ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

自己慰安

 太公望(釣師)は、水中や海中に釣り糸(多くは天蚕糸・テグス)を垂らして、水面や海面に浮く「浮き」を凝視し、引くあるいは当たりという、手ごたえを一心不乱に待っている。まさしく、青天白日の心境である。もちろん、文章を書くわが心境は、太公望とはまったく比べようがない。ちょっとだけ似ているかな? と、思うことで一つだけ浮ぶのは、文章を書くにあたって私は、心中に文意に適(かな)う語彙(ごい)をめぐらしている。ところが、実際のところはまったく異なる心境である。なぜなら、わが心境は一心不乱にはなりえず、常にアタフタ、ドタバタ、ジタバタまみれにある。
 文章を書くことで最も恐れて、それゆえ心すべきことの筆頭は、文意の乱れである。文意が乱れてはもはや、文章にはなり得ず、乱脈きわまりない単なる語彙並べにすぎない。その列なりは、もちろん将棋倒しのような見栄えなど、まったくない。
 次に心すべきことは、文中における誤字や脱字である。これらが文中に目立つようでは、これまた文章とは言えない。私はこれらのことに常に怯(おび)えて、文章を書いている。しかしながら、これらの恐怖から免れることは、毛頭(もうとう)できない。そのため私は、なさけなくも心中に逃げ口上を用意している。それは、「六十(歳)の手習いだからしかたがない」という、自己慰安である。
 電子辞書に「自己慰安」という見出しはなく、言うなればやむにやまれぬわが造語である。自己慰安とは、みずからにたいする甘えの表現である。すなわち、私は自己慰安をたずさえて、ようよう文章を書いているにすぎない。だから、青天白日とは程遠い心境である。
 【青天白日(せいてんはくじつ)】「①よく晴れた日和②心中包みかくすことのまったくないこと③無罪であることを明らかにすること。意味:真っ青な空に明るく輝く太陽。心が純潔で後ろ暗いところのないたとえ。構成:青天は青空。白日は、明るく輝く太陽。」
 きょう(四月二日・金曜日)の文章は、自己慰安と無い物ねだりの文章である。ほとほと、はしたなく、忸怩(じくじ)たる思いつのるところである。

無駄の効用

 春の季節は足早にめぐりながら、三月を過去ページへと移して、月を替えて四月一日(木曜日)の夜明けが訪れている。日本社会の習わしで表現すれば、春三月・別れの儀式多い月から、春四月・出会いの儀式の多い月へのバトンタッチとなる。並(な)べて三月と四月は、人それぞれの人生行路において悲喜交々に、巣立ちや門出の季節にある。閑話休題。現在の私は、何かを書かないと、もう書けなくなる気分に晒されている。偽らざる、現在のわが心境である。
 きのうは、ズル休みに甘んじた。わが薄弱な心は、ズル休みを決め込むと安きに陥り、そのままずるずるべったりとなり、再び抜け出せない。しがない、わが性癖(悪癖)である。それを恐れて私は、空っぽの脳髄に鞭打って、ささやかに指先を動かしている。本当のところはいたずら書きだが、実際にはいたずら書きとも言えない、単なる無駄書きである。それでも、ちょっぴり自己判定を下せば、自己評価は「無駄の効用」とぐらいには、言えそうである。なぜなら、こんな文章の不出来を恐れて、二日続けてのズル休みに逃げ込んでは、そのままキーを遠のけてしまいそうになる。
 もとより、わが生来の性癖は、意志薄弱と三日坊主の塊(かたまり)である。この性癖(悪癖)に耐えてこれまで、ヨロヨロと文章が続いてきたのは、怠け心に宿るすなわち惰性(だせい)の恩恵にすぎない。そのため、惰性の恩恵さえみずからの怠け心で止めたら、もはやわが文章はにっちもさっちもいかない。
 新型コロナウイルスは、第四波へ向かってぶり返している。人間界に悪さするウイルスに肖(あやか)っては、こっぴどく罰当たりをこうむるであろう。それでもわがひ弱な精神は、怠け心を克服しぶり返してほしいと、望むところ旺盛である。ところが実際には、日々安きところへ、深々と沈みがちになっている。どうにも様にならない、月替わりを迎えている。表題には、なさけなくも「無駄の効用」が浮かんでいる。

暇つぶしとも言えない「切ない懺悔(ざんげ)」

 定年退職後におけるあり余る自由時間の暇つぶしのための、余儀ない六十(歳)の手習いだったから、仕方ないところとは、常々承知していた。そのうえ、生来のわが凡愚が重なり、さまざまに難行苦行を強いられてきた。それでも私は、定年退職を間近にひかえて以来これまで、二十年余も文章を書き続けてきた。文章と書いたけれど、文章と言えるかどうかに自分自身、常に忸怩(じくじ)たる思いつのるものがある。だから、文章と言えるかどうかは、人様の評価に委(ゆだ)ねるところである。このところの文章は、文章とは言えそうにない。実際にも私は、私日記風に、短い文章を書いている。もちろん、語彙(言葉と文字)をだらだらと長く、かつ書き殴りで綴るだけでは文章に値しない。もとより、私日記、俳句、短歌、詩、などのすべては、文章に値するものである。
 「寸鉄人を刺す」、あるいは「寸鉄人を殺す」という、成句が存在する。あえて、電子辞書を開くこともない日常語だけれど、開けばこう説明されている。「ごく短い言葉で、人の急所を突くたとえ。寸鉄とは小さな刃物(身に寸鉄も帯びない)。ここでは鋭い警句」。
 わが文章にあってこの警句は、無い物ねだりの物欲しさの証しになりかわっている。こんなどうでもいいことを長々と書いたのは、ひとえにこのことが起因している。
 現在、日本国民の関心事のひとつには、新型コロナウイルスの第四波へのぶり返しがある。この場合は、はたして関心事という言葉は適当なのか? すなわちもっと直截的(ちょくせつてき)にふさわしい言葉に置き換えるべきではないかという、疑念である。そして、一つだけかえる言葉として浮かんだのは、それは「懸念(けねん)」である。
 桜の季節にあって、のどかな朝ぼらけが訪れている。惜しむらくはわが心中には、新型コロナウイルス第四波への懸念がある。関心事と言うには、やはりいくらかの語弊がある。文章における語彙の用い方は、難しいところだらけである。確かに、このところの文章は、定年退職を間近にひかえて、にわかに思い立った「ツケ払い」のまみれにある。
 三月三十日(火曜日)、わが能力の限界に嘆息しながら、人様にかたじけない思い、つくづくつのるところである。

春の一日

 三月二十九日(月曜日)、あえて書くまでもない、わがきょうの行動予定を記している。きょうは「大船中央病院」(鎌倉市)の消化器内科における通院日である。ほぼ半年前にされている予約時間は、午前九時である。ところが、主治医の診察前に採血など、データにかかわる検査は、この時間より先に済ましておくようにと、言われている。おそらく、検査データを診断のひとつにされるのであろう。こんなことで私は、やむなく朝駆けの通院を強いられている。もちろん、朝食抜きの通院となる。
 私は起き出すやいなや、通院への着衣をととのえた。そして現在、予期していなかったキーを叩き始めている。通院準備と出かける前の慌ただしさをかんがみて私は、早々と休筆を決め込んでいた。ところが、通院の準備を終えたことから、焦燥する心に余裕が生まれた。そのため、この文章を書き始めている。いや、文章とは言えず、出かけるまでの隙間の時間を埋めるだけの、時間つぶしにすぎない。パソコン上のデジタル時刻は、5:26と刻まれている。
 先ほど階段を下りて、郵便受けから取り出した朝刊は、雨除けのラップに包まれていた。ラップは濡れていた。あいにく、雨の通院となりそうである。雨をついての通院にあって、どんな診断が下されるであろうかと、恐々するところがある。きょうは、心もとない「春の一日」になりそうである。嗚呼、桜、哀しや! 私、悲しや! である。

「ふるさと便」バトンリレー

 三月二十八日(日曜日)、寂寥感つのる日々が、早回しで流れている。なんだかなあ……私には日数の短い二月より、三月のほうが早い日めくりに感じられている。ところがこの先は月・日を替えて、なおいっそうそう感じることとなろう。無事安寧の生存を強請(ねだ)って、バタバタする日に見舞われること請け合いである。
 緊急事態宣言の解除をあざ笑うかのように新型コロナウイルスは、日本列島くまなく勢いをぶり返している。桜の季節にあっても日本社会と国民は、憂鬱感まみれのさ中にある。輪をかけて、わが憂鬱感はいや増すばかりである。わが心境には、桜見物の感興など湧きようがない。「捨てる神あれば拾う神あり」。
 こんなおり遺志を継いで、二様の「ふるさと便」が届いた。どちらも、わが好物を知り過ぎてのバトンリレーの好意である。姪っ子(故フクミ義姉の次女)から送られてきた段ボール箱は、思わず「こんなに……」、と呟いたほどの大掛かりのものだった。箱の中には、濃緑みずみずしい高菜漬けがぎゅうぎゅう詰めにされていた。ところが、高菜漬けのほかにも自家製の味噌や、自作のサツマイモ、そして里芋が押し込められていた。確かに、これらを梱包するためには、大ぶりの段ボール箱が入り用になったのであろう。無重力といえ箱の中には、次女夫婦の善意が隙間なく詰め込まれていた。
 一方、甥っ子(故長姉の長男)から届いた段ボール箱には、自山(じやま)で掘り立てのタケノコがぎっしり詰まっていた。抱えた段ボール箱は、ヨロヨロするほどの重さだった。高菜漬けはすでに食卓に上り、そのたびに私は、フクミ姉さんの面影を偲んでいる。タケノコ便は、きのうの夜に届いたばかりである。このためきょうの私には、タケノコの皮むきが予定されている。子どもの頃から、勝手知っている皮むきである。ところが、妻が腰を傷めているため、茹でるのは初体験である。しかしながら、躊躇(ためら)うことはまったくない。生前のセツコ姉の姿が彷彿とよみがえり、わが心の和むひとときとなりそうである。
 わが憂鬱気分を晴らすもので、「ふるさと便」に及ぶものはない。実際のところは、遺志を継ぐ姪っ子や甥っ子たちの善意である。「ふるさと便」が届けば、私には桜見物などはまったくの用無しである。

私は「生きる屍(しかばね)」

 世の中の人たちはみな、生き続けることに苦しんでいる。病魔が身体にとりついている人たちはたくさんいる。人災、すなわち突然の事故や事件に遭遇し、たちまち日常生活に難行苦行を強いられる人たちも数多である。これらに加えて、天災すなわち地震はもとより避けるすべない様々な災難が暇(いとま)なく襲ってくる。現下の日本社会、いや世界中の国々は、新型コロナウイルスのもたらす感染者数と、それによる死亡者数の数値に日々晒されている。まさしく人間は、みずからでは抗しきれないさまざまな禍(わざわい)の渦(うず)の中にある。
 こんな中にあって健康体の私が、わが日常を嘆いているのは、はなはだしい弱虫と自覚するところである。その証しのひとつをこうむり、このところの私は、幼稚な文章さえ書けない。どうにか書けば、マイナス思考と愚痴こぼしまみれになる。おのずから文章は、人様の気分壊しとなる。だから、書いてはいけない。いや、実際のところは、私自身「百八煩悩(ひゃくはちぼんのう)」にとりつかれて、まったく書けない。このところのわが精神状態と日常である。
 わが周辺の桜は、現在満開である。自力叶わず、桜頼りのわが気分癒しである。ほとほと、なさけない。やはり、文章と言えるものは、書けない。桜日和ののどかな朝ぼらけが訪れている。三月二十七日(土曜日)、文章とは言えない恥晒しの「綴り方(作文)」を書いてしまった。

「花より団子」

 頃はよし、桜の花の満開の時季にある。しかし、私に花見や宴(うたげ)の気分は出なく、恨めしく時が流れていく。人生の終盤において、文字どおり人生の悲哀が訪れている。それに打ち勝つ気力を失して、きのうの私は、またもやずる休みに甘んじた。昼間にあっては、腰を傷めている妻の髪カットの介添え役を務めた。背中を海老型に折り、わが身にもたれかかる妻の姿を見つめていると、まなうらに涙がいっぱい溜まりかけていた。
 さて、目覚めると、きょうもまた休みたい気分が充満した。その気分を阻むためには、バカなことでもいいから書かなければならない。私は薄弱な心を咎(とが)めて、ちょっぴり気分を揮わした。すると、時節柄なのであろうか、幼稚園児であっても一度教えれば誰にでも分かる、たやすい成句が浮かんだ。浮かんだ成句は、「花より団子」である。もとより凡愚の私とて、幼いときから知り過ぎている日常語である。しかしながら休み癖を恐れて、枕元の電子辞書を開いた。
 【花より団子】:花見に行っても、桜より茶店の団子を喜ぶことからいう。「酒なくて何が己(おのれ)の桜かな」、無粋(ぶすい)と罵(ののし)られようとも、花見の興(きょう)は桜の花を愛(め)でる風雅よりも花に下で開く宴にあるのであろう。使い方:風流より実利、外観より実質を重んじるたとえ。「講演を聞きに行くより、うまいものでも食べたほうがいい。花より団子だよ」。「表彰状より金一封のほうがありがたい。花より団子というじゃないか」。誤用;「花見より団子は誤り。出典:江戸版「いろはがるた」の一つ。類表現:「花の下より鼻の下(風流よりは口に糊(のり)する毎日の生活のほうが大切であること)。「一中節より鰹節」。「詩を作るより田を作れ」。
 見出し語を替えて、【口に糊す】のおさらいを試みた。「糊口(ここう)を凌(しの)ぐ」の使い方を参照。
 【糊口を凌ぐ】:糊口は口に糊す(粥をすする)の意で、どうにか暮らしを立てていくことをいう。誤用;飢えを凌ぐ意で使うのは誤り。
 飛んだ無粋なことを書いては、継続の足しにしてしまった。自虐と自責の念に駆られている。桜の季節にあって、花への感興はもとより、団子にさえ嗜好が遠のいている。

わが財布の役割

 三月二十三日(火曜日)、寒気のぶり返しに遭って、身を窄(すぼ)めている。いや、実際には太身(ふとみ)は一ミリも窄んでなく、気分だけが萎(な)えている。
 体重コントロールは、わが長年の願望である。これまで、体重減らしのための努力は、何度も意を固めて繰り返してきた。生来、私には意志薄弱の性癖(悪癖)がある。そのせいで、そのたびに願望は果たせないままに、とうとう余生短いところまで来てしまっている。かえすがえす、悔い残るわが意志の弱さである。
 もちろん、寒気のせいではない。私は起き立てにあって、こんな馬鹿げた思いをめぐらしている。切ない、自問自答である。「日に日に中身が減り続けるものはなあーに? 逆に増え続けるものはなあーに?……」。わがことで言えば、それは財布である。わが財布の中には、札と診察券(カード)が鬩(せめ)ぎ合って同居している。これらに商魂の証しと、それに釣られた多くのポイントカードが折り重なっている。こちらは、意図した双方の根性の浅ましさの証しである。
 通院のたびに重なるカード類から、私は該当する診察券(カード)を選び出すことになる。ところが、このときは戸惑うことばかりである。あるとき、戸惑う証拠としてこんなこともあった。私は受付係りの女性にたいし、診察券(カード)のつもりで、ポイントカードを差し出したことがあった。にこやかな顔で間違いを指摘されて、慌てふためいた。ようやく選び出して、「すみません。これですね」と、言わずもがなのことを言って、当該医院のカードを手渡した。恥ずかしさで赤面の至りはつのる、わが失態の一コマである。
 いずれ、キャッシュレスの世の中になり、財布自体が用無しになるかもしれない。押印が不要となり、ハンコ屋が音を上げた。このことに照らすとそうなれば、こんどは財布づくりの生業(職人)が音を上げるであろう。そうなってわが古びた財布の中に、診察券(カード)とポイントカードだけが重なり合うようにでもなれば、私は寂しい心地になるだろう。現在のところわが財布は、わが生きる砦(とりで)である。実際にも私は、財布にわが命を託している。
 きょうは、半年ごとに予約を繰り返す「大船田園眼科医院」(鎌倉市)への通院日である。予約時間はなんと、午前八時である。通院目的は、緑内障治療における経過観察である。こののちには「大船中央病院」における、これまたほぼ半年ごとにめぐりくる通院(三月二十九日)が予約されている。こちらへの通院は、胃と腸における内視鏡観察の要否診断のためである。
 頃は、財布の役割がずっしりと重たい桜の季節である。いや、私の場合は、桜見物などにはまったく用無しの財布のお出ましである。ほとほと、切ない。通院準備のため、この先は書き止めである。

未体験に慄(おのの)く日々

 人生行路においては、体験してみなければ「苦楽」ともに、分からないことがさまざまに、かつたくさんある。その筆頭は、老後の日常生活と言えそうである。ところがこの場合は、おのずから苦楽の言葉は適当ではなく、おおむね苦しさやつらさだけが偏在する日常の営みである。現在の私は、それらの小さな渦の中にある。ところがこの渦はこの先、新たに未知のさまざまな体験を強いられて、無限大に広がりそうである。無念、このことだけは体験しなくても、容易に予知できるところがある。いずれ必ずわが身にふりかかる、とことんつらい予知である。挙句、現在の私は、連綿と湧き出るこの先に体験しそうな予知に、早や身が焦がれる思いに晒されている。
 確かに、わが老後の生活は後ずさりすることなく、やがていのち尽きるまでいっそう深まるばかりである。そして、暗雲垂れ込む未体験の日常となることだけは、火を見るより明らかである。幸いなるかな! この世には、「出たとこ勝負」あるいは「明日は明日の風が吹く」という、くよくよ精神を諫(いさ)める金科玉条(きんかぎょくじょう)の人生訓がある。だとしたら、ひ弱なわが精神力は、この人生訓にすり寄るしかない。現在、身近なところで私は、妻の代行作業を務めている。もちろん率先垂範ではなく、妻の腰の損傷による、ほんのちょっぴりの代行行為にすぎない。そのうえ、まったくの未体験の作業ではない。しかし、私はそれに音を上げそうになっている。
 子どもの頃の私は、進んで農作業や台所周りの家事手伝いをした。勤務する会社にあっては、五年間の単身赴任生活(大阪支店および大阪生活)を体験した。確かに、これの体験は、妻の代行作業をするにあたっては大いに役立っている。しかし、自惚れることはできない。なぜなら、渋々の代行作業に甘んじているにすぎない。実際のところ私は、代行作業を通して、あらためて不断の妻の大変さが身に染みている。なさけなくも、早々に放り投げ出したい思いにも駆られている。三度の御飯を食べれば、文字どおり後片付けの煩わしさがついてくる。もちろん、炊事、洗濯、掃除など、妻の主たる日常作業からすれば、妻に代わるわが作業は、数分や1パーセントにも満たない軽いものである。それでも私は、音を上げそうである。だから、これくらいのことにさえ音を上げていては、妻が寝たきりにでもなればと思う半面、突如その逆もありうるかなと思うと、たちまち身が緊(し)みる。つまり現在の私は、いずれ必ず訪れるさまざまな未体験の難事難題を浮かべて、慄(おのの)いている。バカじゃなかろか! とは言い切れない、未体験のつらい予知である。
 余りの命は、ありがたくもあり、切なくもある。わが精神に、「ケーセラーセラ」と、嘯(うそぶ)く度量と潔(いさぎよ)さが欲しいところである。ない物ねだりの、迷い文の表題は決めようなく、いまだ浮かばない。

天変地異の鳴動がもたらす恐怖心

 昨夕(三月二十日・土曜日、六時九分頃)、宮城県沖を震源地とするマグニチュード六・九の地震があり、仙台市や石巻市など県内十市町で最大震度五強を観測したという。地震の揺れは、宮城県はもとより東北地方全域に及んだという。地震が発生するやいなや観ていたNHKテレビの女性アナウンサーの声は甲高(かんだ)くなり、たちまちいつもの倣(なら)いにしたがって、地震発生情報とそれによる警戒警報の伝達に一変した。それには「東日本大震災」(二〇一一年三月一一日・午後二時四六分)以来、頓(とみ)に恐れられている津波情報も加わっていた。警戒情報ゆえに意図して怯(おび)えた声を発するようにという、局内にマニュアルでもあるのかと疑うほどに、私は恐怖心を煽られて怯え続けた。このことでは恐怖心に加えて、警戒心が呼び起こされ、功を奏する報道ぶりだった。
 私は揺れを感じることはなかったけれど、震度分布図にあって鎌倉市は、震度二と表示されていた。震度分布図においてなお驚いたことは、静岡県のいくつかの市においても、震度二が示されていたことである。結局、震度表示は免れたものの国籍を違(たが)えて日本列島に住むすべての人々は、あまねくテレビ電波に乗るアナウンサーのいきり立つ声に煽られて、気が動転し、肝を潰したはずである。もちろん私は、地震情報が途絶えて番組が別に変わるまで、恐怖心に慄(おのの)いていた。
 さらにこの間の私は、いつもの切ない思いを浮かべていた。それは私がこの世に生まれなかったら、子・孫に地震の恐怖心を与えずに済んだという、自責の念である。後悔先に立たず、私は地震のたびにこんな突拍子(とっぴょうし)もない自責の念に駆られるところがある。子・孫にたいする、わが罪作りの一端である。
 このたびの地震は、被害という点ではいくらか大きな災難を免れたようである。しかしながら、肝を潰したことでは恐怖心に大小はない。古来、人間の知恵は、あらゆる困難や災難を克服してきた。人間が万物の霊長と崇(あが)められる、ゆえんのひとつと言えそうである。ところが人間の知恵は、地震をはじめとする天変地異の鳴動にだけには、今なおまったく為す術(すべ)ないままである。天変地異の鳴動さえ無ければ、人の世いや「生きとし生きるもの」にとって地球は、極楽浄土ならず、まさしく生存に適した心地良い桃源郷である。しかし、そうは問屋が卸さず、そのことはまた夢また夢の空夢(からゆめ)にすぎない。地震発生情報とそれによる警戒情報には、私はそのたびに身を縮めて肝を潰している。地震情報には、恐怖心を煽る予知は要らない。ひたすら望むのは、天変地異の鳴動自体を抑える人間の知恵の発出である。
 確かに、人工雨を降らす程度の知恵では、天変地異の鳴動の防御策にはまったくの役立たずである。老い先短いとはいえこの先になんど私は、地震はもとより天変地異の鳴動に肝を潰すことになるだろう。このことでは、わがいのちの早い終焉は、案外極楽なのかもしれない。なんだかなー……。