ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

クリスマスと「すき焼き鍋」

 クリスマス(12月25日・水曜日)。世の中の人たちの多くは、きのうのイブ(前夜または前日)と共に、祝福あるいは「食欲旺盛」気分に浮かれて、楽しくこの日を迎えているようである。実際にはきのうの昼間、「ケンターキー・フライド・チキン」の店舗を前にして、まるで長蛇のごとくくねくねと曲がる列を目にして、わが夫婦はしばしこんな思いに浸っていた。わが夫婦はこの列には加わることなく、この店から数メートル離れた、「牛丼」を看板メニューとする「すき家」へ入った。いつもは値段の安いことにことよせて、そのうえさらに最も安価な「ミニ牛丼」メニューを選んで、勝手知った注文ボタンを押す習わしにある。二人してキョロキョロと、壁に貼られていたまるで世界地図みたいにだだっ広く、数えきれなくあるメニュー一覧表(絵柄)を眺めながら、最上位に位置する最も高価なメニューを長く見詰めていた。実際のところは止せばいいのに、注文メニューに思案投げ首状態にあったのである。挙句、この日にかぎり阿吽(あうん)の呼吸は、こう言い放った。
「パパ。『すき焼き鍋』を食べてみましょうか?……」
「そうだね。食べてみよう!」
 こののちは、一人で忙しく動き回る係の見目麗しい若いパート女性を手招いて、妻はあれこれとメニューの詮索をした。私は支払者特有に心中で、(美味しさはともかく、費用対効果)を浮かべていた。二人して、「すき焼き鍋」に決めた。けれど、注文ボタン押し方が分からず、係の女性に押してしもらう始末だった。
 次々に入ってくる客は、注文ボタンの操作に手慣れて、だれもがスムースに注文にありついていた。私は手間暇をかけたことで、丁寧な言葉で係の女性に詫び、同時に注文動作を依頼した。注文が済むと安堵して、店内模様や客の姿を眺めていた。
 時を置かず湯気が立ちのぼる二つの「すき焼き鍋」が運ばれてきた。相対で見る双方の皺だらけの顔に、艶々の笑顔が溢れた。食べ終わると二人は、美味しさに満足した。実際のところ私は、病身の妻が満足さえすれば美味しさはどうでもよかった。けれど、費用対効果は、効果のほうが勝り、十分に元が取れたのである。
 私は妻より先に立って、千円札二枚を自動の支払い機に入れて、1750円を支払った。釣りの250円は、コロコロと硬貨入れに落ちた。実際にはここでも、係の女性の手を煩わしたのである。やおら病身を擡(もた)げる妻の手を取り、二人とも満腹の面持ちで外に出た。寒風が吹き晒す「ケンタッキー・フライド・チキン」の前には、いっそう長く人が並んでいた。
 きのうのわが行動は、妻の引率行動だった。先ずは当住宅地内最寄りのS医院への通院、次には「パパ。わたし、大船で買い物したいのがあるの………」と言う妻に逆らえず、二人は最寄りの「北鎌倉バス停」から、巡ってきた「大船行きバス」へ乗り込んだのである。寝起きの私は、こんなことを書くつもりは毛頭なく、久しぶりにネタを従えていた。ところが、書き出すとこんな文章になり、慌てふためいてここで結ぶものである。
 のどかに、日本晴れの夜明けが訪れている。雪の降る「ホワイト・クリスマス」など望んでいないからこれでいい。フライドの七面鳥は食べなかったけれど、美味しい「牛すき焼き鍋」にありついて、まずまずのクリスマスを迎えている。

垣間見た「お利口さん」の光景

 12月24日(火曜日)。強い寒気が起き立てのわが身に沁みている。私は寒気に音を上げそうである。バカなことを言っちゃいけないよ。このところのテレビニュースは、日本海側の降雪量の多さや雪の嵩(かさ)の高さを報じている。きのうのニュースには、屋根の上の雪下ろしで、亡くなられた人のことがあった。きわめてつらいニュースだった。それでも人は生まれた所に住み、職業や仕事の都合で離れても、だれにもそこは愛(いと)しい生誕地であり、ふるさとである。だから、他人行儀に今はやりの移住の進めや、見せかけの同情は禁物である。
 これに加えて私は、こんなことを浮かべて起き出している。遠いわが子どもの頃、すなわち児童(小学生)や生徒(中学生)時代の教育現場にあっては、盛んに情操教育という言葉が囃し立てられていた。しかしながら私は、その真意を知らないままに、とうとう人生は終末にある。情操教育を見出し語にして、電子辞書を開いた。
 【情操教育】:「創造的・批判的な心情、積極的・自主的な態度、豊な感受性と自己表現の能力を育てることを目的とする教育。知性・道徳性・美的感覚・共感性などの調和的な発展を狙いとする」
 書くだけで骨が折れて、説明文もまた珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)であり、もとよりわが身には無縁である。現下の学校教育の目標(スローガン)は知る由(よし)ないけれど、老若男女(ろうらくなんにょ)並べて、デジタル社会だということは知ることができる。
 きのうの私は、いつもの大船(鎌倉市)の街へ、買い物に出かけた。わが買い物は往復共に、20分ほどバスへの乗車が強いられる。私は、二人座席の空いている奥の所に腰を下ろしていた。そして、スマホを片手にして、この日書いた「ひぐらしの記」を読んでいた。文章の校閲を主眼とする、半ば楽しいひとときである。途中から親子連れが乗り込んで来られて、娘はわが隣に座り、両親は娘を囲むようにして立たれた。両親は立ったまますぐに、それぞれがスマホを手にされて、何かを見始められた。座席の多くの人たちもスマホを見ている。立っている人たちもチラホラ、スマホ見ている。もはや、異常な光景ではなく、普段、目にする日常光景である。
 ところが、わが隣の席にあっては異変を目にした。まだ、三、四歳の頃と思える娘もまたすぐに、自分のスマホを片手に動画を見始めたのである。私は驚いて盗み見をした。動画の映像は、人形仕立ての動物の絵柄のようだった。娘の年齢に見合った、とても楽しそうな絵柄の動画である。私は微笑ましく、チラチラと見入った。娘のスマホさばきは、私よりはるかに上手だった。私は、「上手だね」と言って、褒めてやりたかった。しかし、盗み見を両親に咎(とが)められるような気がして、それは止めた。バスが終点の大船へ近づくと娘は、ぴたりと動画を止めて、降りる支度をした。娘の乗車から下車までの一部始終のしぐさは、まさしく「お利口さん」と言えるものだった。同時に私は、わが世(世代)が消えるのを感知し、娘に続いて席を立った。私は世の中の様変わりを感じ、デジタル社会と情操教育の繋がりを浮かべていた。
 わが柄でもないことを書いて、年の瀬・冬空の夜が明けている。

寝起きの文章は様にならず、書くだけ

 起き出して来て、年の瀬・12月23日(月曜日)の夜明け前にある(4:35)。視界や身体には感じないけれど、自然界と人間界の定説にしたがえば「冬至」(おととい)過ぎて、夜明けは早くなり始めている。冬至にちなんで再び、いま浮かべている言葉がある。それは、大沢さまと妹さんとの短い会話の一端である。一端ゆえに、妹さんのお話のところだけを記すとこうである。「これから本格的な冬が来るのよ。冬に至るって書くんだからね」。不断の私は、大沢さまのマルチタレント(多才能)ぶりに、「心酔と憧れ」のダブルの思いを抱いている。ところが、私は妹さんの機知(力)の豊かさにもまた驚異をおぼえたのである。「冬至」そしてそれに対応する「夏至」は、共に「冬に至る」あるいは「夏に至る」と読み替えれば、確かにそれだけで季節感の充満や躍動にありつけるところがある。長く文章を書いてきたのに私は、このことに気づかず、妹さんの言葉に魅せられたのである。まぎれもなく冬至は、「冬に至る」である。なぜなら、起き立ての私は、冬至過ぎて本格的な冬入りと、それにともなう寒気の強まりに、太身をブルブルと震わせている。
 夜明け前、夜明け、そして朝はなんで、来るのだろう?……。これらのたびに私は目覚め、起き出してこなければならない。起き出せばパソコンを起ち上げて、なけなしの脳髄に鞭打ち、文章を書かなければならない。もとより凡庸の私には、病巣に太い注射針を刺す痛みがある。確かに、地球のめぐりには昼間も夜間もある。現在の私には職業や定期の用事など一切なく、年じゅうひもすがら暇を貪っている。だったら、寝起きに書く苦しみなど捨て去り、昼間に書けばいいと思うところはある。そして何度か、昼間書きを試みたけれど、元の木阿弥を繰り返して定着せず、今なお起き立てに甘んじている。
 寝起きに書く文章はネタの用意なく、かつまた執筆時間にせっつかれて、おのずから書き殴りの憂き目をこうむっている。挙句、自分自身、文章書きの妙味も損なわれがちにある。この反動で、昼間書きへの願望は常に募るばかりである。しかしながらこれまで、その願望は果たせないままである。翻って寝起き書きの利点を鑑みれば、これ一点のみである。すなわちそれは、寝起きに書くからこそ文章の継続が果たせていることである。
 昼間書きの弱点は、文章の体裁は確かにととのっても、半面継続は危ぶまれるところがある。その理由には、こんなところである。昼間にあっては定期の仕事は無くても、生きるための雑多な用件は多々ある。それらの中で主なところは、街中・大船(鎌倉市)へ買い出しと、様々に病医院を変えての通院である。加えて、書く時間の多さにはそのぶん気の緩みに見舞われ、時の縛りが外れて、挙句、継続が断たれる羽目になる。寝起き特有の書き殴りにあって、きょうもまた文章は、エンドレスになりかけている。ゆえに、ここで意識して断つものである。確かに、寝起きの文章は継続だけには有利である。しかし、文章の体(てい)を為さないのは、わが泣きどころである。
 手のろゆえに、冬空の夜が明けを訪れている。寒気が強いせいか、青深い日本晴れである。きょうのわが予定には、当住宅地の中の最寄りのS医院への通院がある。

死んでも、あの世へは行かないよ

 12月22日(日曜日)。きのうの「冬至」明けの初日にある。パソコン上のデジタル時刻は、4:50と刻まれている。最長の夜を挟んで、ほとんど寝つけないままに目覚め起き出している。そのせいか、(堪えきれないよ。だから、雑多な思いはもう止してくれ……)。心が音を上げているような好悪、様々なことが浮かんでいる。
 バカなことの一つはこれである。わが身体はまだ夜明けの早さは感じず、机上のカレンダーだけが日を替えている。一方、心の和むものでは、大沢さまのきのうのご投稿文にある、お二人様の「冬至」にまつわる会話である。不意を突かれた思いで、私はドキッとした。すぐさまそれを撥ね退けて、こんどは会話の妙に微笑ましさをおぼえていた。なぜならきのうの私は、冬至という言葉だけで、淡々と文章を綴っていたからである。そのため私は、妹さんと大沢さまの会話に度肝を抜かれていたのである。
「これから本格的な冬が来るのよ。冬に至るって書くんだからね」
「昼の長さがだんだん長くなり、春が近くなるのよ」
 冬至にかかわらず季節のめぐりにあっては、私もまたこんな粋な心情を絡めたいものである。
 三っ目には、終末人生の悪あがきみたいなことを浮かべていた。それは、お釈迦様との問答である。お釈迦様は「この世(現世)は穢土(えど)であり、あの世は浄土(いや極楽浄土)」と、説かれ続けている。もちろん私は、この説法は眉唾(まゆつば)ものの嘘っぱちであり、それを信じるバカではない。だけど私には、お釈迦様の嘘を見極めたい思いはある。いや、ネタのない文章のゆえである。
 電子辞書を開いた。【極楽】:「阿弥陀仏の居所である浄土。西方十万億土を経た所にあり、まったく苦患(くげん)のない安楽な世界で、阿弥陀仏が常に説法している。念仏行者は死後ここに生まれるという。極楽浄土、安養浄土、西方浄土、安楽世界・浄土など、多くの異称がある」。
 生きて、苦しんでいるけれど、まだこの世のほうがはるかに増しである。どんなに極楽浄土と説かれても、私はあの世に急ぐつもりはない。あの世で、再び生まれたい願望など、さらさらない。なぜならこの世には、現実の楽しみが溢れている。
 きょうの私には、「男女、全国高校駅伝」のテレビ観戦の予定がある。冬至を境に確かに寒い冬に向かうけれど、その先には暖かい春が訪れる。妹さんと大沢さまの会話にパチパチと両手を叩き、私は欲深く冬の寒さをしのいで、暖かい春の訪れを待っている。
 きのうの「ユズ風呂」にあっては、ほのかな香りを堪能した。ちょっぴりの現実のわが極楽浄土であった。きょうの昼間あたりから、日長の兆しが見えるであろうか。夜明けの空は、本格的な冬空へ向かう、胸の透く日本晴れである。

冬至

 互いに老いて、ふうちゃんは身体の病に苦しみ、そして私(しいちゃん)は、精神の傷病(マイナス思考)に苦しんでいる。どちらに手に負えない痛みや苦しみがあるかと言えば、たぶんどっちもどっちであろう。終末人生のもたらす「成れの果(はて)」と思えば、共に腹を立ててもしようがないね。確かにふうちゃんは、まるで「モグラ叩き」さながらにピョコピョコと顕れる病を、彼独特の機知に富んだ表現で打ち負かしている。一方、しいちゃんはそんな才に恵まれず、明けても暮れても愚痴を垂れている。挙句、私は器の違い(小)を曝け出している。だけど私は、才能や器の負けには嘆いていない。すなわちそれは、「竹馬の友」という、名フレーズ(成句)が醸す心地良さに救われているためである。実際には竹馬に乗って、共に遊んだ記憶はない。バカだなあー、成句とはそんな有無など、どうでもいいことである。台無しのことまで書いてしまい、私はつくづく愚か者である。
 序章はここで打ち切りにして、さてきょうは、夜長の最長を為す「冬至」(12月21日(土曜日)である。時のめぐりの速さ(感)には、もとより諦念せずにはおれないものがある。だけど、冬至がめぐり来るとそのぶん、短い余生をいっそう削られる思いにとらわれて、痛恨きわまりないものがある。これまたどう鯱(しゃちほこ)だって嘆いても、どうなることでもない。それでも嘆きたくなるのは、これまたわが小器の証しである。
 冬至をあすにひかえたきのうのわが家(老夫婦)は、こんな行動をしでかした。それは冬至特有の「ユズ湯」の態勢かためだった。わが家のほったらかしのみすぼらしい柚子の木には、なぜかことしは史上最高と言えるほどにたくさんの実をつけた。きのうの私はそれらの実をもぎ取り、妻はそれらを配り歩く役割に徹したのである。妻は隣近所の6軒をヨタ足で歩いて、5個ずつを配った。どうでもいい行為だけれど、私たちはユズの実に冬至の役割を担わせたのである。確かにこれを終えると、人様のありがた迷惑気分など知ったこっちゃなく、わが夫婦にはきょうの冬至の実感が弥増していたのである。
 冬至の夜明けは、満天は日本晴れ、空間および地上にはくまなく、朝日がキラキラと光っている。自然界の恵みにあって、わが満腔(まんこう)には幸せがあふれている。ふうちゃん、まだ、共に頑張ろうね。

再起途上の文章は、ヨタヨタ

 12月20日(金曜日)。起き立てにあってまずは、洗面の水の冷たさに身を縮めている。次には、ネタ探しに心を痛めている。しかし、こんなことばかりでは、わが身は保てない。だから、気持ちの和むことを浮かべている。イの一番に浮かぶものでは、スラスラと文章を紡がれる大沢さまへの憧れである。大沢さまは天賦の才と、ご両親からさずかる才能、さらには自ら育てた知能に恵まれてご幸福である。
 せっかくの気分の和みに逆行するけれど、わがしがない性(さが)ゆえに、やはり書かずにおれない。起き立てにあっての私は、二強との戦いを強いられて、抗戦いや防戦の最中にある。一つは、わが心中に蠢(うごめ)く「弱虫」との戦いである。弱虫とは私自身が蔑(さげす)んで名付けたものだけれど、実際には手に負えない強敵である。こちらは、精神的戦いである。そして一つは、寒気との戦いである。こちらは、身体的戦いである。こちらも防戦とはいえ、人工の手立て(武器)にすがり防ぎようはある。
 防ぎようのないのは、「弱虫」の腹を決めた大胆不敵の心中における居座りである。それゆえにこちらは、おのずから持久戦になりそうである。ようやくネタとは言えない、心寂しい世相の一端が浮かんでいる。これまで「治安の良い国」という美称や美徳をさずかってきた日本の国は、このところ一気に奈落の底へ落ち始めている。制限時間のあるNHKテレビニュースは、もはや時間内では伝えきれないほどに、事件の多発状態にある。ニュース項目一覧の中に並ぶものは、厄介な事件ばかりである。所かまわぬ広範囲の闇バイトと詐欺事件、北九州市における中学生男女の殺傷事件、さらには千葉県における奇怪な事件などが連発で伝えられている。もはや、命短い私がこれらを危惧して、心を痛めることには、確かに大損のところはある。しかしながら老い先短いゆえに、かつまた84年も日本の国に住んできていることから、やはり事件の多さには気懸りと気分の滅入りが生じている。挙句、事件の多さの原因や誘因は何であろうかと、なけなしの脳髄をひねっている。けれど、自分自身に分かるはずはない。だから、現役時代にあって辣腕刑事と名を馳せた、竹馬の友・ふうちゃん(ペンネーム・ふうたろうさん,大阪府枚方市在住)を浮かべている。
 再起途上の文章は、ようやく書けただけでもいいだろう。それゆえ尻切れとんぼのままに、ここでおしまいである。年の瀬は十日余を残すのみである。新たな事件は、真っ平御免蒙りたいものである。大沢さまのお言葉を借りると、夜明けごろの寒さは日中になれば、汗を拭うほどに暖かくなるだろう。手に負えないのはわが心中における弱虫の蠢きと、日本社会における悪党の横行跋扈である。

私は愚か者

 12月19日(木曜日)。体温は平熱の36度前後で変わらないけれど、身体気温は緩んでいる。天界がさずけるご褒美と思いたいけれど、しかしそれをさずかる物種(美徳)はまったく無い。いや実際には天界からお叱りを受けそうな、このところのわが体(てい)たらくぶりである。(もう書くまい、もう書けない)という、心中の「弱虫」の跋扈(ばっこ)をこうむり、文章は三日間頓挫した。(これではまずい)と、四日めには一念発起し、弱虫退治を敢行した。ところが、いまだ退治しきれずに、現在は弱虫の逆襲のさ中にある。普段、「虫けら」と蔑(さげす)む、弱虫の抗戦力に敗けそうである。もう、文章の質(出来不出来)は問わない。なりふり構わず、何でもいいから書かなければならない。(なさけない)、わが現在の心境である。この文章はその証しである。
 机上の電子辞書を開いた。「克己:おのれにかつこと」。私は弱虫にも、自分にも負けている。夜明けはいまだ遠く、太陽の恵みにはありつけず、しかたなく指先をキーボードから離して、再び床へ就く。寝床で、再起動の機運を温めるつもりにある。頼りない、わが決意である。老いること、とりわけそれによる心情の萎(な)えは、人間につきまとう哀しい性(さが)であろう。いや、(自分だけかなー……)と、嘆息するところにある。
 幸いにもきのう同様に、気狂いの自覚(症状)はない。だから、駄文を綴りながら平常心、通常の文章への復活を願っている。わが身勝手を、平に詫びるところである。時や季節は、わが心中などつゆ知らず、坦々と流れてゆく。それに逆らう私は、愚か者である。

夜明けはるかに遠い、寝床で

 (もう書くまい、書けない)と、決めていた心を励まし、そろり書いている。きのうの昼間、道路に吹き晒された枯れた落ち葉を掃き清めた。このとき、こう思った。(枯れ葉や落ち葉のように、生きる屍になるのは、いやだな)。きようは、これだけ書けば御の字だ。気狂いの自覚はなく、再起できそうである。

思案は可否半ば

 「あす以降をどうするかは寝床で、ちょっぴり思案にくれることになりそうである」。きのうの文章は、このような結びで終えている。確かに、寝床で長く思案をめぐらしていた。ところが、生来、優柔不断の性癖(悪癖)を有する私は、試案は決断には至らなかった。挙句、ほぼ一日、日を替えた先ほどまでに寝床で思案を引きずり続けていた。それでもまだ、「書こうか書くまいか」を決めかね得ず起き出している。
 きょう12月14日(土曜日)、目覚めて起き出してきている時刻は定時(5時)近くである。だからこの先を書いても執筆時間は、焦ることなくたっぷりとある。ところが、時間切れの思案の結論では、とりあえずきょうは書くのは止めようと決意している。しかしながら一方、これまたあす以降の再始動の可否を恐れて、何らかを書き添えて置かなければならないと思う。ゆえに、いま心中に浮かんでいることをいたずら書きするものである。その一つは、わが心身を脅かしている寒気の強まりである。そして一つは、「今日は何の日?」をめぐらして、「赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件」の日である。しかし、12月はこれだけでは済まされず、すでに過ぎたけれど「太平洋戦争の開戦日」(昭和16年(1941年)12月8日)を書き添えて置くものである。
 いよいよ様にならない文章、いや文章とは言えないものの結びである。すると、きのう同様に寝床にとんぼ返りをして、「博打(ばくち)みたいな二度寝を試みるつもりにある」。文章の体(てい)をなさないいたずら書きは30分ほどで済んで、いくらか太陽熱を恵む夜明けはいまだはるかに遠く、わが身体は寒気でブルブル震えている。

罪つぐないの「そっけない一文」

 12月13日(金曜日)。強い寒気に震えて、また強い悔いごとを抱きながら、ほぼ定時(5時)に起き出している。強い寒気を食らっていることには、冬という季節がら仕方がない。一方、強い悔いごとをしでかしているのは私自身であり、仕方ないでは済まされないわが罪つくりである。
 このところの「ひぐらしの記」にあっては、書き殴り特有に放っていたらエンドレスになりそうな、だらだらと長い文章を書いている。そのせいで掲示板は汚(けが)れて、同時に掲示板を覗く人様の数を示す、カウント数は減り気味にある。こんなことであれば、寒気と文章書きのダブルの苦痛に耐えて、書くことなど止めればいいと思う。確かに、これこそわが身そして読んでくださる人様のためでもある。
 時は冬の季節にあって、周囲の山は冬枯れの風景を曝(さら)け出している。私は季節を分けず年じゅう、ネタ不足状態を晒している。これらにかこつけてきょうは、身を慎んで長い文章は書くまいと決め込んでいる。ゆえにきょう書くことは唯一、このことだけに留まることとなる。それは、きょうの行動予定における歯医者通いのことだけである。前歯の欠けた後は、今なおほったらかしにして、ポッカリと空いたままである。きょうも、新たな入れ歯や詰め歯を願うつもりはない。なぜなら、普段そんなに不都合なこともないし、それよりなによりこの先の命の短さを鑑みれば、もはや慌てふためくこともない。いやいや、コストバランス(費用対効果)からすれば、どっこいどっこいのゆえでもある。きょうは冒頭のわが意志に則(のっと)り、ここで書き止めである。なんだかそっけなく、かつまた味気ない気もする文章である。しかしやはり、文章書きは30分ほどで済んで、気分はいたって楽チンである。
 夜明けはまだ遠く、だったら寝床へとんぼ返りをして、博打(ばくち)みたいな二度寝を試みるつもりにある。あす以降をどうするかは寝床で、ちょっぴり思案にくれることになりそうである。