ひぐらしの記
前田静良 作
リニューアルしました。
2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影
真夜中の迷い文
眠いのに、ああー、眠れない。仕方なく、起き出してきた。十二月八日(水曜日)、長い夜にあっては真夜中とも言える、1:33、と刻まれている。目覚めて寝床の中で、こんなことをめぐらしていた。頭脳は凡庸(ぼんよう)、顔は醜面(しゅうめん)、体躯は寸胴(ずんどう)、ふりがなの要はないけれど、あえてふった。わが生まれつきの内外形である。生まれつきの欠点に悩むのは、それこそ愚の骨頂の大損である。だから私は、こんな生まれつきには、意識して悩まない。一方、後天のさまざまな悔いごとを浮かべていると、悩みは尽きることなく湧いてくる。本当のところはこれとて、人生終焉間際にあっては、どうなることでもない。だからこれまた、輪をかけて大損である。
確かに、一生、牢獄暮らしの人を思えば、悩むことでもないはずだ。いや、比べようによっては、わが身は幸福の範疇に入るであろう。なぜなら、八十一歳にあってもわが身体はいたって健康であり、精神状態とてどうにか文章が書けている。それでも悩みが尽きないのは欲張りなのか、それとも人間だれしもに具(そな)わる業(ごう)なのか。いやはや私は、身の程をわきまえない欲張りなのであろう。
こんな愚かごとを書き終えて、再び寝床へトンボ返ってみる。二度寝にありつけるはずはない。しかし、再びパソコンに向かわずに済めばそれは、なお悶えているか、寝入っているかの証しではある。確かに、現在のわが精神は、夢遊病者の状態にある。しかし、主治医に精神病の診断は受けていない。だから、自己診断は真夜中のさ迷いである。こんな身も蓋もない文章など、書かなければよかったのかもしれない。それでも、十数分間の気分休めにはなったようである。わが身勝手を、かたじけなく、思うところである。
身に沁みる「苦悩」
十二月七日(火曜日)、いまだに夜明け前にあって、きょう一日の始動のために、寝床から抜け出してきた。幸いにも、きのう身に堪えていた寒気は緩んでいる。だから、泣き言は免れるかと言えば、そうは問屋(とんや)が卸さない。なぜなら、寒気の有無にかかわらず、いつものわが精神的苦悩が始まることとなる。
文章を書くには書き殴りや走り書きの駄文であれ、わが精神には常に苦悩がつきまとっている。そうであれば苦悩を嫌って、文章書きを止めれば、確かに苦悩はたちまち尽きて、精神には安堵がもたらされる。生来、わが脳髄は、きわめて凡庸いや凡愚である。それなのに私は、大沢さまに唆(そそのか)されたわけでないけれど褒め殺し、いや無限大のご好意にさずかり、文章を書き始めて以来、これまで続けてきた。そしてその歳月と、文章の量すなわち文字数は、もはや何年をかけても読み返しができないほどの無限の域にありついている。それゆえ私は、身に余るどころかまったく思い及ばなかった果報者にありついている。いやこのさずかりは、わが生涯にあって、唯一無二の果報である。だから、実際のところは大沢さまのご好意にたいして、どんなに感謝してもしきれるものではまったくない。
さて、目覚めると私には、寝床の中でしばし、いや長い時間さまざまな妄想に耽る習癖がある。多くは悪癖であるけれど、一概に悪いことばかりでもない。なぜなら、たまには果てしない夢想に耽り、精神安定剤の役割にありついている。なお妄想を空想に置き換えれば、いろんな学びの場でもある。しかしながら多くの時は、苦悩に陥っている。やはり、悪癖であろう。できれば安眠をむさぼり、寝起きの気分を清々しくしたいものである。
さて、先ほどの寝床の中では、こんなことを心中にめぐらしていた。そしてこのとき、心の襞(ひだ)に張りついていたことを言葉にすれば、それはまさしく「苦悩」だった。子どものころの玩具(おもちゃ)、すなわち「積木遊び」と現在の文章書きには、共に似ているところがある。もちろん、わが身に基づく考察にすぎない。似ているところの筆頭は、共に精神に苦悩がつきまとうことである。確かに積木細工は、遊びとして考案された文字どおりおもちゃである。それでも知恵や工夫に加えて、さらに手先不器用ではそれをなし得ず、もちろん遊び心にはまったくありつけない。その証しに私の場合、積木は遊具にはなりきれず、精神虐めのおもちゃにすぎなく、楽しみに触れることなどなかった。挙句、積木(木片)自体が憎たらしく思えていた。
文章にあって、積木の木片の役割をになうのは、語彙(言葉と文字)である。少なくとも語彙を覚えるか、あるいはそれを駆使しなければ文章は書けない。さらに私の場合は、キーを叩いて文章を書いているため、手先器用が肝要である。ところが私は、生来の凡愚のみならず、きわめて手先不器用の生い立ちである。その証しにはスラスラどころか、水中の飛び石を渡るときのようにしどもどころでもあり、はたまた五月雨式(さみだれしき)にとぎれとぎれさえにもありつけないことでもある。結局、おもちゃの積木細工とわが文章書きの最も似ているところは、共に苦悩の塊(かたまり)を余儀なくされることである。
きょうの寝床の中の目覚めにあっては、こんなことを浮かべていた。楽しい夢想か空想か、いやはや苦悩つきの確かな妄想であった。長閑(のどか)に、夜明けが訪れている。
生存のための手入れ
十二月六日(月曜日)、起き出してきたけれど、寒気が身に堪えている。自然界のまともな営みゆえに、もちろん我慢するしか能はない。きのうの昼間、茶の間のソファに凭(もた)れて、窓ガラスを通しのんびりと外景を眺めていた。このところ続いている、自然界謳歌の日暮らし模様である。もちろん、安らぎや和みばかりがあるはずはなく、いや、心中には(社会貢献のなに一つもしてないなあ……)という、嘆息気分が渦巻いていた。
そんなおり、電線が揺れた。一匹のタイワンリスが、わが庭中の柚子の実を咥(くわ)えて、電線を伝って山の中へ、持ち逃げするところだった。もとより私は聖人君子ではなく、突如、怫然(ふつぜん)とした。しかし一方、タイワンリスの命の営みであることゆえに、いくらかの同情心をおぼえた。挙句、窓ガラスを揺することもなく、呆然と眺めていた。
人間とて生存のためには、命、身体、さらには精神の手入れは肝要である。きょうの私にはその一つ、身体の手入れの予約済がある。曲りくどいことを書いたけれどきょうは、予約済の胃部内視鏡検査の当日である。そのためには八時半ころまでに、「大船中央病院」(鎌倉市)の消化器内科の受付に行かなければならない。これにたいしては、昨夕の六時ころに軽食を済まして以降は、検査体制に入っている。それゆえ現在は、いくらかの空腹をおぼえている。けれど、検査が済むまではと決意し、我慢をしているところである。それには、こんな覚悟がともなっている。すなわちそれは、せっかく厭なカメラを咥えて検査をするかぎりは、事前対応はきちんとしよういう思いである。確かに命あるものの生存は、ほったらかしにしたままではまったく果たせない。「命の洗濯」、すなわち命さえもたまには手入れが必要である。ましてや、常に病のつきまとう身体や精神には、不断の手入れが肝心である。
生きとし生けるもののすべて、生存を叶えることは難行苦行である。タイワンリスも追っぱわれるのを覚悟のうえで、いや死ぬ思いさえたずさえて、電線を這っていたのであろう。すると、このときの私は、わが身をかんがみてかなりの同情心や道議心をたずさえていたのであろうか、逃げるままに見遣っていた。もちろん、普段は憎たらしいばかりあり、こんな情け深い心情になることなど滅多にない。たぶん、このときの私は、きょうの内視鏡検査を浮かべていたのであろう。現在は準備万端、さらにしっかりと気分をととのえて、夜明け後の出で立ち態勢を固めている。
こんなことを思っているせいなのか? 今朝の寒気は、いつもより我慢できるところがある。もとより、自然界の営みには、まったく盾(たて)のつきようはない。
感極まる、ご投稿文に出合って……
十二月五日(日曜日)。長い夜にあっては、未だ真夜中とも言える、三時近くです。目覚めて、枕元に置くスマホを手にしました。きのうはズル休みをしたため、後ろめたくなり、掲示板を見るのを遠のけていました。しかし、目覚めての時間つぶしには、スマホに勝るものはありません。恐る恐る、掲示板を覗きました。すると、高橋様のご投稿文、『創作相談室⑦』が掲示されていました。途轍もなく長い文章ながら、適当に段落を替えられて、とても読みやすい文章でした。創作相談室スタイルゆえに、ひとりの相談者をしたてて、高橋様が回答者になるという応答式で、文章が綴られていました。わが体験して知る狭苦しいスマホの文字盤にあって、高橋様はまるで「痒いところへとどく、麻姑(マゴ)の手」みたいに、難なくスマホを操られていました。先ず私は、高橋様のスマホ技術の高さに驚嘆いたしました。
相談者の相談内容は、コンビ店にアルバイトに就くにあたっての、店舗選びのアドバイスを求めていました。これに応じて、回答者すなわち高橋様のアドバイスが連なります。実際には店(店舗)の生い立ちの違いから、縷々なお詳細に綴られていました。極めつきは、本部とフランチャイズ契約をしたフランチャイズチェーン店すなわち「オーナー店」と、本部が運営する「直営店」の違いが、豊富な知識とご自身の実体験を基に、易しく回答されていました。とりわけ、アルバイトとはいえ店舗内仕事全般のご紹介と、それにたいする心構えの持ちようへのアドバイスは圧巻でした。すなわち、相談者の不安を和らげる優しさあふれるものでした。
高橋様の文章は、もちろん掲示板に張りついています。それゆえ、これで打ち切りとします。さて、この文章の主題はこうです。私は高橋様とは面識ありません。それでも、まさしく「文は人なり」という、成句を実感するものでした。私は、高橋様の膨大な知識とそれを表す文章力、加えてお人柄の優しさに心をうたれました。率直なことばで言えば、「心が打たれ、感極まって!」、起き出しきて、この文章をしたためました。いや、そうせずにはおれなくなりました。おのずから高橋様より快い夜をたまわり、感謝感激です。幾重にもお礼を申し上げます。おかげさまで、胸のすく、短い夜になりました。寝床にとんぼ返り、夜明けまでぐっすり眠れそうです。ぐっすり眠れることは、滅多にありません。幾重にさらに重ねて、何度となく感謝感激です。高橋様は夜勤でしょうか? 夜にあっても高橋様を慕う親衛隊が、お店の玄関口に列をなしているに違いありません。夜勤を終えたら、ぐっすりおやすみください。
年の瀬のしるし
十二月三日(金曜日)、手っ取り早いことではカレンダーを見やれば、年の瀬の訪れは知ることができる。これ以外に年の瀬通知にはどんなものがあるだろうかと、思いをめぐらしている。すると、最も早いものでは九月になると、郵便受けに投げ込まれる「おせち料理」の予約案内がある。これには「バカにするなよ!」と言って、読むこともなくすばやく分別箱へ放り込む。十一月一日になると、年賀状発売ののぼり旗が街中に垂れる。これにもまた年年歳歳、わが関心は薄れゆくばかりであり、そして今や用無しのはためきである。十一月の半ばころからは、喪中はがきが届き始める。これには不意打ちを食らう。そしてこれは読み捨てにはできず、しばし土間にたたずんで、在りし日の人を偲んでいる。これは、最も年の瀬を実感する哀しいシグナルでもある。
一方、哀しさはないけれど最も寂しさを実感するシグナルは、厄介をきわめていた道路上の落ち葉の減りようである。落ち葉は大晦日あたりを限度にほぼ落ち尽くす。年の瀬にあっては、日を替えて少なく飛び飛びに散らばりゆく。すなわち、道路上の落ち葉の減りようは、わが最も実感する年の瀬のしるしである。あれほどに難儀をきわめていたことからすれば、素直に喜ぶべきものではあろう。ところがあにはらんや、年の瀬の落ち葉の減りようには寂しさつのるものがある。もちろんそれは、歳月の速めぐり(感)にたいする怯えに起因する。
年の瀬とは、語呂では心地良いところがある。しかし、実際のところは、心さみしいことばである。年の瀬、つまり私は、歳月の速めぐり(感)にビクビクしている。たっぷり執筆の時間のある長い夜にあっても、チラホラさえのネタもない。私は年の瀬に、うずくまっている。夜明けて道路の掃除へ向かうのも飛び飛びで、あと少しばかりである。素直に喜ぶべきものを、なんだかやはり寂しい。わが最も実感する、明らかな年の瀬のしるしである。
ことばをかえて、きょうは「自然界、絶賛」
十二月二日(木曜日)、時は年の瀬へ向かっている。この時季に飛翔する鳥の多くには、「冬鳥」と名づけられている。季節にかかわらずわが庭中にやってくる鳥には、スズメ、メジロ、シジュウカラ、コジュケイがいる。はたまた、あまり歓迎しないけれど、ヒヨドリやカラスも加えていい。幸いにも、モズはほとんど飛んでこない。凡庸の私にはこれら以外、鳥類の知識はまったくない。家禽であればニワトリ、アヒルくらいは知っている。すなわち、実際のところ冬鳥にはどんな鳥がいるのか? など、まったくの珍紛漢紛(チンプンカンプン)である。
季節のめぐりは早や、初冬、仲冬を過ぎて、晩冬へさしかかっている。晩冬ということばは、晩春や晩秋などと比べれば馴染みがなく、だから真冬に置き換えればしっくりくる。しかしながらこのことばは、文字どおり寒々しさをおぼえるだけで、晩春や晩秋と比べればロマンの欠片(かけら)もない。晩夏を置き去りにしたけれど、過ぎ行く夏を惜しむ切なさを思えば、晩夏とてロマンに満ちている。つまるところ晩冬や真冬は、ことばに寒々さをおぼえるだけで、微々たるロマン(心)さえ遠のいている。その挙句、人々の口の端にのぼることばはつれなく、「春よ来い、早く来い!」である。
過ぎたこの秋は、秋らしい天候に恵まれず過ぎてしまった。このことでは私に、日々歯ぎしりするほどの口惜(くや)しさをもたらしていた。ところが自然界現象の天候は、「人の心」を持ち合わせていた。実際には晩秋をまたいでカレンダーに、「初冬」(十一月七日)と記されるいなや天候は、それまでの罪つぐないでもするかのように一変した。一変、突如すなわち悪天候は、後れてきた秋晴れの好天気に変わったのである。まさしく、変幻自在の変わりようだった。ところがその変わりようは、初冬、仲冬と過ぎて、晩冬へさしかかるこの時期まで続いている。すると私は、この変わりように文章のうえでは、ことばのいっちょおぼえのごとくに「胸のすく」を繰り返してきた。なお、身に沁みてありがたい恩恵に報いるために私は、常に「自然界、礼賛」の心情をも吐露し続けている。すなわちそれは、わがありったけの恩返しの証しである。
確かに私は、日々の気鬱気分を胸のすく天候の恵みに癒され続けている。身近なことでは、この時季の道路上の落ち葉しぐれの厄介さなどにも嘆かず、大空を仰ぎ心中で「自然界、賛歌」を謳(うた)っていた。いや、過去表現でなく、いまだに現在進行形のままである。なぜなら、この先も胸のすく天候は続きそうである。おとといからきのうの夜にかけては、久々の雨というより時ならぬ大嵐だった。生乾きの落ち葉を掃いて、寄せ集めて70リットル入りの透明袋に何度も下押しをし、ぎゅぎゅ詰めにすると、袋ははち切れるほどにダルマさんのように膨れあがった。黙(だま)りこくってせっせと掃いても、二時間余もかかった。それでも、私は嘆かなかった。雨上がりの青空は、わが労働にじゅうぶん報いて、胸のすく清々しさをくれたのである。
このところの私は、自然界の恩恵に報いるため、時や所(掲示板)構わず、「自然界、絶賛」をことばや文字にしている。きょうの夜明けはいまだしだけれど、私は朝空を誉め称える心の準備に大わらわである。もちろん、青空だけを望んではいない。私は自然界のおりなす、大空模様に心を癒されているのである。
わが気分を癒す、大空
十二月一日(水曜日)、とうとう今年(令和三年)の最終月が訪れた。今年もまた、つらい一年だった。いや、とりわけ、つらい一年だった。しかしながらつらさは、今年かぎりで打ち止めとはならない。それどころかこの先、生きているかぎり毎年、いや増してゆくのは必然である。今年のつらさには早くも、「とりわけ」と、表現した。すると、年々、度を増してゆくつらさの表現には、どんなものがあるだろうか。語彙の学びを生涯学習に掲げる私にとっても、もはや表現のしようはない! と、うろたえている。
今年に輪をかけて、いまだつらい余生が残っている。余生とは、オマケの人生である。子どもではないから、当時の愛読誌『少年倶楽部(クラブ)』の付録(オマケ)を待ち望んでいたときのような、ときめきの気分にはなれない。いやいや、人生のオマケは、ちっともありがたくなく、至極(しごく)こりごりである。
冒頭にあっては、こんな切ない文章を書くつもりはなかった。双六(スゴロク)に倣(なら)って、ふりだしにもどろう。私は山河・自然の風景のおりなす眺望がことのほか好きである。言うなれば、金のかからない無償の眺めである。もちろん、そのたびに金が入り用であればケチな私は、もとより好きにはなれないであろう。万事が金の世の中にあって無償の恩恵は、自然界のおりなす風景と眺望であろう。
わが家の立地は、鎌倉・藤沢・横浜の尾根をなす「円海山」山系の中にある。このため現在は、日々道路上の落ち葉の清掃に難事をきわめている。一年じゅうにあっては、集中豪雨や台風のたびに山崩れや、土砂崩れに怯えている。それでも山が好きだから、なけなしの金をはたいて、とびっきり山際の区画を選んだ。建前では後悔はしたくないけれど、本音では後悔に陥り、歯ぎしりするところがある。
川は近くにはなく、せせらぎに出遭うにも、二十分ほど歩かなければならない。海は速足で四十分近く歩けば、「鎌倉の海」の眺望にありつける。それでも、歩くのが面倒でほとんど出向かない。確かに、路傍の草むらの眺めも好きではある。しかし、私が最も好む自然界風景は、天上の大空の眺めである。無償はもとより、これほど手近な眺めはほかにない。歩きながらも、ときには立ち止まり、やや首を上向ければ、視界一面は大空である。確かに、大空は静態である。ところが、雲を抱いたり、日光の加減で、さまざまに彩りや綾をなしている。そして、その態様は無限である。大空の眺めこそ、害を及ぼさない無償の自然界の恩恵と、言えそうである。もちろん、ただならぬ入道雲や稲光は、大空のしわざではなく、大空は常に泰然としている。山紫水明、自然界の風景にあっては、私は大空の眺望にとびっきり気分を癒されている。
夜明けの空は、まだ見えない。夜が明けても、たぶん雨を降らす大空である。なぜなら、窓ガラスには雨粒が垂れている。それでも、大空に恨みつらみはない。いや、年の瀬のせく気分休めには、私は大空の眺望に託している。幸いなるかな! 大空は、尽き消えることはない。
残念無念、「きょうの出来事」
加害者無き被害者の現われは、まさしく天災同様である。新型コロナウイルスはようやく収束に向かいつつあり、このところは気分の落ち着きに恵まれていた。ところが好事魔多し、再びこれにまつわる新たなニュースが伝えられた。「泣き面に蜂」の痛みなどはるかに超えて、またもや人類には大きな痛みとなりそうである。つれてわが命は、コロナウイルスの恐怖の中で尽きそうである。このことは、きわめて残念無念である。せめて、穏やかな世にあって、命を沈めたいものである。決して欲張りではないはずだけれど、叶えられそうにない。コロナウイルスの新たな惨(むご)たらしい仕打ちである。
【速報】政府 全世界から外国人の“入国停止”を発表(11/29、月曜日、13:16配信 TBS系・JNN)。新型コロナの新たな変異ウイルス「オミクロン株」の世界的な拡大を受け、岸田総理は全ての国を対象に、当面の間、新規入国を原則停止すると表明しました。入国制限が緩和されたはずの留学生が来日できない状況に・・・一体なぜ? 岸田文雄首相:「緊急避難的な予防措置として、まずは外国人の入国については、11月30日午前0時より、全世界を対象に禁止をいたします」オミクロン株の拡大を受け、岸田総理は、水際対策を強化し、今88日から例外的に認めてきたビジネス目的の短期滞在者や留学生、技能実習生を含め全ての国を対象に入国を原則停止すると表明しました。これらの措置は30日から当面1ヶ月間実施。またオミクロン株が確認された国から帰国する日本人に対しても、指定された施設での隔離を義務づけるということです。さらに岸田総理は水際強化の対象国の1つであるナミビアから入国した1人について新型コロナ“陽性”の疑いがあることを明らかにしました。厚生労働省によりますと、感染が確認されたのは30代の男性で、重篤ではないとのことです。ただ、“オミクロン株に感染したかどうか”はわかっておらず、解析には「4,5日かかる」ということです。入国上限3500人に引き下げまた政府は、1日あたりの入国者数の上限について、今月26日から引き上げた1日5000人の措置を停止し、12月1日より1日3500人目途に引き下げることも発表しています。
殴り書きは、もはや宿病
十一月二十九日(月曜日)、寝床から抜け出してきた。とっくに夜が明けている。こんな状態では時間に急かされて、文章は書けない。だから、文章とは言えない殴り書きと走り書きの共存で、でたらめに指先を動かしている。
確かに、このところの私は、寒気に怯えて起き出しを渋っている。そのせいなのか、単なる時間潰しなのか。目覚めて、寝床の中でことば遊びをめぐらしている。わが当てずっぽうの考察ゆえに、もちろん世の中に通じる普遍的なものではない。枕元には常に、電子辞書とスマホを置いている。ときには、正解にすがるためである。かつては電子辞書のみだったけれど、このころはスマホがお供をしている。だからと言って私は、スマホに寝起きのブザーを託しているのではない。スマホは思いのほか、わが生涯学習すなわち、語彙の復習や新たな習得に役立つからである。スマホは、とりわけカタカナ語や現代語(はやりのことば)の学びには、電子辞書をはるかに超えて便益をもたらしている。これらのことでは今や電子辞書は、スマホの後塵に拝している。挙句、私は情報端末機からだけでも、時代の変遷を十分に知ることとなっている。同時に私は、情報端末機を使いこなしたら、どんなにか愉しみが増えるだろうとも思う。無能に加えてわが生来の手先不器用は、ほとほと恨めしいところである。
さて、先ほどの寝床の中で私は、熟語「生活」をめぐらしていた。そして、この言葉の成り立ちに、「生きて、活動する」と、当てた。わが活動は、二十年ほど前で止まっている。それ以降は、おのずから「生きる屍(しかばね)」状態にある。それゆえに今さらながら、このことばが浮かんだのであろう。もちろん、こんな幼稚なことばを浮かべるようでは、語彙の復習や新たな習得にもなり得ない。結局、私は寝床の中でさえ精神錯乱状態に陥り、挙句、安眠を遮(さえぎ)られて無駄に時の流れの中に身を置く屍状態にある。
約十分間の嘆かわしい殴り書きである。同時に、読むに耐えない文章を強要し、かたじけなく思う夜明けである。わがぐうたらを嘲(あざけ)り,嗤(わら)うかのように、朝日輝くのどかな夜明け訪れている。
寒い朝
十一月二十八日(日曜日)、寒い夜明けが訪れています。起き立ての気分は萎えて、文章が書けません。この先は、継続の途絶えのこんな日ばかりになりそうです。いまだ寒気は序の口であるのになさけなく、わが身を恥じて、嘆いています。寝起きの私は、気分高揚のため、北風に舞うカラカラの落ち葉との戦いに、わがありったけの闘志を駆り立ててみます。高橋弘樹様には「元気の素」の応援メッセージ(大・大・大エール)をたまわり、感謝にたえません。謹んでお礼を申し上げます。