ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

作者と、作品を世に出された、お二人に称賛

 あすの「成人の日」(1月13日・月曜日)を含めて、三連休の半ばにある(1月12日・日曜日)。人間社会は年代を変えて、机上カレンダーにそってたゆみなくめぐっている。つれて、わが世代・昭和は、はるか遠くへあとずさり、おのずからわが生存は現世から消えて、あの世に墜ちる。だけど、同世代だれしものことゆえに寂寥感はない。ただ一つ望むところは、七転八倒することなく静かに、野末の草場の露に濡れたいものである。
 冒頭に気分の滅入ることを書いてしまい、のっけから平に詫びるところである。目覚め時にはこのことを書こうと思っていたのに、後回しになったのは品格劣るわが罪である。内心では称賛が遅れてしまい、申し訳なさでいっぱいである。
 掲示板上掲の写真は、冬空の下、地上に広がる田畑や森に、日光がのどかに零れる胸の透く絶景である。掲載の写真は、プロを目指す半ばに若くして逝かれた、坂本弘司様が遺されたものである。私はもちろん、坂本様の作意など知ることなく、掲示板を開くたびにしばし眺めて、ひたすら称賛と堪能を極めている。このわが思いに常に加わるのは、お姉様・大沢さまの弟君・弘司様にこびり付いている優しさである。もとより、姉君・大沢さまの優しさがなければ、弟様のどんな名作も隠れたままであり、ゆえに私たちが目にすることはできない。このことではお二人しての名作と言えるものであり、お二人に対し賛辞つきないものがある。
 上掲の写真にかぎらず大沢さまは、季節に応じてそれにふさわしい、弘司様が遺された写真を掲げてくださっている。おのずからそのたびに私は、無粋な言葉を用いれば目の保養と称賛にさずかっている。どんな名作であってもそれを伝える人がいなければ隠れたままであり、人の目に触れることはできない。ゆえに私は、掲示板を開くたびに弘司様と共に、大沢さまへ感謝しきりである。きょうはこれまで胸につかえていたことを書いて、結文とするものである。
 現在の時刻は6:00ちょうど、夜明けの明かりはまだ見えず、外は真っ暗闇である。だけど、胸のつかえがとれて、私は気分の好い夜明け前にある。

正月の歳時、1月11日には「鏡開きと「蔵出し」

 きのうの文章は『最後の砦』、変な文章を書いたものだと悔いている。「ひぐらしの記」はやはり、もう書くべきではないのかもしれない。書かなければ自分自身、楽な気分になるし、人様に不快な気分を、及ぼすこともない。もちろん、わが文章の拙さのせいである。ひぐらしの記は、私日記風特有に、日を空けずに書き続けることだけを願っている。命題にそって文字どおり、「日暮らし日記」と言えるものである。実際には寝起きの朦朧頭と眠気眼、加えてみずからもうけている制限時間内に書いている。挙句、おのずから文意および文体のととのわない、書き殴り文に陥っている。ゆえに恥を晒し、同時にわが悔いるところである。
 しかし、悔いてどうなることでもない、わが能力の限界をこうむっている。継続を叶えるためにはただ一点、どんな餌にも食いつく「ダボハゼ」の心境をたずさえていなければならない。なぜなら、ネタ(餌)がなければひぐらしの記は、たちまち継続を断たれて「お陀仏」となる。この時季、寒気に震えて書く価値はない。しかしながら一方、私は継続が断たれたのちの「心の空白」に怯(おび)えている。だから私は、ダボハゼ状態になって、釣り針を含んでいようがいまいが堪えきれずに、なんでもネタになりそうなものには飛びつくのである。
 寝起き書きの習性にしたがって、パソコンを起ち上げると机上カレンダーを眺めた。するとシメシメ、ネタになりそうな歳時にありついた。喜び勇んで、机上に置く電子辞書を開いた。まさしく私は、人魚の大型のダボハゼさながらである。きょう(1月11日・土曜日)には、二つの歳時(行事)が記されている。だれでも知るものだけれど、継続を叶えるためには、おのずから恥の掻き捨ては厭(いと)わない。
 一つ目「鏡開き」、【(「開き」は「割り」の忌み詞)。①正月11日ごろ鏡餅を下げて雑煮・汁粉にして食べる行事。近世、武家で、正月には具足餅を、女は鏡台に供えた餅を正月20日(のち11日)に割って食べたのに始まる。鏡割り。②祝い事に酒樽のふたを開くこと。鏡抜き】。
 二つ目「蔵開き」、【新年に吉日を選び、その年初めて蔵を開くこと。多くは1月11日とし、福神に供えた鏡餅で雑煮を作ったりする】。
 寒気にブルブル震えて、この先、自作文を加える気はしない。夜明けはいまだ訪れず、窓ガラスの外に太陽の光はなく真っ暗闇である(5:57)。

最後の砦(とりで)

 1月10日(金曜日)。起き出して来て,寒気が身に沁みている。机上カレンダーへ目を遣ると、「十日えびす」と「100当番の日」と、併記されている。前者はおまじないとはいえ、人間が無病息災や幸福に生きるためには、欠かせない歳時なのであろう。後者もまた人間の共生のためには、人間の知恵が生んだ大事な創意である。人間、いや「生きとし生きるもの」にあっては、命絶えれば「おしまい」である。
 目覚めて私は、心中にこんなことを浮かべていた。すなわち、こうである。自分は、父、異母、母、そしてその子どもたちの中にあっては、「最後の砦」である。異母は6人、母は8人、つごう14人の子どもを産んだ。これらの流れの中で今や私は、たった一人だけ生きている。私が死ねばおのずから、この流れは絶えることとなる。だから私は、最後の砦である。ゆえに今の私は、面影やまぼろしを求めて、切なく、神妙な気持ちになっている。最後の砦という、わが責任は果てしなく重いけれど、もちろんそれを果たすことはできない。
 きょうは、寒気に震えて休むつもりだった。ところが、こんな無粋なことを書いてしまった。平に詫びるところである。まだ、夜明けは訪れない。しばし心中で、数ある御霊(みたま)たちと、声えない会話を続けるつもりである。たぶんこの文章は、掲示板上に表示のカウント数の減少の引き金になるだろう。

人生の一コマ

 人生の最終末にあって人生行路を顧みて、わが甲斐性無しを嘆いても仕方がない。84年も生き長らえたことで十分であり、わずかとはいえなおこの先にも、残存の命がある。
 寒気は「大寒」(1月20日)へ向かって、日増しに強まっている。しかし、鎌倉地方にはまだ、雪降りの日はない。だからいっそう、降雪地方の積雪の嵩の高さには驚いて、気分は滅入るばかりである。テレビニュースが伝える映像には、そのつど驚いてぞっとするばかりである。驚愕する映像に加えて、雪下ろし中に亡くなられた人のニュースが伝えられると、痛ましさにはかぎりがない。だからと言って、降雪地方に住む人にたいし、むやみに同情心はもとより禁物である。なぜなら、住む人のだれしもにもそこは生地であり、離れて住む人には常に愛しい故郷である。
 現代の日本社会の世相には「移住」が流行り、実際にも移住を叶えて、喜び溢れる人の姿がテレビ映像に現れる。ところが、これらまでのところ私は、降雪地方からどこかに移住された人の姿は、たったの一度さえ目にしていない。このことに私は、救われている。なぜなら、人だれしも生地は、まさしく聖地なのである。わが生地、今や故郷の熊本地方は、南から北上する台風の通り道(台風銀座)である。それなのに生地在住時代(高校生まで)にあって、私はそれを嘆く村人に出遭ったことはまったく無い。人にとって生地は、安易に「住めば都」と口走り、それと同列に置くべきものではなく、それを超えて魅惑尽きないところである。
 さて、きのう(1月8日・水曜日)は、妻をともなって普段の「今泉さわやかセンター」(鎌倉市)へ出かけた。ヨロヨロ足で歩けば20分ほどの道のりである。ところがきのうは、わが家最寄りの「鎌倉湖畔商店街」から、小型の送迎バスに乘った。用向きは、卓球クラブの初打ちだった。実際には、新年の挨拶が主だった。私と妻の技量は「ピンポン」で、転ばず怪我無くわが家へ戻れば十分である。どうにかこの目的を果たして、共に気分爽快にわが家へ帰った。これを機に、いよいよわが家の新年の始動である。ことし一年の無事を願うところである。しかし一寸先は闇の中、ヨレヨレの願望である。
 人間だれしも、生きることの困難さは、日々のテレビニュースに溢れている。がんばろう。窓ガラスの外には、薄く夜明けが訪れている。雪降りの無い空を眺めて、見えようないはるかなたの、降雪地方のきょうの大雪模様を案じている。同情心は禁物だけれど、案じるぐらいはわがつとめである。

嗚呼、啜ってしまった「七草」

 正月(1月)にあっては予め、机上カレンダーを見据えて文章を書いている。なぜなら、1月には年始特有に様々に「初」の付く歳時(行事)が併記されている。きょう(1月8日・水曜日)には、「初薬師」と記されている。無知の私は生涯学習の心意気をたずさえて、机上に置く電子辞書を開いた。「正月8日の、その年最初の薬師如来の縁日、また、それに詣でること」。薬師如来とは、病苦を救い無明の痼疾を癒すという「仏様」であり、衆生(人間のみならず一切の生き物)の救済をしてくれるようである。しかし賽銭を恵んでも、まったく霊験を感じない「仏様」や「神様」のことなど、もとより私には要無しである。
 きのうの歳時は、「七草(粥)」(1月7日)だった。これとて、効果はあてにならないおまじないにすぎない。しかしながらこちらは神仏にすがりのものではなく、日本古来の粋な風習であり、だから効能はさておいて無下にはできない。「泣く子と地頭には勝てぬ」。この成句を捩(もじ)れば私の場合は、「妻の頼みごとには勝てず」、きのうの買い物にあっては、「七草(粥)セット」(西友ストア大船店で800円)を購入した。
 生来、私は粥(御飯)嫌いである。粥を食べるくらいなら、死んだほうがましである。
「パパ。七草、買って来てよ。粥(御飯)、食べてみたいのよ。体にとてもいいらしいわよ。パパも、食べなさいよ」
「おれは、買ってこないよ。粥なんて、俺は食べないよ。買わないよ」
「パパって、ばかねー。体にとてもいいのよ。買って来てよ」
「おれは買わないよ」
 きのうは予告どおりに先ずは、10時の予約の歯医者に行った。かかりつけの「宮本歯科医院」である(鎌倉市大船)。ここを出ると、ことし初めての買い物行動である。順路(コース)は、まず「大船市場」へ出向いた。妻・スマホ依頼のナス、生シイタケ、カブ、ブロッコリーを買った。番外編では、妻好物のイチゴ1箱を所定の籠に入れた。配偶者(私)の咄嗟の行為だった。次には鈴木水産へ向かった。ここでは妻依頼の生モズク、釜揚げシラスを買った。年の瀬に買った食品は、いまだに在庫豊富である。ここを出ると、目の前の「肉とサラダの店」に入った。ここでは、妻の好むサラダを二品買った(毎週火曜日は2割引き)。
 いよいよ順路最終コースは、西友大船店である。妻のスマホの指示に従ってフロアを回り、もれなく買いそろえた。突然、売り場の掛かりの女性に出遭った。
「お忙しいところすみません。七草粥セットはどこにありますか?」
 係の中年女性は、小走りして私を誘導された。買わずにはおれなくなった。私は、買ってしまった。
「七草、買って来たよ」
「パパ、買って来たの?……、ありがとう」
「俺は、粥は食べないよ」
「食べなさいよ。体に良いわよ」
「俺は、食べないよ。くどいな!」
 妻も去る者。しばし台所にいると妻は、御飯の無い「七草スープ」をこしらえて、お椀を差し出した。素朴な味で美味しかった。だけど、体に良いかどうかはわからない。粥ではないから効果は、粥の三割とまりくらいであろう。七草のせいで現在の私は、書き疲れている。疲れは、夜明けの日本晴れに癒されている。

仕事始め(月曜病・休日病)を癒す「七草(粥)」

 きのう(1月6日・月曜日)は、大沢さまが待望されていた雨が、久々にちょっぴりだけど、鎌倉地方にも降った。埼玉地方もお湿り程度の雨降りと推測するところだけれど、まずは「めでたし、めでたし」である。
 日本社会における多くの人たちにとってきのうは、ことし(令和7年・2025年)の「仕事始め」だった。ことしの仕事始めは、9日間にも及ぶ年末年始を貪ったあげくだった。仕事や職業を持たない私は、テレビニュースが伝えるそれぞれの仕事始めの様子を口あんぐりとして観ていた。心中ではかなり同情心を抱いて、現役時代に罹患した月曜病や休日病を慮っていた。
 仕事や職業を持たない私にも、新年初めての行動(多くは金銭費消)や行為はある。きょうには長く前歯の欠損をほったらかしにしていたことを悔い改め、その修復のための歯医者通いの始まりがある。ことし初めての買い物行動は、このおりのついでに実行する。ことしの前半期(半年)にあっては、私には厄介な役回りがある。それはわが地区における、町内会の班長の役回りである。こちらにはまだ、ことし初めての会合はない。ことし初めてのゴミ出しは、きのう済ましている。私のことしの対外行動はおおむね四つ、すなわち、通院、買い物、班長、ゴミ出しである。家庭内のことでは自分自身の存命行為(主は三度の食事と間隙ない間食)、そして妻の存命を支える役割(渋々を抑えての率先行為)がある。
 書き殴りの序文はさておいて、きょうの本文はわが自作ではなく、メディア記事の引用である。
 【「緊張の糸が…」 9連休明け、退職代行の依頼が250件超と最多に、1/6(月)19:29配信 毎日新聞】。「多くの企業や官公庁で仕事始めとなった6日、本人に代わって勤務先に退職意思を伝える退職代行サービスの依頼が急増した。例年より長かったこの年末年始の『9連休』明けで、職場へ向かうハードルも高くなったとみられる。転職・退職支援会社『アルバトロス』(東京都港区)が管理する『退職代行モームリ』の都内の事務所には、朝から依頼の電話が相次いだ。1日当たりの依頼件数の最多はこれまで約180件だったが、6日は午後5時時点で約4割増の250件超と最多を更新したという。モームリは、本人に代わって勤務先に退職の理由や意思を伝えるとともに、退職届の郵送や備品の返送などの調整を代行する。利用料は正社員・契約社員は2万2000円、アルバイトは1万2000円だ。」(以下の記事は省略)。
 日本社会にあってこんな代行業があることに私は、新年早々、度肝を抜かれている。私は机上カレンダーを眺めている。きょうは「七草(粥)」である。立って、外気を確かめた。雨上がりの真っ暗闇である(6:09)。

危ない兆候

 机上カレンダーを眺めていた。きょうの行事には、「官庁御用始め」(1月6日・月曜日)とある。こんな歳時(表記)は、かつての官尊民卑の名残であろう。あらゆる面で差別が省かれている現代の世にあって、こんな表記はいつまで存続するのであろうか。公務員であろうと民間人であろうときょうは並べて、ことし(令和7年・2025年)の仕事始めであろう。いやすでに元旦から公務および民間相なして、仕事(職業)に携わられている人たちは数多いる。これらの人たちに支えられて日本社会は、ことしにかぎらず毎年無難にめぐっている。それなのにテレビを中心とする各メディアは、長期休暇(9日間)や国内外への旅行をやたらと囃し立てる。企業に対する賃金上昇依頼の掛け声とて、もとから賃金にありつけない人は数多いる。これらのことを鑑みればへそ曲がりの私は、日本社会に置ける節操の無さを慮っている。メディアは視聴率を稼いで、政府は政権維持に大童で、共に飯の種にしているのであろう。ところが、日本社会にあっては旅行や賃金上昇などまったく用無しに、置いてきぼりを食らう人たちは数多いる。起き出して来て出まかせの文章を書くようでは、もはや「ひぐらしの記」の価値は無い。
 「文は人なり」。大沢さまと高橋弘樹様の文章は常に明るい。一方、私の文章は常に暗い。人としての格や器の違いであり、仕方ないとは思うけれど、なさけなく惨めである。挙句、しょっちゅう書き止め気分に晒されている。このところの私は、気力の萎えに陥っている。たぶん、年が変わって85歳(7月)がチラチラ見えているせいであろう。医療や薬剤では治しようのない、終末人生にともなう確かな「不治の憂い」なのであろう。これに輪をかけて冬本番を迎えて、日増しに寒気が鋭くなってきた。現在のわが身体は、ブルブル震えている。もとより書く価値ない文章は、夜明け前に早じまいである。

待たれる陽春

 1月5日(日曜日)。刀折れ矢尽きる。新春早々、音を上げている。身に沁みる寒気のせいではない。終末人生を生きることは、雲を掴むほどに難儀である。泣き虫、弱虫。愚痴こぼしを抑制し生きたり、なおその様を文章に綴り続けることなど、凡才の私には不可能である。挙句、文章を書けば愚痴こぼしまみれになる。だったら、恥や苦痛を忍んで書くこともない。起き立てのわが偽らざる心境である。
 恐れていた「ひぐらし記」の頓挫に見舞われている。現在は魔境にある。こののちの私は、これを打ち砕くことができるであろうか。もとより、心許ない心境である。こののちを生きる実際の難儀は、終活と呼ばれている人生の締め方、終わり方である。そしてこのことは、就寝中にあって悪夢となり、常にわが心身を脅かし続けている。言うなれば二度寝を阻む、極悪の張本人である。きょうの寝起きの心境をありのままに綴った。この先を書く勇気や価値はない。夜明けののどかな朝ぼらけを仰いで、悪夢に虐められた心身をしばし解し、癒すことにする。
 人生の長さは、必ずしも幸福には結びつかないのかもしれない。だけど、太く短くも味気ない。一陽来復、陽春になれば気力の回復が叶うかもしれない。どうかなー……。

第101回(令和7年)「箱根駅伝」記録

 1月4日(土曜日)。目覚めて起き出して来て、寒さでブルブル震えている。きょうは書く気分を殺がれていたけれど、身勝手にもこのことだけを記録として、留めて置くためにパソコンを起ち上げている。現在のデジタル時刻は、4:43と刻まれている。わが毎年の正月三が日の行事は、「箱根駅伝」の往路(2日)・復路(3日)のテレビ観戦である。ことしは、第101回大会だった。もちろん両日、私はテレビの前に放映開始から終了まで陣取った。母校・中央大学の成績は、往路には留飲を下げ、復路には喉や胸につかえた。すなわち、往路2位、復路13位、総合(往復)5位だった。ちなみに、昨年は総合12位である。ことしの優勝は青山学院大学であり、2位は駒澤大学、3位は國學院大學、4位は早稲田大学だった。青山学院大学は、昨年に続いて見事連覇達成である。
 年初早々、来年のことを書けば鬼に笑われる。けれど、バカな私は、書かずにおれない。なぜなら、来年は予想される陣容からすれば、母校が優勝しそうである。ところが、これまた予想されることでは、来年の第102大会まではわが存命が危ぶまれることである。だったら、記録に留めることなど、不要なのかもしれない。
 いまだ夜の静寂(しじま)にあり、ここで文章を閉じて、寝床へとんぼ返りを決め込んでいる。しかし、二度寝にありつける保証はなく、いやたぶん、復路の成績が悔しくて、悶々を続けるであろう。もう正月は四日目である。現在のデジタル時刻は、起き出しの定時(5時)と決めているところから、7分ほど過ぎている。

ことしの机上カレンダーの使い始め

 令和7年(2025年)、1月3日(金曜日)。ボケ老人にあっては、年変わりを間違えないようにしなければならない。だから、机上カレンダーを確かめて、日取りを書いた。覆われていたラップをバリバリ引き裂いて、ことしの机上カレンダーは、いま初めての使用である。
 机上カレンダーは、文字どおりわが日暮らしの手近な盟友である。こんなにも有用で大切なものなのに私は、毎年100円ショップで買っている。しかしながらそれはケチのせいではなく、机上のノートパソコンの傍らに置いて、一目瞭然の役割を果たしてくれるからである。実際のところでは、年々忘れゆく日本社会における「歳時(記)や行事」の併記にあずかっている。
 きのうは、併記されていた「書き初め」にちなんで一文を書いた。きょう3日には無印だけれど、1月には年初特有に様々な行事が羅列している。きょうは正月三が日の最終日である。元日そしてきのうには、日本社会に大きな災害は無い。私は、三が日が無事に過ぎることを願っている。しかし、気が咎めるのはやはり、「能登半島地震」(昨年の元日に発生)における被災者の遣る瀬無さである。きのうの私は、ひねもす茶の間のソファに背もたれて、「箱根駅伝・往路」のテレビ観戦に興じていた。そしてきょうは、その復路のテレビ観戦に茶の間で陣取る。
 かつての私は、母校・中央大学の幟旗を翳して、沿道応援に駆けつけていた。ところが、仲間(年上の相方)が亡くなられた以降は、沿道応援は沙汰止みになっている。ソファに背もたれていた私は、箱根駅伝のテレビ観戦の合間には、窓ガラスを通してこれまた正月風景を愉しんでいた。それは、鎌倉市街に位置する「鶴岡八幡宮」への初詣の人たちの往来風景だった。わが家近くの登り口を上れば、「円海山・山系」に一筋の「天園ハイキングコース」ある。それを市街に向けて下れば、山中道を踏んで「鶴岡八幡宮」への近道を成している。だから、当住宅地の人たちの初詣は、正規の「鎌倉街道」へは向かわず、ハイキングコースの山中道を踏んでいる。私の場合、当てにならない初詣は、まったくの用無しである。だけど、人様の初詣風景には、こころ和むところがる。
 きのうの私は、箱根駅伝のテレビ観戦と、人様の初詣風景をソファに背もたれて愉しんでいたのである。前者から生じた楽しみは、母校の思いがけない快走(往路2位)によるものだった。きょうは「箱根駅伝・復路」である。私は欲深く、「柳の下のドジョウ探し」を狙っている。しかし、「柳の下にいつもドジョウはいない」。こんな憂き目に遭いそうである。
 ようやく薄く夜が明けた。人様の声が聞こえている。懐中電灯を翳して、「天園はキングコース」踏んで、鶴岡八幡宮へ向かった帰りのひとたちの声なのか。あるいはこれから向かう人たちの声なのか。神様がこの一年、投げ入れる賽銭に見合う、幸運を授けてくださることを願うばかりである。