ひぐらしの記
前田静良 作
リニューアルしました。
2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影
カレンダーは「2月入り」
現在、デジタル時刻は5:33と刻まれている。1月が過ぎて、2月初日(1日・土曜日)の夜明け前にある。このこともあって起き立ての私は、机上カレンダーをじっくり眺めている。もとより2月は例月に比べて、日数を2日ないし3日少なくしている。それなのに2月には2度の国民祝祭日、すなわち「建国記念日」(2月11日・火曜日)と「天皇誕生日」(2月23日・日曜日)にともなう、「振替休日」(2月24日・月曜日)がある。これらに加えて2月には「バレンタインデー」(2月14日)、さらには春の訪れを実感できる「節分」(2日)そして「立春」(3日)が連なっている。節分には「豆まき」や「恵方巻」の歳時もあり、巷間(こうかん)にあって人はそわそわ気分になる。そうこうしているうちにもとより短い2月は、あっという間もなく過ぎ去って行く。春3月の訪れが早いことにはうれしさ、ところが高齢のわが身には、かなしさと寂しさが相同居してつのるものがある。カレンダーを眺めながら、書くまでもないことを書いて、ネタ無しを埋めている。
きょうは、このことを書こうと思ってパソコンを起ち上げている。掲示板上には現下の日本社会の世相を表す「諸物価高」を話題にして、たまご様と高橋弘樹様のやり取りが綴られている。すると、わが日常生活において、買い物専一行動にある私は、この話題にだけは参加できそうと思えたのである。なぜなら私も、買い物のたびに「モノの値段」の騰がりようには、痛憤をおぼえているからである。日本政府は物価高を超える賃金の上昇を要請し、多くの企業は仕方なくそれに応じている。中でも、名のある大手どころでは初任給の上昇も相次いでいる。ところが、これらに浴する人たちでさえまだ、物価高を超える実感はないという。
翻って多くの国民は、賃金上昇の掛け声など、ありつけない遠吠えに過ぎず、日々物価高に苦しんでいる。現下の物価高は、辛い世の中の証しである。ところがもうひとつ、直近ではつらい世の中の証しが伝えられてきた。全体では自殺者数は減っているけれど、小学生、中学生、高校生では増えているという。目下のテレビ映像には降雪地方の大雪模様と、道路陥没事故にまつわる懸命の作業行動が映り続けている。2月になっても「春近し」と思えないのは、つらい社会現象である。首都圏も週末には、降雪および積雪の予報にある。夜が明けて朝になり、なんだか風雲急を呼びそうな空模様である。
起き立てのいたずら書き
「光陰矢の如し」。新年になり早や、1月の最終日(31日・金曜日)の夜明け前にある。体内気温は低く、心身は寒気にブルブル震えている。だから、長居は無用である。きょうは「三寒四温」という季節用語を用いれば、さしずめ「寒」に当たるのであろう。正月三が日を含む特異の月にあって私は、この文章を書き終えれば出来はさておいて、完走すなわち書き続けたことになる。このことではちょっぴり、自惚れていいのかもしれない。
さて、元大関・豊昇龍(立浪部屋、モンゴル出身)は、横綱審議会において満場一致で、新横綱への推挙を得た。横綱推挙への伝達式において豊昇龍は、「気魄一閃、精進します」と、口上を述べた。力士はほぼだれしも、アナウンサーの闘う気持ちの問いに答えては、「一日一番」という。暗に、(あすはない敢闘精神で取っている)という、気持ちの表れであろう。確かに、大相撲は格闘技の範疇に入る。ゆえに、「気魄一閃」あるいは「一日一番」という、気力の充実をたずさえた敢闘精神が無ければ、「木偶坊」(でくのぼう)へ成り下がり負けが込む。長い人生行路とて、「一日一番」の積み重ねである。だから私は、日々この言葉を噛みしめて生きている。人生の終盤にあっては、狂おしいほどの切ない決意である。しかしながらもはやわが命は、確かな一寸先は闇の中にある。このことを鑑みれば、決して大袈裟な決意や表現でもない。たったひと月の完走にすぎないけれど、確かに自分自身は、喜び一入(ひとしお)のところがある。実際のところは、文章を書き終えればホッと安堵する。それほどに私は日々、こんな取るに足らない文章にさえにも辛苦を極めている。
私の場合、敢闘精神の欠落は、モチベーション(意識、意欲)の低下として表れてくる。きょうはモチベーションの低下に見舞われて、さらには寒気を言い訳にして長居は無用である。だから、尻切れとんぼを恥じず、ここで結文とするものである。おのずから、安堵の気分はお預けである。
いまだ夜明け前にあっては、朝日に重たいこころ解(ほぐ)しをすがることはできない。かすかに朝日の見えない夜明けが訪れている。老いの身にあっては、歳月の流れの速さは哀れである。
終日、気に懸かる空模様
きのう(1月29日・水曜日)に起きた、埼玉県八潮市における道路の陥没事故は、惨(むご)たらしくてテレビ映像を観るに堪えない。もちろん、日頃わが願う格好のネタではないので、このことのこの先は書かない。私にかぎらず人間であれば、だれしものことであろう。ただ一途に願うのは、落とされている人様の命と、救出作業に励む人たちの善意が共に、助かり報われることである。
今、脳裏に浮かぶのは、子どもの頃の落とし穴、戦場の落とし罠、そして今回の陥没事故などを浮かべて、悪戯(いたずら)、犯罪、そして事故のもたらす災難の惨さである。それなのに会期中の国会にあっては、相も変わらず党利党略かつ自己保身、喧伝まがいの質問と答弁が繰り返されている。
現在、世事にあって国民の関心事の一つには、フジテレビにまつわる出来事の帰趨がある。私も野次馬になりいっときだけ、当該のフジテレビが報じる記者会見の様子に見入った。ところが、質問に立つ記者の面々の品位の無さに呆れてしまい、胸苦しさをおぼえて早々にチャンネルを変えた。記者とは社会の木鐸(ぼくたく)ではなく、独善で目立ちがりやの人物にすぎないと、あらためて認識するありさまだった。こちらには虫唾(むしず)が走り、この先を書くつもりはまったくない。
しかしながらやはり私は、陥没事故の痛ましさには一言を加えたくなっている。すなわちそれは、寒空の下、人様の善意が実り、報われることを切に願っている。夜が明けて、幸いにも八潮市あたりも晴れが予想される。なぜなら、鎌倉地方の夜明けは晴れており、たぶん関東地方のどこかしこも、のどかに晴れた夜明けの訪れであろう。
「のどかに」を用いたのは、わがお里の知れるところで、不用意で不謹慎な言葉だったかもしれない。ゆえに私は、はるかに遠い埼玉県(八潮市)の空に向かって、平に詫びている。きょうの私には終日、彼方の空模様が気に懸かりそうである。
嘆き節
「前田さんは、飽き飽きしていないのか?」と、問われれば飽き飽きしている。確かに、毎回同じような書き出しで飽いている。しかしながら、それを恥晒しと思えば書けず、もとより文章の継続はあり得ない。だから、懲りずに書いているだけである。
1月29日(水曜日)、現在のデジタル時刻は5:05であり、わが起き出し時刻の定時(5時)、ほぼ近くにある。このところは寒気が緩んで、嘆き節の一つは免れている。だけど、嘆き節はまるで雨後の筍(たけのこ)のごとくに、ひっきりなしに現れてくる。きのうは「ダジャレ文」と表題を付けて、実際のところは嘆き節の真実を書いた。きょうも、またあすも、その延長線上の文章を書きそうである。なぜなら、これを留めたらたちまち、文章は沙汰止みとなる。確かに、文章を書かなければ、マイナス思考や恥を曝け出すことは免れる。ゆえに寝起きの私は、常に心中で(書こうか書くまいか)と、自己葛藤の渦の中にある。こんな心境で綴る文章に、希求する明るさなどあるはずもない。だったらやはり、(もう、書かない!)と、決め込んだほうがよさそうである。ところが私は、その決断にさえもさ迷っている。ゆえにこのところは、ひしひしとわが脳力(能力)の限界に脅かされている。
具体的には長年の書き疲れと、ネタの書き尽くしのダブルの穴に陥っている。私はネタ不足を補う、得意の分野を持たない。だから、これまでの私は、ネタ不足に見舞われると、郷愁や母恋慕情を募らせてどうにか文章を繋いできた。しかしながらこれらも、すでに書き尽くしている。挙句、現在の私は、にっちもさっちもいかない状態にある。まことにつらい、楽屋話である。あれれ! きょうはこんなことを書いて、文章を閉じる羽目となる。
年が変わり、幸いなるかな! わが一つの日課が消えている。それは道路上に落ち葉が無くなり、日課としていた道路の掃除を免れていることである。私にすれば大きな負担軽減である。ところが好事魔多し、日課ではないけれど、半年間の町内会の班長(24世帯)の役が回ってきている。老齢(84歳)のわが身には、大きな心理上の負担を成している。
壁時計の針は5時半あたりを回っている。実の無い文章は、ここで書き止めである。ガラス窓の外は、いまだ真っ暗闇である。しかし、きょうの鎌倉地方の天気は晴れの予報である。鬱な心の癒しになりそうである。
「寝起きのダジャレ文」
1月28日(火曜日)。ほぼ一晩じゅう悪夢に魘され、妨害されて睡眠自体ままならず、仕方なく起き出している(5:28)。私は人生の終盤を生きることに苦しんでいる。それゆえにわが書く「ひぐらしの記」は、日々おのずから明るさからかけ離れている。こんなことでは寝起きにあって、呻吟してまで書く価値はまったくない。だから、(もうやめます)と白旗を掲げる、あるいはギブアップ宣言をすべき「時」は、もうとっくに過ぎている。それなのに生来、優柔不断の性癖(悪癖)にある私は、決断を先延ばしに続けてきた。挙句にはこんな、様にならない文章を書く羽目に陥っている。(まだ生きたい!)と欲ボケすることなく、急いで人間(命)を閉じるべきなのかもしれない。気狂いの自覚はなく、あえて「寝起きのダジャレ文」としよう。しかし、ダジャレ文とは言い切れず、確かな本音(真実)でもある。
命の鼓動があるかぎりわが心中は、時の刻みに合わせて様々に揺れ動いている。できれば、明るい気分に揺れてほしいものである。きょうはこんなことを書いて結び、再び寝床へ戻り安寧な眠りを望んでみよう。幸いなるかな! 夜明けの光はまだ遠い先に控えている。
それぞれの夜明け
1月27日(月曜日)。デジタル時刻は5:16と刻んでいる。夜明けは早くなり始めていても、未だ夜明け前にある。季節は三寒四温を繰り返し、確かな春へ向かっている。さしずめきょうは「温」にあたるのであろうか。寝起きの身体に、寒気は緩んでいる。きょうのわが行動予定には、予約(午前10時)の歯医者通いがある。ゆえに現在、心急くところがある。このこともあってきょうは、メディアが伝える記事を引用し、わが記憶に留めるものである。悪しからずまずは、平に詫びるものである。
さて、きのうの千秋楽における優勝を決める「巴戦(3力士、豊昇龍、王鵬、金峰山)」は、感涙を呼ぶ熱戦だった。
【大関・豊昇龍が意地の逆転V! 優勝決定ともえ戦を制し綱取りかけた初場所で2度目の賜杯 綱取りへ望みつなぐ。1/26(日)17:40配信ABEMA TIMES】。「大関・豊昇龍(立浪)が意地の逆転優勝だ。2敗で単独首位を走っていた前頭十四枚目・金峰山(木瀬)が、3敗をキープしていた前頭三枚目・王鵬(大嶽)に本割で敗れたため、同じ3敗だった豊昇龍を含め、2022年11月場所ぶりの優勝決定ともえ戦が行われる運びに。豊昇龍は見事そこで金峰山、王鵬を破って2連勝を飾り、劇的な逆転Vで2度目の賜杯を抱いて綱取りに望みをつないだ」。
3力士にはそれぞれにエピソードを付加しなければならない。なぜなら、そのことでわがテレビ観戦は、余計に興趣の坩堝(るつぼ)に嵌っていたのである。豊昇龍(立浪部屋)25歳、モンゴル出身。叔父は、元横綱朝青龍で甥っ子にあたる。豊昇龍は今場所の優勝でほぼ新横綱誕生を手中に収めて、叔父・甥共に横綱を張ることになる。王鵬24歳、東京都出身。祖父にはかつての名横綱大鵬を持ち、父には元関脇の貴闘力を持つ、相撲界のサラブレット。男子4兄弟にあって長兄はプロレスラー、そして二兄(納谷)、3男(王鵬)、4男(夢道鵬)の3人は現在、共に「大嶽部屋」(大鵬部屋直系)に所属する3兄弟力士。4男「夢道鵬」は今場所、幕下優勝を決めている。金峰山晴樹(木瀬部屋)27歳、カザフスタン出身、日大出身。金峰山は熊本県に所在する山。しこ名の由来は、11代木瀬親方・元幕内「肥後ノ海」が熊本県出身によるもの。さらに「晴樹」に関しては、肥後ノ海の日大相撲部において、同期だった成田晴樹さんに由来する。成田さんは元高校横綱であったが、在学中に死去されたという。巴戦におけるエピソードはこれである。豊昇龍と王鵬は共に同時に初土俵を踏んだ相撲界同期という。
相撲のテレビ観戦は、様々なエピソードを携えていれば、興味津々尽きないものである。3力士それぞれに、うれし涙、かなし涙、つきまとう夜明けになりそうである。私の場合は、巴戦の感涙いまだ消えない夜明けである。歯医者通いはなさけない。
日本の国に報いる老婆心
1月26日(日曜日)。壁時計の針は6時に近づいている。いまだに夜明け前だけれど、窓ガラスの外に雨はなく、風だけが強く吹いている。しかし、寒気は緩んでいて、身を縮めることはない。確かな足取りで、春の足音が近づいている。寒気に震えていたことを思えばわが寝起きの心境は、気分良く様変わっている。しかしながらこれは自然界の恵みのせいであり、私自身が成し得た好気分ではない。私自身は相も変わらず、こんな心境を携えて起き出している。私自身、妻、総じてわが家の終(しま)い方を案じて、日々心が安らぐことはない。いや、言葉を強めて言えば、日々、終い方の恐ろしさに憂(うれ)えている。
もはや私は、日本の国のこの先の行きし方を案じる年齢ではない。わが死んだ先の日本の国は、どうなっても構わないとまでは思うはない。けれど、それに近い思いはある。このことでいくつか、寝起きの心中に浮かべていたものがある。真っ先の一つはこのことである。現下の日本社会には日本政府の施策もあって、「インバウンド」(訪日外国人観光・旅行客)が矢鱈と増えている。この先には、なおいっそう増え続けると予測されている。
観光の見所やそれを外国人が愛(め)でてくれることには、日本人として私にも素直に喜ぶところはある。しかしながら一方、外国人が日本の国に定住することとなると、私はにわかに日本の国の行く末を案じて憂えている。昭和の人間・やはり私は、令和の世にあっては、料簡(了簡、了見)が狭いのであろうか。このことでは超絶な思い、すなわちかつての「鎖国時代」さえ偲ばれてくる。
これに加えて、この先の日本の国を案じることにはやはり、「少子高齢化社会」と「格差社会」がある。老い先短い私がこんなことを慮って案じ憂えることは、確かに愚の骨頂である。なぜなら、翻ってわが身の周りには、嘆き危惧することが溢れている。それでも真っ先に日本の国の行く末を案ずるのは、長く住んでいることに報(むく)いる老婆心(ろうばしん)の発露であろう。杞憂(きゆう)にすぎないことを願うのみである。満天、日本晴れの朝が訪れている。
わが自然界礼賛に背く、人間社会の犯罪の多発
1月25日(土曜日)。現在、デジタル時刻は、6:11と刻んでいる。しかしながらまだ、夜明け前にある。だけど、この文章の中頃には、白々と夜が明けてくる。昨年の「冬至」(12月21日)から一か月余が過ぎて、視覚的にも体感的に日長を感じ始めている。具体的には夜明けが早くなり、日暮れが遅くなり始めている。加えて昼間の陽射し(日光)は、暖(だん)を帯び始めている。わが自然界崇拝や礼賛にあっては、掛け値なしに「太陽(日光)」こそ、その筆頭を成している。
きのうの私は、いつもの買い物の街・大船(鎌倉市)へ出かけた。もちろん用件は買い物である。出だしは、寒気を恐れての買い物だった。ところが案じることなかれ、陽射し(日光)の暖かさに恵まれて、体じゅうが汗ばんだ。わが気分は、はしゃいだ。自宅へ戻るとテレビは、石破総理の施政方針演説の場面を映していた。演説の根幹(キャッチフレーズ)には、「楽しい日本」が掲げられていた。確かに、そうありたいと思う。ところが、天邪鬼のわが心中には、(犯罪のない日本)がいいのではないかという、思いが浮かんでいた。もちろん、石破総理の演説にケチをつけたり、当てこすりをするものではない。けれど、このところの日本社会は、頓(とみ)に犯罪社会の様相を呈している。中でも直近の出来事で頻発しているのは、見知らぬ人が出遭いがしらに、見知らぬ人を殺傷する「通り魔事件」の多発である。まさしく、身近なところで起きている犯罪の恐怖である。このところ、これに限ることなく日本社会には、事件をはじめとする様々な犯罪が頻発している。被害当事者はもちろん、これらのニュースを聞くたびに日本国民は、犯罪の恐ろしさに怯(おび)えている。だから、「楽しい日本」を為す先駆けには、「犯罪のない日本」が妥当と言えそうである。
きょうは出合がしらにこのことを書いて、文章を閉じるつもりである。おやおや、中頃はとうに過ぎている。夜明けが早まり、薄々と明るみ始めている。風雨なく、いや寒気は和らいで、雲隠れの太陽(日光)の恵みにさずかっている(6:56)。
日米の殿堂で輝く「イチロー」
1月24日(金曜日)。寒気が緩んでいる。きょうは自分自身の記憶のため、メディア記事を全文引用するものです。初の米野球殿堂入り!資格初年度で日米“同時殿堂入り”の快挙、満票まで“1票”届かず得票率99.7%1/22(水) 8:17配信TBS NEWS DIG Powered by JNN。2025年の米野球殿堂入りが日本時間22日に発表され、資格1年目のイチロー氏(51、マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が、栄えある日本人初の殿堂入りを果たした。
【会見ノーカット】イチロー満票での殿堂入りはならずも「1票足りないっていうのは、すごく良かった」大リーグ・専門局『MLBネットワーク』の番組内で発表され、米国野球殿堂博物館のジョシュ・ラウィッチ館長が殿堂入り選出者をアナウンス。MLB史上2人目、さらには野手史上初の“満票”での殿堂入りが期待されたが、2020年のデレク・ジーター氏(ヤンキース)と同じく満票に“わずか1票”及ばず、得票率は99.7%だった。この日(現地21日)、シアトルで殿堂入り決定の電話を受けたイチロー氏。16日には日本での殿堂入りを果たし、その6日後に、日本人初、さらにはアジア人初となるMLBの殿堂入り。日米ともに資格初年度で“同時殿堂入り”の快挙を達成した。また、今年はイチロー氏をはじめヤンキースなどで活躍した通算251勝のCC・サバシア氏、通算422セーブを挙げたビリー・ワグナー氏(アストロズなど)が選出された。『MLBネットワーク』にリモートで生出演したイチロー氏は「僕がこの発表の場にいることも全く想像できなかったです。MLBでプレーすることすらできるのかどうかという議論がたくさんあったので。個人としてもそうですし、日本のプレーヤーとして初めてということで、大変光栄なことだと思ってます」と喜びをかみしめながら語った。「野球の魅力はもちろんゲームそのものにもあるんですけど、多くの人に出会えるということだと思います。出会いが自分を作ってくれる。自分を作ってくれたそれが何よりの財産であり、楽しいことと言えると思います」とイチロー氏らしく野球の魅力を伝えた。米野球殿堂入りは、メジャーで10年以上プレーした選手が引退から5年で資格を得る。2019年3月に現役引退のイチロー氏は、2024年に資格を獲得。全米野球記者協会に10年以上連続で所属する約400人の記者が投票し、有資格者(今年は28人)から最大10人まで投票可能で、75%以上の得票で殿堂入りとなる。イチロー氏は2000年オフにポスティングシステムでマリナーズに入団。以降、ヤンキース(12年夏~14年)、マーリンズ(15年~17年)でプレー。18年にはマリナーズに復帰して2019年に現役引退を迎えた。2001年のルーキーイヤーではいきなりシーズン242安打をマーク。日本人初の首位打者と盗塁王を達成し、MLB史上2人目となるリーグMVPと新人王のダブル受賞に輝いた。2004年にはMLBのシーズン最多安打記録を84年ぶりに更新する262安打をマーク。20年を過ぎた現在もいまだ破られていない大記録となっている。殿堂表彰は1936年に始められ、24年まで選手としては275人が殿堂入り。過去に日本人選手は野茂英雄氏、松井秀喜氏が有資格者となったが、イチロー氏が日本人初の栄誉に輝いた。
【イチロー氏 メジャーでの主な功績】■ルーキーイヤーで最多安打、新人王&リーグMVPを獲得(2001年)■メジャー新記録の年間262安打(2004年)■デビューから10年連続200本安打■史上30人目の3000安打(1900年以降では最年長)■日米通算4367安打の大記録■オールスターゲームで史上初のランニングHRでMVP(2007年)■初年度から10年連続ゴールドグラブ賞。
加速度を増して、衰えてゆくわが精神
きのうの夕方にはJR長野駅前で、男性二人と女性一人が遭遇する通り魔事件があった。明けてきょう(1月23日・木曜日)の午前2時49分には、福島県会津地方を震源地とする最大震度5弱の地震が起きた。アメリカ・トランプ大統領は、「アメリカ第一主義」を声高(狂暴)に唱えて、世界の国々と人民を震撼させている。これらの恐怖とは別に人には、病をはじめとする様々な厄介な事情がある。ゆえにこの世で生き続けることは、雲を掴むほどに困難事である。挙句、生涯において(生まれてこなければよかった)と、思う人は星の数ほどにいる。私自身、これまでの人生行路においては、一度ならず何度かこんな思いに見舞われていた。しかしながら現在は、その思いから脱している。なぜなら、あえてそう思わなくても、間近に死期が迫っているからである。
このところの私は、頓(とみ)に死期の近づき(意識)の渦中にある。その確かな証しには、もともと微々たる脳力(能力)の衰えをやけに自覚しているからである。もっと端的には簡易な日常漢字さえ、手書きできずに忘却が進むありさまである。これまでの私は、記憶力にはかなりの自信を持っていた。ところがもはやその自信はことごとく瓦解し、死期の訪れの自覚の因を為している。
身体と精神の調和があってこそ、「人間の体(からだ)」である。私の場合、精神のほうが先に崩れかかっている。崩れてしまえばどっちもどっちだけれど、精神の早や崩れは残念無念である。「ひぐらしの記」の製本(単行本)は大沢さまのご好意で、直近で第94集を数えている。しかしながらこんな調子では、目標に掲げる100集はおのずから夢まぼろしとなる。私は命の刻み、いや日々縮まりの中で生きている。嘆くまい! 人間だれしも生きることは、外圧および内圧の渦の中である。そう思ってもやはり、私は嘆いている。
夜明けはまだなく、なお長く迷想に更けそうである。デジタル時刻は、6:07と刻んでいる。継続文の足しに、何らかの表題は付けるつもりである。