ひぐらしの記
前田静良 作
リニューアルしました。
2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影
支離滅裂
六月三十日(木曜日)、就寝中の私は、夢の中に生きていた。それも、ほとんど悪夢の中に生きていた。私は無名人。だから苦心惨憺しながら書いても、読んでくださる人たちは、手足の指の数をわずかに超えるくらいである。それゆえにこれらの人たちは、私にとっては恩人を超えて神様と崇めてもいい人たちである。ところが、ほとんどそれらの人たちの名さえ知らない。もとより、感謝の思いを伝える手立てはない。だからなお、対面で感謝を伝えたい思い山々である。
翻って世の中の有名人は、みずからは一字さえ書くことなく、ゴーストライターに書いてもらい、星の数ほどの読者にありつける。もちろん、僻んでいるわけではない。起き立てに、ちょっぴり書いてみたくなっただけである。言うなれば、悪夢払いの便法である。
まだ時間は早いのに、夏の夜明けはすでに朝日がキラキラと光っている。何たるさわやかな夏の朝、いや夏の夜明けだ。実際にはこの気分が、悪夢をすっかり払ってくれている。このところの私は、梅雨が明けるやいなや、夏風または夏の朝風の快さなどを立て続けに書いた。そしてきのうは、これらの打ち止めいや総括みたいに、「わが、夏礼賛」という文章を書いた。しかし、これで打ち止めとするのはもったいなく、まだ書きとどめて置きたいものある。無論、付け足しとは言えず、わが体感に違いを変えて、夏の朝風にも匹敵するものである。だから順位をつけずに、夏にかぎりわが好む風を掲げてみる。それらは、朝風、昼風、夕風、そして夜風である。もちろんこれらは、言葉どおりだとかなりの違和感がある。しかしながらどれもが、心地良さを恵んでくれることにはかわりない。昼風の場合は、ズバリ木陰にたたずんでいるおりに吹いてくる涼風、夕風は夕涼みどきに吹いてくれる心地よい風、夜風はこれまたずばり、網戸から忍び込むひやりとする風である。風と並んで雨もまた、夏の雨は好し! と、書きたいところはある。ところがこちらは、日照り雨と夕立くらいである。
このところの私は、書き殴り特有に長い文を書いている。だからきょうは、意図してこれで書き止めである。こんな味気ない文章を読んでくださる人たちは、私にとってはやはり、いつわりのなく現(あらひと)の神様である。悪夢には、魘(うな)されるとう常套語(じょうとうご)がつきまとう。漢字の成り立ちからすれば、確かに「鬼」の仕業であろう。だとしたら、追っ払ってもつきまとう、飛びっきりの悪鬼(あくおに)なのだろう。ならば、さわやかな夏の夜明けで鬼退治である。
現在のわが気分は、鬼を懲らしめてさわやかである。ただし、あまりにも支離滅裂で、この文章には表題をつけようがない。仕方ない、ずばり支離滅裂としよう。表題はどうあれ、鬼退治を果たし、悪夢を遠のけて、わが気分は爽快である。
わが、夏礼賛
六月二十九日(水曜日)、二度寝にありつけないため、仕方なく起き出している。ところが、これには予期しないオマケがある。いくらか長くは夏の朝、短くはその夜明けが楽しめることである。窓ガラスを網戸にきり替えると、「あなたをうずうずして待っていました!」とばかりに、夏風いや夏の朝風がわが身に吹いてくれる。私は、この瞬間が好きである。これを超える無償の風の恵みは、炎天下にあって木陰にたたずむおりに、わが身にさらっと当たる涼風(すずかぜ)である。共に、有償のビールなどで喉や身を潤すまでもない、無償でありつける心地良さである。風のありがたさをしみじみと感じるのは、こんなおりに吹く風、すなわち夏風である。決め手のここで、転換ミスで「夏風邪」と誤れば、わが「夏風」礼賛は台無しである。心地良い夏風と比肩してもう一つ、わが夏好きを成しているのは、着衣の軽装である。いやこちらは、心地良い夏風を凌いで、飛びっきりの夏礼賛を成している。半ズボン、猿股パンツ、ふぁふぁのステテコ、薄地の半袖でシャツの恩恵など、これらこそわが夏礼賛の筆頭に位置している。
長く文章を書き続けていると、はからずも四季折々に同じようは文章を書いている。もちろん、反省しきりである。しかし一方、それは仕方のないことだと、自己弁護する気持ちも旺盛である。なぜなら、もとより私は、創作文は書けない。だから、『ひぐらしの記』に甘んじて、文字どおり書き殴りで日記風に書いている。すると、わが脳髄の乏しさに加えて、毎年、四季折々に書くネタはほぼ同様となる。私には、それらのネタを焼いたり煮たりする能力はない。挙句、二番、三番煎じどころかいやいや、自分自身が飽きて呆れかえるほどに、繰り返し書き続けているにすぎない。
確かに、このところの私は、駄文を字数多く書き続けている。もちろんこれには、仕方がないという自己慰安は捨てて、反省しきりである。だからきょうは、尻切れトンボを自覚してまでも、これで書き止めである。いや、少しだけ自己弁護をすれば、きのう纏めた草取り袋、そして庭木の切り枝の束をごみ置き場へ持ち込むためである。これらの持ち込みは、週一・水曜日に限られている。
とっくに、夜明けの朝日は輝いている。朝御飯の支度までには、まだかなりの時を残している。もちろん、朝飯前の一仕事とも言えない。ただ、無性(むしょう)に夏の夜明けの心地良さを実感できるひとときである。
快い夏の夜明け
六月二十八日(火曜日)、メディア報道からの一部抜粋の引用文(毎日新聞 © tenki.jp 提供)を記している。「きょう27日、気象庁は『関東甲信地方、東海地方、九州南部が梅雨明けしたとみられる』と発表しました。関東甲信地方は平年より(7月19日ごろ)より22日早く、昨年(7月16日ごろ)より19日早い梅雨明けで、統計開始以来最も早い梅雨明けです。6月中の梅雨明けは、6月29日に梅雨明けした2018年以来4年ぶりとなります。東海地方は平年より(7月19日ごろ)より22日早く、昨年(7月17日ごろ)より20日早い梅雨明けで、6月中の梅雨明けは1963年(6月22日ごろ)以来です。九州南部は平年(7月15日ごろ)より18日早く、昨年(7月11日ごろ)より14日早い梅雨明けで、6月中の梅雨明けは1955年(6月24日ごろ)以来です。」
この引用文に付け足すものは何もない。ただ、驚く表現を心中に浮かべている。アッと驚く為五郎、度肝を抜かれる、びっくり仰天、青天の霹靂などが咄嗟に浮かんでいる。言うなればわが掲げる生涯学習の現場主義である。もちろん、まだたくさんの表現がある。しかし浅学非才、わが脳髄に咄嗟に浮かぶはずもない。あえて付け足すとすれば、この二つある。一つは、梅雨明けの速さである。そして一つは、ほぼ例年みられる豪雨などによる災害なく、すんなりと明けたことである。後者など、こんなに早く暑い真夏が来たと言って、恨んだり嘆いたりすることはない。いや、思いもよらない吉報であり、この上ない天の配剤すなわち天恵である。
このところの習癖、私は二度寝にありつけず仕方なく起き出してきた。現在はいまだ五時前である。それゆえ、執筆時間は焦ることなくたっぷりとある。しかし、それをいいことにしてこの先、駄文を連ねることは野暮である。寝床にとんぼ返りをしても、たぶん悶々とするだけであろう。引用文そして駄文は、これでさらばである。ならば、道路の掃除、さらには草取りの後片付けでもしよう。梅雨が早々に明けて、一足飛びに快い夏の夜明けが訪れている。
夏の朝風
きのう(六月二十六日・日曜日)、どこかしこ局のテレビニュースには、日本列島各地の猛暑報道があふれかえっていた。街頭インタビューに応じる人々は、異口同音、みずから感じた猛暑ぶりを伝えていた。もちろん顔面は違うけれど、これまたみな同様に辟易顔をさらけ出していた。私は涼しい顔で茶の間のソファにもたれて、それらに見入っていた。気象庁は気温の高さを基準にして、こんな暑さの指標を定めている。
「熱帯夜:夜間の最低気温が25度以上。真夏日:昼間の最高気温が30度以上。猛暑日:昼間の最高気温が35度以上」。
気象庁はまだ決めかねているけれど、私は自分勝手に「酷暑日」(昼間の最高気温が40度以上)という、指標を設けている。これらの指標は気温を基に定められていて、人みなそれにしたがって暑さの程度を感じ取っている。これら科学的指標とは異なり、人体まちまちに体感的に感じる暑さの程度を表す言葉は、人それぞれにさまざまある。私はソファにもたれながら浮かぶままに、それらを脳髄にめぐらしていた。言うなれば浮かぶままに私は、語彙(ごい)の復習をめぐらしていた。わが凡庸な脳髄が浮かべるものは、おのずからごく限られている。もちろん、暑さの程度も確かなものではなく、浮かんだ言葉のごちゃまぜの羅列にすぎない。極暑、酷暑、猛暑、激暑、炎暑、炎天、灼熱、暑熱、真夏、盛夏、暑中、残暑、日照り、蒸し暑い、うんざりする暑さ、さらに暑さが誘引する熱中症を加えても、ざっとこれくらいである。頭脳明晰な人であれば、まだまだたくさん浮かべるであろう。
確かに、うんざりする暑さを浮かべたけれど、不断の私は、太陽(光線)を悪者呼ばわりしたことなどたったの一度さえない。いや逆に、心中では「日光、日光!」と呪文さえ唱えて、崇め奉っている。すなわち、私にとって太陽の恵みは無限大である。私は太陽には憎さはないけれど言葉の綾として対比して用いれば、憎さ百倍いや無限大の憎さを感じるのは地震である。
ふるさと県・熊本は、きのう震度5程度の地震に見舞われたという。このところの日本列島は、各地に地震が頻発している。確かに、太陽の暑熱と地震を対比するのは愚かであろう。太陽の暑熱はいっときの我慢、一方地震は生涯の恐怖である。
きょう(六月二十七日・月曜日)、夜明けの天上、空中、地上には、まばゆいほどに清々しい朝日(太陽光線)が光っている。きのうに続いてたぶん、日本列島のどこかは猛暑日を超えて、わが造語酷暑日あたりまで気温が上がるであろう。たとえそれが鎌倉地方であっても、私は「なんのその…」と嘯(うそぶ)くくらいで、もちろん憎みはしない。ただ、「日光、日光!」と唱える呪詛は、一時停止の憂き目を見るかもしれない。暑い昼間があるからこそ、余計夏の朝風は心身に沁みて、すこぶる快いものである。もちろん、負け惜しみではなく、わが本音である。
起き立ての過ち
六月二十六日(日曜日)、梅雨明け間近かな? と思わす、日本晴れをしたがえた朝日が照り輝いている。このことではたぶん、昼間の日本列島の各地は、真夏日(気温三十度以上)、あるいは猛暑日(気温三十五度以上)に見舞われるであろう。気象という自然界の営み、いや言葉をいくらかの悪意を持って変えれば、仕業(しわざ)であるから抵抗のしようはない。だから、「泣き寝入り」という、言葉を添えてみたくなる。
一方、真夏日や猛暑日なく冷夏であれば、それはそれで夏らしくなく、夏の季節を好む私は、大慌てになり戸惑うであろう。実際にはこのところわが夏好きは、四季の中にあって冬のみを後塵に拝するほどまでに、順位を下げつつある。それは、夏好きの基を成していた「内田川」における水浴びや水遊び、かつまた、ひんやりとした蚊帳吊りの中の寝床の感触、さらにはよだれたらたらに連日ありついていた西瓜食いの情景など、今や夢まぼろしのせいである。
現在、窓ガラスは網戸に替えている。このため、夏風それともまだ朝風と言うべきか、心地良い風がわが身を潤し、そして慰めてくれている。このおかげで、沈みがちだったわが心身は、現在いくらか回復途上にある。さて、わが「最後の晩餐」は、この先いつ訪れるであろうか。できれば、わが大好物の赤飯の食い仕舞(じま)いを願っている。このところの私は、身体不良かつ精神不調に見舞われている。だからと言ってもちろん、それらのせいではなく、浅学非才、もとよりわが凡庸な脳髄のせいである。すなわち、このところ書いている文章にミスが目立っている。きのうの文章ではとうとう、アナログをアナグロと書いてしまい、訂正すら怠っていた。苦しんで書いて、大恥をかくようでは、書かないほうがいい、いや死んだほうがましである。
きのう恥さらしといくらかの反省を込めて、きょうは休養を決め込んでいた。ところが、いつもの起き立ての書き殴りに誘われて、書いてしまった。表題は、「起き立ての過(あやま)ち」でよさそうある。だから、この先は、書き止めである。夏風を装う朝風は、味方となってわが気分を癒している。「日光、結構、コケコッコウ」、使い方を間違えたかな? 電子辞書を開いた。「ない」。ミスが絶えない、悩みが増幅した。
「バカは死ななきゃ治らない」
六月二十五日(土曜日)、眺望全開、朝焼けの夜明けが訪れている。私は、今なおアナグロとデジタルの違いがわからない。私には、焼きが回っている。普段、よく使う日常語だけれど、電子辞書を開いた。
「焼きが回る:①刀の刃などを焼くとき、火が行きわたりすぎてかえって切れ味がわるくなる。②年をとったりして能力が落ちる」
かつての私は、紙の辞書を使っていた。ところが現在は、それは書棚のお邪魔虫へと、成り下がっている。あんなにお世話になったことをかんがみれば、何かしらの供養をしてもいいはずである。書棚を棺桶と置き換えれば、線香に火を灯し、しばし合掌でもすれば気休め、いやいくらかの恩返しにはなるだろう。紙の辞書を断った現在は、電子辞書とスマホ搭載の辞書にすがっている。紙に比べて、後者の使い勝手の良さは格別である。後者・二つの比較では、共にどっこいどっこいである。いや、語彙の学びを生涯学習に掲げている私の場合は、スマホのほうがいくらか優れものである。中でも漢字を学ぶには、スマホのほうがかなり好都合だからである。ずばり、スマホの場合は、書き順をスラスラと示してくれることである。紙と電子の違いが、アナログとデジタルの区分けなのか? 私は、 わが脳髄の貧弱さに呆れかえっている。
バカのついでに、こんな自問を試みる。目に見えないもので、大切なものは何だろうか? 容易に答えにありついた。それは「心」である。また、電子辞書を開いた。
「心:①人間の精神作用のもとになるもの。また、その作用。②知識・感情・意志の総体。からだに対する」
「体」は目に見えるけれど、見えない「心」はいったいどこにあるのだろうか? 私は文章の中でよく、「心中に、胸中に、あるいは脳裏に」浮かべてなどと、書いている。まるで、胸あるいは脳裏(頭)と同様に、心中すなわち「心」がからだの中に実在しているような書きぶりである。しかしながら実際には姿なく、たちまちこんがらがってくる。起き立ての私は、自覚的に気狂いはしていない。
梅雨の晴れ間、きのうの私は、ほぼ一日じゅう庭中の草取りをした。百円ショップで買い求めたプラ製の腰掛けに臀部(尻)を下ろし、まるでドンガメの如くにのろのろと前へ進んだ。このときの私は、「心中、胸中、脳裏」どこでもいいけれど、こんな馬鹿げたことめぐらしていた。すなわち、人間の究極の平等は、年をとること、死ぬことである。一方、人間の究極の不平等は、富裕者(お金持ち)と貧者(貧乏)に分かれることである。このことではまた、馬鹿げたことが、「心中、胸、脳裏」に、浮かんでいた。
お金持ちは手厚い看護を受けてこの世におさらばできるけれど、貧乏人は野垂れ死の如くでおさらばである。結局、これらのことを書くために私は、だらだらと長い文章を書いたことになる。「バカは死ななきゃ治らない」。とことん、バカな私である。このところは、書くに堪えない、読むに堪えない文章が続いている。
梅雨時とはいえ、自然界の恵みべらぼうにある。なかでも、のどかな朝日は快いものである。ひるがえって人間、とりわけ私は、煩悩(ぼんのう)丸出しである。こんなバカな文章、いたく苦しんでまでして、書かなきゃよかったのかもしれない。わがお里の知れるところである。
わが生涯学習は、潮時!
六月二十四日(金曜日)、二度寝にありつけない。仕方なく起き出してきて、きょうもまた自分自身、まったく面白味のない文章を書き始めている。せっかく文章を書くのであれば、きのうの「沖縄、慰霊の日」にまつわる文章を書くべきであろう。テレビニュースの伝えるところによれば、当時の住民の四人に一人が犠牲になったという。犠牲とは死者である。なんと、つれない言葉であり、何たる真実隠しとも言える表現であろうか。私はあらためて、言葉の限界、報道の限界を知らされた気分に陥っていた。そして、生きている身としての、自分ながらの償いの仕方を模索していた。何にもならないけれど、いたたまれない気持ちのせめての罪償いであり、わが詫びの仕方だったのである。
さて、目覚めて寝床にあって私は、常に枕元に置く電子辞書を手に取り、仰向けで次々に見出し語を変えた。たぶん、亡き父の面影が彷彿としていたせいあろうか。イの一番に、父と歌っていた『箱根八里』の歌詞の一部を浮かべていた。父と私は、共に歌詞の全編は知らなかった。互いが音痴のせいで、この歌のみならず歌そのものに、無頓着を決め込んでいたせいであろう。歌っていたのは、出だしのこの部分だけである。「箱根の山は天下の険 函谷関も物ならず 万丈の山 千仭の谷 前に聳え 後ろに支う」。
これだけでも私は、見出し語を何度か変えた。険には「天下の嶮(けん)」と付記されていた。嶮は難しい漢字である。嶮を調べた。「山が高くけわしいこと。けわしい所」。函谷関は、孟嘗君や鶏鳴狗盗の四字熟語で、知ってはいる。けれど、復習を試みた。
函谷関:中国河南省北西部にある交通の要地。新旧二関があり、秦代には霊宝県、漢初、新安県の北東に移された。河南省洛陽から潼関に至る隘路にある。古来、多くの攻防戦が行われた。
次には、これまた分っているけれど、あえて「物ならず」を見出し語にした。説明書きには、たいしたことではない。もんだいにならないと、ある。結局、中国・秦代にあった函谷関と比べても、箱根の山の険しさ、威容を誇らしげに歌っていたのである。その証しを、ネット上の学びで確認できたのである。
先ほど、私はネット上で歌詞全編を見ながら、曲をハミングした。ここには歌詞の全容は書けないけれど、全編が勇ましく難しい言葉の羅列だったのである。だから、難しい言葉のすべてを辞書調べすれば、半日がかりにもなりそうである。
最後に、これまた知りすぎている成句のお浚いを試みた。
「雉も鳴かずば撃たれまい」。よけいなことを言ったばかりに災いを招くことのたとえ。
キジの雄は「ケンケーン」と甲高く鳴く。草むらにひそんでいるキジも、一声鳴けば所在を知られ、あっさり猟師に仕留められてしまうだろう。
普段、私はこの成句をわが身に照らし、こう読み替えている。「文章を書かなければ、恥をかいて、人様にあざ笑いされることもあるまい」。一度目覚めて、こんなことばかりを浮かべているようでは、もとより二度寝にありつけるはずはない。わが掲げる生涯学習とは、常に苦悶と抱き合わせである。二度寝にありつけず苦しむようでは、そろそろ身の程をわきまえるときなのかもしれない。まったく面白味のない文章は、もちろん自分自身にもひどく堪えている。まして、読んでくださる人のつまらなさは、追って知るべきである。
「追って知るべき」、また電子辞書を開いている。梅雨の夜明けはぐずついて、雨模様である。わが気分はぐずぐず、さ迷っている。三日続けて、まったく代り映えのしない、同様の結文である。
樹木の年輪、人体の皺
樹木は、確かな年輪を刻んで生長する。これに関して、自問自答を試みる。人間は、身体あるいは精神のどこかに、年輪を刻んで成長するのであろうか。もとより、バカな問いかけなのであろう。私には、答えが見つかるはずもない。ところが、年輪とは似ても似つかないけれど、ふと一つだけことばが浮かんだ。それは、「年の功」ということばである。知りすぎていて、いまさら電子辞書にすがるまでもないことばである。しかし、電子辞書を開くのは、生涯学習を掲げるわが習わしである。手元にある電子辞書を開いて、それを見出し語にした。
年の功:年をとり経験を多くつむこと。また、その経験の力。亀の甲より年の功。
同じ意味の繰り返しになるけれどついでに、亀の甲より年の功を見出し語にした。長年かけて積んできた経験は貴く、価値があるということ。
年をとれば、人体の額には皺が刻まれる。ところがこれは、成長の証しと、言えるであろうか。いやいやこれは、確かな老化あるいは老耄(老耄)、すなわち確たる老い耄(ぼ)れの証しの一つに数えられている。結局、人体にあっては成長の証しと思える、年輪の刻みを見ることはできそうにない。挙句、目では見ることのできない精神的なものでお茶を濁して、年輪の刻みに置き換えているのであろう。すると、ふと浮かんだ「年の功」だけれど、まんざら間違いではなそうと、私は独り善がりにほくそ笑んでいる。
このところの数日、私はくだらない文章を長々と書いてきた。ところが懲りずに、きょう(六月二十三日・木曜日)また悪乗りでもしたかのように、身も蓋もない文章を書いている。もとより、くだらない文章を書き続けるより、休んだほうがましだとは心得ている。それでもそれには、身勝手にこんな内幕がある。すなわち、虫けら(私)に宿る「一寸の虫にも五分の魂」という、わずかな志である。すなわち、私はリニューアルされた掲示板が定着するまでは、恥をさらしてでも休まず、何かしらを書こうと決め込んでいたのである。言うなれば、虫けらの束の間の気張りである。幸いなるかな! 掲示板は、ご常連様たちのご好意をさずかり、よどみなく継続にあずかっている。そうであれば、虫けらの一寸の志(大沢さまへのお返し)も、いくらか果たせたことにはなる。ほっと、胸を撫でおろすところはある。
しかし、きょうの文章のようなわが柄でもないことを書いていると、くたびれだけを儲けて、私は疲れ果てている。そろそろ、休みたい。夜明けて、梅雨の雨がしとしと降っている。いくらか、大空が明るみだしている。梅雨はぐずついている。私はさ迷っている。きのうの文章とまったく同様の結文である。わが額には無数の皺が刻まれている。もちろん、成長の証しの年輪ではない。
言葉の使い分けに悩まされている
六月二十二日(水曜日)、参議院議員選挙はきょう告示され、来月(七月)十日が投開票日となっている。これに先立ちきのうは、テレビにおいて党首討論が戦わされていた。しかしながら私は、聞き耳を立てることなく、リモコンスイッチでチャンネルを切り替えた。今回の選挙にたいし、まったく興味が沸かないのである。ところがこの表現は、見識者から「選挙は興味本位でするものではない」と、お叱りを受けるであろう。興味本位という言葉が語弊や誤解を招くのであろうか。そうであれば、「まったく関心がない」と、言葉を変えるべきなのかもしれない。これだけでも言葉の使い分けは、ほとほと難しいと、思うところである。
人心みな、ふるさと思いをたずさえている。普段、それを口にしたり、文章にする度合いが少ないだけである。私は、「ひぐらしの記」というブログを書いている。そのぶん私は、人様よりちょっぴり多く、ふるさと思いを文章に表している。もとより、文章の継続には、常にネタ不足が付き纏っている。ところが、ネタ不足を救うことでは手っ取り早く、かつしっかりと二つの事柄(慕情)が位置してくれている。一つは亡き母を偲ぶ、母恋い慕情をとはじめする、今やまぼろしの父やきょうだいたちへのかぎりない慕情がある。これらと並んでもう一つの慕情を成すのは、これまたずばりふるさと慕情である。すなわちこの二つは、ネタ不足に陥っているわが状態を救ってくれるのである。
しかしながらこの二つにあっても私は、わが思いを文章にすることでは常に、艱難辛苦を強いられている。きのうの表題『夏至』にあっては、わが子ども時代の「ホタルの光」にことよせて、ふるさと慕情を書いた。このとき用いた言葉は、「懐郷」だった。先ほど、寝床で目覚めたときの私は、知りすぎているはずの言葉を浮かべていた。先駆けては、故郷、郷里、郷土、などの言葉が浮かんだ。さらに追っかけては、先の懐郷、そして、望郷、思郷、郷愁などが浮かんだ。これらを見出し語にして、枕元に置く電子辞書を開いた。どれもが書くまでもない、似たり寄ったりの意味を有していた。すなわち、一緒くたにの類義語である。それでも、新たに学ぶところがあった。懐郷にはホームシック、そして郷愁にはノスタルジアと、カタカナ文字が添えられていたのである。すると私は、望郷や思郷にも、どちらかのカタカナ文字がついて、いいのではないかと、思った。ふと、心中に浮かんだわが造語、「追郷」は、もとより見出し語にはなかった。
浅学非才の私の場合、浮かんだのはこれくらいにすぎないけれど、まだまだ無限にある。浮かんだ言葉だけでも使い分けるのは、私にはきわめて困難である。きょうの書き殴り文章の真意は、ずばり文章の難しさである。夜明けは、雨模様である。梅雨の天候は、ぐずついている。私は文章が手に負えなく、グズグズさ迷っている。
『夏至』
「夏至」(六月二十一日・火曜日)にあって懐郷、「内田川」の水面(みなも)の上や、出来立てほやほやの水田上空を飛ぶホタルは、すでに舞い姿を納めているのであろうか。それでも、ホタルに付き纏う思い出は尽きない。子どもの頃の遊び仲間のホタルにたいし私の場合、無粋(ぶすい)な「ホタル狩り」という言葉や情景は、ご法度(はっと)である。わが一方通行的に遊び仲間と言うのは、もちろんホタルにとっては、憤懣やるかたないお門違いである。それゆえに私は、いまになってとことん懺悔したところで、ホタルにたいする罪作りの償(つぐな)いの欠片(かけら)にさえもならないことくらいは知りすぎている。
梅雨の晴れ間の夕闇迫る頃にあって、ホタルの光が目先にチラチラしだすと心急(こころせ)いて私は、座敷から上がり框(かまち)を飛び跳ねて、土間へ下りた。ランダム(あちこち)に置かれていた杉下駄の一つをつっかけて、母屋から庭先へ出た。門口に立てかけの竹箒を手にした。飛び交うホタルの光をめがけて、打ち下ろした。畦道や草むらに落ちても、ホタルの光はなお消えず、明滅を繰り返している。ホタルをなんなく指先で拾い上げて、ホタル籠に入れた。いや多くは、拾い上げさえしなかった。打ち下ろすだけが、わが遊び心だった。結局、体(てい)のいい遊び仲間と言うのは、わが嘘の繕(つくろ)いであって、実際にはホタルにたいする、わが一方的虐待だったのである。
確かに、わが子どもの頃にあって見ていたホタルの舞う姿は、今でもわが懐郷の上位に位置している。しかしながら今となっては、罪作りの思い出と化して、懐郷ランク下げるべきなのかもしれない。思い出としては切ないけれど、それでもやはりホタルの光を偲ぶ心は、この先も変わりようはない。罪償いの懺悔とはいえ、それもまた私にとっては、懐かしい思い出として留め置きたいものである。虫が良すぎるだろうか? と、切なく自問するところはある。結局、遅まきながらの一方的償いは、わが命尽きるまで心中に、ホタルの光を偲び、愛でそやしてやることであろう。
「ひぐらしの記」十五周年(六月十五日)は、忘れかけてすでに過ぎ、夏至を迎えている。ふるさとホタルは、すでに今年の舞い納めを済ましているかもしれない。私は時の流れの速さ感に、アタフタとしている。窓の外に見えるアジサイもまた、早や彩りや艶を落とす後半戦突入である。梅雨どきののどかな朝ぼらけにあって気になるのは、日本列島のあちこちにおけるこのところの地震の頻発である。ふるさとのホタルの光は、日本列島の平和の証しだったのかもしれない。そうであれば、わが罪作り旺盛である。