面倒臭さに置き換わり、むくむくと頭を擡(もた)げているからである。庭中の草取り、アジサイの剪定、いやいや一事が万事に今の私は、もうできない、面倒臭さい気分にとりつかれている。避けようのない加齢という、年齢のしわざである。二重(ふたが)ねの、「嗚呼、無常」、「嗚呼、無情」の夜明けである。
 パソコンを閉じのちは、再び窓辺に長くたたずみそうである。夜の色から朝の色に変わりはじめの中で眺めるアジサイは、私にどんな感興をもたらすであろうか。いやいやもはや感興など望めず、剪定作業の面倒臭さだけが心中に渦巻きそうである。人間、だれしもにも訪れる、「宴(うたげ)のあと」の寂しさである。とりわけアジサイには、剪定作業の面倒臭さがつきまとっている。もちろんアジサイに罪はなく、面倒臭さはわが固有の罪作りである。七月はアジサイの賞味期限切れでもある。
 加えて梅雨の雨も、例年半ば過ぎまで降り続くことになる。望まぬ誕生日もあり、私には七月は、飛びっきりいやな月である。

わが命の現在地

 わが普段の買い物にはほぼ定番のコースがある。このコースをきっちり歩けば、おのずから持ち帰ることのできる買い物の嵩(かさ)と重量は、ほぼ限界に到達する。わかっちゃいるけれどほぼ毎度、私はこのコースをたどることを習わしにしている。そして帰途にあっては、食を細めている老夫婦の生活なのに、なんでいつもこんなにも買い物があるのだろうと、これまた決まって嘆息する。
 わが買い物のコースは、遠方の大船(鎌倉市)の街中にある。ここへたどり着いたり、逆にここから帰途に就くには、片道二十分ほどめぐる「江ノ電バス」(本社藤沢市)を利用しなければならない。当世はやりの言葉を用いれば、私はだんだんと買い物難民に成り下がりかけている。確かにこのころは、買い物行自体が手に負えない難行苦行になりつつある。まがうことなくわが買い物行は、夜の帳(とばり)間近のたそがれどきにある。
 定番コースは生き延びの中心を成す食材店、すなわち海の幸や山の幸、さらには人工的に製造された食品類を商(あきな)う店舗である。分かり易く、買いまわる店舗をコース順に並べればこうである。先駆けは野菜と果物の店「大船市場」、次にはぶつかれば陳列棚を無茶苦茶にしそうで身を細めて回る駄菓子屋、三番目は「鈴木水産」、そしてしんがりは「西友ストア大船店」である。いずれも安売りを謳う、量販店ばかりである。たまには、高級店めぐりをしたい思いはある。しかしながらわが財布が、これらの店へ誘(いざな)うから、納得の上にも渋々とめぐっている。
 大船駅前始発の帰りのバスの中で私は、後方の二人掛けの座席の一つに腰を下ろした。ホッと座り終えると私は、隣の席を空けるために、膝を上にパンパンに詰めた国防色の大型のリュックを台にして、その上に二つの買い物袋を重ねた。さらには、わが身を窮屈に縮めた。袋の一つは溜め込んでいた持参の大広のレジ袋、一つは布製でまったく重量感の無い、レジ袋の使用を制限するために購入済みの大袋である。
 空けていた隣の席を目に留めて、後続の乗客の一人が軽く私に会釈された。すかさず私は、「空いてます」、と応じた。声出しを控えなければならないマスク越しだから、無言で(空いてます)と、言うべきだったのかもしれない。
 車内の録音済みの透き通る女性の声は、わが下車する停留所「半増坊下」を告げた。買い物行にあっては、私は両耳に集音機を嵌めている。この最大の意図は、レジ係の人と短いあいさつ言葉を交わすためである。薄れゆく会話に抵抗し、買い物どきにおけるわが唯一の楽しみのためである。
 次には、勝手知ったとはいえ、車内アナウンスを聞き逃さないためである。女性の声に呼応し、下車の意思を伝える赤いブザーが点灯した。シメシメこのブザー、下車する人が私だけではないことを示している。それゆえ、わが気持ちに落ち着きをもたらしてくれるシグナルでもある。ソワソワとしながらも私は、下車の態勢を固めた。隣り席の人はわが動作を察知して、これまた空ける態勢を固められつつある。
 停留所が近づいた。私は二つの袋を下ろし、リュックを背負い、袋を両手に分けて、やおら下車の態勢を固めた。運転士は、マイクの声で、「バスが止まってから、お立ちください」、と呼びかけている。このところの車内マナーの、乗客への通達である。バスがエンジンを止めた。私はヨロヨロと立ち上がった。隣り席の中年男性は心得て、すばやく無言で立って、わが道を空けてくださった。わが席は、車内の後方である。前方の座席に座ることが出来れば、車内に設けられている二段のステップを踏むことは免れる。この幸運にありつけるかどうかは、時々の車内の込み具合しだいであり、このときの私は、余儀なく後方の席に座っていた。かつ、二人掛けの奥の方である。前方の人たちの中から、二、三人が降車口に向かっていた。私の前にもひとり、ふたり、降車口へ向かっていた。私はそれらの人たちの最後尾に位置した。だから、運転士に迷惑をかけまいと、気持ちが焦った。ステップを踏み外した。バタバタと大きな音を立てた。転びそうになった。やっと、踏ん張った。車内の目が自分に集中し、「アッ」と、声が響いた。私は体制をととのえて、車内に一礼し下車した。
 わが家の玄関口のブザーを、(押すか、押すまいか)と、迷いながら遠慮がちに押した。腰を傷めている妻が顰(しか)め面(づら)でドアを開けた。「ごめんね。買い物がいっぱいで、鍵を取り出しにくいのよ。バスの中で転んだよ。卵は割れているかもしれないよ。おれ、年取ったのよ!」
「転んだの? 卵が割れるぐらいはいいわよ!」
 卵は十個のうち、四つ割れていた。わが命も割れて、萎(しぼ)んだ。
 梅雨の雨の夜明けである。きょう(七月一日・木曜日)、早い目覚めでたっぷりとある時間にまかせて、長くて切ない文章を書いてしまった。表題は、「わが命の現在地」でよさそうである。

新たな歯医者通い、つれづれ

 六月二十九日(火曜日)、夜明けの梅雨空は、地上に小ぶりの雨を落としている。窓ガラスには雨粒が電燈に照らされて、一面にべったりと無地をなしている。窓は開けないままに眼下の道路へ目をやると、一基の外灯に照らされて道路が濡れている。雨足の跳ね返りは見えない。絹のような小降りの雨なのか、それとも止んだばかりなのか。私は小ぶりの雨と書いたけれど、いずれにしてもまがうことない梅雨空の夜明けである。
 きのう(六月二十八日・月曜日)の私は、予約済という行動予定にしたがって、予約時間(午前九時半)前の九時過ぎに、待合室へたどり着いた。この間、わが家からの道程を支えたのは、大船(鎌倉市)行きの江ノ電(本社藤沢市)の循環バスである。バスが無ければ歯医者通いさえままならないのは、わが甲斐性なしの明らかな証しでもある。
 予約時間までを待たずに診療室に呼ばれて、私は三台ある診療椅子の一番奥に案内された。もはや、ジタバタしてもしようのない「俎板の鯉」さながらの気分である。本当のところこの日の通院は、定期検診はがきを受けてのものだった。しかしながら私には、それより恐れていたことがあった。恐れは、ほぼ半年前に新たな入れ歯を作ったところの不具合だった。実際の恐れは入れ歯を支えている歯の一本がぐらぐらし、噛むたびに今にも欠け落ちそうになっていた。これが欠ければ入れ歯は役立たずになる。そのうえここのところは、横長い空洞状態になる。そうなると、ここを埋める作り直しの新規の入れ歯は可能であろうか。このことを案じて私は、ぐらぐらの歯に未練心を残して通院を先送りにしてきたのである。
 この日の私は、主治医先生にこの未練心を強く訴えることを肝に銘じた。言葉をかえればこの日の私は、薄ノロ間抜けを超越し、大きな矛盾をかかえての通院だった。
 診療椅子に横たわると真っ先に私は、勇気凛々かつ悪びれることもなく、歯の損傷過程と未練心を訴えた。もとより親切丁寧な主治医先生からは、わが矛盾する訴えにも腹立たしさなど微塵も見て取れず、なお懇切丁寧に縷々(るる)この日の処置を説明してくださった。もはや私には感謝こそすれ、逆らう勇気はまったくなかった。
 私は両瞼を閉じて、ワニ口のように大きく口を開けた。すぐに、局部麻酔が打たれた。職業とは大したものである。先ほどまでの優しい風情(ふぜい)などかなぐり捨てられて、地中深く根を張った立木抜きさながら、大きな音を立てグルグル回しで、強引きわまりない力で懸案の歯を引っこ抜かれたのある。薄く目を開けて見ればおそらく、主治医先生の形相は鬼みたいになっていたであろう。瞼を閉じたままに、私は万事休す。ジタバタ鯉なら、息絶えた。
 私は生きて、嘆息した。そして、心中でこう思った。(わが人生は、最期へまた一歩、近づいたな!)。窓口で支払いを済ますと、一週間のちの予約が打診された。なぜか、朝の内と昼過ぎと、一日に二度の予約の打診である。私は怪訝(けげん)な面持ちをひた隠し、渋々納得してそれでも素直に、「日にち、時間ともそれでいいです。よろしくお願いします」と、言った。私は抜かれた箇所の血止めの綿を噛んだままに、医院を後にした。
 向かうは痛み止めの処方箋をたずさえて、最寄りの調剤薬局だった。昼間まだき大船の街には、真夏の太陽とまがうほどの暑い陽射しが、地上にそそいでいた。喜んでいいのか、それとも悲しむべきなのか。
 きのうは長くてつらい、新たな歯医者通いの始まりだったのである。書き殴り特有の、まったく偽りのないわが起き立ての心境である。私は用無しとなった入れ歯は外している。痛みはない。小降りの雨は、雨、嵐、となっている。