ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

私事、次兄他界

 4月15日(土曜日)。夜間は寝付けず、朝方から眠りこけて、昼間に目覚めて起き出しています。小降りの雨です。人生のつらさをたっぷりと詰め込んでいたため、疲れ果てています。男性の私は、この世に産み出す苦しみは免れます。しかしながら、この世から押し出す苦しみは、免れることはできません。
 次兄の闘病に、4日ほどは病院のベッドの傍らで寝ずに付き添い、つらい涙を流し、人間の死に様の一部始終を看ていました。尋常あれば短い期間も、身に堪えた膨大な時間でした。臨終(4月8日、午前11時)、通夜(4月13日、午後6時、葬儀(4月14日、午前9時)。
 儀式に、つらさはありません。次兄の苦しみを思い、さっぱりしています。それまでの過程がつらいのです。次兄は、この世を去りました。

深まりゆく春にあって、怯える人間界と自然界

 4月4日(火曜日、4:38)、起き立て早く夜明けはまだ先にあり、きょうの天気模様はわからない。もちろんきのうに続いて、好天気を望んでいる。きのうは、昼近くから照り始めた日光に重い腰を誘(おび)き出されて、私は大船(鎌倉市)の街へ買い物に出かけた。それゆえ、二日続きのきょうの買い物は、免れそうである。しかしながら買い忘れたとか、なんやかんやの自己都合の理由をつけて、きょうもまた出かけるかもしれない。なぜなら、普段、散歩をしない私の場合、買い物行は唯一、仕方のない散歩代わりを為している。
 買い物へ出かけないと私は、茶の間のソファに凭れて、まるでカタツムリ同然の動きのない姿で明け暮れる。言うなれば往復、バスに乗っての遠出、大船の街への買い物行は、わが飛びっきりの散歩を為している。
 3月から4月へと変わり、春は日を追って深まりゆく。4月の人間界は、別れの月3月が過ぎて、出会いの月である。きのうのテレビニュースはその確かな証しとして、人間界にあっては入学式や入社式光景を映していた。一方自然界は、わが眼前にこれまた季節特有のこんな風景をもたらした。
 買い物行にあって私は、バス通りにある最寄りの「半増坊下バス停」のベンチに座り、巡り来るバスを待っていた。すると、そよ風に煽られて散り急ぐ桜の花びらは、道路に花吹雪を舞った。道路をまるで花絨毯、また見ようによっては、小川の花筏風景を晒し出した。この風景は、わが眼前に突如現れた桜川みたいでもあった。ところが、やがて巡ってきたバスは、一瞬にしてそれらを蹴散らした。私は忍び難い切ない心情をたずさえて、ヨロヨロと乗車し、定期券を運転士にかざした。以下は、きのうのテレビニュースが報じていたことにかかわる引用文である。人間界および自然界こぞって、恐ろしいニュースである。
 【イルカ集団座礁と地震「安易な結びつけ早計」】(SNS投稿に識者、4月3日、月曜日、19:58配信 毎日新聞)。「大地震の前兆か」。千葉県一宮町付近の海岸にイルカ約30頭が打ち上げられた3日、ネット交流サービス(SNS)にはこうした投稿が相次いだ。東日本大震災の7日前にも同様の事態が起きており、不安に感じているようだ。果たして、イルカの集団座礁と大地震の発生に相関関係はあるのか。地震の前兆現象に詳しい「災害予測情報研究所」の織原義明代表は「完全に否定はできないが、安易に地震と結びつけるのは合理的ではない」と話す。織原代表によると、一宮町の北約80キロに位置する茨城県鹿嶋市沖で約10年間(2001年1月~11年3月)の状況を調査したところ、イルカを含む鯨類の集団座礁は6回確認されたという。だが、「6回は2~5月に集中しており、この時期の海流が影響したと推察される。鹿島灘(沿岸の海域)は遠浅で一度迷い込むと脱出しにくいこともあり、いろいろな要因が考えられ、地震と結びつけるのは早計ではないか」と語る。鹿嶋市の海岸では11年3月4日、イルカの一種「カズハゴンドウ」54頭が集団座礁し、同11日に東日本大震災が起きた。一方、15年4月にも鹿島灘の沿岸約10キロにイルカ156頭が打ち上げられたが、その後に大きな地震はなく「(東日本大震災の時は)偶然と考えた方が自然」とみる。
 今回の件については「詳しいことがまだ分からない」とした上で「集団座礁を防災情報として役立てるのは現段階では難しく、地震との相関関係は見いだせない」と話した。明けて夜明けの空には、淡く朝日が射し始めている。早起きのウグイスは、声高に鳴いている。しかしながら春深まりゆく季節にあって、人間界そして自然界共に、一寸先は闇の中にある。

心満たさない夜明け

 4月3日(月曜日)、すでに夜が明けている。朝日はまったく見えない。けれど、雨・風・嵐はない。久しぶりに二度寝にありつけて、半面、心が急いている。みずからの縄張りで、ウグイスが鳴いている。起き立てに心急いて書く文章は、とことん手に負えない難物である。いやこのことは、口実まがいのとんでもなく間違った表現である。なぜなら、起き立てでなければ文章書きは、容易いと言うことではない。昼間にあってたっぷりと時間をかけて書く文章であってもやはり、私には変わりようなく手に負えない難物である。起き立ての文章は、心に余裕なく書き殴りに甘んじる。それゆえに起き立ての文章は、書く気分が殺がれている。
 わが長い人生行路を省みては、限りなく悔恨がよみがえる。もちろん「後の祭り」であり、それゆえいまさらの悔恨である。文字どおり、悔しさと恨みつらみはいや増すばかりである。
 文章書きにまつわる悔恨の一つは、子どもの頃よりこんにちにいたるまで、私には教科書と新聞以外に読書歴はない。ところが実際のところこれらは、読書歴の範疇とは言えない。すると私には、読書歴は皆無である。だからこのことは、わが人生行路における悔いごとの一つをなしている。挙句に私は、もし仮に読書歴があれば人様の文章を真似て、わが文章書きは容易くなったのでは? という、「捕らぬ狸の皮算用」を浮かべている。
 このところの私は、長い文章をグダグダと書いて、疲れている。そのうえきょうは、遅い起き出しにあって心が急いている。疲れはいや増しそうである。身も蓋もない文章を書いてしまった。書かなきゃ、よかった。だからこの文章は、これでおしまい。
 朝日が光り始めている。二度寝にありつけるのも、ありつけないのも、どちらもつらいわが晩年の生き様である。心焦っての、せっかくの文章だから、心満たされずとも、投稿ボタンに指先を触れてみる。

草臥れ儲けにさえならない、書いただけの駄文

 4月2日(日曜日)、夜明け未だ遠い静寂の中に起き出している。聞こえようのない心音は、確かな鼓動を刻み、私は生きている。しかしながら、意義ある生存かどうかは、知らぬが仏である。だけど、死んでいるより生きていることは、はるかに増しである。
 頃は良し、日本列島のあちこちにおいて人々は、時を変えて桜見物の真っ盛りのさ中にある。確かに花便りは、芽吹き初めもよし、盛り(満開)もよし、散り際もよし、すべてよしである。今時、桜の花は、口の端に誉めそやされて、賑わう花便りの謳歌を極めている。このところのテレビ画面は、すでに終わりだろうか、今や盛りだろうか、まだこの先だろうか。茶の間のソファに凭れながら、日本各地の桜の花模様(花便り)の画像をかぎりなく堪能させてくれている。こんな好季節にあってマイナス思考にとりつかれメソメソするのは、確かに愚の骨頂窮まるバカ丸出しである。
 この季節にあって自然界の恩恵は、もちろん桜の花だけではない。百花繚乱、百花斉放のみならず、山紫水明、花鳥風月など、さらには盛りだくさんの四字熟語のオンパレードである。まさしく季節は、春うらら、春爛漫の真っただ中にある。しかしながら、年老いたわが身において厄介なことは、狭小とはいえ庭中に萌え出している雑草取りの手始めがある。雑草という名づけは、雑草には罪なく抜き取る厄介さゆえに付けられた、人間の驕りと言えそうである。なぜなら、雑草とて桜の花に負けず劣らず、ようやく一年回りに健気に芽吹いて、日々背丈を伸ばし、緑を深めている。あえて人間が雑草と呼ばなければ、それなりの美的風景を恵んでいる。それでも草取りをせずにおれないのは、やはり確かな人間の驕りである。すなわちそれは、人間に付随する見栄心のせいである。
 確かにわが草取りは、道行く人が眺めて(ここは空き家かな?)と思われて、蔑視を受けないための最低限の行為である。ところが年年歳歳、わが草取り行為は難儀を極めるばかりである。やはり、綺麗ごとは抜きにして、雑草呼ばわりしたくなる。起き立てにあって、こんな書き殴りの文章は、もとよりわが恥さらしである。
 「ひぐらしの記」の継続の支えは、掲示板を開いてくださる人様のご好意と情けすがりである。だから起き立ての私は、その恩情に背くまいと、書き殴りと駄文をも省みず、必死にキーボードに不器用な指先を這わせている。きょうの文章は、まさにその証しである。
 明けきれない空は、朝日が隠れた曇天、いや今にも雨が落ちてきそうな雨空である。この季節にかぎれば起き立てにあって私は、両耳には難聴用の集音機を嵌めている。もちろんそれは、わが日常生活に朝っぱらからウグイスの鳴き声を味方にしようという、さもしい魂胆のせいである。現在の私は、子どもの頃の早起き鳥(ニワトリ)の声に替えて、山に棲みつくウグイスの声すがりである。もとより二度寝にありつけず、早起きを誘う早起き鳥(ウグイス)の声を、憎たらしいとは思わない。散り急ぐ桜の花と、朝早いウグイスの鳴き声に、わが心身は癒されている。そして季節は、この先晩春へ向かい、咲き誇る花々を変えては、「目に青葉山ほととぎす初鰹」(山口素堂)へと移ってゆく。それゆえ、せっかくの好季節にあって、わが身を儚んでいては大損である。
 きょうの文章は、起き立ての焦燥感に煽られて、書き殴りの典型である。ご好意と情けに背いて、つくづくかたじけないと、思うところである。時が過ぎて、夜明けの空には曇天をけちらし、まるで寝ぼけまなこみたいな、おぼつかない朝日が射し始めている。それでも、雨・風・嵐去って、自然界の夜明けは、のどかである。

出会いの月、4月1日

 4月1日(土曜日)。頃は良し、生きているのに、さしたる感慨はない。世の中は心寂しい別れの月(3月)が去って、新たに心楽しい出会いの月へと入れ替わる。しかしながら私には、不意の親類縁者あるいは自分自身との別れはあっても、もはや出会いは一切ない。
 周辺の桜の花は日に日に散り急ぎ、緑したたる葉桜模様を深めてゆく。そして、人々が誉めそやす賑わいは静まりゆく。その先には咲き誇る花々を変えて、風薫る五月(さつき)の空が訪れる。別れと出会いをなす学び舎の儀式は、明確に卒業式から入学式へ変わる。おのずから世の中には、様々に人の賑わいが溢れ出す。ところが私の場合は、置いてきぼりを食らったままである。もとより人との出会いがないのに、まかり間違って天変地異との出遭いだけは、真っ平御免蒙りたいものである。
 4:50,起き出して来て、気狂いみたいな文章を書いている。たぶん、このところ書き続けた長い文章のせいで、心身共に疲れているのであろう。いや、「ひぐらしの記」の執筆は、もうとっくに賞味期限どころか消費期限が切れた状態にある。実際には起き立ての、書き殴りの文章に嫌気がさして、疲れの主因を為している。だから疲れを取りには、たっぷりと時間をかけて、俗にいう整理整頓、すなわち文意を確かめ飾り言葉を整えて、書きたい思いが切々である。せっかくの出会いの月の初めにあって、こんな文章を書くようではなさけない。頼りにする山のウグイスは、まだ見知らぬ塒(ねぐら)でスヤスヤと眠っている。私は二度寝に就けず、キューキューと悶えている。薄明りの夜明けはのどかである(5:06)。

起き立の妄想

 3月最終日(31日・金曜日)の夜明け前にある(4:45)。「春眠暁を覚えず」には程遠い。熟睡に誘われず、仕方ない起き出しである。もちろん、モチベーションは低下し、文字どおり気力は損なわれている。起き出しながら、脈略なくこんなことを浮かべていた。一つは、時節柄のことで桜の花のことを浮かべていた。「花の命は短りき」。花にからんで、世の中の多くの人が認知する定番の表現である。この場合は、ずばり桜の花(花びら)をさしている。確かに桜の花には、花びら自体の弱さと、咲く期間の短さがある。これらに輪をかけて虐め尽くすのは、桜の花時をめがけて荒れ狂う雨・風・嵐の仕打ちである。ところが、弱弱しく見える花びらにも、これらに耐える意地と根性は強いものがある。私は歩きながら両手を重ねて、桜応援にパチパチ叩いた。
 きのうの私は、行動予定どおりに大船(鎌倉市)の街へ買い物に出かけた。そのおりの最寄りのバス停「半増坊下」までの道すがらにあっては、未だに散り残りの桜の花びらが青空に映えていた。思いがけない風景に遭遇し、私は意識して童心返りを演じていたのである。確かに、何ら脈絡はない。
 もう一つは、こんなことを浮かべていた。生きるためのコスト、すなわち大雑把に言えば、生きるための生活費(金、費用)の様々である。すると、真っ先に浮かんだのは、総体的に「衣・食・住」にかかる金である。もちろん、このほかにも諸々ある。大きなところでは修学にまつわる学費、社会人になっての遊興費および交際費、そして、リスキル(学び直し)を望めば新たな学費が要り用になる。さらには、終活、婚活、育活、さらには終活にも金がかかる。加えて現下、物価高で困惑を極めている電気・ガス・上下水道料などがある。なお現在、身に沁みて馬鹿にできないものでは、パソコンやスマホ、電話などの通信費がる。冠婚葬祭費では、冠婚のほうは少なくなったけれど、葬祭費は増えるばかりである。終身にあっては、様々な税金から免れることはできない。
 最後に書かなければならないのはやはり、心身の健康維持にまつわる限りのない医療費全般の多さである。死ぬのも、ただ(無料)では済まない。火葬や葬式代もかかる。きょうの文章は、「嗚呼、無常、無情」の抱き合わせである。
 夜が明けた(5:43)。こんな実のない文章など、書き殴りとはいえ、苦労して書かなければよかった。二度寝にありつけない祟りである。夜明けが訪れた。なんだかすっきりしない、桜の花びらの息の根を止めそうな雨空である。しかし、早起きのウグイスは鳴いている。今の私は、いつもなら嵌めない集音機を両耳に嵌めている。ウグイスの鳴き声を聞くためである。確かに、生きるには様々な生活費がかかる。だからと言って、みずから死に急ぐことはない。こんな気持ちになるのは、山のウグイスのおかげである。案外、桜の花もわが生存に貢献しているのかもしれない。

春三月は、ブービー

 3月30日(木曜日)、春三月のブービー日を迎えている。現在の時刻は(4:19)であり、窓の外は暗闇である。だから夜明けてみないと、天気の良し悪しを知ることはできない。ただ、きのうの気象予報士によれば、きょうの昼間は晴れになるという。気象プロの予報だから信じてはいるけれど、ときには当たり外れがある。特に、このところの自然界(気象)の営みは、雨・風・嵐をともなって、腹の立つほどの気まぐれである。それゆえに私には、気象予報士の予報に対し、かなり疑心暗鬼がつのっている。もちろん私は、予報どおりの晴れ間を願っている。なぜならきょうの行動予定には、きのう行きそびれた、大船(鎌倉市)の街への買い物がある。
 きのうは夜明けの頃のぐずつきを脱し、昼間へ向かうにつれて胸の透く好天気になった。まったく久しぶりのことであり、わが心身はすぐさま小躍りした。早速、わが日常生活における一つの役割に向かって、行動を開始した。私は妻に向かって、「きょうは、左近允医院へ行くよ!」と、呼びかけた。妻もこの日を心待ちにしていたのか、「そうね。パパ、一緒に行ってくれるの?」と言って相好を崩して、のろまに準備にとりかかった。
 当医院は住宅地内にある、わが家かかりつけの開業医院である。患者対応の男性先生の診察は、きわめて懇切丁寧かつ優しくて評判が良く、語弊はあるけれど外来患者多く、とてもはやっている。私は通院のたびに、先生のお人柄にふれている。住宅地内には一つの当院と、一つの歯科医院がある。ところが、歯科医院は一度だけ試しに行ったけれど、もうこりごりですぐさま診察券を破り捨てた。要らぬ診察券はそうでもしないかぎり、雨後のタケノコさながらに増えるばかりである。かかりつけの医院は、最寄りだからといって、済むものではない証しである。この点、左近允院が住宅地内に在るのは、天の配剤にも思えている果報である。
 わが家と当医院間における時間のかかり具合は、わが足であれば片道速足で約10分、ノロ足であれば15分足らずである。妻の足でも正常であれば、私とほぼ同タイムである。ところが妻は、大腿部骨折、入院、手術、そして退院以降、病身となり現在はリハビリのさ中にある。それゆえに妻の日常生活、とりわけ外出行動にあって私は、頼りにならない細い杖代わりの、頼りになる図体太い杖の役割を担っている。きのうは嵐が去った好天気に恵まれて、わが役割の一つを果たしたのである。そしてきょうは、もう一つのわが役割である、買い物行を予定している。幸いなるかな! きのうに続いてきょうの昼間は、晴れの予報である。現在(4:49)、夜明けの天気は知るよしない。しかしながら私は、生来のへそ曲がりを正して、気象プロの気象予報士の予報を信じている。あれれ! 五月雨式にキーを叩いて訪れた薄明りの大空は、曇天、今にも雨が降り出しそうである。いや、目に見えぬ小雨が落ちているかもしれない。山から、ウグイスの鳴き声が響けば、御の字である。

ようやく、雨・風・嵐止んで、再始動

 3月29日(水曜日)、起きてきて、脇のカーテンを開いた。一基の外灯が闇夜を照らしている。舗面を見る。雨はない。山の枝木と葉っぱの揺れはない。ようやく、雨・風・嵐のない、夜明けになりそうである。わが脳髄は、未だ睡眠状態を断ち切れずに空っぽである。身体は水ぶくれのごとくぷよぷよし、精神は夢遊病者さながらである。身体はともかく、心境は文章を書く状態にない。
 このところのわが日常生活は、玄関口を出ない茶の間暮らしに明け暮れている。生存の糧の買い物にさえ行く気を止められ、おのずから食品尽きて、冷蔵庫は用無し状態にある。食品が尽きれば、命が尽きる。だからそろそろ、買い物だけには行かないと、生存自体が危ぶまれる。こんな切羽詰まった思いをたずさえて、カーテンを開いた。
 わが買い物の足を止めているのは、このところ荒れ狂っている雨・風・嵐のせいである。もちろん私は、これまでの経験で、「花に嵐はつきもの」と、固く覚悟していた。ところが、日を替えて吹き荒れる嵐に出遭い、わが覚悟は萎えていた。挙句、この間のわが日常生活は、まるでカタツムリのごとく動きのない、茶の間のソファに凭れるだけの日が続いている。そのせいで身体は体重が増し、(なんだか、ぷよぷよと膨れたなあ……)と、実感するところにある。加えて、外気を吸っていないせいなのか精神は、モチベーション(気力)の低下に見舞われている。もとより、こんな状態では心象風景で紡ぐ文章は書けない。無理矢理書けば出鱈目である。これを断ち切るには、効果覿面のカンフル剤にすがるしか便法はない。すると私の場合、手っ取り早い無償のカンフル剤は外出行動である。ところがそれも、遠出は望みようなく、もっぱら普段の大船(鎌倉市)の街への買い物行動にすがるだけである。
 いや、もう一つわが外出行動には、妻の通院における引率同行がある。ところがこのところはこちらも、嵐のせいで先延ばしになっている。共に命大事、わが買い物行と妻の通院における引率同行は、わが現在の大事な役割である。ほのぼのと夜が明けた。雨戸を閉めず、カーテンを掛けていない、前面の窓ガラスを通して眺める大空と家並みには、ほのかに朝日射し始めている。きょうは、わが日常生活における再始動に恵まれそうである。長引いた雨・風・嵐のせいで、もはや花見の行動はない。見ようにも桜の花は、視界から消えている。

三年は、人間事情を変える

 3月28日(火曜日)。寝床から起き出し、パソコンを前にして、こんなことを浮かべている。生前の母は「三日坊主」と知りすぎて、私に対ししょっちゅう「するが辛抱、三日、三月(みつき)、三年」という、人生訓を垂れていた。すなわち母は、人生行路において辛抱することの大切さを私に諭し続けた。しかしながら私は、母の教訓に背いて、何事にも三日坊主を続けていた。今や遅し、母に謝りたい気分横溢である。
 一方では「ひぐらしの記」の継続に対して、草葉の陰から禿げ頭を撫でなでしてもらい、「しずよし、頑張ってるね、あっぱれだ!」と、叫んでもらいたい思いがある。母の喜んでいる姿が、沸々と心中に浮かんでいる。確かに、何事においても辛抱・我慢することは、目的を果たすためにはきわめて大切である。だからと言って辛抱することで、必ずしも目的が達せられることはない。それゆえに辛抱や我慢は、文字どおり常に辛さ、切なさ、悲しさをたずさえている。しかしながら、辛抱あってこそ目的が叶うこともまた、すべての物事の真(まこと)である。
 辛抱を継続に置き換えれば、こんな成句が浮かんでくる。すなわち、わが掲げる生涯学習の現場主義のおさらいである。「石の上にも三年」、「雨だれ石を穿(うが)つ」、そしてズバリ「継続は力なり」である。もちろん、類似の言葉や成句は、このほかにもたくさんある。ところが、わが貧弱な脳みそは、それらを浮かべてくれない。
 なぜここまで、煮ても焼いても、食えないような、突拍子なことを書いたのかと、自問を試みる。すると、自答はこうである。すなわちそれは、三年という、期間に依拠している。あんなに面倒くさがっていたマスクの着用は、「こののちの着脱は、自己判断でいいですよ!」と、言われた。長く待ち望んでいた、日本政府肝いりの御触れである。ところが私は、嬉々として「はい、そうですか」という気分にはならず、外し渋っている。ほぼ三年間の辛抱・我慢のマスクの着用は、もちろん新型コロナウイルス感染防止のためである。このことでわが身をかんがみれば、感染を免れて目的を果たしている。しかし実際のところは、三年間の慣れにすぎないものである。私は辛抱というより、三年いや、「日・月・年」の重み確(しか)と感じている三年は良くも悪くも、人間事情を変える。
 文意、あやふやな文章を書いてしまった。きょうの夜明けの空は、またもや確かな「雨・風・嵐」である。桜の花は、大泣きである。私は、べそをかいている。

別れと出会い

 3月27日(月曜日)。自然界にあって、頃は桜の花の季節である。咲けば散る。いや、散らされる。桜の花にたいしまるで感情があるごとく、いじわる根性を丸出しにしているのは「雨・風・嵐」である。このところの桜の花にたいする雨・風・嵐の妬みと悪態ぶりには、見て反吐(へど)が出るほどである。おのずから私は、雨・風・嵐にたいする恨みつらみが絶えない。
 確かに、人間は感情の動物である。その証しに人間は、生まれて死ぬまで、ほとばし出る好悪(こうお)の感情に絡みつかれている。「生と死」は尊厳をともなって、「出会いと別れ」の両極にある。人間の感情にあって、命の生誕にはおおむね喜悦が付き添い、一方命の終焉には必ず悲嘆が付き纏う。命の終焉にあっては、大往生という言葉がある。ところが私には、この言葉は切なさと悲しさを隠す、まやかしに思えている。
 3月はきょうを含めて、残り五日の最終週を迎えている。3月は、多くの別れ(儀式)を織りなす月である。小・中・高・大の学び舎は、ほぼ卒業式を終えている。この頃では、卒園式も営まれる。実業界すなわち社会人にあっても、3月には多くの別れ(儀式)がある。それらは余儀ない定年をはじめとする退職、人事異動や職場替えなどに見られるもの、ほかにも様々な別れがある。別れには事の大小にかかわらず、去る人そして見送る人のそれぞれに、悲喜交々の感涙が溢れ出る。いや、別れには、ほぼ切なさと悲しさだけが付き纏う。けれどそのぶん、感情の動物(人間)に最も似合いの美的情景を映し出す。切なさと悲しさを和らげてくれるのは、新たな出会いである。出会いには楽しみが付き纏う。これまた、美的情景である。出会い(儀式)の多くは、月を替えて4月に訪れる。3月と4月は、おおむね別れと出会いの月である。
 もはや社会人崩れの私の場合は、人様の別れと出会いの情景を垣間見て、涙するばかりである。垣間見る情景の多くは、昔からこんにちにいたるまで、駅のプラットホームである。感情の動物、やはり私は、人間に生まれて幸福だったのであろう。別れと出会いに付き纏う人間の感情は、確かに悲喜交々である。しかしながらこの感情あってこそ、艱難辛苦の人生行路は、美しく彩られもする。
 幸いなるかな! 夜明けの空の色は、このところ雨模様を断って、ちょっとだけ明るんでいる。しかしなお、「雨・風・嵐」怪しい雨空である。