ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

ようやく、夏の訪れか?

 七月二十日(水曜日)、まもなくどっこさと朝日が現れそうな夜明けである。しかしながら、いまだ本来の夏の朝とは言えそうにない。「弘法も筆の誤り」。大空模様を寝ずに寸刻も空けず観測する名うての気象庁が、ミスするわけはないとは思っている。しかし、本当に梅雨は明けているのだろうか? と、再びの疑念が生じていた。なぜなら私には、梅雨明けは日本列島のどこかに、雨による災害をもたらしてのち明けるという、過去体験からもたらされている確かな信念がある。
 このところ連日、テレビニュースは、日本列島のあちこちにおける洪水や土砂崩れの被害状況を伝えている。これらのニュースを見聞すると私は、例年の梅雨明け前の状況の写し絵を観ているように感じていた。言うなれば、梅雨明け前の典型的な気象現象である。一方ではむりやり、気象庁が間違うわけなどないとも思っていた。だとしたら、ケチをつけるだけのわが下種の勘繰りである。
 さて、このところの私は、糠喜びと喜びと腑抜け状態の心境にある。これらの心境は、掲示板に表示のカウント数値の一日当たりの増減によってもたらさている。カウント数値とて、延べ人数含みだから実数は知るよしない。ところが、きのうよりきょうが増えていれば糠喜び、その逆の場合は腑抜け状態になる。確かに、ごく小さな数値に一喜一憂するのは馬鹿げている。しかしながらそれには、わが成績表を愉しんだり、悲しんだりする思いがある。大まかには、カウント数値は減少傾向にある。わが文章のまずさの証しだから自業自得である。確かに、苦しんで書く価値(甲斐)はない。それゆえに私には、ご常連の皆様のありがたさが身に沁みている。もとより「ひぐらしの記」は、わが六十(歳)の手習いと、掲げている生涯学習のノート代わりである。自分自身のノートであれば生来三日坊主の私は、二日と続かないのが常である。ところが「ひぐらしの記」にかぎり、べらぼうに長く続いている。これこそ、ご常連の皆様から授かっている果て無い恩恵である。浮かんでいる文章の構文を用いれば、「いくら感謝しても、しすぎることはない」。
 きょうの文章は、何ら脈絡のない独り善がりの文章である。それゆえたぶん、カウント数値は減るだろう。だけど、「お構いなし」。今や継続だけが価値(甲斐)の文章である。指先ヨチヨチのせいで時間がたって、雲間に青空が見えて、いくらか朝日が輝いている。待ち望んでいた夏の朝の訪れである。きのうの災害報道を打ち止めにして、案外、きょうから梅雨明けなのかもしれない。気象庁にはちょっぴり、恨みつらみがある。しかし、ようやく訪れた夏の朝にあっては、もうそんなつまらないことは忘れよう。なぜなら、降り続いていた雨は上がって、わが好む夏がやって来たのである。こんな文章を書いたからと言って、私には気狂いの自覚症状はない。

天与の恵み

 七月十九日(火曜日)、起き立ての風は、早や秋の風である。窓ガラスを網戸にすると、ひやりと冷感をおぼえる風がどどっと、吹き込んだ。
 想像上の鬼は、人間の難敵である。いたるところで悪さをする。まさしく悪魔である。漢字の成り立ち、すなわち「魔」の部首は「鬼」である。普段、二度寝にありつけず苦しむ私は、ときには鬼にすがり、確かに「睡魔」に襲われたい気分山々である。ところが、実際には二度寝に睡魔は現れず、悶々するのがたまらず起き出してくる。しかし昨夜は、二度寝を誘う睡魔が現れたのである。久しぶりに途中目覚めず、熟睡にありついた。熟睡は安眠とほぼ同義語である。それゆえ起き立のわが気分は、すこぶるつきの爽快である。
 好事魔多し。一方では執筆時間に急かされて、現在のわが気分は大慌てである。こんな気分では、心象で書く文章は書けない。しかし、文章は書けなくても損はない。しばし、天与の恵みに酔いしれたい気分旺盛である。だから、尻切れトンボの恥をさらしても、恥じることもなく、これで書き止めである。
 現在の私は、至境すなわち「桃源郷」に住んでいる。曇り空にあって、朝日の輝きはない。けれど、熟睡にありついて、全天候型に心地良い夏の朝である。熟睡を恵んだのは、案外、秋の気配のせいかもしれない。そうであれば夏を好む私は、熟睡を手放しには喜べない。できれば欲張って、明日の夜も、睡魔に襲われたい。ところが案外、二度寝を妨げるのも、鬼のしわざなのかもしれない。人間にとって鬼はやはり、とことん魔物である。

八十二年の来し方、一部回顧

 七月十八日(月曜日)、二度寝にありつけず起き出してきて、朦朧頭で八十二年の来し方を顧みる。親兄弟がかける愛情には、まったく不満や不足はない。なかったと言いきらなかったのはひとり、至上の愛情を持つ次兄が生存中ゆえである。親類縁者との交流は常に親しく、何ら不足はない。配偶者選びは、しがないわが身をかんがみれば、これ以上を望むのは欲ボケである。隣近所との交流にも、諍(いさか)いはない。友人、知人との交誼にあっては、共にとりわけ厚誼に恵まれて、すべての人がわが人生の指導者の位置にある。就学初めの小学一年生と二年生のご担任で、今や恩師と崇める渕上先生は、乳母(めのと)ごときの育ての親である。小中高そして大学選び、またこの間における成績は、わが能力をかんがみればできすぎであり、悔いるところはない。職場選びには、格別悔いはない。いや幸運にも、わが身を完全無欠に託し得た、極め付きの優良会社だった。職場における上司、先輩、同僚、そして後輩、すべてに恵まれて、これまたまったく悔いはない。総まとめにして、わが八十二年の人付き合いには恵まれて、まったく悔いのない、わが身に余る僥倖、すなわち豊かな人生だった。
 それなのに私は、文章を書けば愚痴ばかりをこぼしている。結局、わが愚痴こぼしの元凶、すなわち悔い事は、すべて自分自身のしでかしのよるものである。最大の悔い事は、生後十一か月のわが唯一の弟・敏弘を、わが子守(四歳半の頃)の不始末で、亡くしたことである。「身から出た錆(さび」。焦げ付き錆の多い、八十二年の来し方である。過去形にしなかったのはなおこの先、自分自身がしでかす悔い事が続きそうだからである。無宗教を任ずる私は、アーメンとか、南無阿弥陀仏とかは唱えず、「くわばら、くわばら」で、お茶を濁すところである。
 いまだ一部回顧であっても、心苦しいものがある。ましてやこの先、人生の総括をするときには、どんなにか心苦しいものとなろう。きょうもまた夜明けの空は、朝日の見えない雨空である。ところが、わが心中の(雨は、土砂降り)である。

ごちゃまぜの文章

 七月十七日(日曜日)、またもや朝日の見えない夜明けが訪れている。本当に梅雨は明けているのであろうか。気象庁は大きなミスをしでかしているのでは? と、勘繰りたくなる。このところ、ぐずついている天気のせいである。
 さて、八十二年生きてきて、いや生きてみて、われ語る。来し方は、短いと感じている。それに加えるこの先は、もう僅かである。だから、人の一生は、短いものである。考察というより、現在のわが感慨である。だからと言って、どうすることもできないのが、人はもとより「生きとし生けるもの」の命の定めである。
 雨模様、曇り空に乗じてこのところの私は、庭中の夏草取りに向かっている。気を入れてやれば、一日もかからず済むほどの狭小な庭中の草取りである。ところが、腰痛持ちの私には、草取りにおけるみずからの決め事(定番)がある。それは百円ショップで買い求めたプラ製の椅子に腰を下ろして、まるでドンガメみたいにノロノロと、前へ進まざるを得ないことである。こんな体たらくではもちろん、草取りははかどるはずもない。抵抗する雑草、いやときには雑草とバカ呼ばわりにはできないほどにか弱く、可憐な草に出遭うこともある。こんなときには瞬間、わが指先は躊躇する。また、草取りにつきものは、わが意図せずとも地中のミミズの追い出しがある。このときのわが境地は、素直に「ごめんね!」である。ところが、このときのミミズの態様には、おおむね二つがある。一つは、たちまち長身痩躯をくねくねとして、逃げ場(隠れ場)を探しまわるものがいる。一つは不貞腐れて、その場にねそべっているものがいる。切なさと憐憫の情をおぼえるのは、もちろん前者である。それに比べて後者は、なんら可愛げなく、その図々しさが憎たらしいだけである。しかしながら私は、どちらも指先でつかんで、草を取り終えたところに移してやり、さらに土をふりかけて、日光のお出ましを遮(さえぎ)っている。こんな殊勝な行為は、子どもの頃の罪償いのだめである。
 子どもの頃の夏の楽しみは、夕方「内田川」に「延え込み」(ふるさとの川魚取りの仕掛け)を掛けて、夜明け前に引き上げることだった。この仕掛けの狙いは、主にウナギだった。このとき、針先にさしていたのはミミズだったのである。ミミズがウナギに変わっていた朝の私は、狂喜乱舞した。台所へ飛んで帰ると母は、「ウナギがかかっていたばいね!」と言って、坊主頭をなでなでした。私にとってミミズは、もちろん虫けらではない。いや、この上ない思い出を育んでくれた、かけがえのない同僚である。だからその命、今では粗末にはできないと思う。しかしながら、後の祭りである。草取りにおける罪滅ぼしは、わが自己慰安だけである。短い来し方にあって、「内田川」の「延へ込み」は、最も楽しい思い出である。他郷にあっては、もうその楽しみはない。その楽しみがなければ、命尽きても損な気はしない。ごちゃまぜの文章にあっては、表題のつけようがない。

しがない作者の、これに尽きる冥利

 七月十六日(土曜日)、未だ明けきれない夜明けにあって、生々しく舗面を濡らしている、どんよりとした梅雨空が視界を覆っている。それゆえ、清々しい夏の夜明け、夏の朝ではない。きょうは、七月盆の最終日、すなわち送り日(火)である。掲示板上にはおととい(七月十四日)書いた『生煮えの夏』、そしてきのう(七月十五日)書いた『わが命(人生)、八十二年』の文章が張り付いている。ところが、憎たらしいけれど、『生煮えの夏』は、きょうへ引き継いでいる。一方、当を得た表題だったなあー……と、ひとりほくそ笑んでいる。
 「暑い、暑い夏!」という言葉の合唱は、このところはすっぽりと姿を晦(くら)ましている。歌の文句じゃないけれど、「だから言ったじゃないの、暑い、暑いと言って、自然界に恨みつらみを言うのはよしなさい!」。いや、夏が暑いのは、自然界の恵み、すなわち天恵である。だから、「暑い、暑い」と言って、天恵をこっぴどくたたくと、しっぺ返しをこうむると思うべし。案外、生煮えの夏は、自然界の手っ取り早い仕返しかもしれない。
 この文章の表題は、いまだわからない。書き殴りが済んだ後に、おのずから浮かんでくるはずである。
 きのうは朝一番にふるさと便、いやこの場合は、ふるさと電話のベルが鳴った。毎年の習わしとはいえ、いまだ朝御飯中だったからびっくり仰天、私は口をモグモゴさせながら、固定電話の受話器を難聴の耳に当てた。ふるさとの姪っ子の馴染んだ声が、受話器に弾んだ。
「叔父ちゃん、お誕生日、おめでとうございます。たくさん、長生きしてくださいね。きのうのお父さんの初盆には、いろいろとしてもらって、ありがとうございました」
「おう、早いね。きょうも電話来るかな? と、思っていた。だけど、早いね。もう、死にたいけど、まだ死ねないね。こちらにもいろいろ、あってね。兄の初盆には帰れず、ごめんね。初盆、お疲れさま。ありがとう」
「帰ってこんでもよかですよ。いろいろとしてもらって、ありがとうございました。叔母ちゃんのぐあい、どうですか。熊本はコロナが増えています。身近になって怖いです」
「そうだね、熊本県は人口比では沖縄県に次いで二番目だね。神奈川県も多いよ。ほんとに、怖いね!」
「叔父ちゃん、ありがとうございました。叔母ちゃんによろしく、言ってください」
「ありがとう。じゃ、またね」
 きのう書いた『わが命(人生)、八十二年』には、七月盆のさ中における、わが誕生日の重なりにたいし、「奇しくも」という言葉を添えた。ところが「ばかじゃなかろか!」、私は肝心要のもっと摩訶不思議なめぐりあわせのことを添えそびれていたのである。それはすなわち、私にとっての「七月十五日」は、七月盆のさ中、わが誕生日、さらには母の祥月命日という、三つ巴の重なりの日である。電話してきた姪っ子は、昼間はいつも母(祖母)の膝に乗っかり、寝床では毎晩、祖母の布団の中にスヤスヤとうずくまっていた。こんな私的なことを世界版(ブログ)に書けるのは、「ひぐらしの記」の恩恵と、そしてそれを許してくださるご常連の皆様のあたたかい、声なき声のおかげである。
 あたかもきのうのカウント数は、このところの最高値を示していた。だから、ひとことで言えば、「しがない作者の、これに尽きる冥利」である。書き殴り文、結文へたどりついた。おのずから表題が決まった。明けきった夜明けは、今にも大空からぽたぽたと、いや土砂降りに雨が落ちそうである。幸いなことには、私は「暑い、暑い!」とは、言っていなかった。だから、私への仕返しはない。ただちょっぴり、夏の朝の清々しさが遠のいていることには残念無念である。だけど、ちっとも恨みはしない。

わが命(人生)、八十二年

 きょうは七月盆のさ中の七月十五日(金曜日)、父と母の面影を眼前に浮かべて、とびっきり懐かしく偲んでいる。わが人生に「悔いはない」、とは言えない。いやずばり、「悔いがある」と言えば、面影の父と母を悲しませたり、蔑(さげす)むことにもなる。だから、いくらか見え透いたことばで飾り、「尊い人生、ありがとう」と、つぶやいている。
 人生行路は、荒れ狂う荒波にたとえられる。もちろん、厳しいゆえであろう。私は、サーフィンや波乗りは苦手である。子どもの頃にあっては、「内田川」の漣(さざなみ)にさえ溺れかかったこともある。七月盆のさ中にあっては奇しくも、きょうはわが八十二歳の誕生日である。人生の荒波を乗り越えて、生き延びてきたことには万感の思い、極みにある。だからと言って、それらをいちいち浮かべて、書き記す能力は、私にはない。いや、無理やり浮かべれば、後悔だらけになりそうである。挙句、万感の思いは、せつなく色あせる。それは、御免こうむりたいものだ。だから浮かべず、文章もこれで書き止めとする。
 夜明けて朝御飯の支度までは、まだたっぷりと時間がある。ならば、わが命(人生)の八十二年の来し方、そしてこの先、命果てるまでの行く末に思いを馳せてみよう。八十二歳の誕生日祝いは、机に頬杖をついて、身体の無病息災にたいし、ひとり、祝杯を挙げることとする。精神は、かなり病に罹っている。

生煮えの夏

 七月十四日(木曜日)、朝日の見えない夜明けが訪れている。このところは、曇りや小雨模様の夜明けが続いている。それゆえ、夏の朝の醍醐味は薄れかけている。夏の朝にかぎらず、私は夏の夕暮れも大好きである。ところがこちらも、夏らしさが遠のいている。確かに、例年であればいまだ梅雨明け宣言をみないか、梅雨明け間近のところである。カレンダーでもいまだ、七月半ばである。猛暑をともなう夏本番は、これからだとは知りすぎている。しかしながら、梅雨が明ければ「夏だ!」と、身体がおぼえている。このことでは朝夕にかぎれば、今のところは生煮えの夏である。
 夏の夕暮れを好むのは、暮れなずむひとときにあって、部屋の電気を一切つけず、網戸から忍び込む涼風を愉しめるからである。昼間の余熱は、涼風にしだい冷やされて、身体のみならず心が和んでくる。それゆえ私は、夏の朝に負けず、これまた夏の夕暮れ礼賛の境地に恵まれる。だけど、私がいくらへそ曲がりだからと言っても、「夏本番の暑さ、早く来い来い!」とまでは言うつもりはない。しかし、なんだか拍子抜けの気分にはある。
 二度寝にありつけないことには、もとより副次効果などあるはずはない。ところが、副次効果かな? と、疑うものはある。なぜなら、二度寝にありつけずに起き出してくると、そのぶん執筆時間がたっぷりとある。私にすればべらぼうな恩恵である。確かにこのところの私は、この恩恵を無駄にせず、気分ゆったりと焦らず、長文を書き続けている。再び言えばこれは、執筆時間的にはとんでもない恩恵である。なぜなら、寝坊したときの私は「あわてん坊」となり、つれて精神状態は尋常ではない。私は、どうでもいいことを書いている。
 きょう書きたかったのは、唯一このことだけである。すなわちそれは、新型コロナウイルスのぶり返しの恐ろしさである。わが四度目のワクチン接種は、今月(七月)の二十一日と決められて、すでに届いている。四度目となると事前準備は、手慣れたものである。またまた、往復の無料のタクシー券も届いている。「風が吹けば桶屋が儲かる」。こんなまわりくどい儲けではなく、タクシー会社は笑いが止まらず「ウハ、ウハ」であろうか。しかし、私の場合はそんなに喜ぶ心境にはなれない。なぜならそれは、市税の一業者への垂れ流しであろう。いや、こんな下種の勘繰りは止めて、素直に思い及ばない粋な市の施しに感謝すべきであろう。一方、タクシー会社とて、社会奉仕の精神にあふれて、ここを先途に頑張ってくれているのであろう。しかし、こんな状態がいつまで? いやわが命の終焉まで続くのか? と、思えば落ち落ちとはしておれない、この頃のわが日暮らしである。
 曇り空が少しずつ明るみ始めている。雲隠れをいいことに寝坊をむさぼっていた朝日が、やおら目を覚ましたのかもしれない。こちら、すなわち朝日の輝きは無償の恩恵である。身勝手に私は、「目覚め、遅すぎだよ!」と言って、発破をかけたくなる。欲深い私は、一方、夕暮れ時には早い時間からの雲隠れを望んでいる。私は虫が良すぎるであらろうか? 確かに、虫が良すぎるのはわが本性(ほんしょう)である、いや人間の本性である。とりとめなく、書くまでもないことを書いた。結語は、「恥を知れ!」である。

ふるさとは「七月盆」

 常に、就寝時に枕元に置いたり、かつては外出行動時において携行していた電子辞書は、わが貧弱な脳髄を見るに見かねて補う、役割をになっている。しかし、とりわけ買い物の帰りには、重たいという難点があった。それゆえにガラケーをスマホに替えたのちには、軽いスマホが電子辞書の役割を代行し、今や電子辞書の携行は沙汰止みになっている。
 さて、きょう(七月十三日・水曜日)は、七月盆の迎え日(火)である。迎え日(火)があればおのずから、送り日(火)(七月十六日)がある。(火)を添えたことにたいしては、わが子どもの頃から知りすぎているお盆(盂蘭盆)の慣習だけれど、あえて手もとの電子辞書を開いた。
 迎え火:盂蘭盆の初日の夕方に、祖先の精霊を迎えるために焚く火。門前で麻幹を焚くのが普通。迎い火。
 送り火:盂蘭盆の最終日に、祖先の精霊を送るために焚く火。
 これまた今は沙汰止みだけれど、かつての私は、分厚い国語辞典を愛読書にしていた。幼稚園児でも知りすぎているような、いや何から何まで辞書や辞典にすがらなければならないわが脳髄は、つくづく哀れである。ただ今回にかぎれば、かつての迎え火や送り火を焚く光景が、例年になく懐かしく甦ったからである。いや実際には、懐かしさは去年くらいまでであり、今年は格別つらく甦っている。なぜなら、おととし(一昨年)あたりまでは、主だって迎え火・送り火を焚いていたふるさとの長兄は、二年近くの長患いののちに今年は、初盆というあの世の言葉を恩着せがましく着せられて、迎えられたり、送られたりする精霊の仲間入りをしてしまった。すでに精霊と化している父や母、異母や異母きょうだい、さらには亡き長姉、妹、弟たちは、「待っていた、よく来た」と言って、うれしがるはずはない。
 七月盆の入り日にあって鎌倉の夜明けは、シトシト降りの雨である。しかし、わが心中の雨は、(ゴーゴー降り)の雨である。ふるさとは、雨嵐の夜明けであろうか? 雨嵐をついて、迎え火など焚かないでほしいと、願うところである。なぜなら、わが心中にあって長兄は、「しずよし。ひぐらしの記、よう長く、書くばいね! おれの自慢たいね……」と言って、微笑んで生きている。

二度寝にありつけない、祟り

 七月十二日(火曜日)、起き立ての私は意識朦朧としている。おのずから、文章を書く気分は萎えている。すっかり私には、二度寝にありつけない状態が常態化している。もとよりつらく、困ったものである。二度寝にありつけないとき人は、いろんなおまじないを試みる。心中で羊を「一匹、二匹」と、数えたりする人もいる。こんな幼稚なことで二度寝にありつけたらしれたもの! 悩むことなどない。もちろん私も、いろんなおまじないを試みている。ところがどっこい、二度寝にありつけるどころかいっそう深みに嵌ってゆく。そして、桃源郷と思える睡眠時間はいたずらに過ぎてゆく。焦りをともなって、なおさまざまなおまじないを試みる。しかし、埒(らち)明かずで、瞼が閉じるどころかますます目が冴えてくる。
 ならばといや仕方なく、いつもであれば枕元に置く電子辞書へ手を伸ばす。ところが昨夜は、電子辞書にすがることなく、心中に浮かぶままに言葉の復習を試みた。いやそれには、認知症状有無のテストを兼ねていた。実際には事の始まりを表す語彙のなかで、漢字によるものを浮かべていた。ふと浮かんだのは、起源、原始、源泉、発端、開会、開始、始業、開業、開戦、創業、創立、開闢(かいびゃく)、濫觴(らんしょう)、嚆矢(こうし)などであり、わが脳髄の限界を知ることともなった。もちろん、キリなくあるであろう。
 人間であれば身近なところで、誕生、生誕、生年などが浮かんでいた。これらの中から二つだけ取り出すと、偶然にもきわめて都合の良いものがある。すなわち、母校中央大学の創立年と父親の誕生年が共に、明治18年(1885年)である。母校に限らず学び舎は、周年事業や周年祝典などが盛んである。そしてそれらは、毎年めぐって来る。すると好都合に、そのたびに私は、父の面影をありありと偲んでいる。
 確かに、二度寝にありつけないことに棚ぼたはない。しかし、もしあるとしたら、こんなことであろう。まだ、朦朧意識と気分の萎えは収まっていない。自力叶わず私は、夏の夜明けの清々しさに気分直しを求めている。

偕老同穴

 七月十一日(月曜日)、もちろん「ひぐらしの記」の継続を断ちたくないためではない。しかしながら敢えて、書きたくないことを書き出している。わが気分は萎(な)えている。いや、気分をつかさどる「心」自体がすっかり萎えている。きのう(七月十日・日曜日)は、心寂しい一日だった。参議院議員選挙は、まったく関心なく済んだ。それよりなにより、私は妻の歩行をおもんぱかって、端(はな)から棄権を決め込んでいた。ところが、当てが外れた。言い出しっぺは妻である。「パパ。選挙へ、行きましょうよ」。こんなぐあいだから、わが心の寂しさは、選挙(開票)結果の良し悪しや是非のせいではない。それは、これまでであれば投票動作を含めて、投票所往復歩行で三十分程度だったのものが、二時間近くもかかったせいである。妻は杖をついている。歩いては立ち止まり、再び歩き出してはすぐに立ち止まる。私は妻の傍らというより、背後にぴったりとついて、妻と寸分違(たが)わぬ歩行を繰り返している。炎天下のせいというより、妻の歩行を見遣る切なさで、わが額にも汗がにじんでくる。妻は息切れ「フーフー」に、何度もマスクはずれの顔面の汗を拭いている。まぎれもなくわが夫婦は、人生の終末期を歩いている。これに同居する「ひぐらしの記」は、おのずから擱筆(かくひつ)間近にある。
 このところの私は、短い文章の願望にある。願ったり叶ったりきょうの文章は、飛びっきり短い文章で書き締めである。きのうを引きずり、きょうもまた心寂しい一日なりそうである。いや、心寂しさは、きょうで打ち止めとはならず、この先、日を替えていや増してくること請け合いである。四字熟語の「偕老同穴(かいろうどうけつ)」は、言葉の意味そのものはきわめて易しいけれど、実践するのは至難のわざである。朝日がのどかに輝いている。確かに、いくらか萎えている心の賦活剤にはなる。しかし、自然界すがりの一時しのぎの対症療法にすぎない。要は、わが頑張りのしどころである。書くまでもないことを書いて、妻に済まない。