ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

生存

 5月7日(火曜日)。生きて、「振替休日」明けの夜明けを向かえている。きのうは心臓と脳の異常発作に怯えて、静かな暮らしで一日を生き延びた。懸念していた状態は、現在までは免れている。ゆえにいつもと変わらず、起きてパソコンを起ち上げている。しかしやはり、懸念は心中に渦巻いている。それは、「発作」という現象を恐れているからである。
 電子辞書を開いた。
 発作:病気の症状が急激に発し、比較的短い時間に去ること。
 この説明書きを読んで、咄嗟にこんなことが心中に浮かんだ。すなわちそれは、「発作と地震」だった。共通する根源は、共に突然見舞われる恐怖である。もちろん、命の絶えに直結する発作のほうが地震より、はるかに恐怖を強く感じるところがある。共通項をさらに一つ加えれば、どちらも予知なく見舞われることであろう。ここまで、書くまでもないことを書いた。
 さて、夜明けは、今にも雨が降りそうな曇り空である。このことでは、こんなことを浮かべている。(天は小粋なはからいをするものだ)。なぜなら、ゴールデンウイーク明けを待っていたかのように、雨が降りそうだからである。逆に言えば天は、ゴールデンウイーク中は人間界に、おおむね晴れの日を恵んだ。この間、テレビ画面には地震発生のテロップも流れず済んだ。多くの人々はゴールデンウイークを楽しんで帰途に就いた。そして、きょうあたりから仕事や勤務の再始動にある。
 ただ、気になることでは、メディアのゴールデンウイーク賛歌に隠れて、能登半島地震をはじめとする震災惨禍は置き去りに遭い、過去ページへ移りつつある。人の浮かれすぎは半面、人の非情を見る思いがある。またもや、書くまでもないことを書いた。今にも降り出しそうな雨空をついて、ウグイスは頻りに鳴いている。人間のみならず生き物、すなわちいのちあるものにとって生存は、それぞれに大事業である。

 
「休日病」とわが命

「休日病」とわが命

 きのうの「こどもの日」にかかわる、「振替休日」(5月6日・月曜日)の夜明けが訪れている。人々の楽しみ多い、ゴールデンウイークのしんがりを飾るにふさわしい、晴れの夜明けである。しかし享楽の後には、楽しくない「ツケ」けがある。一つは、行楽帰りの海、陸、空における、交通機関の混雑や渋滞である。一つは、思いがけない金銭の多消失である。そして、もっとも憂いとつらさをともなうものは、狭義で月曜病とも言われる、広義の「休日病」である。
 ゴールデンウイーク明けとなればまさしく、休日病が適当である。この病は、明日あたりから享楽のしっぺ返しとして、それにありついた人々を襲ってくる。ゴールデンウイークにあずかれなかった私だけど、人様の休日病をあざ笑うほどの愚か者ではない。いや、現役時代の罹患がよみがえり、心底より同情心がつのっている。病巣や病根のない「五月病」とは異なり、ゴールデンウイーク明けの休日病には、享楽という確かな証しがある。だから、それを知って得た享楽は、もとより休日病をはるかに超える快楽だったはずである。だったらわが同情心は、お邪魔虫なのであろう。
 さて、起き立てに書く文章にあって私は、いつも「ネタがない、ネタがない」と、嘆いている。ところが、きょうはネタがある。いやいや、こんなネタなど、ないほうが身のためである。きのうの夕方にあって私は、一分弱にわたり、命の絶えに怯えた。私は茶の間のソファに背もたれていた。妻はトイレに長居して、近くには居なかった。突然、変な気分に襲われた。精神は異常状態に陥った。(なんだろう……)、ひどく慄いた。静かに、収まりを待った。ところが、気分のわるさと精神状態の異常は、いっそう弥増して来る。精神はさらに怯える。それに、嫌な現象はともなってきた。吐き気、目がくらみ始める。精神は、正常状態から離れてゆく。(この先、どうなるのか……)。妻を呼びたいけれど、立ち上がる気分は喪失している。じっと、この状態の収まりを待った。実際には短い闘いだったけれど、長く恐ろしい闘いだった。わが診断は、脳溢血や心筋梗塞の前駆症状だったのか。これまで未体験の恐ろしい実体験だった。(わが命は長くない)。ゴールデンウイーク中にあらためて知り得た、わが命の限界模様だったのである。命の絶え時の恐ろしさに比べれば、休日病などお茶の子さいさいの戯れである。

母恋慕情つのる「こどもの日」&「立夏」

 ゴールデンウイークのブービーを彩るような、朝日輝く夜明けが訪れている。「山は緑」、居りっか住まいでは飽き足らず、どこかへ飛び出し(旅)たくなっている。5月5日(日曜日)、カレンダーには、「こどもの日」と「立夏」が併記されている。幾星霜、年齢を重ねた私には、前者より後者のほうがいたく身に沁みる。それは、歳月の流れの速さを感じているからである。(もう、初夏なのか!)。胸の鼓動は、切なく時を刻んでいる。
 年老いた私にとっては、もはや現下のこどもの日の感慨は何もない。まして、愉しみごとなど、あるはずもない。ゆえにこどもの日の記憶は、はるかな過去、すなわちわが子どもの頃の風景と、母の日常へ遡る。風景では初夏の青空の下、村中のあちこちで竹竿高く、吹き流しが掲げられていた。吹き流しには二様があり、大きな鯉のぼりと、並んで布製の「やばた」が、文字どおり翩翻と翻っていた。吹き流しにまつわる歳時(記)など知る由ない、子どものわが目にもそれは、五月(さつき)の空に見る絵になる風景だった。
 もう一つの確かな記憶では、母が為すこんな光景がよみがえる。子どもの日の前後の母は、「やばた祝い」と言っては、まるで盆・暮れの檀家回りの坊さんのように、あちこちへいそいそと出かけていた。お祝いのしるしはなんだったのか? それは知らずじまいだけれど、たぶん手作りの団子か赤飯、あるいは牡丹餅だったのかもしれない。
 わが子どもの頃は、村中のあちこちで子どもが生まれていた。わが家にあって、「雛祭り」(女児誕生のお祝い)、「端午の節句」(男児誕生のお祝い)の務めは、母の役割だった。どちらにも母は、気が揉めて、せわしない日常を強いられていた。それでも、祝いごとゆえに母は、いっさい愚痴ることなく、準備に勤しみ、勇んで出かけていた。母恋慕情つのり、懐かしくよみがえる過去の「こどもの日」の思い出である。朝日は極上の「キラキラ照り」を恵んでいる。

「山は緑」、「里は心」

 「みどりの日」(5月4日・土曜日 祝祭日)。文字どおり「山は緑」、好季節の到来である。わが家周りの緑は、夜明けの光に美しく映えている。この時季、自然界の恵みには私にかぎらず人は、謳歌と称賛きわまりない。まさしくゴールデンウイークは、この恩恵に支えられて人は、海・山・故郷、あるいは国境を越えて、旅気分を満喫にある。それに浴しない私には確かに、羨望や妬みや僻みはある。しかしながら一方、人様の喜悦や幸福は、眺めているだけも心が和み、絵になる光景でもある。いや確かに、テレビニュースで観ているだけでも心地良く、一服の清涼剤になっている。
 これにちなんでごく近場で、いやパソコンを起ち上げるとすぐさま、心地良さに酔いしれるものがある。それは季節に応じて入れ替わる、掲示板上掲の大沢さまのご実家(別荘地模様)の写真である。現在の写真は、ご実家(建屋)へ導く小道の土(灰色)と、それを囲む木々の緑のツートンカラーが綺麗に映えている。まさしく季節に応じた、大沢さまのお心くばりである。この写真で驚異をおぼえるのは、小道も木々もまさしく別荘地の装いさながらに整然と手入れが為されていることである。入れ替わる写真を見るたびに私は、大沢さまの無類ない才能に唖然とするばかりである。なぜなら、本業(出版業・現代文藝社)においては独り、多忙を極められていることを知るゆえである。そのうえこれまた季節に応じて掲示板を賑わす、野菜や花作り(畑たより)などがある。そのたびに私は、大沢さまの才能のほとばしりにあずかっている。きょうの起き立ての文章は、このことを書かずにおれなくて、書いたものである。しかし、書き足りないままに結ぶのは、わが能無しゆえである。詫びる心に、和みがつのっている。気分、きわめて爽快である。どこかえ出かけた、旅気分である。

旅気分の夜明け

 憲法記念日(5月3日・金曜日)。憲法を定めた人間の知恵に感謝する。太陽の恵みに感謝する。まるで、草野球でグランドスラム(満塁ホームラン)を打ったような、胸の透く(会心)夜明けが訪れている。愚痴こぼしは言わない。無駄なことは書かない。なぜなら、いたずら書きを添えれば、会心の気分が壊れそうである。ゴールデンウイークにちなんで、一つだけ添えれば、これに尽きる。きのうの夕方、私は「鎌倉めぐり」のハイカーに備えて、舗面のゴミはいっさい取り払い、側溝の草はすべて抜き取り、丁寧に道路一面を綺麗にした。今や他郷とは言えず地元民をなす、わがおもてなしの心意気である。
 パソコンへ就く前にカーテンと窓ガラスを開けて眺めると、いまだ道路は、まるで鏡面のごとくに綺麗さをとどめていた。私は気分良く椅子に座り、パソコンを起ち上げた。そして、出合い頭にこの文章を書いている。ところが、もう閉じる。こののちは、前面の窓ガラスを通して、しばし朝日輝く青空を眺めて、ゴールデンウイークの真似事に酔いしれるつもりである。憲法にすがることなく、人間同士の諍(いさか)いのない世になれば、それで十分である。
 そしてさらに、太陽の恵み、自然界の恵み、そして万物の恵みが加われば、この世に生きる楽しみがある。ウグイスも地元民の仲間として、歓迎のしるしにもう鳴いている。旅気分全開の夜明けである。

再三再四の「嗚呼、無情」

 5月2日(木曜日)。目覚めると両耳へ枕元に置く補聴器を嵌めて、パソコン部屋へ向かって行く。わが習わしの一日の始動である。ところが心境は前を向かず、後ろ向きでこんな状態にある。(もう、書けない。書きたくない)。小雨そぼ降る夜明けが訪れている。山の枝葉は濡れて、上下左右に揺れている。小嵐の夜明けと言っていいのかもしれない。
 きのうは願っていた晴れには恵まれず、ほぼ一日じゅうしとしと雨が降り続いた。そしてこれには、わが身に堪える寒気が付き添っていた。私は着衣を重ねて、寒気を撥ね退けた。けれど、抗しきれずに人工の暖をとった。ここまで書くと、あれ! ウグイスが鳴いている。ウグイスもまた、このところ愚図つく天気に我慢ができないのであろうか。そうであれば私と同類項であり、しばし聞き耳を立てて、いつものお返しに、私からエールを送りたいところである。こんな文章しか書けないわが身は哀れである。
 こんな心境にあって、一つだけネタらしいものが浮かんでいる。しかしながらそれは、変わりゆく世相を映す切ないものである。わが買い物の街「大船」(鎌倉市)には、直近まで二か所に本屋があった。いずれも、かつての小さい「町の本屋」を超えて、大型の「街の本屋」と言えるものだった。一つは、大船駅に隣接する「ルミネ」の中にあった。今回、それが消えたのである。残る本屋は、大船駅からかなり離れた所にある「西友ストア」の6階に位置している。利便性においては、もとより前者がはるかに勝っている。それなのに、先に消えたのである。普段、後者は前者よりもっと、人影はまばらである。このことからすれば後者もやがて、前者の憂き目を見そうである。そうなれば、大船の街には本屋が無くなることとなる。かつて、本屋は4軒ほどあったような記憶がある。
 一つあった映画館はとうに消えて、跡地はドラッグストアが占めている。大船の街には「松竹大船撮影所」があった。ところが、これまたとうの昔になくなり、跡地には「鎌倉女子大学」と「イトーヨーカドー」が隣り合わせで建っている。挙句、現在の大船の街には、飲食店、コンビニ、ドラッグストア、カラオケ店など目立っている。パチンコ店は衰退し、残るは一軒になった。私がときおり出向いて、モーニングセットで時間潰しをしていた、喫茶店「ルノアール」は無くなった。
 きょうの文章は、様変わる世相の一端を記して、継続文の足しにするものである。こんな碌な文章しか書けない、切ないわが身の現状でもある。遠望する大空には、我慢しきれず隠れている朝日が薄く光を擡げている。

5月初日

 歳月はカレンダーにそって、4月から5月に入る(1日・水曜日)。季節は晩春を過ぎて、今週末には「初夏」(5月5日・日曜日)が訪れる。それに応じて、山は緑を深めてゆく。水は温みを強めてゆく。人間界における出会いの月4月は、様々な儀式を終えて、すでに本格稼働に入っている。ゆえに5月の初っ端は、病巣や病根のない俗に言う「五月病」に憑(と)りつかれて、気鬱症状はなはだしいところがある。
 花粉症状は遠のくもののかわりに、それによる身体の怠(だる)さと精神の憂鬱がともなって、人一様に心身に堪えてくる。ところが、「捨てる神あれば拾う神あり」ある。いっとき(十日ほど)とはいえ、心身の疲れを休める、「ゴールデンウイーク」が訪れる。きょうは平日とはいえ、その最中にある。この間の目玉は、物見遊山すなわち国内外への行楽である。しかし、「好事魔多し」。心身の癒し行為は終われば余計、疲労と物憂さをいや増すところがある。ゴールデンウイークにありつけないわが僻みではなく、現役時代における確かな狂おしい実体験である。
 先駆けのゴールデンウイークの前半は、天候に恵まれなかった。ところが、後半には晴れの予報が連なっている。その橋渡しとなるきょうの夜明けは、いまだどっちつかずの曇天である。雨の無い夜明けは、やがて晴れを誘い出すのかもしれない。行楽にありつけない僻み根性は捨て去り、素直に私は、行楽日和の訪れを願っている。人間界の幸運・幸福を妬むつもりはない。

4月末日

 4月末日(30日・火曜日)。(ああー、もう、4月が終わるのか!)。私は嘆息まじりに起き出している。小雨降る、夜明けにある。嘆息はこれだけではない。生来、わが脳髄は鈍重であり、加えて手先は不器用である。これらを含めて寝起きのわが嘆息は、極限状態にある。歳月の速めぐりに抗えないのは、しかたがない。ところが、わが能力の乏しさには私自身、腹が立つ。しかし、どんなに藻掻いても解決するものではなく、これまたしかたがない。そして後者の祟りは、文明の利器をたずさえる現下の情報化社会において、日々被っている。
 いつもの大袈裟な表現を試みれば、私は現代社会にあっては生きてはいけない(生存権がない)のかもしれない。なぜなら、私は文明の利器のもたらす利便(性)に日々悩まされている。わが日常生活において用いる文明の利器は、ごく限られている。具体的にはパソコン、そしてスマホだけである。情報機器にはテレビや固定電話、ファックスなどがある。しかしながらこれらには、すでに要無しになったものもあり、しだいに不要になりつつあるものもある。ゆえに現下、私が情報ツールとして用い、そして操作等で悩まされているのは、ほぼパソコンとスマホに限られている。広くはこれらにカード類など、様々な電子機器(媒体)を加えていいのかもしれない。確かに私は、買い物現場でレジの支払機の操作に悩まされている。つまり私はこれらの操作に悩み、だからこれらを「ラクラク」操ることができれば、わが日常生活、いやこの世で生きることには、どんなにか「らくちん」だろうと、思うばかりである。わが身体に張り付く鈍重な脳髄、加えて不出来の指先は、不甲斐なくただただ恨めしいばかりである。
 こんな身も蓋もないことを書いて4月は、一日だけの休みで過ぎてゆく。ウグイスは、こんな私に業を煮やしてか、このところエールを断っている。小雨のせいにできない、つらい夜明けである。

「武士の情け」の切ない草取り

 「昭和の日」(4月29日・月曜日 祝祭日)。自然界は、今にも朝日が輝きそうなのどかな夜明けを恵んでいる。ウグイスはじめ山鳥は、喜び勇んで鳴いている。ところが現下の人間界は、ままならない世相にある。経済界は、いっそう円安傾向を強めて、物価上昇はこの先へ続きそうである。政界では、きのう投開票が行われた三つの衆議院補選、すなわち東京15区、島根1区、長崎3区においては、いずれも立憲民主党が制し、自民党への逆風が吹いている。なおままならないのは、わが家の暮らしぶりである。夫婦の年齢(83歳と80歳)相応に、あらゆることに「生きる苦難」が続いている。
 きのうは予告の「鎌倉めぐり」は止めて、いっとき庭中に這いつくばった。実際には、百円ショップで買い求めたプラ製の椅子に腰を下ろした。わがいつもの草取り姿である。猫の額にも満たない人工のわが庭は、主(私)の甲斐性無しと怠慢にせいで、荒れた原っぱ(野原)同然にある。観るに見かねてしかたなく、私は「草花畑」と名付けて、恰好をつけている。あちこちに、名を知らない草花が美しく萌えている。きのうは珍しく、妻もまた草花畑へ出向いて協働した。
「草花、綺麗ね。せっかく萌えているのだから、取りたくないね」
「そうね。綺麗だわ。草花は取らずに、ほかを取ればいいのよ」
「そうだね。草花はしばらくそのままにしておこう。取るのは、忍びないね」
「咲き終われば、取ればいいのよ。わが家の花壇と思えばいいのよ」
「そうだ。そうしよう。すると、きょうは取るところがないね。もう、止めよう」
 「武士の情けの草取り」と言おうか、いや遣る瀬無く頓挫し、後顧に憂いを残したのである。
 なんだか切ない、わが家のゴールデンウイークの一日だった。朝日が輝いて、行楽日和を恵んでいる。だけど私には、ゴールデンウイークの行楽の予定はない。

「惰性」、呼び戻しの文章

 4月28日(日曜日)。人様のゴールデンウイークを羨むような、妬むような、挙句、旅心を誘われそうな、晴れてのどかな夜明けが訪れている。しかしながら文章は、恥を晒して様にならない。もとより、恥晒しは厭わない。きのう途絶えた惰性を呼び戻すだけが目的の文章を書き始めている。なぜなら、こうしなければ頓挫は、もはや再起不能に陥るためである。ゆえにこれを免れるためには、どんな文章でも書けばそれなりの価値はある。だけどやはり、こんな文章はほとほと身に堪えている。
 きのうのテレビニュースには、ゴールデンウイークの始まりを伝える映像が頻出した。一つは、「羽田国際空港」における混雑する出国情景である。一つは、渋滞きわまりない下りの「高速道路」の光景である。これらの映像を観た私は、この文章で言葉(語句)選びに悩まされている。すなわち、これまでもそのたびに呻吟してきた語句選びである。それらは漢字特有の語句選びの難解さである。文意にそって浮かんでいたものには、こんなものがあった。場面、情景、場景、状景、光景、風景などである。
 文章を書く妙味の一つは、文意に即した最もふさわしい言葉や語句(適語)が浮かんだときである。もちろん、そんな感興にはめったに出合えない。ゆえに文章を書くことには、常に苦痛、苦衷、呻吟がともなっている。挙句には(もう書きたくない、もう書けない)気分に苛まれることとなる。きのう私は、その証しを被ったのである。私は、掲示板に「書けません。休みます」と、印してずる休みをした。だからきょうの文章は、その怠惰な心を断つだけが目的化しているにすぎない。それゆに私自身は、文章の不出来は構わず、ここまで書いたことで十分である。そして、あすへ繋がれば万々歳である。身勝手をお許し願うところである。
 朝日の輝きは増している。きょうの私には、「鎌倉めぐり」の一員に加わりたい思いがつのっている。