ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

ままならず、過ぎ行く九月

 九月二十五日(日曜日)、ようやく雨上がりの夜明けが訪れている。しかし、朝日は雲隠れにある。このことではまだ、正常の秋の夜明けとは言えない。九月も最終週にかかっている。それなのにこれまでの九月は、天候およびわが体調共に、すぐれないまま過ぎようとしている。言葉を替えればなんらなすすべなく、初秋の好季節を台無しにしている。おのずから私は、無念感と焦燥感を募らせている。
 こんななかにあって、いくらか胸をなでおろしているのは、過去の気象データがらみで天災多い月にあっても、これまでは大きな地震を免れていることである。確かに、台風情報には始終おろおろし通しだった。しかし、わが身は免れた。ところが、手放しに喜べるものではない。なぜなら、テレビニュースは、日本列島どこかの台風状況に明け暮れていた。すなわち九月にあって、日本列島のどこかの地方あるいは地域は、台風災害を被っていたのである。やはり人間界は、自然界の猛威には抗えない。大雨の衰えと台風が過ぎ去るのを、身を縮めて願うしかない証しだった。
 一方、九月にあって新型コロナウイルスの感染者数は、幸運にも漸減傾向にある。しかしながらこれまた、手放しには喜べるものでもない。なぜなら、死亡者数は高止まりのままにある。結局、最終週を残しての九月は、あれやこれやとわが気分はすぐれないままに、十月への月替えとなりそうである。特に、夏風邪に続く秋風邪の持ち越しだけは、真っ平御免である。しかし、なお風邪症状を引きずり、本格始動にはありつけないままに、こんな煮え切らない文章でお茶を濁している。一方、肝心要の秋の天候もまだ、不順を脱しきれず、いまだに今朝の太陽は陽射しを閉じている。

表題、無し

 九月二十四日(土曜日)、この秋の天候不順は、極めてしつこいところがある。大袈裟に書こう。明けて来る日も来る日も、雨や曇りあるいは雨上がりの夜明けばかりである。今朝もまた、小雨が降ったり止んだりの夜明けにある。これまでの秋の足取りは、まったく秋らしくない。だからと言って、自然界の営みには腹を立てても仕方がない。しかしながらこうまで天候不順が続くと、かなり恨みつらみつのるところがある。
  一方、私の場合は、天候不順を超えて風邪症状のしつこさに、今なお見舞われ続けている。風邪症状は夏風邪をひいて以降、治りきらないままに秋風邪へとつないで、いまだにその状態にある。夏風邪が罹り始めゆえに、すでに一か月をはるかに超えて、風邪症状に取りつかれている。この間の文章には、おのずから風邪のことと、それが因の憂鬱気分のことばかり書いてきた。そのせいで、ときには文章書きを休んだり、継続だけを願っての文章に甘んじた。省みて、なさけなさが募るばかりである。ところが今も、そんな精神状態にある。すなわち私は、いまだに治りきらない風邪症状のせいで、早々と休養を決め込み、寝床の中で風邪症状と闘っていた。挙句、「ひぐらしの記」は、すっかりわが身辺のことだけを、いやいやしながら書くだけの私日記に成り下がっている。それゆえにずっと、かたじけない思いが続いている。
 きのうの「秋分の日」(九月二十三日・日曜日、祝日)が過ぎて、いよいよ秋は深まりゆく。それゆえ私は焦りに焦って、二兎を追って秋の名に恥じない好季節の訪れと、わが風邪症状の治りを切に願っている。これは、書くまでもない文章の見本である。やはり、休めばよかった。表題のつけようはなく、風邪症状を長引かせるだけかもしれない。雨は降ったり止んだりの状態から、雨一辺倒に変わっている。

秋分の日

 好季節・秋は、どうしたんだろうか? 「秋分の日」(九月二十三日・金曜日)にあっても、雨の夜明けである。短い期間限定の彼岸花は、さぞかし悔しがっていることだろう。再びの三連休初日にあって、物見遊山を目論んでいる人たちもまた、雨空を仰いで悔しがっているであろう。墓場に眠る御霊たちも、雨のせいでお墓参りを渋る子々孫々を思い浮かべては、これまたさぞかし悔しがっていることであろう。これらをかんがみれば、私とて雨の夜明けを悔しがらずにはおれない。わが悔しがりにはオマケがついている。それはせっかくの好季節にあって、夏風邪を長引かせて気分を滅入らせていることである。それゆえにきょうは、出まかせにこんなことを書いて、指を擱くこととなる。わが命は時々刻々削られていくのに、胸の透く秋空を遠のけている天の事情が恨めしく、憎たらしくも思えている。朝御飯の楽しみだけは欠かせない。茶の間へ急ぐだけの朝の行動である。

「つまらない秋、盛り」

 九月二十二日(木曜日)、今なお私は風邪症状を引きずり、休養状態にある。夜明けて窓の外は、強風が吹き荒れている。これには、一つの恩恵がある。それは、強風すがりの道路の掃除の免れである。なんだか、うれしい悲鳴である。ところが、気分は今なおすぐれない。もちろん、字を替えて、風邪症状のせいである。
 台風14号には、喜ぶべきことだけれど、なんだか肩透かしを食らって、どこかへ過ぎ去った。私は身構えていた。だからそのぶん、かなり気抜けしている。もちろん、「不幸中の幸い」という表現は当たらない。台風には前後、こんな言葉がつきものである。すなわちそれは、「前触れと余波」である。今朝の強風はおそらく、台風14号の余波であろう。いや、新たな台風発生の前触れなのかもしれない。
 きょうの私は、きのうに続いて、のっけからずる休みを決め込んでいた。ところが、強風の夜明けに遭遇し、咄嗟にこんな文章を書いている。実際には台風にまつわる、前触れと余波という言葉のおさらいを試みているにすぎない。それゆえに、これで結文とするところである。どちらのせいにしてもこのところの日本列島は、秋とは思えないぐずつく天候に見舞われている。
 明日は「秋分の日」(九月二十三日・金曜日)である。「暑さ寒さも彼岸まで」。ところが、早やてまわしに寒気が訪れている。私の場合、寒気は真っ平御免である。私は、風邪と風(台風)に翻弄されている。それゆえ、「つまらない秋、盛り」である。

台風、来るのかなあ……?

 きのうの「敬老の日」(九月十九日・月曜日、祝日)を含む、三連休明けの「九月二十日・火曜日」の夜明けを迎えている。三連休にあって私は、文章書きを休んだ。もちろん、愉快な物見遊山に出かけたためではない。夏風邪が尾を引いて、憂鬱気分に苛まれていたせいである。すなわち、体調を崩して憂鬱気分全開ゆえの、三連休を余儀なくしたのである。
 人間、いや私の場合は、身体不良になれば、たちまち精神もまた不良になる。きょうは世の中の人に倣い、三連休を終えての再始動を願っていた。ところが、いまだに体調および精神共にすぐれず、三連休明けとはいかない。それゆえなさけなくも、気分は四連休の憂き目に見舞われている。風邪症状は、きわめてしつこいところがある。私も、このしつこさが欲しいところである。しかし、私にはそれはなく、風邪症状にかぎらずすべての物事にたいしぼろ負けである。言うなればわが性癖(悪癖)には、闘争心や克己心に欠けるものがある。残念無念というより、私は生まれつきの愚か者である。
 鼻をグズグズさして起き出してきた。四囲の窓は、台風14号の襲来予報に恐れをなして、すべての雨戸を閉めている。そのため現在、外の様子はわからずじまいである。台風、大雨、共に大過なく去ることを願っている。ここで、文章とは言えない文章を結び、茶の間へ下りて、台風情報に耳を傾ける。こんな文章には、表題のつけようはない。今なお、鼻グズグズ、頭ズキズキ、再始動は遠のくばかりである。台風、来るのかなあ……?。

夏風邪、秋風邪、「私はドジを踏んでいる」

 九月十六日(金曜日)、季節は夏の名残の残暑をかなぐり捨てて、大車輪で秋へめぐり、日々秋の色合いを深めている。パソコンを起ち上げると、メディアニュースの並ぶ項目の筆頭には、「台風14号、日本列島は大荒れの予想」と、出ていた。台風11号は、沖縄諸島に被害をもたらした。続いて発生した台風12号と13号は、幸いにも予報は外れて、途中で消えた。欲張りの私は、台風14号もそうあって欲しいと願っている。
 時あたかも日本列島は、「実りの秋」をはじめとしてさまざまな「冠の秋」たけなわ(酣、闌)にある。せっかくの好季節にあって、相次ぐ台風のお出ましは真っ平御免である。ところが、こんな好季節にあって私は、ドジを踏んでいる。実際には私は、夏風邪が治りきらない上に、秋風邪を重ねている。それゆえに、気分の重たい秋を被っている。そのせいで、せっかくの「馬肥ゆる秋」、「食欲の秋」共に、台無しである。つくづく、阿呆な私である。なぜなら、行きつけの「大船市場」(鎌倉市)には、好物の栗をはじめ「実りの秋」満載である。これらにありつくには、まずは憂鬱気分を食い気に代えなければならない。すなわち風邪治しは、目下のわが大きな課題である。
 私にとって風邪は、侮れない難敵である。その証しに風邪は、食い気と共に、文章を書く気分を殺いでいる。実際にも風邪は、この先の文章を阻んでいる。私にとって風邪は、ほとほと始末に負えない厄介者である。「自業自得だね、ドジを踏んでいる、おまえが間抜けだ!」。手元の電子辞書を開いた。
 ドジ:まぬけ、へま、失敗、ぶま。ドジを踏む:へまをする。間の抜けた失敗をする。
 もちろん、電子辞書にすがるまでもなくこれらの言葉は、不断わが身に取りついている日常語である。私は気分直しにしばし、夜明けの秋空を眺めている。薬に頼らずとも風邪と憂鬱気分を治してくれそうな、胸の透く清々しい日本晴れである。このことでは案外、14号台風予報にあっては、気象庁はドジを踏みそうである。

朝駆けの散歩の人から学んだ人世訓

 九月十五日(木曜日)、薄く白みかけている夜明け前は、今にも雨が落ちそうな曇り空である。カーテンを撥ね退けて眼下の道路に目を遣ると、ひとりの朝駆けの中年女性が足早に歩いていた。こんなにも早く、散歩される人がいるのかと、私はいくらか唖然とした。この人にかぎらず、普段散歩ご常連の人たちは、夜明けあるいは夕方のどちらかに決めて、無病息災を願って歩いている。たかが散歩とはいってもわが身に照らせば、並大抵の努力や気力ではない。だから私は、それらの人たちに出遭うたびに羨望をおぼえて、同時にそれらの人たちの意志力を崇めたくなる。先ほどは急いで窓ガラスを開いて、歩いている人の頭上に、「頑張ってください」、と呼びかけたくなった。しかし、それは控えた。お顔見知りではないための戸惑いであった。また、声が間に合いそうにない、速足だったためでもある。道路には、ところどころに枯葉が落ちていた。私は、ちょっぴり悔いをおぼえた。悔いとは、きのう掃除を怠けて、すまないという思いであった。
 生きている人は、病なく生き続けることに必死である。無病息災という高望みでなくても、生き続けることには困難を極めるものがある。私は起きて、朝っぱらから、生き続けることの、いや単に生きることの困難さと、そしてそれに立ち向かう意志力の尊さを浮かべている。これは、ひとりの朝駆けの女性から学んだ人生訓と言えるかもしれない。そうであれば「早起きは三文の徳」どころか、いやいや「べらぼうな徳」である。曇り空は、朝の散歩ご常連の人たちの足と心を急かせている。ポツリ、ポツリ、小雨が落ちてきそうである。

疲れが招いている「迷想文」

 九月十四日(水曜日)、夜明けの空は曇り。このところぐだぐだと書いた長い文章のせいで、疲れ果てている。その祟りなのか? 寝床の中で、突拍子もないことを浮かべていた。人間、生存中に格差をこうむることには、仕方がないところはある。なぜなら、すべてではないけれど格差は、競争原理に基づく本人個人の努力の差でもある。しかしながら死は、人間の最期に与えられたまったくの平等である。そして死後のことは、死者本人の意思とはかかわりなく、遺されたものがつくる不平等である。おのずからそれには、見栄や外聞がともなってくる。言うなれば、人間の浅ましさの再現でもある。
 長い文章を書いたせいによる疲れは、確かにある。それよりなにより疲れのもとを成しているのはやはり、素人ゆえの文章の難しさに基因している。文章を書くことには、薄っぺらいわが脳髄の知恵をフル回転しなければならないからである。こんなことを書いて今朝は、半透明の袋に草取りの草を詰めた、ごみ出し準備に取りかかる。この手のゴミ出しは、一週にあって一度(水曜日)だけである。私が都会の僻地生活を余儀なくしているのは、確かに仕方がない。なぜなら、わが生存中の努力不足のせいで、競争原理に負けているせいだからである。わが心鎮まり、わが心安らぐときは、つまるところ死以外にはなさうである。だから言って私には、「死」を待って泰然とする勇気も心地もない。もとより、生来の小器ゆえであろう。曇り空に朝日が輝き始めている。消しゴムで消して、「曇りのち晴れ」と書き替えたいところである。こんな文章では疲れようはないと言いたいけれど、私は書き疲れている。

わが大好物の食べ物、「それは、ごま塩ふりかけの赤飯」

 九月十三日(水曜日)、夜明け時の天気はいまだ夜明け前の暗がりのため、わからない。日付と天気は、日記帳の必須項目である。このところの私は、いくらか図に乗って、書き殴りにかまけてぐだぐだと、長い文章を書いてしまった。恥晒しに恥はないけれど、ご好意のご常連の人たちにたいしては、いたくかたじけなく思うところがある。それゆえにきょうは、心して短い文章を書くつもりでいる。そうは言っても書き殴りゆえに、それはあてにならない。
 私は一日にきっちり三度、パンや麺類ではなく、白米の御飯を食べている。いや白米ご飯は、生きてこの方、食べ続けてきた。それでもまったく飽きや嫌気のこない、わが生涯の美味しい常食である。そして、夫唱婦随で結婚以来、妻もまた同然である。常食ではないけれど、ときたま二人が口に運ぶものでは、即席のカップ入り麺類がある。妻は白米ご飯に加えて、あまたある麺類も好物である。この証しに妻は、カップ入り麺にかぎらず、生そば、生うどん、ソーメン、冷や麦などなんでもござれ、煮立てている。
 私の場合麺類は、好物の埒外にある。ところが、味と手軽さに誘われて唯一食べるものがある。それは「日清のカップヌードル」である。矛盾しているけれどこれだけは、大の文字を添えても構わないほどのわが好物である。たぶん、味というより安価なせいなのかもしれない。そうであれば、わがお里の知れるところである。
 大好きだけれど財布(お金)のせいで常食になり切れないものでは、妻の場合は寿司がある。確かに寿司は、私も準じて好物である。準じてと書いたからには、それを凌ぐものを書かなければならない。するとそれは、「ごま塩、ふりかけの赤飯」である。ところが赤飯には、私のこだわりがある。すなわち私は、小豆(あずき)入りの柔らかくごちゃごちゃ煮の赤飯だけは、真っ平御免である。わが好むものは、大角豆(ささげ)入りのふわふわ赤飯である。ささげ入りの赤飯にごま塩ふりかけ、シンプルだけれどなんと美味しい食べ物であろうか。
 わが子どもの頃にあって生前の母は、わが好物を知りすぎていたのであろうか、ときたまというよりしょっちゅう、ささげ入りご飯を蒸かしていた。わが買う市販の赤飯は、食べるたびに母の面影が浮かぶ、「おふくろの味」の代行役になっている。
 妻が好む寿司には値段を基にランク付け、すなわち格別旨い「特上寿司」がある。しかし、ささげ入りの赤飯は、ランク付けなど用無しの常に旨い「特上」である。きょうもまただらだらと長く、書きすぎたようである。平に、詫びるところである。日記帳であれば夜が明けて、天気の欄には「曇り」と記すこととなる。

「作者冥利」という言葉は、夢まぼろし

 九月十二日(月曜日)、きょうもまた私は、夜明け前の電灯の下、パソコンを前にして木椅子に座っている。眠く瞼は半開きだけれど、執筆時間はたっぷりとある。睡眠中はもちろんのこと、起きてパソコンに向っているときには、難聴用の集音機は両耳から外している。集音機を耳に掛けるのは、文章を書き終えパソコンを閉じて、階下の茶の間のテレビの前のソファに凭れるときである。このときこそ、わが一日の日常生活の始動開始である。
 テレビの後ろの壁に掛けている時計の針は、午前七時十五分あたりをめぐっている。NHK テレビ・BS3チャンネルには、過去に放映された『芋たこなんきん』の二度目が始まる。続いて、現在作の『ちむどんどん』に変わる。合わせて30分間のテレビ小説の視聴は、わが一日の始動の決まりごとである。慌てふためいてもこれらの時間に合わせて下りられないときは、妻の録画撮りにすがっている。
 テレビ視聴の前後には雨戸を開けること、緑内障予防薬の点眼とがある。テレビ小説の後には朝御飯と、わが担当の分別ごみ出しがある。今では億劫になりがちの周回道路の掃除は、文章を早く書き終えれば、これらの前に出向くことになる。一時期、慌てふためいていた朝御飯の支度は、妻のがんばりでこのところは免れている。しかし、まだ回復、もちろん快復とは言えないから、常に出番を窺っている。
 きのう、きょうのこの二日、パソコンに向かっていると、普段ではあり得ないことに遭遇し、私は大慌てで度肝を抜かれた。音は聞こえようなく階段を上がり、妻の姿がわが傍らにニユッと、現れたのである。
「どうしたの? 何かあったのか……、階段、危ないよ!」
 妻は、ニコニコ顔で絶えずしゃべっている。私に、その声は聞こえない。妻は、雨戸を閉めていない窓際を指さしている。会話は会話にならず、私は「集音機は、嵌めてないよ。どうしたの?」と、言う。妻がわが耳元に顔を寄せた。
「パパ。お月さん、見ないの? 十五夜よ!」
「そうか」
「パパ、見なさいよ!」
 先ほどの妻は、「十六夜(いざよい)の月」の観賞の勧めで、階段を上がってきたのである。きのうの妻は、「中秋の満月」を見るために上がってきたのである。
「月、出ているの?」
「雲がかかっているわよ」
 妻の心づくしであれば、すぐに立ち上がらなければならない。しかしその言葉に、私は「そうか。残念だね」と言って、パソコンのキーを叩いていた。妻は音もなく、階段を無事に下りて行った。
 きょうの私は、きのうの文章の二番煎じを書いて、あわよくば二匹目の泥鰌(ドジョウ)を狙っているわけではない。書き殴りゆえの、二番煎じに似た文章にすぎない。「作者冥利」という言葉がある。電子辞書を開いた。
 作者:①芸術作品の作り手、②歌舞伎狂言の脚本を書く人。作家:詩歌・小説・絵画など、芸術品の制作者。特に、小説家。
 案の定、私の場合は、どちらの範疇にも入らない。すなわち、学童の頃の「綴り方教室」にならい、作文の六十(歳)の手習いの文章を書いているにすぎない。もとより、「作者冥利」という、言葉にはありつけない。私は、素人の文章(作文)を書き続けているだけである。だから余計私は、日頃からわが文章の出来に気を揉んで、挙句、身の程を棚に上げて誉め言葉に飢えている。それゆえに私は、突然、わが文章に誉め言葉(望外のコメント)を賜ると、たちまち有頂天になる。もちろん、作者冥利とは言えないけれど、「嗚呼、書いてよかった!」と、喜びがふつふつと沸いてくる。文章、素人ゆえのわが浅ましさである。
 ところが、きのう書いた『切ない、特上寿司』には、思いも寄らず大沢さまと高橋様から、わが身に余るうれしいコメントを賜ったのである。私はうれしくて、涙ぐむ思いだった。そのうえ、お二人様のコメントは、引きずっていた夏風邪による鬱陶しい気分を直し、さらにはこの文章書く気分を起こしてくださったのである。ゆえに私は、この文章でお二人様にたいし、篤く御礼をしたためるところである。
 生来、凡愚ゆえに私は、誉め言葉には虫けらのごとく、浅ましさ丸出しに飛びつくのである。「一寸の虫にも五分の魂」には程遠く、虫けらの浅ましさだけ全開の「わが、うっとり感」である。わがお里の知れるところである。ゆっくりと階段を下りて、妻にお誘いのお礼を言うつもりである。だらだら文、かたじけなく、恥じるところである。「作者冥利」という言葉は、私には夢まぼろしである。