ひぐらしの記
前田静良 作
リニューアルしました。
2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影
雨、雑感
8月7日(月曜日)。眼下の道路にはきのう降った雨の跡かたがまだあるものの、すっきりと晴れた「夏の朝」の夜明けが訪れている。パソコンを起ち上げるとすぐに、インターネットの記事を閲覧して、雨の降り方をおさらいした。いや多くは、いまさらながらに新たな学びに出合った。すると、雨の降り方やその表現は箆棒にあり、数えかつ覚えきれるものではないという。
それらの中から、143通りの降り方が説明付きで、記されていた。ここにそれらを転記すること自体、容易ではなくだからそんなバカなことはしない。寝起きに浮かんでいた事柄をあえて書けば、こんなものである。ほぼ同義語だが並べれば、驟雨、俄雨、日照り雨、狐の嫁入り、心情的には日照り続きの中にあって突然降った、喜雨、慈雨、恵みの雨と言えるものだった。これらのほかにもいくつかの降り方は浮かんだけれど、ここでは省略せざるを得ない。うれしさにおいては、思いがけない夕立とも言えるけれど、入道雲や雷はともなわず、晴れた大空の下、滂沱のごとく「降っては止み、止んではまた降った」を繰り返した。日照り続きのせいで、萎えていたわが心身は悦び、一気に生気が戻った。
ところが、わが心身に輪をかけて、見渡す限りの草木は、溢れるほどの水分を帯びて、艶々に生気を露わにした。降ったり、止んだりの繰り返しで、私は網戸と窓ガラスの開け閉めに部屋の中を小走りした。けれど、きのうの昼間は、雨に出合い痛快だった。昼間と限定したことには、わが夫婦は朝の八時十五分、原爆が投下された広島市の「平和の鐘」の合図の下、一分間の黙祷を捧げて、涙したからである。
NHK番組はまもなく、夏の高校野球の開会式を映じた。なんだかなあ……、ちぐはぐな一日だった。だからきのうは、自然界の営みを含めて、人生の縮図を見ているような悲喜交々の一日だった。きょうには青天の霹靂は望まない、穏やかで平凡な一日を願っている。幸先よく大空は青く染めて、風雨パタリと止んだ、のどかな朝ぼらけが訪れている。
夏の木陰
8月6日(日曜日)、朝日の見えない曇天の「夏の朝」が訪れている。ちょっぴり気分を殺がれているけれど、夏の朝の心地良さには変わりない。ところが、心地良さは夏の朝一辺倒ではなく、昼間の「夏の木陰」もまた、楽しからずや! である。
わが家最寄りの「半増坊下バス停」には、一基のベンチが置かれている。それに座ると頭上には、付近の緑道(グリーンベルト)に植込みの桜木の葉桜が垂れ下がる。今時の葉桜は、限界なまでに深緑をなしている。その下すなわち、ベンチに座ったり、付近に佇んで、巡って来るバスを待っていると、木陰と夏風のコラボレーション(協演)の恩恵を享ける。日光を遮り、冷えた夏風が全身にあたるとすこぶる気分良く、たちまち私は、「夏の木陰」の楽しさに酔いしれる。その恩恵に報いるため冒頭に、そのことを書いたのである。
きのうは念願のかき氷を食べたことで図に乗り、書き殴りで長々と書いた。謹んで詫びるところである。その罪償いにきょうは、短い文章で結文を決め込んでいる。
きょうには、夏の高校野球大会(兵庫県西宮市・阪神甲子園球場)が開幕する。一方、日本大学(日大)は、アメフト部の不祥事で揺れている。高校球児に関係はない。だから私は、晴れて代表校に選ばれて出場する、日大山形(山形県代表校)、日大三高(西東京代表校)、土浦日大(茨城県代表校)、大垣日大(岐阜県代表校)を応援する。
きょうの文章は、これでおしまいである。長い文章を詫びた証しになるであろうか。いや実際のところはネタ無しゆえの、止もう得ない短い文章である。
曇天を撥ね退けて、朝日が輝き出している。きょうの買い物行動では、「夏の木陰」を満喫できそうである。礼賛の証しに表題は、「夏の木陰」でいいだろう。
夏風邪憂鬱、かき氷快感
8月5日(土曜日)、朝日輝く爽やかな夏の朝が訪れています。網戸を通して、涼やかな夏の朝風が入っています。幸いにも私は、生きています。ところが、気分は憂鬱です。毎年見舞われる夏風邪をひいたしまったせいです。市販の薬剤、「コルゲンコーワ・鼻炎ソフトミニカプセル」を服用しています。効果を実感しています。
きのうは大船(鎌倉)の街にある低級レストランで、高級(高額)のかき氷を食べました。妻は置いてきぼりのままに、わが単独行動でした。食べたかき氷の値段は1.100円で、消費税込みで1,210円を支払いました。せっかく念願叶ったのにケチな私は、文字どおりケチりました。店頭表示のかき氷の値段は、1、100円帯と1、350円帯に分かれていました。ケチな私は後者を敬遠して前者の中から、好みのものを選んで注文し食べました。いくらか、悔いを残した後の祭りでした。
出来立てのレストランは若い女性客が多く、入るのにもかなりビビリました。そのうえ、かき氷を食べることにはなおビビリ、私は老いた太い図体を細めて、隠れるような気分で食べました。ところが、店内にはチラホラ高齢の夫婦や単独の客がいました。バカな私は救われた気分なり、横目流しに目勘定をしました。すると、私以外に5人ほどかき氷を食べていました。かき氷を食べている高齢者は、私同様に童心返りをしたくなったのでしょう。私の委縮していた気分は、緩んで落ち着きました。
ところがどっこい、すぐにダメージをこうむりました。なぜなら、すべての人が1,350円帯のかき氷を食べていたからです。大船の街で値段の高低にかかわらずかき氷を食べようと思えば、此処よりほかには見つかりません。私の場合、ファーストフードの店頭で掲げるかき氷は、童心をいたく傷つけるだけで、食べる気にはなれません。わが心中に根づくかき氷のイメージは、器からはみ出るほどの山なりのものです。白い氷の色付けは、赤、緑、黄色のどちらかの、一色で十分です。ところが、きのうのかき氷の色付けは、上品ぶって抹茶色に塗られて、謳い文句には「北海道産アズキ」と、記されていました。確かに、値段の半分ほどの価値の美味しさはありました。もちろん私は、美味しさを愉しめました。この店は、出来立てほやほやの駅前の高層豪華ビルの中にあります。それゆえに値段の半分は、かき氷には関係のない家賃に化けるのでしょう。
こんなケチな考察は止めにして、かき氷を食べた喜びは、十分に叶えられました。帰宅すると私は、恐るおそる妻へ、こう言いました。
「1、100円のかき氷を食べて、消費税込みで1、210円、払ったよ。1、350円のかき氷もあったが、それは諦めたよ。食べている人はみんな、1、350円のものを食べていたよ」
すかさず妻は、こう言いました。
「パパって、バカだねー。みっともないわよ。1、350円のものを食べればよかったじゃないの……」
私は、かき氷には童心返りを求めているのです。だから、当時のかき氷に似たものを食べれば、味覚はそっちのけにして十分満足です。私は山なりで器からはみ出しそうはかき氷を、ひと匙も落ちないように気を遣いながら食べました。
この文章を書き殴りで書き終えると、夏風邪がもたらしている憂鬱気分は和らいでいます。朝日の爽やかさは、いっそういや増しています。あと、西瓜を食べれば、夏気分満喫です。
「夏の朝」三れんちゃん
8月4日(金曜日)。また、朝が来た。そして、出合えた。このことは、このところやけにうれしさつのる気分をなしている。なぜなら、まだ生きている証しである。確かに、この先、朝は必ず訪れる。だけど、私が必ず出合えることはない。それゆえに、きょうもまた出合えたことにはうれしさつのるのだ。とりわけ、夏の朝に出合えることには、心浮かれる気分旺盛となる。この先出合える回数は片手の指ほどに、いや未満ほどに限られているせいであろう。
澄んだ夏の青い大空に朝日が音なく光り、空中そして地上満遍なく、のどかなパノラマを映している。この情景を見るかぎり、日本、世界、いや地球は、「平和」である。わが文章は、惰性で書いている。だから、きょう休めばあしたは、書けなくなる恐れがある。私にとってこのことは、トコトンつらいことである。それゆえに私は、迷い文、駄文などお構いなく、なお恥を晒してまでも、書かなければならない。わが偽りのない現在の心境である。
あれ! ウグイスが鳴いている。まだ、鳴いているかな? と思って試しに、私は両耳に集音機を嵌めて、パソコンを起ち上げた。文章を書くには、集音機はなんらのお助けにはならない。ところが、ウグイスの鳴き声に出合えるのは、集音機のおかげである。わが人生は、人間他人様はもとより、自然界の眺望、ウグイスの鳴き声、庭中へ飛んで来るメジロ、シジュウカラ、コジュケイなどにおんぶにだっこである。
わが人生になんらの役立たずのものは、虫けらなかでもムカデ、スズメバチ、そして青大将をはじめとする蛇類である。これらは、怖くて肝を冷やすだけである。なんら役立たずの文章を書いたけれど、一縷の望みはあしたへ繋げる文章にはなるのかもしれない。実際には、あしたでなければ分からない。ただわかりきっていることは、あしたも必ず、私の好きな「夏の朝」が来ることだけは請け合いである。
学童の頃の夏休み中にあっての私は、「内田川」に夕方、「はいこみ」(ふるさとの川魚取りの漁法)を仕掛けて、夜明けを待って引き上げに出向いた。ウナギやナマズが掛かっていた。今や、楽しかった「夏の朝」の夢まぼろしである。ウグイスに負けず、セミも鳴いてほしい。相身互い身、命を惜しむ、わが格好の同類である。
再びの「夏の朝」礼賛
8月3日(木曜日)、このところの定番の表現をなす、心地良い「夏の朝」が訪れている。しかし、いくらか悪乗りをして、こんなことを心中に浮かべて起き出している。浮かべていたことは、身も蓋もないこんなことである。夏の朝はこの先、途切れることなく未来永劫に訪れる。ところが、わが命はそうはいかない。現在、わが命はカウントダウンのさ中にあって、もはや数値の小さい後半戦へ差しかかっている。
確かに、こんなことを浮かべて起き出すようでは、きょうの始動もまた、思いやられるところである。文章さえ書かなければ、こんな恥を晒すことはない。ところが、マスメディアが伝えるこのところの世相を鑑みれば、ほぼ人みんな、なんらかの悩みを抱えて生きることに苦しんでいる。挙句、みずからの命を絶つだけでなく、他人様の命を殺める事件が多発している。これらのことに比べれば、わが恥晒しは些細なことと言えそうである。結局人間は、大小さまざまに何かの悩みを抱えながら生きている。それゆえにもとより、わが恥かきなど小さな悩みと言っていいはずである。しかしながら、マイナス思考著しい私にはやはり、ずっしりと重たい悩みである。
いつものことだが起き立ての朦朧頭で書く文章は、書き殴りに加えて、恥かきまみれになる。もちろん、書かなければ済むことだけれど、「ひぐらしの記」の継続を願うことに付き纏う悲しさである。唯一、書き殴りの文章の妙味と言えば自分自身、出まかせに何が飛び出すかわからないことである。
テレビ視聴にあってこのところのわが定番は、朝の内はNHKのテレビ小説『らんまん』(15分間)である。そして、夕方6時前から試合終了の夜九時過ぎあたりまでは、「阪神タイガース戦のテレビ観戦」である。これら以外は妻の視聴に合わせて、気乗りのしない「料理番組」を横目に留める程度である。確かに書き殴りの文章は、何が飛び出すかわからない。先ほどはあえて妙味と書いたけれど、もちろん妙味のところはまったく無く、文章を止めたい気分だけが横溢している。この気分癒しにすがるのはやはり、夏の朝のもたらす清々しさである。
ここまで書いて私は、パソコンから目を外し、背筋を立て雨戸を閉めていない前面の窓ガラスを通して、しばし家並みの甍(いらか)の上に広がる大空を眺めている。大空は見渡すかぎりに青空を広げて、ところどころに白くかすかな浮雲を散らしている。これらに満遍なく朝日がキラキラと射して、のどかな夏の朝のたたずまいを醸している。すると、限りある命をいとおしんで私には、もうしばらく生きたい欲望が溢れている。天変地異さえなければ自然界の恵みは、無限かつ膨大である。その確かな証しは、ごく身近にそしてきわめてきっちりと、「夏の朝」に表れている。
心地良い「夏の朝」
書くこともない、浮かぶものもない、夜明けが訪れている。8月2日(水曜日)、しいて書けば、心地良い夏の朝が訪れている。たったこれだけの文章にあっても、私は表現に苦慮した。すなわちそれは、似たもの「夜明け」そして「夏の朝」の用い方である。実際のところは「夜明け」表現でいいところを、意識して「夏の朝」を重ねたのである。この理由を書けばそれは、心地良さすなわち清々しい気分を表すには、「夏の朝」のほうがはるかにわが五感をくすぐったからである。ネタが浮かばない場合、こんなどうでもいいことを書くより逃げて、結文にしたいところである。
文章における語彙、実際には言葉の表現は難しく、確かに凡愚の私には手に負えないところだらけである。日本列島にあっては、夏の訪れとともに、いよいよ台風襲来の季節にある。早やてまわしにこのところのテレビニュースは、沖縄本島および周辺諸島における台風6号の状況報道におおわらわである。台風襲来のニュースに出合うたびに私は、こんな幼稚な言葉を浮かべて、わが頭を悩ましている。それは、兆し、前触れ、先ぶれ、余波、一過などの言葉である。総じて、「所為(せい)」という言葉である。傍らの妻は、ふとこんな問いかけをした。
「パパ。ちょっぴり雨が降ったのは、沖縄の台風のせいかね?」
私は言葉に窮し、濁してこう答えた。
「兆しにはなっているかもしれないが、前触れとは言えず、まだ台風6号のせいではないであろう。気象予報士は、『関東地方は、大気不安定と言った』よ」
自分自身、なんだか煮え切らない答えだった。
妻は後追いの言葉をせず、黙りこくった。たぶん、わが頼りない言葉に飽き足らず、二の句が継げず匙を投げていたのであろう。
一過そして余波は、台風にかぎらず物事が済んだ後の言葉だけれど、これとて用い方には難しいところがある。こんな幼稚なことは書き厭きた。それゆえに、いよいよ結文である。心癒しには、清々しい青天上の大空を眺めている。これこそ、夏の朝が恵む醍醐味である。
ネタの浮かばない文章は、「夏の朝」にすがっている。みっともないけれど、心地良い朝の訪れにある。
8月初日
8月1日(火曜日)、デジタル時刻は、3:09と刻まれている。ウトウトさえにも寝付けず、日を替えて0時過ぎあたりから、寝床で煩悶に苛まれていた。雨戸を閉めていない寝室の寝床に寝そべっていると、まるで間欠泉のごとくに稲光が煌めいてくる。稲光をいくらか後追いして、ゴロゴロと雷鳴が轟いてくる。自然界の営みは、わが身体の機能(器官)の不具合を超越して、真夜中をも構わず光と音をもたらしている。
就寝のおりの私は、目から眼鏡を外し、両耳から集音機を外している。すなわち、視覚および聴覚不全の状態にある。ところが稲光と雷鳴は、共に認知される。稲光と雷鳴は、わが目と耳の機能テストみたいである。幸いなるかな! テストの結果は、まったくの不全ではなく、機能(器官)の衰えの証しである。突然の稲光と雷鳴は、人間心理に様々な恐怖心をもたらすところがある。
私は仕方なく起き出して、パソコン部屋へ移った。まずは、窓ガラスに掛かるレースのカーテンを撥ね退けて窓を開け、右手を空中へ延ばし、掌をいっぱいに広げて左右に揺らした。雨粒は当たらなかった。すぐに、一基の外灯の照らす道路へ目を遣った。道路は、濡れて光っている。雨の跡の確かな証しである。
私の場合、稲光と雷鳴に出遭って身近なもので最も恐れるのは、突然の停電である。停電になればそれを恐れて事前に、パソコンの電源を切るかどうかの判断が迫られる。ところが、私は切らずにパソコンを起ち上げ、この文章を書いている。このところの雨(天水)無しにあっては、「生きとし生きる者」、いや、草根木皮のすべてにいたるまで、いのち枯れ枯れの状態にある。すると私は、矛盾するけれど待ち焦がれていた雨をもたらしてくれた稲光と雷鳴にたいし、それらの代わりに御礼を述べたい心地にある。
現在、稲光と雷鳴は止んで、涼やかな夏風と朝風をも恵んでいる。しかしやはり、いっとき身の縮む思いがした8月初日の未だ夜明け前にある。夜が明ければ、予約済の歯医者通いの準備に慌てふためくこととなる。端から休むつもりだった、8月初日の戯れ文である。
7月最終日
7月最終日(31日・月曜日)、清々しい夏の朝が訪れています。ウグイスはいまだに朝っぱらから、高音を囀り続けています。ところが、先日はセミの初鳴き声を聞きました。セミの声に出番を奪われるウグイスの声は、この先、日ごとに切なさを帯びて、やがては夏の朝から消え去ります。それでもウグイスは、セミを妬むことはできません。いやもとより、命短いセミを妬むことは罰当たりです。なぜならウグイスは、半年ほども生存に浴して、もしかしたら再び春の季節を迎えることができます。一方セミはひと夏さえ、いや日数を数えるほどしか、生存は叶いません。セミの命は、短い命の代名詞として、人間界に定番を成しています。ウグイスの高音、そして雨無しの暑い夏、どちらも自然界の営みと思えば、素直に悦び一切腹は立ちません。
腹立ちのすべては、自分自身に向かっています。すなわち私は、自分自身に克てず、長い夏休みというより、もう「ひぐらしの記」の継続は止めた! と決め込んで、文章を書かない安楽を貪り続けていました。
きのうは老いた妻の手を取り、ひとり娘とひとり孫娘の住む、神奈川県横須賀市浦賀町における「夏祭り見物」へ出かけました。炎天下、神輿担ぎの人たちの力感溢れる姿を観続けていました。すると元気をもらい、この文章に漕ぎつけています。しかしながらまだ、ヨタヨタヨロヨロ気分で、この先は書けません。
鳴き続けていたウグイスの声がなぜか、バッタリと途絶えています。切ない相身互い身、なんだかウグイスにエール(応援歌)を送りたい心地です。
大玉西瓜の魅力
7月22日(土曜日)、夜更けを引き継いだ夜明け前にある(3:43)。パソコンを起ち上げて、脈絡なく浮かべている事柄を書いてみる。一つは、このところのテレビニュースを観るかぎり、ロシアとウクライナの戦争は、世界戦争への突入の様相(予感)を深めている。一つは、これまたきのうの悲しいテレビニュースである。福岡県のある町のある川では夏休み初日にあって、水浴びをしていた児童8人のうち、3人が溺れ死んだという。すぐに、わが児童の頃の夏休みを想起して、いたたまれないニュースだった。なぜなら私も、夏休みの初日から猿股パンツ一つで、わが家の裏を流れている「内田川」へ飛び込んでいた。つらく、惨(むご)たらしいニュースだった。ニュースに映し出された現場(川)の映像を私は、映像が消えるまで涙あふれて見続けていた。今なお、無念きわまりない。
三つめは、これらとはまったく場違いであるけれど、浮かべていたかぎりは書き留めるものである。それは、きのうの文章で書き忘れていたことの付け足しである。題して、「大玉西瓜の魅力」である。これまた、ランダムに書き添えるものである。すなわち、美味しさのほかに、大玉西瓜に感じる魅力である。一つは、かかえたおりに感ずるスベスベツヤツヤする快い触感である。まるで、丸い地球をかかえているような快感でもある。次もまた、快感の重なりである。まずは、無傷の大玉西瓜に包丁を入れた瞬間の、バリバリ音の心地良さである。次には、半月に割った西瓜の真っ赤な色合いの快感である。あらかじめ知らされた黄色い実の西瓜を割ったことがあるけれど、ところがこの快感はなく、やはり西瓜は赤玉にかぎるところがある。最後は、盆皿に並んだ三日月形の西瓜を食べる楽しさとうれしさである。それをムシャクシャ食べると、涎と汁がポタポタ落ちてくる。すばやく母は、手拭いを持って来て、わが膝元に広げた。
きょうの文章は、これらのことを書いて終わりである。この先、夜明けまでの空き時間をどうするか。思案のしどころではある(4:12)。
間抜けの夏
7月21日(金曜日)、梅雨明け間近というより、すでに心地良い夏の朝の訪れにある。しかしながら何を書こうかと、気分はさ迷っている。それなら書かなければ、気分は一件落着である。確かにそうだけれど、パソコンを起ち上げてしまった。
さて、わが買い物の店「大船市場」(鎌倉市)の売り場は、今や夏模様旺盛である。それらの中で最も目につき、かつまた食欲をそそられるものでは、あちこちに出盛りの西瓜の山積みがある。しかし、この頃の西瓜の売り場光景は、子どもの頃の大玉だけから様変わりを呈している。すなわち、大玉、小玉、半切り、さらには四分の一などと様々である。
夏の季節にあって西瓜は、わが特等の好物である。ところが私は、プクプクする涎を抑えて、眺めるだけでいや目を瞑(つむ)って、足早に素通りしている。なぜなら、わが懐郷つのる西瓜は、小玉そのほかすでに切れ物や割れ物ではなく大玉である。わが西瓜好きは食感だけのものではなく、夏の風物詩の一端を担っているのである。すると、それを叶えるには、包丁や手つかずの大玉でなければ意味がない。私は買い渋る大玉にこそ未練タラタラであり、小玉や輪切りのものには、買う気も食い気も生じない。
竹馬の友のふうちゃん(ふうたろうさん)だけは、このことを知っていた。かつてふうちゃんは、砲丸投げで強いわが腕で抱いてもヨロヨロする、(こんな大玉もあるんだな……)と、思う西瓜を送ってくれた。もちろん、ふるさと産の最高級ブランド「植木西瓜」だった。私はヨロヨロしながら小躍りした。美味しさは抜群、何日がかりで冷蔵庫に入れたであろう。挙句、妻はこう言った。
「パパ。西瓜の大玉は、もう買わないでね。冷蔵に入れられないのよ」
「そうだね。わかった。もう西瓜自体、買わないよ」
確かに大玉は、わが買い物には難渋する。だからと言って大玉以外の物は、わが好む西瓜の埒外(らちがい)にある。結局、売り場の西瓜は現在、私にとっては意地悪な見世物へと成り下がっている。
先日、西瓜はとっくに諦めて、これまた出回り盛んなトウモロコシを、夫婦に合わせて2本買って来た。これまた、夫婦共に大好物であり、加えて私の場合は郷愁まみれとなる代物でもある。子どもの頃の私は、馬小屋の馬や牛が、飼い葉桶の飼い葉をムシャムシャ食うように、トウモロコシを食べ続けていた。トウモロコシのレシピは、二通りに分かれていた。一つは塩茹でトウモロコシであり、一つは焼きトウモロコシであった。どちらかと言えば私は、後者が好きだった。けれどこちらは、焼くのが面倒で数が限られていた。一方前者は、母が大鍋いっぱいにギュウギュウ詰めで何本も茹でた。結局私は、どちらも変わりなく大好きで、ハーモニカを吹くときのように口に真一文字に添えて、粒にかぎらず粒床あたりまで齧り尽くした。ところが、買って来たトウモロコシの食べ方は、夫婦共にそうはいかず、鳩ポッポが豆を拾うように、一粒ひとつぶを恐るおそる口へ運んだ。なぜなら現在、夫婦共に歯の欠損に見舞われて、トウモロコシの食べ方に難渋を強いられているせいである。しかし、トウモロコシは西瓜の大玉とは違って、買い物に不便はなく、次の出番もありそうである。一方、大玉の西瓜は妻の禁を破ったとしても、帰りのタクシーに乗らないかぎりは、わが買い物にはもはや出番はない。西瓜を食べない夏は、間抜けの夏に変わり始めている。
大船の街には、「氷旗」も見えなくなった。買い置きのアズキのアイスキャンデーだけでは、やはり間抜けの夏と言えそうである。書かないつもりが書けば、だらだらの長文となった。自戒すべきである。早起き鳥のウグイスが笑っている。