ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

春の恵み

 2月5日(日曜日)、いくらか寒さを感ずる夜明け前にある。しかしながらもはや、たいしたことはない。季節は三寒四温という季節用語をたずさえて、確かな春へ向かっている。きのうは「立春」(2月4日)、昼間の陽気は体に汗が滲むほどのポカポカだった。茶の間のソファに背凭れながら私は、心中(季節は人間とは異なりこんなにも正直者なのか)と、自然界の恵みを礼賛した。驚く勿れ! 暖かい陽射しに呼応するかのように、庭中の梅の花は綻び、椿の花は色艶を濃くしていた。山から番(つがい)のメジロが飛んで来て、嘴(くちばし)を突っ込み、しばし椿の花の蜜を啜った。自然界の営みに酔いしれていっとき、私は自然界のもたらす和みに身を沈めていた。
 ところがどっこいテレビを点けると、世にも摩訶不思議、いや物騒な事件を報じていた。それは、日本列島の住民(国民)を怯えさせている強盗事件のあらましだった。この事件の全容を知るまでは、いまだ序の口である。ところが、この事件のみならずこのところのテレビニュースには、やたらと他殺すなわち殺傷事件が増えている。なんだか人の世は、一気呵成に惨たらしい様相を深めている。これらの事件に物価上昇を加えれば、確かに人の世は、生きにくく、住みにくくなるばかりである。さらに加えれば、このところ減少傾向にあるとはいえ、コロナの報道が尽きることは未だ闇の中である。
 あんなこんなで、人の世の憂さ晴らしを託すのは目下、自然界の恵みがイの一番と言えそうである。なかんずくその先兵を為すのは、のどかな春の訪れである。人間としてなんだか侘しい心地だけれど、それでも春の恵みにすがりたい気分山々である。「春よ、来い! 早く、来い!」。いや、「立春」過ぎて、もう、春は来たのである。

立春

 「立春」(2月4日・土曜日)。春は風・嵐。草木は芽吹く。春眠。季節はめぐる。わが残りの命は短く縮む。起き立てに浮かんでいる、立春にちなむわが感慨である。一年の始めの日は元旦である。春夏秋冬・四季の始めの日は立春である。すなわち立春は、季節めぐりの始めの日である。茶摘みの頃の「八十八夜」も、台風シーズンを表す「二百十日」も、立春を起点として数えられる。それほどに立春は、人の生活に待たれている。裏を返せば、冬衣を脱ぎ捨てて、春を迎える喜びの証しである。
 さらに浮かぶ言葉や成句を重ねれば、春風駘蕩、春日遅遅、春はあけぼの、春眠暁を覚えず、などがある。もちろん春は、長閑(のどか)な日ばかりではなく、「春に嵐」はそれらを凌ぐ「春のいたずら」である。
 こんな子どもじみた遊び心はどうでもよく、冬嫌い、いや寒気嫌いの私は、立春の訪れの悦びに浸っている。確かに、立春は起き立てにあって、寒気を遠のけている。喜ぶべきか、今朝もまた、寝坊してしまった。それゆえ、尻切れトンボを恥じずこれでおしまいである。いや、春は恥かく季節でもある。

節分

 2月3日(金曜日)「節分」、私は寒気を遠のける「春の節分」を首長く待っていた。それゆえに、インターネット上に記載の節分にかかわる人様の文章を読んで、ワクワク童心返りを試みた。下記する引用文は、節分にかかわる似たり寄ったりの文章を「」(かっこ)閉じで分けて、並べたものである。こんな遊びは案外、節分気分を高めるものである。巻き寿司は夫婦共に大好物だけれど、恵方巻は商魂臭くて腹いせまじりに買わない。妻がわが身にぶつける炒り豆はすでに、買い置きしている。おまじないと知りつつも、邪気払いになればと、痛くとも耐えるしかない。
 「2023年2月3日は節分です。節分の日に恵方巻きを食べる時に向く恵方の方角は『南南東やや南』です。」
 「節分とは? 節分は季節の分かれ目で本来は立春、立夏、立秋、立冬の前日を指しますが、現在では節分というと春の節分、立春の前日を指します。これは立春から始まる二十四節気が春の節分で一巡し、春の節分が季節の分かれ目だけでなく一年の節目となっていることによります。」
 「節分と豆まき 節分に豆をまくのは古くから行われている事で、季節の変わり目は邪気が入りやすいと考えられていて、一年の最後の日に邪気を払うために豆をまく儀式がはじまりました。」
 「節分と恵方巻き 節分に恵方巻きを食べる風習は一部の地域で古くから行われていたようですが、全国的に広まったのはコンビニなどで売られるようになってからと言われています。恵方巻きはその年の福を司る神様の方角を向き、無言で願い事を思い浮かべながら、一本をほおばるとよいとされています。恵方の方角は毎年異なります。」
 「節分と柊鰯 節分の日には、柊鰯(ひいらぎいわし)を飾る風習もあります。柊鰯とは柊の枝に鰯の頭をさしたもので、柊のトゲと鰯の臭いによって邪気を払い、魔よけのために飾る風習もあります。柊鰯も古くから行われていたようです。」

春の証しの寝坊助

 2月2日(木曜日)、「春眠暁を覚えず」の候にはまだ早いけれど、久々に寝坊助を被り心が焦っている。そのため、きょうは休もうと思いながら、パソコンを起ち上げている。夜明けの明かりは未だないけれど、デジタル時刻は6:13と刻まれている。いつもは真夜中とも言える頃に起き出しており、それゆえこんな時間の起き出しは喜ぶべきであろう。なぜなら、目覚めの気分はやはり爽快である。しかし一方、文章を書く時間は圧迫されて、文字どおり走り書きで急いでいる。
 旧年の「冬至」から「春分の日」(3月21日)までには半ばほどを過ぎて、夜明けの早さも半ばどきにある。しかしながら現在は、いまだに夜のたたずまいである。このことではきょうは、朝日の見えない夜明けなのであろうか。それとも、雨模様、あるいは曇り空の夜明けなのであろうか。文章の拙さの自業自得とはゆえ、このところ掲示板を覗かれる人の数は、かなり減りがちである。すると、こんな文章では多分、さらにその傾向に加速度を増し、拍車がかかりそうである。
 このところ私は、生来のマイナス思考を意識的にプラス思考へ変えている。しかし、心許ないたったの五日目である。だから、この決意の頓挫を恐れている。だから、あえてそのことを愚痴こぼしはしない。いや、「一寸の虫にも五分の魂」、この屈辱を跳ね返し、頑張ろうと思っている。きょうの文章は、この決意を確かめて、この先は書き止めである。現在時刻は、6:31へと進んでいる。
 夜は薄く明けて、朝日の見えない曇り空である。寒気は、はるかかなたへ遠のいている。明日は「節分」、明ければ「立春」である。紛れもなく「春はあけぼの…」の候が近づいている。きょうの文章の取り柄は、「生きている証し」である。いや寝坊助を被り、心焦って、生きている証しである。

2月1日

 1月から月が替わり、きょうは2月1日(水曜日)。寒気は、かなり緩んでいる。それもそのはず寒気は、「大寒」を擂り鉢の底にして、春という確かな出口へ、一足飛びに駆け上っている。気象は、出口へ向かう最後の悪あがきにある。
 「2/1 日中は気温上昇も夜は急降下」(1/31日、火曜日、23:20 tenki.jp)。「2月スタートは低気圧が急速に発達 北海道と東北は台風並みの暴風・高波・大雪に警戒。あす2月1日は、北海道や東北を中心に大荒れとなるでしょう。台風並みの暴風や高波、北海道では大雪にも警戒が必要です」。
 起き出して来て(4:49)、いつになく神妙に2月のカレンダーに見入っている。2月は1年12か月にあっては、もとより特異な月である。閏年でなければ末日は、28日である。平常月と比べて、たったの2日あるいは3日にすぎないけれど、気分的にはかなり短い月と感じて、日々焦燥感つのる月である。この短い月にあって、カレンダーには結構、気に留める歳時(記)が並んでいる。主なるそれらは、節分(3日)、立春(4日)、建国記念日(11日、祝祭日)、聖バレンタインデー(14日)、そして「天皇誕生日(23日、祝祭日)、などである。これらに私的なことを付記すれば、建国記念日は、わが夫婦の結婚記念日でもある。
 なぜ、長々とカレンダーの写しを記したのかと言えば、起き立てのわが心中にはこんなことが浮かんでいて、それを書いたにすぎない。すなわちそれは、冒頭の天気予報や概況、加えてカレンダーは、日常生活いや人生行路における最良の道しるべと捷径(しょうけい)を成している。このことを書いて、きょうはおしまいである。なぜならそれは、この先を書けば、せっかくの意識替えは四日目にして崩れ、いつものように愚痴をこぼしそうだからである。ほとほと、身勝手な文章である。2月になれば、夜明けが早くなる。1月と比べて2月は、バタバタする月である。

寒い朝

 1月31日(火曜日)、きょうでもう、新しい年のひと月が過ぎる。命は早鐘を鳴らし、時々刻々と縮んでゆく。自分自身の命なのに、それを止めることはできない。これほどもどかしさを感ずるものが、ほかにあるのであろうか。やはり、不断「ピンピンコロリ」を口にするのは、遊び心の道化(どうけ)なのであろう。こよなく命を惜しむ、月替わりである。
 寒気は大団円を迎えて、ことのほか寒い朝である。なんだか、わが命の縮みに加速度をつけているようでもある。そうは言っても季節は、人間ほどには嘘を吐かない。なぜなら春は、もう目の前に来ている。木立の木々はやわらかく芽吹き始めて、庭中の雑草は日に日に萌黄色を強めている。雨戸を開けるたびに、梅の花の綻び、フキノトウの芽出しを確かめている。生きているからこそ、寒くても春待つ心は和やかである。
 きのうの私は、これまでとは意図して気分を変えて、わが柄になく「生存は美」と謳った。せっかくだからこの気分は明日まで、三日くらいは続けたいものである。しかしながらたぶん、その先はないであろう。なぜなら、私には生来、三日坊主という性癖(悪癖)がある。82年生きてきていまさら、この悪癖が正されることはあり得ない。それでも元の木阿弥にならないよう、気を引き締めて、悪癖打破に挑んでみたい。春になれば寒気は緩み、おのずからわが気分も解れてくる。そのため、まだ生きていた気分は横溢する。
 ようやく、新型コロナウイルスも収束へ向かいつつあり、五月になれば鬱陶しいマスクも外せそうである。抑制されていた様々なイベント(行事)も開放へ向かう。わが好むプロ野球は、明日から一斉に春季キャンプインである。節分(鬼は外)に備えて、先日の買い物おりには、早やてまわしに鬼退治に向けて、炒り豆を買った。春待つ心、まだ生きたいと願う心、旺盛である。
 寒気の大団円にあたっても、寒気に未練はない。しかし、寒気の打ち止めを願って表題は、「寒い朝」にしよう。起き立の、約20分の書き殴り、デジタル時刻は5:36、熱源の夜明けはまだ先にある。胸の鼓動と腕の脈拍は、生きている証しをしるして、コトコト、ドクドクと、脈打っている。

「生存は美」

 1月30日(月曜日)、生きている。かなりの「春ボケ」なのかもしれない。愉快ではないけれどいくぶん、いつもとは異なる気分で起き出している。
 「生存は美」だ。とりわけ人生の晩年に在るのは、確かな「美」と言っていいのかもしれない。きのうの私は、心中でふとこんな発想の転換を試みたのである。言うなれば年寄りの冷や水、いっときのマイナス思考のやせ我慢である。人の世にあっては生きたくとも、あっけなく命を絶たれる人為の出来事や事件あるいは事故、加えて自然災害による絶命のオンパレードである。ウクライナに見る人為の大量の殺傷、抗(あらが)えないコロナ禍による絶命などを抜きにしても、人の世ではいとも簡単に命が奪われたり、断たれたりしている。それらのすべては、前途有為の惜しまれる命である。こんなことを鑑みて私は、日々愚痴をこぼしたり、泣きべそをかいて生きることは、もったいないと悟るべきと、自戒を強いたのである。もちろん、遅すぎた焼け石に水ではある。しかしそう思えば確かに、人生の晩年にいたるまで生き続けていることは、余得とは言えない正徳と言えそうである。
 一夜漬け、いやローソクの火が燃えつけるまでくらい束の間の発想転換かもしれない。けれど、しないよりはしたほうがましだという、試みである。発想転換のせいなのか、なんだか起き立ての気分はすっきりしている。無理強いの発想転換など誇るべくもなく、風邪が遠のいているせいであろうか。しかしながら、せっかく発想の転換を試みたのだから、この先ちっとは長持ちさせたいものである。そのためには常に、わが肝に「生存は美」と銘じ、ひたすら念じてみようとは思う。ところが、この思いをすぐに断ちそうなのは、わが生来の悪癖、すなわち三日坊主である。私はいっとき、いや夜明けまで、「生存は美」の思いにひたっていたい、いやそう願っている。確かに、生きていることは、それだけで快いものである。春ボケの自演にすぎないけれど、マイナス思考の出口にありつければ箆棒に幸いである。

「雪害」

 1月29日(日曜日)、つくづくバカな私である。雪や霰(あられ)やこんこんではなく、起きて、コンコンと咳をしている。春の足音コツコツなのに、どうやら風邪をひいたようである。日本語にあってバカは、「うすのろまぬけ」ともいう。「こんなはずじゃなかった」と言って、悔しがるのは正真正銘の「間抜け」である。だれだ! それは、「私」である。
 パソコンを起ち上げると、いつもの習性に倣(なら)い、ヤフー画面のニュース項目をチラッと見遣った。すると、富山県を中心にして北陸地方は、大雪に見舞われているという。大雪のせいで交通渋滞をはじめ、住民の日常生活が脅かされているという。あらためて書くこともない、冬季特有の「雪害」である。日本列島の南に位置する九州のど真ん中・熊本県生まれの私は、子どもの頃からこれまで、雪の怖さを知らずに生きてきた。実際には18年間の生誕地(今やふるさと)生活にあっては、大袈裟に言えば降雪予報を寝ずに待って、予報どおりに降れば数々の雪遊びを愉しんだ。雪の怖さは当時、わが家購読の「西日本新聞」で知る、雪崩(なだれ)の怖さくらいだった。もちろん私は、今なお雪崩の体験はない。それゆえに私は、(雪害という言葉、あるかな?)という、半信半疑を浮かべて、電子辞書を開いた。すると、明確に記載されていたのである。
 【雪害】「豪雪・積雪・雪崩のために交通機関・農作物・構築物などが受ける被害」。
 冒頭で用いた「雪害」という言葉は、電子辞書を開いて確認して用いたものである。咳に加えて鼻水たらたら、鼻先ムズムズ、さらには体が冷え冷えとなり、本格的な風邪症状に見舞われている。挙句、身体のルルブルは、加速度を増している。夜明けは、まだははるかに遠い。かたじけなくも、尻切れトンボのままに文章を閉じて、自称階下の「茶の間」へ逃げ込むこととする。雪害に見舞われている人たちをおもんぱかれば、わが風邪の兆しなど嘆くには当たらない。いや、バカ丸出しの文章である。つくづく、なさけない。

清々しい、嘆き文

 1月28日(土曜日)。待っていた春が、駆け足で近づいてきた。降雪予報で驚かされたけれど、雪降りなく過ぎた。降ったとしてもこの時期の雪は、もはや冬を閉めて、春の訪れを告げる、早鐘みたいなものである。冬はもう、後ずさりはしなく、三寒四温の季節用語をたずさえて、この先一歩一歩、確かな春へと近づいて行く。ゆえに寒気を嘆くのも、いましばらくである。
  生きているかぎり、日々嘆くことは、ほかに数多(あまた)ある。起き立ての私は、わが身の甲斐性無しを恥じながら、亡き親(父母)の面影を浮かべて、懐かしく偲んでいる。ひとことで言えばそれは、わが不甲斐なさを省みて、親の偉さとありがたみへの追慕である。
 子どもの頃の私は、熊本県北部地域の山あいの片田舎にあって、子ども心特有に天真爛漫に生きていた。もちろん、生きることの困難さなど、微塵(みじん)も感じていなかった。ところが現在の私は、一女の親になり、自分自身、日々生きることの困難さを露わにしている。親は三段百姓を兼ねて水車を回し、心許ない生業(なりわい)に明け暮れていた。ところが驚くべきことには、子沢山(14人)の親業をしっかりと為していた。私は、親が生きることに苦しんだり、嘆いたりしている様子を見たことなど、ただの一度さえなかった。本来、親とはこうあるべきはずなのに不断の私は、日々生きることに四苦八苦しながら、狼狽(うろた)えかつ嘆いている。挙句、文章を書けば愚痴こぼしばかりである。なさけなくも私は、親の遺伝子を断ち、遺徳を汚(けが)している。親と子、わが親と私自身、こうも違うのかと、やはり嘆いている。しかしながら、きょうだけは親を偲んで、清々しい嘆きである。こんな文章、投稿ボタンを押すか、押すまいかと、迷っている。わが脳髄にはバカの言葉が付く、早やてまわしの春が来ているようである。春が近づいて、寒気は緩んでいる。

日常生活のつらさ、かなしさ

 1月27日(金曜日)、起きて、水道の蛇口をひねった。水が出た。きのうは出なかった。きのう出なかったのは二階の蛇口だけで、一階の台所の蛇口は、いつものように水を流した。大本の水道管の破裂は免れて、二階へ延ばしている鉄管が剝き出しにあり、そのせいで鉄管がいっとき凍っていたのであろう。のちにひねると、二階の蛇口からも水が溢れた。それでも、悔やんでも悔やみきれない、確かなあばら家の証しである。それゆえにきのうの文章には、ズバリ「あばら家のつらさ」と記した。正直なところは、つらさに加えて「つらさ、かなしさ」である。水道の蛇口は、寒暖を表すには正鵠無類である。
 起き立てにあって体感気温は、きのうよりかなり緩んでいる。確かにわが家は、貧相、貧弱、みすぼらしい、お粗末など、いくら同義語を重ねても尽きない「あばら家」である。ようやく免れるのは、掘っ建て小屋くらいである。こんな建屋なのに私は、文章の中では意識して見栄っ張りのごとくに、「茶の間」と記している。もちろん実際には、「茶の間」と呼べる、洒落た部屋(スペース)はない。これまた正直に言えば、「茶の間、もどき」である。なぜならそこは、小さなテーブルを挟んで、相対にソファを置いているにすぎない。傍らには、テレビを置いている。壁付けのエアコンと置き型のガスストーブがある。これらの装置のせいと、老夫婦は日常生活のほとんどをここで過ごすため、おのずから私は「茶の間」と呼んでいるにすぎない。実際には、茶の間の体裁からは程遠いところである。しかしながら、あばら家のわが家にあってはここしか、嘘を承知でそう呼ぶところはほかにない。明らかな自演だけれど、「茶の間」と呼べば、心が和らぎ、気分が寛(くつろ)ぐところはある。それゆえに私は、似非(えせ)の「茶の間」にすがり、わが日常気分を癒している。いや、実際のところはソファに背凭れて、窓ガラスを通してふりそそぐ、暖かい太陽光線に鬱な気分を癒している。確かに、太陽光線のありがたさ横溢である。すると、太陽光線の恵みに応えて、不断の私は、まるで呪文のごとく「太陽礼賛」を唱えている。
 一方、茶の間には、わが家の日常生活のつらさが凝縮している。いや、つらさはただ一点、ここに尽きる。それは相対で見遣る、互いの老いさらばえてゆく姿である。つまるところわが家の日常生活のつらさは、互いの目から見遣る配偶者の「老いの身」の確認である。姿を変えてゆく妻を見るつらさは、ずばり現在のわが日常生活における、「つらさ、かなしさ」の筆頭である。すなわちこれこそ、「あばら家のつらさ」をはるかに凌ぐ、わが日常生活における現実である。
 水道水が元に戻り、寒気が緩むと、碌なことは書かない。しかしながら、書かずにはおれない、わが日常生活における、つらさ、かなしさである。